2026年1月31日土曜日

あまりに疲れて…

  中2の息子は私立の中高一貫校に行っています。ですので、多くの私立校がそうであるように、息子も土曜日授業があります。

 平日はお弁当作りがあるので午前6時前には起きます。でも、今朝は起きられなかった。夫が息子を起こす声が聞こえ、私もすでに目は覚めていましたが、ベッドから起きられなかったのです。

 1月27日に終えた審査会。そこで指摘された修正箇所。そして、審査会の主査の先生から送られてきたA4用紙5ページ分の修正すべき点。火曜日までに修正方針を出さなければなりませんが、面談の申し込みをした指導教員から返信も来ません。

 さらに、指導教員は3月末で退職し、別の大学に移ります。あと2ヶ月で関連の論文を探し、読み込み、論文の構成を変え、100ページ近い論文を修正し、指導教員に見てもらい、また修正し、そして英文校正に出し、その修正を反映させて完成させなければなりません。気の遠くなる作業です。

 「例外の日は作らない」をモットーに子育てしてきましたが、今日は起きられなかった。朝、いってらっしゃいと送り出さなかったその例外的な日に何かが起こり、「あのとき起きていれば」と後から後悔することになったらどうしようーと思いながら、起きることが出来ませんでした。

 たまたま、その日に塾に迎えに行かなかった。たまたま、その日は付き添うことが出来なかった。そうして事件に巻き込まれた子どものニュースを見るたびに心が痛み、その親の気持ちはいかばかりかと想像し、そして、例外の日は作らないと決めていたのですが…。

 でも、息子はちゃんとお昼に帰ってきてくれました。心の底から安堵しました。お昼ご飯に母を招き、天ぷら蕎麦を作りました。そして、今パソコンに向かっています。グーグルで、「博論の修正 やりたくない」と打ち込みました。すると、生成AIがこんな回答をしてきました。

「博士論文の修正(リバイス)は、これまでの疲れも重なり、最も精神的にきつい作業の一つです。やりたくないと感じるのは、あなただけではありません。
今の気持ちを少しでも軽くし、修正作業を一歩進めるためのヒントをまとめました。 
1. 精神的な整理:完璧を目指さない 
  • 「完璧な論文」はない: 博士論文は研究の最終到達点ではなく、一つの区切りです。課題が残るのは当然で、修正は「最善を尽くす」だけで十分です。
  • 「修正=ダメな研究」ではない: 査読者のコメントは、あなたの論文をより良くするためのアドバイスです。否定されているわけではありません。
  • 罪悪感を手放す: 「やっていない」自分を責めすぎないでください。少しでも進めたら、自分を褒めてください。 
2. 作業の具体化:巨大な敵を小さくする 
「博論の修正」全体を見渡すと絶望します。タスクを解体しましょう。 
  • タスクを細分化する: 「第3章の誤字脱字チェック」「査読コメント1件に対する返答作成」など、15分〜1時間で終わる細かいタスクに分解する。
  • 書けそうなところから手をつける: 導入や結論など、モチベーションに関わらず進めやすいところから始める。
  • タイムボックス法を使う: 「とりあえず20分だけタイマーをセットして作業する」。20分経ったら止めてもいいし、できそうなら続ける。 
博論の修正は「マラソン」です。今は、少しずつでも前に進めば、必ず終わりが来ます。今すぐ大きな修正に取り掛かる必要はありません。まずはファイルを開くこと、そこから始めてみてください
 これらをつらつらと読みました。でも、参考にする気力は今ありません。ただ、最後の文章はそうだな、と思いました。一歩、一歩。一行、一行、ですね。

 

2026年1月30日金曜日

娘@メルボルンからの報告_作り置き

  オーストラリアに留学中の娘から、フェイスタイムで連絡が来ました。今日は張り切ってお料理をし、冷凍庫に作り置きをしたそうです。

 今日作ったのは、お豆腐の料理。豆腐の水を切って、手でちぎって片栗粉をまぶし、オーブンで10分ほど焼いて特製のソースを絡めるのだそう。ソースは醤油、みりん、砂糖、ごま油、ニンニクだそうです。自分で考えたレシピで、「美味しいし、体にいいの」とのこと。

 ついでに、ここ数日間料理をして冷凍庫に入れたお料理を見せてくれました。ビーンズスープ、トマトとパクチーのドレッシング、鶏肉のタコス、シェパードパイ(羊肉のパイ)…。来週から授業が始まり料理をするのが面倒になるので、今週まとめて作ったそう。

 多めに作ってホームセンターで買った四角い容器に入れて、凍ったら取り出して、また別のお料理を入れて冷凍するそう。日本には売ってない容器で、それを活用しながら栄養のバランスを考えて自炊する娘。我が娘ながら、なかなかやるぞ!

お豆腐の料理を作る娘

豆腐は手でちぎると、ソースがうまく絡まるそう

ビーンズスープ。長方形の容器に入れて冷凍

鶏肉のタコス

シェパードパイ

トマトとパクチーのドレッシング。タコスにかけるのだそう

2026年1月29日木曜日

犬か猫か

  我が家の中2の息子は勉強こそ嫌いですが、その他は全くといっていいほど手がかかりません。お腹がすけば、自分でちゃちゃっと何かを作りますし、わがままを言うこともごねることもありません。オーストラリアに留学する大学2年の娘は精神的に不安定なことはありますが、それ以外は心配がありません。自炊もしていますので、食べ物の心配もありません。

 あっという間に2人の子どもたちに手がからなくなり、寂しいのなんの。で、娘が帰国したときには「ママの愛情の行き場がないから、犬か猫を飼うべきだと思う」と提案されました。そして、何件かペットショップを巡りました。

 そこで、悩んだのが「犬か猫か」です。犬を飼っている人に聞くと、犬は忠誠心が強く、飼い主にそれはなつくそうです。猫を飼っている人に聞くと猫は気まぐれですが、犬ほど構わなくても大丈夫で、散歩の必要がないところが楽なのだそう。

 先日、息子の学校のPTA委員会の後、ママさん5人とランチをして、その話題を振ってみました。すると犬を飼っているママさんが、「うちの犬2匹目なんだけど、家族の躾が一環していなくて、もう大変なことになって、今、ブリーダーさんに戻して躾をし直してもらっているの」とのこと。そうかぁ、それは大変だ。

 もう一人のママさんが言います。「我が家は保護犬を飼っているの。保護犬いいよ。お世話をしている団体の人によると、保護犬は最初の飼い主で悲しい思いをしているから、次の飼い主を慎重に選ぶらしいの。だから、その保護犬に合った飼い主を選んでくれるから、あまり失敗はないみたい。我が家の犬も本当に可愛いよ」とのこと。そうか、保護犬ね。

 もう一人のママさんが言います。「私もいま、犬か猫を飼おうと思っているの。我が家の場合は、もう息子が反抗期でひどくって。ペットでも飼えば、愛情を持って接してくれて、今の状態よりは良くなるかなって期待をしているの」。なるほど、私の場合は愛情をかける相手としてペットが欲しいのですが、そういうご家庭もあるのね。

 で、最初のママさんが言いました。「我が家は1匹目は病気で死んだんだけど、犬は年を取ると歯がくさくなるの。でも、犬ってなめたいのよ、家族を。でも、なめられるとくさくって。だから、2匹目はもうなめらせないようにしている。それに、病気もするから、動物病院に連れていかなければならないから、大変だよ。もちろん、可愛いんだけどね」。なるほど、歯がくさいのかぁ。それはそれで…。

 で、ママさんたちの話を、自宅に戻って夫にしました。すると、夫は言います。「僕が一番怖れているのが、犬を飼うと君が忙しくなったら、結局僕が散歩に連れて行くことになるかもしれないってこと」。夫は子どもの頃、両親が猫や犬を飼っていたといい、その大変さを知っているので、自分は飼いたくないと言います。で、私にきっぱりと言いました。

「僕はペットからの愛はいらない。犬を飼っても、猫を飼っても、彼らからの愛はすべて君のものだ。だから、世話は君がしてくれ。僕は子ども2人で十分」

 そうかぁ。でも、私が一番怖れているのは、私が愛情をかけて育てても、ペットが夫に懐いてしまって、結局は寂しい思いをすること。

 そんな話をすると、ペットを飼っている人は皆、口を揃えていいます。「あまり、考え過ぎないで、まずは、飼ってみたら?」 そうですよね。でも、決められない。犬か、猫か…。

 

 

 

2026年1月28日水曜日

アカデミックガウンを見に行く

  先日、博論審査会の前に、大学の生協にアカデミックガウンを試着しに行きました。

 アカデミックガウンは学士、修士、博士と分かれており、レンタルも出来ますし、購入もできます。修士のときはレンタルしましたが、今回は思い切って買うことにしました。記念ですので。

 これを目標に、絶対論文仕上げるぞ!

大学生協で試着できたアカデミックガウン。手前が学士、真ん中が修士、後ろが博士用

2026年1月27日火曜日

審査会、合格

  今朝、2時間半にわたる博士論文審査会があり、何とか合格しました。大幅な論文修正があるため2月19日の締め切り(3月修了の場合)は間に合わない可能性が高いですが、9月修了は出来そうですので、安堵しました。

 博士課程では、多くの人が規定年限で修了しませんので、最短の4年間での修了を目指してきた私としては、不合格になって研究をやり直すということにならなくて、本当に有り難かったです。

 審査会は英語で「ディフェンス」というのですが、これは厳しい指摘や質問に対して、一人前の研究者として自分の研究を守るという意味が込められます。今日は教授4人と助教授1人から多くの質問を受け、時にしどろもどろになりながら、何とか答えました。今日の審査会まで準備してきた「想定問答」は41問、A4コピー用紙13枚。今朝も早く起きて、暗記をしていました。もう年ですので、若いときのように暗記など出来ないのですが、ブツブツつぶやいているうちに、文言は断片的でも覚えますからね。

論文内で使った理論が適切でなかったり、間違った解釈をしていたことを指摘されたり、と恥ずかしい思いもしましたが、先生たちはとても丁寧に指摘・助言をしてくれました。

 来週の火曜日までに論文の「修正方針」を審査員の先生たちに提出します。その修正方針が適切でないと、「修正方針の修正」となってしまいますので、明日から必死にそれに取り組みます。

 今日不合格になったら、これまでの4年間の時間が無駄になってしまうとドキドキしていましたが、合格できて本当に良かった。最後に修正論文が受理されるかどうかという最後の難関がありますが、一つ一つクリアしていけば、そこに辿り着けるような気がします。

 博士号取得までの道のりは、本当に険しい。でも、頑張るぞ!

 

 

 

2026年1月26日月曜日

明日、審査会

  明日、いよいよ博士論文審査会です。今朝のギリギリまでスライドの修正をしていました。そして、ようやく完成したスライドを審査委員の先生5人に送りました。

 「予演会にご参加くださり、ありがとうございます。本番、頑張ってきます」と指導教員にメールを送りましたが、返信はありませんでした。

 その代わり、私を直接的に指導してくれる、研究員のMさんからメールが来ました。Mさんは私が人生で出会った中で、最も頭の良い女性です。Mさんのメールは大変ありがたかったです。

 「博士の審査では、研究としてどこまで完成しているか以上に、自分の研究をどう位置づけ、どこまで分かっていて、どこからが限界なのかを自覚して説明できているかを見られます。その前提でいくつかのポイントを共有します。

1)質問への返答は必ず「質問ありがとうございます」や「ご指摘ありがとうございます」から始めてください。これは一呼吸置いて、自分の伝えたいポイントを整理し、議論の主導権を落ち着いて握るためです。

2)実現性のないことは言わないでください。今の段階でやれない解析については、「今回は●●を主目的としており、●●は今後の課題と位置づけています」などとはっきりと線を引いてください。これは逃げではなく、研究者として必要な判断です。

3)笑ってごまかさないことも大事です。緊張から来る笑いでも、審査では「準備不足」「自信がない」と受け取られます。分からないことは分からないで十分です。同時に分からない箇所を「すみません」でごまかそうとしないでください。謝罪は議論を前に進めません。

4)回答は短くしてください。話せば話すほど、弱い部分を自分から広げることになり、突っ込まれてしまう可能性があります。結論→最小限の理由で止めておくのがいいのではないでしょうか。

『何を目的とし、何をやって、何をやっていない研究なのか』をきちんと整理して説明できれば、審査は乗り切れると思いますので、体調だけは崩さないように、本番は落ち着いていきましょう。

応援しています」

 Mさん、ありがとうございます。

 そして、応援してくれている読者の皆さん、ありがとうございます。明日、頑張ってきます。


2026年1月25日日曜日

がんのママの集い

  昨日、地元の会館で、子育て中にがんと診断されたママさんを対象にお話し会を開きました。「誰かのお役に立ちたい」とずっと考えてきて準備を進め、ようやく1回目を開くことが出来ました。

     子育て中にがんと診断されると、自分の治療のことよりも、まずは「子どもをどうしよう」という心配があります。私自身はがんを発病したときは子どもがいなかったのですが、治療後に娘を授かり、その後、再発したときや他の疾患を患ったときに、たいへんでした。

 当時は両親が元気でしたので、私が急に入院となるたびに、夫が札幌の母に電話をし、「むつみさん、ダメ」とだけ言ったそうです。母によると夫はこれ以上日本語で説明できなかったそうですが、その「ダメ」の一言で私が入院と分かったらしい。母は父を連れて、時に父を置いて駆けつけてくれました。入院が1ヶ月に及んだ事も何度もありましたので、その都度、両親を頼りました。ですので、私は幸運でした。

 今日参加してくれたママさんは、ご主人も入院中で自分も入院治療となり、区の児童施設に問い合わせても小学生は預かってくれるけど、中学生は預かってくれないなどの制限があり、途方に暮れたそうです。結局、ママ友たちが交替で子どもたちで預かってくれたそうです。そのママさんは「ママ友が助けてくれて、本当にありがたかった」と振り返りました。

 また、子どもの小学校の卒業式にどうしても参列したいと願い、担当医にお願いして手術日を変更してもらった人もいました。その方は片方の胸を全摘し、薬を胸に注入しながらだったそうです。「でも、執念で参列できた」と笑いながら話してくれました。

 また、進行がんで胃を全摘し、当時まだ2歳だったお子さんを抱くことが出来ず、「自分はこの子が大きくなるまで生きていられないかもしれない」と一時は絶望的な気持ちになったという話をしてくれたママさんもいました。後遺症に苦しみながらも、元気に子育てをしていらっしゃいます。

 まだ30代のママさんで「今日、勇気を出してカツラを取ってきました」ととても可愛らしいショートヘアで来てくれた人も。外見の変化はがんの治療の大きな悩みの一つです。胸の全摘・再建、抗がん剤による脱毛や皮膚の変化…。時が経ち、再び元気になればその辛さは忘れますが、渦中にいるときは気持ちも落ち込み、人目を避けながらの暮らしになります。

 この会では参加者を「子育て中にがんと診断されたママ」に限定しています。他の地区で同様の会を開いていた方が、「子育て中って、子どもが何歳まで?と聞かれるの。子どもが社会人の人も来るから、その人にとって子育て中であればいいんだよ」とのこと。「でも、シニアの人がくると沢山話をするから、若いママさんが遠慮するんだよね」と会運営の苦労も話してくれました。「あっ、そうか。私もシニアだよ」。「でも、むつみさん、子どもまだ中学生じゃない」とのこと。なるほど、そういう解釈もできるんですね。

 今日はお子さんが天国にいる人も参加してくれました。皆、いろいろ抱えながら、当事者同士だからこそ心を開いて話をしてくれます。このような話を気兼ねなく話せる場を、これから月1回開いていきます。

2026年1月22日木曜日

5回目の博論予演会

  来週開かれる、博士論文の審査会に向け、今日研究室で5回目の予演会を開きました。30分のプレゼンテーションと1時間半の質疑応答。沢山の質問がありましたが、自分が準備できていない質問もあり、とても助かりました。

 いつもの研究チームのメンバーとは違う研究員たちが参加してくれました。これまで4回の予演会でかなり厳しい指摘をもらいましたが、それを何とかスライドに反映させ、今日の予演会に臨みました。

 人間はいくつになっても成長するーという超ポジティブな言葉を聞くと、「そう?そうじゃない人だっているんだよ」なんて、懐疑的な受け止めをしていましたが、今日の予演会を終えて、やっぱり何だかんだ言っても、私、成長しているかもーと思えました。少なくとも、パワーポイントを用いたスライド作成は、かなり上手になったと思います。1ヶ月前に比べて。

 指導教員も今日の参加者に対し、「今日は最後の予演会なので、テクニカルな質問ではなく、内容についての質問をしてください」と言ったので、質問はしっかりと内容について。想定質問を作り、自分で答えを準備し、ブツブツと準備をしてきましたが、やっぱり、自分の考えが及ばない質問もいくつもありました。

 研究員でそうなんですから、教授4人と助教授1人からの質問はどれぐらい想定しない質問が来るのだろうーと不安も増します。でも、ここまで来ると、開き直りはしませんが、純粋に「頑張るぞ!」と思えます。

 今日は先日出来た、自分の画面ではメモ付きのスライドが見えて、相手には全画面のスライドが見えるーというやり方がまた出来なくなり、娘に助けてもらいました。助かります、本当に。

 そして、2時間の予演会を終え、ひと息ついて、夕ご飯作って息子に食べさせ(夫はダイエット中)、スライドの直しに取りかかったら、パソコンに不具合が起きてしまいました。これを直すのに、ChatGPTとやり取りして1時間もかけましたが、結局直らず。今度はMicrosoftのCopilotに切り変えてやり取りをして、何とか、復旧しました。完全ではありませんが。

 その不具合を直すのに数時間費やし、完全復旧は諦めて、このブログを書いています。バックアップとして用意している古いパソコンも先日動かなくなったのですが、何とか、使える状態には戻しました。こういうパソコンの不具合って辛い。涙。

 ママ友たちに「審査会頑張って!」と激励してもらい、「まずは、ズームが無事つながるよう祈って!」と頼むと、「あっ、まずはそこ?」と笑われます。「うん、私の場合はまずはそこ。まずはズームがつながり、スライドを自分が予定しているように表示できること」。ママ友たちも「了解!祈っているから、頑張って!」と声援を送ってくれます。

 大変、恐縮ですが、皆さんも私の博論審査会が無事終わるよう、祈ってください。よろしくお願いいたします。

 

2026年1月21日水曜日

母の88歳の誕生日に

  今日、母の88歳の誕生日でした。お正月に米寿のお祝いとして家族で箱根の温泉に行きましたが、今日は私と二人でのお祝い。母は「2回もお祝いしてもらって、棚からぼた餅だわぁ」と喜んでいました。

 母は歯の調子が良くなく、固いものが食べられません。ですので、食べやすいものを作ってお弁当に詰めてきました。巻き寿司、鱈の西京焼き、茄子の炒め物、ポテトサラダなど。ケーキも柔らかいショートケーキにしました。



 プレゼントは母の生まれた日と10歳から80歳まで10年ごとの誕生日、そして、私、夫、娘、息子の生まれた日の新聞記事です。最近は何でも「いらない」という母なので、喜んでもらえるか心配でしたが、予想以上に興味を示してくれました。

 母が生まれた日は、政治家の故鳩山一郎が米サンフランシスコから帰国したことが「特報」として配信されていました。母は政治の話が大好きですので、この見出しに反応しました。また、広告には昔よく食べたという「浅田飴」という飴の会社が掲載されており、「懐かしいねぇ、浅田飴。昔はよく食べたよ」と懐かしがっていました。

 また、戦中でしたので、戦争に向かう兵隊さんたちの写真も。母はその写真を見ると、兄が出征した日のことを思い出し、話し始めました。

「母さんがおはぎを作って、兄さんに持たせたの。あのとき、兄さんと話できたのは10分ぐらいだった。あれが、兄さんを見た最後だった」と涙を浮かべました。

 家族で行った温泉も楽しかったですが、母とこうしてのんびり食事をしながら誕生日を祝うのも楽しかった。母が喜んでくれたのが、何より嬉しかったです。

 

2026年1月20日火曜日

息子の塾通い始まる

  2学期の成績で数学「1」を取ってきた中2の息子。中3の1学期にどの教科でも「1」を取ったら、他の学校に転校しなければならないため、親として手を打たなければならなくなりました。

 数学の成績は「代数」と「幾何」の2つに分かれていて、息子は両方が「1」。まずは夫が一緒に勉強をし始めましたが、基礎の理解が出来ていないことが判明しました。学校は大学受験を視野に先取りで勉強をしていますので、息子が今勉強しているのは中3の教材。息子は中学受験を経ていますので、小学校の算数ではなく、中1か中2のどこかの段階で分からなくなったのでしょう。そして、そのまま放っておいたのだと考えました。

 ここは専門家に任せたほうが良いと判断し、塾に行かせることを検討し始めました。塾探しは私の担当。そして、夫が学校の数学の先生2人に面談を申し込みました。

 息子は日本の私立中学校に通っていますが、数学、理科、社会は英語で授業を受けています。ですので、先生も英語圏の人です。夫が「代数」と「幾何」の両方の先生と面談したところ、先生が口を揃えて言っていたのは、息子が提出物を全く出していないということ、そして、授業への参加意欲も全くないということでした。先生曰く、「授業を妨害するとか、うるさいとか、そういうことは全くなく、ぼんやりしているか、静かに寝ているかのどちらかだ」とのこと。

 息子は他の教科は普通の成績ですので(良くはありませんが)、数学が本当に分からなかくなっているのだと思いました。私たちも「宿題したの?」とか「テストに向けて準備してね」とか声がけはしますが、宿題をしたかどうかのチェックまではしていません。

 他のお母さんたちに聞くと、学校で使うグーグル・フォームにログインをし、宿題を提出したかどうかチェックをしている人も少なくない。私も夫も大学2年生の娘が小さいころは熱心でしたが、今はとても出来ません。息子にパスワードを聞いて1、2度はやってみて、親の威厳で「この宿題やったの?」などと詰め寄ったりもするんですが、続かない。そのパスワードすらどこに控えたかも忘れて、息子にもう一度聞く始末。他のお母さんはパスワードを聞くのも一苦労ということでしたが、私なんて、息子に「ママ、パスワード、前に教えたんだけど」とあきれられながら、再び教えてもらうんですよ。

 もう、エネルギーがないんですよね。高齢出産で子どもは産めるけど、育てるのが大変とは良く言いますが、それを実感しています。人生経験だけは積んでいますので子どものやらかすことで一喜一憂もしない代わりに、子どもへの目配りがおろそかになってしまうのです。「まぁ、いいか」となってしまうんです。2番目ですし、男子ですし、息子は朝ちゃんと起きて支度をして学校に行きますし、部活もきちんと行ってますし、友達とも仲良くしていますし、問題行動もありませんので。

 でも、数学「1」でそうも言ってられず、私も重い腰を上げました。英語で数学を教える塾講師は探すのも難しいだろうなーと思いながら、オンライン対応の塾講師を検索しつつ、息子が小学校のときに通った塾に連絡をしてみました。事情を説明すると、何と渡りに舟。最近、英語で教科を教える新しい塾を開設したとのこと。それも、我が家の最寄り駅の隣駅です。

 早速、年末息子と一緒に行ってみました。息子は体験授業、その間に私が塾の担当者の方と話をしました。体験授業はシンガポール人の若くて頭がよさそうな先生でした。息子は当然塾なんて行きたくなさそうでしたが、自分なりに「このままでは、まずいかも」と気付いているらしく、大人しく体験授業を受け、そこに行くことを決めました。

 こうして、先週から週1回の数学塾通いが始まりました。毎週火曜日午後5時から2時間。息子は学校帰りに真っ直ぐ塾に行くことになりました。

 火曜日は月に2回、ヴァイオリンのレッスンがある日でしたが、先生にお願いをして水曜日にしてもらいました。息子は水曜日18時50分から英語塾(2時間)に通っていますので、その前に隔週で行くことにしました。息子はヴァイオリンを辞めたがっていたのですが、「これは、ママのお願い」と説得し、続けさせることにしました。この話はまた、別の機会に。

 ということで、今日は息子に塾の前に食べるよう、お弁当の他におにぎり2個を持たせました。頑張れ!息子よ!ママもダディももう、次の学校探しのエネルギーはないから、とにかく今の学校から放り出されないように。


今日の息子のお弁当、ローストビーフ・サンドウイッチ。おにぎり2個を添えて

2026年1月19日月曜日

母の卵焼き

  母が週末食事に来たとき、卵焼きをお土産に持ってきてくれました。いつもはお菓子や果物をくれるのですが、昨日はわざわざ作ってきてくれました。今日はお弁当のおかずにしました。母の卵焼きは、やっぱり美味しいなぁと思いながら、味わって食べました。

母の卵焼き

夫、息子、私のお弁当に入れました

 卵焼きといえば思い出すのが、従姉妹のようこちゃん。私より少しお姉さんのようこちゃんは卵焼きがとても上手でした。小学生のころ、夏休みになると苫小牧のようこちゃんの家に遊びに行き、作ってもらいました。

 ようこちゃんのお母さん(私の伯母)は面倒見のいい人で、夏休みになると甥っ子や姪っ子が何人も遊びに行きました。伯母さんは毎食の準備が大変だったと思いますが、ようこちゃんが伯母さんを手伝っていました。ようこちゃんの卵焼きは甘くてとっても美味しかった。

 日本人にとって、卵焼きはやっぱりソウルフードですよね。

 

 

 

2026年1月18日日曜日

今年もきりたんぽ鍋

  最近、八十八歳の母を食事に誘っても、「歯が悪くて食べられないから」と断るようになりました。自分で食べられるものを作って、のんびり食べたほうがいいと言います。

 そんな母に「きりたんぽ鍋なら食べられる?」と聞くと、「きりたんぽなら食べたい」と言い、今日のお昼に我が家に来ました。

 母によるとニラはかみ切れないのでもう食べられないけど、白菜やマイタケ、ネギなら食べられるとのこと。

 夫と息子、私と4人で鍋を囲みました。母はゆっくりでしたが、「やっぱり、きりたんぽは食べやすくて美味しいねぇ」と目を細めていました。

  帰りに車で送ると言っても、母は「大丈夫、歩いて帰るから。毎日少しでも歩かないと、歩けなくなるからね」と言い、「ごちそうさま!」と手を振り帰っていきました。

 母は一人でスーパーに買い物に行き、食材を買って、自分が食べたいものを作って、自立して生活しています。母を見ていると、「自分で出来るうちは、人を頼らない」という心構えが、八十八歳になっても元気で一人暮らしができる秘訣のような気がします。見習わなければ…。

 

2026年1月17日土曜日

4回目の博論予演会

  一昨日、博士論文審査会に向けての4回目の予演会がありました。参加してくれたのは指導教員と研究者4人。今回は自宅でズームを用いて、当日と同じセッティングで行いました。

 審査会は審査委員長の研究室などで対面で行う場合と、ズームで行う場合の両方があります。私は出向いて行う対面を希望していましたが(行けばなんとかなる!)、審査委員長はズーム会議を指定してきました。

 ズーム。これをプレゼンで上手に使うのは簡単ではありません。わたしが必要なのは、相手にフルスクリーンが見えて、自分はメモ付きのスクリーンが見えるスライドショーの仕組み。本来なら、自分のパソコンにメモ付きのスライドが表示され、そのパソコンの横に設置しているスクリーンにフル画面が映り、それが相手にも見えているはず。

 でも、予演会の前夜、夫にzoomリンクを送って見てもらいましたが、なんと、メモ付きの画面が見えるといいます。つまり、相手に原稿を読んでいることがわかってしまう。何度もやっても駄目で20分ほど付き合ってくれた夫も「疲れたから、寝る。ここにインド人とアメリカ人のYouTubeの解説があるから、やり方見て試して」とリンクを2つメールで送ってくれた後、寝てしまいました。

 そのインド人のYouTubeが複雑すぎて全く理解できません。あの人たちは頭が良すぎるのでしょう。で、アメリカ人のYouTubeが分かりやすく、なんとかなりそうでした。

 で、娘に連絡をして、付き合ってもらうことにしました。何度かトライをして、3回目にようやく、娘の画面でフルスクリーン、私の画面でメモ付きの画面で見ることが出来ました。

 娘相手に30分プレゼンテーションの練習。娘は「ママ、なんだか難しいことやっているんだね。でも、ママ、原稿読んでる感でてたよ」とのこと。そして、「メモは箇条書きのほうがいいんじゃない?」とのアドバイスをくれました。娘はインターでプレゼンの仕方を叩き込まれるので、慣れているのです。でも、私はつなぎの言葉とかなかなか出てこないので、原稿なしでは難しい。

 で、予演会の当日。30分のスライドは、ほとんど原稿読みました。でも、何枚かは原稿読まずにやってみたのですが、途中やはり詰まってしまいました。指導教員からは「アドリブはやめたほうがいい。原稿をしっかり作って、文ごとに/でくぎってください。それでなければ、読んでいるところを間違うこともあるから。慣れないのにアドリブで失敗するよりは、原稿をきっちり読んで、準備万端であることを示したほうがまだ好印象」とのこと。

 研究者たちからは、「途中で追えなくなった」などスライドに詰め込み過ぎだった指摘もありましたが、「自分の研究を分かっていないのでは?」など厳しい指摘も。3年間もこの研究をやってきたのに、こんなコメントをもらうなんて…。

 相手の言うことに納得いかず、反論しているうちについ感情的になってしまったようで、20代の若手男性研究者からは「何言われても感情的になったら駄目ですよ」と諭されました。

 私を指導してくれる女性研究者Mさんからは「原稿読んでいるのが分かってしまうので、たまにカメラのほうを見たほうがいいですよ」とアドバイスがあり、これはなるほどと思ったのでした。そして、核心を突く質問が。しどろもどろで答えると、静かに「おそらく、これは聞かれると思いますので、準備されたほうがいいですよ」とのこと。

 Mさんは大変頭が良く、仕事が抜群に出来て、感情の起伏がなく、私は話しかけられることもなく、微笑んでくれることもないのですが、実は言葉がけがとても優しい。Mさんのさりげない優しさに、私はずいぶん救われているのです。

 今回も沢山の指摘・助言をもらったので一つ一つスライドを修正しているところです。あぁ、長い道のりです。 

2026年1月16日金曜日

ベアのほつれ

 「ママ、ベア縫ってくれる?」 昨日、中2の息子がいつも一緒に寝ているクマのぬいぐるみを持ってきました。名前はそのまま「ベア」です。息子が生まれたときにお祝いにいただき、それから14年間、ずっと一緒に寝ています。

 息子が持ってきたベアは首元がほつれていました。あまりに愛され過ぎて、よれよれになったベア。もうお顔の生地もあちこち薄くなっています。首元を見ると2㌢ほど開いてしまっていたので、早速、丁寧に縫いました。 


 ベアは息子の匂いがして、それはそれで愛おしかったのですが、しばらく洗っていなかったので洗うことにしました。まず、背中のジッパーを壊さないようにそろりそろりと開けて、中のブランケットを出します。そして、お顔と体の部分を少量の洗剤を混ぜた水の中に入れ丁寧に押し洗い。何度も水を替えて汚れを出しました。そして、ネットの中に入れて30秒脱水して、干しました。ブランケットは洗濯機で洗いました。

 青空の下、ベアは気持ちよさそうでした。

 ベア、いつも息子と一緒にいてくれてありがとう。いいなぁ、こんなに愛されて。私もベアになりたいなぁ。

2026年1月14日水曜日

息子の友人のお土産は…

  連休中に息子のバスケ部の友人が遊びに来ました。お土産に持ってきてくれたのはショートケーキ。その日の午前中にパテシエのところでケーキ作りを習ったそうで、それを持ってきてくれたのです。

  「家で作ると果物が足りないんです。でも、パテシエのところで習うとイチゴとかいっぱい使えるので」とのこと。「でも、ここまで来るのに1時間ぐらいかかったから、生クリーム溶けてしまったかもしれません」と苦笑い。いえいえ、こんな素敵なケーキをいただけるなんて、嬉しい。そのお友達と息子、夫、そして私の4人で美味しくいただきました。

 我が家の息子もユーチューブでレシピを見て作りますが、ブラウニーやクレームドブリュレ、レモンタルトは本当に美味しい。この前作ってくれた、梨のコンポートも本格的でした。

 息子のクラスでは、このお友達の他にもケーキづくりを習っている男子がいるそう。お菓子づくりの習い事なら、きっと息子も興味を持つに違いありません。今度、探してみようかな?と思いました。でも、残念ですが、その前に数学の成績を何とかしなければ…です。

 

2026年1月13日火曜日

やっと、娘の熱が下がる

  昨日の朝、ようやく娘の熱が下がり37度台になりました。救急病院では点滴を3本してもらったそうです。熱が下がったところで、無事退院できました。

 寮に帰ってから、救急車や病院のことをフェイスタイムでいろいろ話してくれました。救急隊員は小柄な白人の女性だったそうです。娘曰く、「髪をバシッと後ろで束ねて、制服をきちんと着て、厳しいけど優しい人だった」。救急車に乗り、病院についたときは体温が40.3度まで上がっており、その隊員の女性が医師に「この人は診てあげたほうがいい」と言ってくれたと言います。

 娘はセーターやダウンコートを着込んでいたのですが、オーストラリアは真夏。病院内に運ばれるとすぐ、体温を下げるためにコートやセーターを脱がされたそうです。「コートやセーターをベッドの側に置いておいたら、私がまた着込んでしまうと思ったようで、お医者さんが『これ、預かっておくからね』と持っていってしまったの。ブランケットも薄いのを一枚しかくれないから、もう、寒くて、寒くて」。

 病院内の大部屋ではカーテンで仕切られたベッドに患者さんが寝ていたようですが、娘は感染症のため個室に隔離されたそう。「私、注射の針が嫌いだから、大騒ぎしたら、看護師さんが2人がかりで点滴の針を入れてくれた。私の気を紛らわすために、いろいろおしゃべりしてくれたの」。

 熱が38度に下がったあたりで、震えるような寒さがなくなったといいます。恐らく、点滴のお薬も効いてきたのでしょう。

 昨日の朝には朝食も出してくれたそうです。「トーストにアプリコットジャム、シリアルと牛乳。そして甘ったるいオレンジジュースだった。有り難かったけど、私パンはあまり好きじゃないし、シリアルは甘くなくて美味しくなかったから、牛乳しか飲めなかった。やっぱ、ほっかほっかのご飯とお味噌汁が食べたかった!」。そうだろうなぁと思いました。

 娘は退院時、会計窓口で担当者と保険でカバーできることを確認したそうですが、その方は「もしかしたら、請求が行かないかもしれない。今、病院のスタッフがストライキ中だから」と話したそうです。ストライキ中で医療スタッフが少ない中、娘は診てもらえたのですね。ありがたい。

「お医者さんや看護師さんがお揃いの紫色のTシャツ着ていたの。そこに『We deserve more pay(私たちはもっと給料をもらう権利がある』って書いてあって、大変なんだなぁと思った。でも、そんな中診てもらえてラッキーだった」 

 娘は40度前後の熱が出た3日間を振り返り、「2026年早々大変だったけど、大きなことを乗り越えた感じ。これからは多少のことは乗り越えられると思う」と話してくれました。私も3日間心配で気が気ではなかったですが、回復して本当に良かった。やっぱり、大学を卒業したら、日本に帰ってきてほしいなぁ。

 

 

2026年1月12日月曜日

娘、救急車を呼ぶ

  昨日娘の熱が下がらず、午後7時を過ぎても39度のままでした。パニック症と不安症、そして軽度のうつ病を患っている娘が、「夜が来るのが不安」と言っていたのが心配でどうしたものかと思案していたところに、今度は夫が息子からメッセージが来たといい、外出の支度を始めました。

 中2の息子はバスケットボールの練習試合があるので、午前中に家に遊びに来たバスケ部の仲間とご飯を食べて出ていきました。その息子から夕方5時半過ぎに連絡があり、「バスケの試合の後、友達とご飯を食べに行く」と言っていたので、午後8時まで帰宅するように伝えていました。

 夫によると、「友達とサイゼリア(イタリア料理のファミリーレストラン)に食べに行ったけど、お金が足りない。友達もPayPayで支払って残高もなくて借りられない」と息子から連絡があったそう。夫はコートを着ながら、「支払ってくるから」と言い、出ていきました。

 この出来事で、緊張の糸が切れました。友人と一緒にファミリーレストランに行ったはいいけど、お金が足りなくて、親に助けを求めてきた息子。こういう単純な、解決可能な案件の対処でドタバタするなんて、何て私たち夫婦は幸運なんだろうと思ったのです。世の中では大変な事件に巻き込まれている子どもたちのことが連日報道されています。それを読むたびに胸が痛むのですが、我が家の息子は国語や数学で成績1を取ったり、ファミリーレストランでお金が足りなくなって親に助けを求めたりーと行動が単純でありがたい。

 つかの間の安堵感を抱いた後、娘から午後9時ごろに電話がありました。現地時間午後11時ごろです。熱が39度3分まで上がったとのことで不安そうです。この時点で私は救急車を呼ぶように勧めました。もう3日間も40度近い熱。前夜は病院に行っても薬も処方してもらえず、2時間半も待たされて医師に会えず帰宅。寮では誰も頼ることもできず、食事も取っていません。

 ネットでしらべると、日本の119番はオーストラリアでは「000」で、「救急車を」と頼むそうです。ただ、これは命が関わる場合だけと限定されています。でも、そんなこと言ってられません。夜になると熱は上がるはずで、娘は1人で寮の部屋にいます。もし、意識がなくなれば、大変なことになります。娘に「救急車を呼んで。そして、救急車を待つときは寮のロビーで待ってね。そうしたら、体調が悪化したときは誰かが対処してくれるから。寮の部屋で倒れたら、誰にも気付かれないから」と言いました。娘は「分かった」と言い、電話を切りました。

すぐまた電話がありました。「000」に電話をしたところ、「今、使える救急車はありません。折り返し電話します。60分ほど待っていただくかもしれません」と言われたとのこと。娘曰く、「この後、音楽が流れてさ…。えっ、私、救急で電話しているんですけど、銀行に電話しているんじゃないんですけど、って思った」と言います。

 なんだか、滑稽で笑えます。「ママ、充電切れそうだから、もうフェイスタイムはできない。あとからママに連絡できないと困るから」と言います。少なくとも、娘は部屋から出て、1階のロビーで救急車を待っていました。あちらは真夏ですが、娘は「もう寒くて寒くて」と言い、セーターとダウンコートを着込んで、ロビーの椅子に座っていました。

 そうこうするうちに午後9時(現地時間午後11時)を回りました。娘から送られてきた体温計の写真は39度8分です。さぞかし不安でしょう。息子が夫と帰宅しました。相変わらずやらかしてくれますが、やらかしてくれることが単純で有り難い。神様に心の中で「ありがとうございます」とお礼を言いました。

 午後9時半ごろ、娘に電話をしたり、メッセージを送ったりしましたが、つながらなくなってしまいました。でも、テキストメッセージが届きました。

「ママ、救急車来てくれるって」

「良かった。3日間40度近い熱だし、昨日は自力で救急病院に行って2時間半待って診てもらえなかったんだから、救急車呼んでも遠慮いらないからね。逆にきちんと判断して、行動に移せて、偉いよ!それに、パニック症と不安症、うつを抱えているから、これ以上我慢や遠慮はしなくていいからね」

「ママ、メッセージありがとう!涙出てくるよ。あっ、救急車来たよ」

 しばらくしてから、娘からメッセージがありました。

「病院に連れてきてくれたよ。熱が40.1になった。でも、昨日と同じく、お医者さんに会えるかどうか分からないって。3-6時間待って、診てくれるかもだけど、ない可能性もあるって」

「40度!大変!救急車で運ばれても、お医者さんに診てもらえるか分からないの? 診てもらえないかもってどういうこと? でも、今日はともかく、病院にいて、待合室でもいいから寝ていてね。40度あるし、今はとにかく人がいるところに身を置いていることが重要なの。もし、さらに熱が上がって、意識朦朧としても、誰かがそこで対応してくれるから。かわいそうに!一緒にいてあげたい」

しばらくしてから、娘から写真が送られてきました。ベッドに寝かせてくれたそうです。そして、まもなくお医者さんが来てくれ、朝まで様子をみてくれると言ってくれたそう。娘はほっとしたようでした。そして、私もほっとしました。娘が病院のベッドに寝かせてもらい、医師にも診てもらったことを確認し、私も寝ることが出来ました。

ようやく、病院のベッドに寝かせてもらった娘


2026年1月11日日曜日

娘の熱下がらず

  昨日救急病院に行った娘は結局2時間半待っても診察してもらえず、様子を見に来た看護師さんから「この段階で出来ることはありません。体がインフルエンザと闘っているので、熱が下がるのを待つだけです」と言われたそうで、諦めてタクシーで寮に戻りました。午前2時を過ぎていました。

 寮に戻ったところでフェイスタイムをすると(日本時間は午前0時過ぎ)、娘はベッドに横になっていました。「看護師さんに解熱剤は一粒もらったの。でも、インフルエンザ用の薬は処方してもらえなかった。喉が痛かったら、市販の薬を買ってくださいと言われたの」と娘。看護師さんには診察まで「6時間ぐらい待つかもしれない」と言われ、それなら寮に戻って寝た方が良いと判断し、帰ることを決めたそうです。娘はぐったりとしており、「もう、寝るね。ママ、ありがとう。大好きだよ」と言い、電話を切りました。

 ああ、側についていてあげたいーと思いました。でも、とりあえず、解熱用の薬を一粒でももらったようですので、明日の朝までは大丈夫だろうと受け止め、私も寝ました。が、今朝起きて電話をするとまだ39度の熱だといいます。「めっちゃ、しんどい。寒いし…」と娘。のども痛く、咳も出始めたといいます。

 娘もその段階で何とか起きて薬を買いに行きました。でも、薬局で買えたのは「咳止めのシロップ」と「のど飴」だそうです。「薬を買いたいんです」と言っても、「それが薬です」と薬剤師さんに言われたとのこと。娘は薬を買うことを諦めて、そのシロップとのど飴を買って帰ったといいます。

 寮に戻った後にフェイスタイムで話をすると、娘は「シロップなんて、子ども用みたいじゃない? 夜になると体調悪くなるじゃん。こんなひどい状態だと夜になるのが怖い」。

 午後7時(現地時間午後9時)を過ぎても、熱は39度のまま。母親の私にできるのは、睡眠をさまたげないように、でも安否確認はしたい数時間に一度のフェイスタムをして、「お水飲んだ? 何か食べた?」と聞くことだけ。食料品であるのは日本から持っていったパックご飯とのりだけ。それも食べたくないらしく、薬局で買った「グミ」を食べただけと言います。

 夜、熱がさらに上がらないことを祈るばかりです。

 

 

2026年1月10日土曜日

娘がインフルエンザに

  オーストラリアに戻ったばかりの娘が39度の高熱を出しました。フェイスタイムで話をすると、真夏なのに「寒い」とブルブル震えていました。

 一昨日、寮に着いたときから寒気がしたらしく、昨日は一日中寝ていたそうです。どおりで、電話がつながらないはずです。心配していたところ、今日になって電話がつながり、熱が39度あると報告していきました。

 しばらくして、本人も病院に行ったほうが良いと判断したようで、夫に「保険でカバーされているのかな?」と電話がありました。カバーされていることを確認し、タクシーで救急病院に向かいました。

 病院の待合室で待っているときにフェイスタイムで話をすると、「辛くて、座っていることも出来ないの」と言い、椅子に横になっていました。2時間待っても診察してもらえず、かなり辛そうです。少し前に看護師さんが簡易な検査をしてくれて、インフルエンザA型の結果だったとのことでした。

 「ママに側にいてほしい…」と言われて、本当に切なかったです。寮に戻ってすぐに熱が出たため、食料品の買い物にも行っていないと言います。一緒にいれば、おかゆを作ってあげられるのに。

 今、まだ、診察をしてもらえていないようです。心配でなりません。

2026年1月9日金曜日

博論審査会の準備

  昨年末、博士論文の審査会予演会でこてんぱんにされてから、スライドの修正に取り組み、1月5日朝、指導教員と関連の研究員3人に修正スライドを送りました。

 審査会はプレゼンテーション30分、質疑応答1時間半ですので、準備したパワーポイントのスライドは30枚、1枚1分の計算です。その30枚を全面的に修正しました。年末年始、子どもたちをスキーに連れて行ったり、母の米寿のお祝いで温泉に行ったりと、家族の予定を優先しながら、取り組みました。

 スライド修正の参考にしたのは、同じく博士課程4年の研究者2人のスライド。1人は20代です。いやぁ、彼らのスライドのスタイリッシュなこと。博論の審査会のプレゼンのスライドにスタイリッシュなどいう言葉を使うのは何ですが、61歳の私の、全く洗練されていないスライドとは全然違います。

 それと、彼らはスライドを見ながら、よどみなく話せるんです。私はスライドのメモに原稿を書いてあり、それを読んでいますし、えー、えー、を連発し、滑舌も悪く、本当に情けない。

 ああ、人前で話すのは本当に苦手。でも、この審査会に合格して、そこでの審査委員の先生のコメントをすべて反映させて、論文を修正して大学に再提出するというプロセスを経ないと、学位が取れないんです。

 あー、しんどい。

 昨日は大学の図書館、今日は研究室に終日いて、想定問答に取り組んでいました。ここ質問されそうだなぁと思う場面の質問を自分で考え、その答えを作って、暗記するのです。でも、1週間前に作った質問の、覚えているはずの答えを全く忘れています。

 年を言い訳にするのは潔くありませんが、この記憶力の低下はいかんともしがたい。先日、たまたまフェイスブックを読んでいたら、ある人が「60代以降を有意義に過ごすための3つのポイント」を語っていました。

 その人が言い切る3つのうちの一つが「恥をかくこと」だそうです。50代になると、自分の居心地の良い場に安住し、新しいことに挑戦しない。それが「老い」につながるそうな。自分の「コンフォートゾーン」に居続けると駄目なんだそう。

 はぁ? 私なんて、恥のかきっぱなしですよ。それに、私は「コンフォートゾーン」(居心地の良い場)に、あえて、難しい、チャレンジングな場を無意識に選んでしまうという訳の分からない習い性がある人間なんです。そういう私は若々しくいるどころか、疲れ切って、シワだらけです。

 私のような人間にしてみれば、挑戦し続けること、難しい場に居続けることは、逆にその人間のメンタルにかなりのダメージを与えると思うのです。過ぎたるは及ばざるがごとしーです。今日も研究室に向かう道すがら、辛くて、涙がこぼれました。研究そのものが辛いのではない。研究環境(人間関係・自分の置かれている立場)が辛いんです。

 あと2ヶ月。あと2ヶ月でこの辛い4年間の博士課程も終わる予定です。でも、今月末の審査会で不合格になったら、4年間の努力も泡となってしまう。

 娘がオーストラリアに戻った後の明日からの3連休。審査会に向けての口頭発表の練習と、想定問答の作成・暗記に取り組みます。

 

 

 

2026年1月7日水曜日

娘の成長

  娘がオーストアリア・メルボルンに戻りました。

 昨夜は一緒に寝ました。朝起きてきた息子に、「ママ、よくあんな大きい人と寝られるね」と感心されましたが、窮屈でも娘の体温を感じながら眠るのはやはり幸せです。 娘は狭い2段ベッドの1段分で寝ているので、身長183㌢で体格の良い娘と寝ると小柄な私は端に寄って横向きになる姿勢しか取れません。それでもその時間がとても嬉しく感じられました。

 滞在中、娘とベッドに横になりながら、朝方まで語り合うこともありました。今回娘とじっくり話して気付いたのは、娘はとても思慮深い子に育ったということ。娘は壁や問題に直面すると、それについて深く考え、対処の仕方を探りながら、自分の性格も含めて分析しています。そうした積み重ねが娘の精神的な成長につながっているように感じられました。一つ一つの思考や判断が娘の中に確かに蓄積されてきて、それが今の思慮深い娘を形作っているのだと思います。

 娘は昨年、パニック障害や不安症、軽度のうつ病の診断を受け、服薬を続けています。ただ、私たちと過ごす娘は明るく、いつも楽しそうで、そうした診断についても物事を深く考えるがゆえの一面なのかもしれないと受け止めています。

 娘は私とは日本語で、夫とは英語で深い話が出来るようになりました。娘の日本語は自然な日本人の話し方で、夫によると娘の英語も完全なネイティブだそうです。娘は成長がゆっくりで心配も多かったのですが、今の娘の姿を見ていると、子育ては「待つこと」が大切なのだーと実感します。

 娘はひまわりのような子で、私たち、息子、母、そしてヴァイオリンの先生など、長く関わった人にとても愛される子です。ですので、娘のいない我が家は火が消えたよう。今日バスケットボールの練習から帰宅した息子は「おねぇねぇがいなくて寂しいね」とぽつりと言いましたし、夫もすっかり元気がありません。私も心にぽっかりと穴が空いたような気持ちです。

 これまで娘には「外に出なさい。世界を見てきなさい」と背中を押してきましたが、今回は「大学を卒業したら、家に戻ってきたら?」とつい言ってしまいました。子育ての期間はあっという間とよく言いますが、本当だなぁとつくづく感じたのでした。

 

2026年1月6日火曜日

母の米寿のお祝い

  母の米寿(88歳)のお祝いに、昨日から一泊で箱根に行ってきました。今年で80周年を迎えるという温泉宿は温泉が広々として、お料理も美味しく、サービスが行き届いていて、母は大満足だったようです。

 宿泊サイトで検索したり、ChatGPTに相談したりして決めた温泉宿。温泉好きの母は昨日は3回、今朝も1回温泉に入り、「極楽極楽」とそれは嬉しそう。夜の懐石料理も「美味しい!」といい、全部食べてくれました。

 事前に買っておいた黄色の帽子とちゃんちゃんこを着て家族で写真撮影。母は「自分で言うのも何だけど、私、長寿祝いの服のモデルになれそう」とご機嫌。確かにとても良く似合っていました。

 娘は明日オーストラリアに戻るので慌ただしかったのですが、娘と一緒に行って本当に良かった。娘はずっと母の荷物を持ち、手を引いて歩いてくれ、母は幸せそうでした。

 昨年は日帰りで箱根に連れていきましたが、やっぱり一泊すると落ち着きます。箱根は東京から近いので、また、来年も連れて行こうと思ったのでした。

温泉宿に風船や飾りを持っていきました。画鋲やテープが使えないので、いろいろと工夫して家族写真を撮りました

黄色のちゃんちゃんを着て、鏡に見入る母

夕食の後はケーキでお祝い
露天風呂がとても良かった

朝食メニュー




 

 

2026年1月4日日曜日

娘のバケットリスト

  娘の帰国中のバケットリスト(やりたいことリスト)には、行きたい場所や食べたいものがいくつも書かれています。私が作るものでは、アップルパイや鶏そぼろご飯、マカロニチーズ。夫が作るものではチーズケーキやスープ、息子はスイーツ中心に梨のコンポートやクレームドブリュレ、そして本格的なブラウニーなど。

 オーストラリアに戻る日が近付いてきましたので、連日、娘のリクエストに応えて作っています。今日私が昼食に作ったのはチャーシュー丼。夜、息子が作ったのはクスクスのバターカレー。息子はやっぱり料理のセンスがあります。本当は夫へのリクエストだったのですが、「僕が作ってみる」と言い、作ってしまいました。夫が教えたわけではないのに、本当に美味かった。娘も大満足でした。

息子が作ったクスクスと鶏肉のバターカレー

年末に息子が作ったブラウニー。ダークチョコレートを溶かして、本格的に作ります



今日の昼ご飯「ママのチャーシュー丼」。豚の肩ロースがなくて、冷凍庫にあった豚のヒレ肉を使ったら、パサパサに。でも、味はグッド


年末に作った「ママのラザニア」。これは私の十八番

2026年1月3日土曜日

初詣 2026

  お正月3日目は、地元の神社に初詣に行きました。毎年、家族でお参りをし、「たけくらべ」の石像の前で娘(大学2年)と息子(14歳)が並んで写真を撮ります。この1年息子はぐんと背が伸び、石像の一番上の線「180センチ」に近くなりました。

 おみくじは娘が「大吉」、夫が「中吉」、息子と私が「末吉」。今年も家族全員が健やかに過ごせますように祈りながら、おみくじを結びました。

おみくじを結ぶ娘と息子。息子は身長183㌢の娘に追いつきそうです

今年は神社から富士山も見えました。すがすがしい初詣でした。


2026年1月2日金曜日

母の家へ

  2日は、家族で昼食をご馳走になりに、母のマンションを訪れました。母が用意してくれたのは、私と夫にはお寿司、そして子どもたちにはピザ。その他にシシトウの肉巻きや伊達巻きも作ってくれていました。

 今月、米寿(88歳)を迎える母は、体のあちこちに痛みがあるものの、大きな病気をすることもなく、記憶も話もしっかりしていて、とても元気です。元旦は我が家で、2日は母の家でお正月を祝うのが恒例行事ですが、今年もそれを続けられることに、あらためて幸せを感じました。

 今年は私も母も大好きな「うま煮」を作りませんでした。また、私は毎年作ってきた「きんとん」も、母も長年作ってきた「黒豆」も作りませんでした。私は忙しく、母は「面倒になって」が理由です。少し残念ではありますが、おせち料理にこだわり過ぎず、でも、そのときに作れるものを作って、機嫌良くお正月を祝えれば、それでいいのかなと思ったのでした。

母が用意してくれていたお寿司やピザ

2026年1月1日木曜日

謹賀新年 2026年

  皆さま、あけましておめでとうございます。穏やかなお正月をお過ごしでしょうか? 我が家は例年通り、母を迎えて食事をしました。年末忙しかったこともあり、今年はうま煮を作るのを諦めましたが、昆布巻きとお雑煮だけは作りました。

 大晦日は午前中は審査会用のスライドを作成、午後は義母の誕生日プレゼントを買いに行って送ったり、食料品の買い出しに行ったりと大忙しでした。買い物は家族で手分けをしました。夫と息子は元旦用にカニ、ウニ、イクラ、ホタテを買いに大型スーパーへ。私は和菓子屋さんで生菓子を買った後、駅前のスーパーへ。

 イチゴが2000円以上で、お雑煮の材料もすべて高く、手巻き寿司用の海苔は1500円ととても買うことができず、エビだけ買って帰宅(これも高かったですが、このスーパーで売っているエビが美味しいので仕方なく)。

 帰宅後子供たちに頼んで、比較的買いやすい値段のスーパーに行ってもらい、お雑煮の材料と手巻き寿司用の海苔、果物を買ってきてもらいました。最近の食糧品の価格上昇には、本当に驚きます。

 大晦日の夜は、夫と子どもにラムステーキ(夫の大好物)を焼きました。最近体重が増え気味の私はサラダだけにして、年越しそばをしっかりいただきました。

 元旦の朝はゆっくりして、お昼に母を招きました。日本酒「久保田」を飲みながら、美味しく食事をしました。今年は初めて甲羅付きのタラバガニを買うことが出来て、毎年お正月用に準備してくれた亡父のことを懐かしく思い出しました。

 今年はきんとんも作らなかったのですが、先月28日に和菓子屋さんにのし餅を買いに行ったところ、栗きんとんも売っていることが分かり、購入。今日いただきましたが、本当に美味しかった。毎年28日に和菓子屋さんに行くのに、栗きんとんを見たのは初めてだったので、きっと開店まもなく売り切れてしまうのですね。来年からは開店時間に行くぞ!と決めました。

 母も昔買っていた札幌の和菓子屋さんの豆きんとんに味がそっくりと言い、それは喜んでくれました。明日は母のマンションに行ってご馳走になります。

今年は甲羅付きのタラバガニを買うことが出来ました