2026年2月17日火曜日

中間報告

  指導教員に「満期退学」を言い渡され、地の底まで落ち込みましたが、その地の底を蹴飛ばして、また地上まで浮かび上がりました。

 土曜日からずっとパソコンに向かい、日曜日は徹夜。一睡もせずに月曜日午前8時を迎え、博論の審査会の先生方5人に修正版を送りました。一睡もしていないので、8時過ぎると頭が働かず、何回読んでももう文章が頭に入らないので、開き直って送りました。はい。

 メールには19日正午の締め切りには提出させていただきたいーと書き添えました。もちろん、「可能でしたら」と付け加えました。これを過ぎると「満期退学」と指導教員から言われています。でも、大学院の事務局からは博士課程4年生宛てに一斉メールが届いています。19日正午に提出できない場合は3月に修了できないので、「満期退学」か「在学延長」を選べると書いてあります。

 これです。たとえ指導教員が退任しようと、私の所属する講座がなくなろうと、院生が在学延長すると申請すれば、必ず方法はあるはず。もう席もいらない。図書館で十分。パソコンにはこの4年間で順次そろえてきた統計ソフトも入っている。授業料さえ払えば、図書館も使えるし、大学経由で海外論文にアクセスできる。それで十分。

 審査会の主査の先生からは「18日中に審査員の先生に返事をいただけるようお願いしましたが、先生方は多忙なため、難しいかもしれません」との返信がありました。それなら、それでいい。潔く、19日提出は諦めて、次の策を練ります。ここで大事なのは私が出来ることに全力を尽くすとです。もう、全力を尽くしました。

 19日正午に提出するのは、沢山の書類と製本された論文です。この製本は大学の生協で注文すれば中一日かかりますが、先日、生協に電話をして問い合わせて、なんと大学の前にある製本屋さんに直接持ち込むと早くしてもらえると聞きました。で、そのお店の電話番号を教えてもらい、電話をかけたら、何と5時間で製本してくれるそうです。

 で、次のようなプランを立てました。ギリギリまで修正をして(読み返すと間違いを見つける)、とりあえず、明日(18日)朝に製本屋さんに行き1冊製本の注文をする。そして、夕方まで審査会の主査の先生からの連絡を待つ。夕方に製本屋さんに取りに行き、先生からの返事があり論文の再修正はいらないといことだったら、そのまま18日中に提出する(実は19日ギリギリに提出も不安なので)。

 先生からの連絡が午前中にあり、修正箇所があれば、直して製本屋さんへ。製本屋さんによると、午後2時までだと翌日10時まで出来上がるそう。そして、午後4時までだと、翌日正午に仕上がるそう。午後4時までに持っていくことが可能だったら、製本屋さんに頼み込んで11時45分にしてもらい、大学に走って戻って提出する。

 先生からの連絡が午後4時を過ぎたり、なかったり、もしくはあっても数時間で終わらないほどの修正だったら、潔ぎ良く諦める。「在学延長」をどうやるか、対策を練る。それで行きます。

2026年2月14日土曜日

泣けた

 今、明後日に各論審査会の審査委員に提出する博論を修正しています。これは3日に提出したA418ページにわたる「修正方針」にそった修正です。これに取り組み始めたのがなんと10日。なぜかというと、不運なことに海外の学術誌に投稿していた論文が4日に「大幅修正」で戻ってきて、その修正に取り掛かっていたためです。

 その修正を優先するよう指示してきたのは指導教員。それに費やした日数は1週間。これは論文(英語)の修正だけでなく、査読者の指摘や質問への答え、そして、それをどう修正したかを記載したものも一緒に提出しなければなりません。それが、19ページです。論文そのものの他に。

 そしてようやく10日に終わり、博論の修正に取り組みだしたのですが、あまりに多くて、19日の大学への提出が間に合わないことが分かりました。

 19日正午までに提出できなければ3月卒業はできません。また、私は大学以外の研究所に在籍していますので、そこでの在籍も延長できないかもしれない。でも、もう仕方がない9月に修了でも、と受け止めました。

 学術誌から修正で戻ってきたときは、博論を優先したいと言いたかったのですが、言える雰囲気ではありませんでしたので、仕方なく従い、そして、卒業も延長なんて、やっぱり辛いー。と思っていたところ、なんと、昨日、指導教員へのメールでそれを報告したときに、ひどい言い方をされたので、泣きました。

 なんと、19日に提出できなければ「満期退学(単位は取得しているが論文は提出できなかった扱い)」だそうです。私は博士課程ですので大学の規定として2年は延長できます。が、指導教員が退任し、研究所での私の身分も3月で終わるので「退学」なのだそうです。それも、すらりとした一文で処理です。

 指導教員の指示に従い、必死に投稿論文を仕上げ、やっと自分の博論に取り掛かったら、こういう結果です。あまりに理不尽だーと昨日は一日泣いていました。この年でも、これほどの理不尽には泣きます。

 でも、指導教員が退職するからって、大学院生を退学させるなんて、そんなことありますか? これまで耐えてきましたが、さすがの私も開き直りました。そうです。崖っぷちから生還するのが私の生き方。必ず、方法を見つけます。もう、指導教員はいい。まず、19日まで必死に努力して、そこから、戦います。 戦闘態勢に入りました。

2026年2月12日木曜日

息子がドーナツづくり

  昨日は祝日でしたので、息子がドーナツを作ってくれました。息子はいつもお菓子作りや料理のユーチューブを見ていますので、今回は「ドーナツを作ろう!」と思い立ったのでしょう。

 手作りドーナツは、私が子どものころ母がよく作ってくれました。母が作ってくれたのは粉砂糖をまぶしたドーナツでした。息子はどんなのを作ってくれるのでしょう?

 まず、息子はパントリーのストッカーをチェック。「ママ、このドライイースト古いと思う。新しいの買っていい?」。「いいよー。他に必要なものあったら、言ってね」と私。近所のスーパーに行き、ドライイーストを買ってきた息子は早速、強力粉など他の材料と混ぜ合わせて、ボウルに入れて寝かせます。

 次に家にあった赤い食紅を使いアイシングを作ります。「あっ、この前アラザン買ったの。使う?」と聞くと、「うん、ドーナツの上にかけようかな」と息子。

 生地が膨らんできたら、もう一度こねて、伸ばします。そして、型抜きをします。まぁ、この作業の丁寧なこと。そういえば、娘が息子のことを「意外に丁寧なんだよね、何でも。この前、ピアスを入れてもらったときも、とっても丁寧で優しくて、感心した」と言っていました。お姉ちゃんがいる男の子は総じて所作がゆったりとしているようですが、息子もそうです。

生地をのばす

型抜き

トッピングを準備

 次にたっぷりの油で揚げます。そして、全部揚げたら、アイシングを付け、上にアラザンを振り掛け、終了。美味しくて、美味しくて、昨夜は3つも食べてしまいました。

油で揚げる

アイシングをつける

アラザンを振りかける



2026年2月11日水曜日

36周年祝い

  2月9日は、夫と出会って36周年のお祝いでした。いやぁ、長いですね。結婚して一緒に暮らして25年です。四半世紀も共に暮らしています。

 結婚してすぐに夫が日本に来ましたので、夫はアメリカを離れてずいぶん経ちます。最近、定年後の話も夫婦でよくするのですが、夫はかつて住んでいたカリフォルニア州に戻りたいという希望を話し始めました。

 夫が戻りたいというのはもっともな話。サンフランシスコに住む私の友人は「老後は日本に帰る」といい、札幌にマンションを買っていました。そうだろうな、年を取れば、やっぱり自分の生まれ育った国に帰りたいという気持ちはよく分かります。

 「長年日本に住んでくれたから、ぜひぜひアメリカに戻って」とは言うものの、私は老後にアメリカに住む気持ちにはなかなかなれません。今住んでいるところは長いですし、ここに友達もいる。生まれ故郷の札幌の実家がなくなり、それでなくても寂しい思いをしているのに、住み慣れた東京を離れるのは辛い。特に年を取ってからは。

 サンフランシスコ在住の夫の友人が、40代のときに台湾人の女性と結婚しました。その奥さんは頻繁に台湾に戻っていて、夫の友人も台湾をよく訪れています。そんな風にアメリカに住んでも、時折長期間日本に戻れるなら、アメリカに行ってもいいと夫に伝えています。

 夫が言います。「東京の家はお母さんに住んでもらって、君が時折もどるというのはどう?」88歳でも1人で元気に暮らしている母ですから、それも出来るかもしれません。

「将来に楽しみがあると、いいからね」と夫。昨日はアメリカンフットボールの試合をテレビ観戦していましたので、「友達とビールを飲んでピザを食べながら、スポーツ観戦するとかしたいんだろうな」と申し訳ない気持ちになりました。でも、ハーフタイムのあのアメリカの若者のパワフルな踊りと自信たっぷりな自己表現を見ていると、あーあ、年を取ってから、あの国に行くのは辛いかも…と思ってしまったのでした。

出会って36周年のお祝い。ステーキ、スペアリブとポテト。ロゼスパークリングワインで。


2026年2月7日土曜日

ふゆのはなさいた

  今週の火曜日は月に一度の”心が癒やされる日”でした。娘と息子が通っていた地元小学校での絵本の読み聞かせをする日です。

 数日前から、何を読もうかなぁと絵本をパラパラとめくり、やっぱりこれだと決めたのが「ふゆのはなさいた」。こねづみさんと金魚さんが育む友情の話です。去年の冬も読みました。

 今回の担当は1年1組。「おはようございます!」と挨拶してくれる子どもたちは元気いっぱいで、本当に可愛らしいんです。私も、子どもたちの表情を見ながら、ねずみさんや金魚さんになった気持ちで、読みます。

 先生が子どもたちに感想を聞くと、「ねずみさんときんぎょさんが仲良しになって良かったです」とか、「雪をふゆのはなっていうのが面白かったです」とか、「きんぎょさんがつくるお花(湖面に映る金魚たち)がきれいでした」とか、とっても素直。

 先生も嬉しそうで、ついつい、「あぁ、先生、この仕事楽しんだろうなぁ」と羨ましく思ってしまいます。今度生まれ変わったら、保育園・幼稚園の先生か、小学校の先生になりたい…とつくづく思います。

 「ありがとうございました!」という元気な声に送られ教室を出ました。廊下を歩き、余韻に浸りました。いつも思うのは、娘がインターに行っていたとき、息子が小学校に通っていたときのボランティア活動やPTA活動が一番楽しかったなぁということ。

 息子も中学生になり、だんだん学校との関わりが少なくなってきています。だから、この絵本の読み聞かせはできるだけ続けたいなぁと希望しています。


 

 

 

2026年2月6日金曜日

ピスタチオ入りチョコ

  節分も終わりましたね。皆さんは、豆まきをしましたか? 恵方巻きを食べましたか?我が家は例年通り、落花生の豆まきをし、南南東を向いて恵方巻きを食べました。

 節分は夫が一番好きな日本の行事。でも、今年は押し入れにあるお面が探せず、夫と息子は帽子を被り、私はフェイシャルパック(!)をして、「鬼は外!福は内!」をしました。押し入れに物が押し込んであり奥にあるであろうお面が取り出せないので、夫は「あそこにある物の8割はいらない」とキレてしまいました。素直に「ごめーん!」と謝りました。私、筋金入りの捨てられない人間なんです。あぁ、いずれ何とかしなきゃと思いました。

 さて、今年も落花生を入手できました。かつてはなかなか探せなかったのですが、最近は落花生をまく人も出てきたようで、普通のスーパーでも販売しています。でも、夫にスーパーに行ってもらったものの探せず、今年は「ピスタチオ」で代用しようと、殻入りを買ってきました。「落花生、売っているはずなんだけどなぁ」と思いましたが、夫が「店員さんに説明したんだけど、ないといわれた」と言ったので、「あるはずだよ~」という言葉を飲み込みピスタチオで豆巻きをすることにしました。

 そして、その翌日息子が同じスーパーに行き、大袋の落花生を2袋買ってきてくれました。やっぱりなぁ、夫は説明できなかったんだろうなぁと想像しました。夫は「別の売り場で売っていた」と説明してくれましたが…。で、落花生が買えたことで、そのピスタチオが余ってしまいました。

 すると、息子が「思いついた!」という表情をし、ビターチョコを買いに生き、ピスタチオ入りのチョコレート作ってくれました。これがまた、美味しかった。夫が落花生を買えなかったことで、逆に息子が作った美味しいチョコを食べられた、いい節分だったのでした。


ピスタチオの殻を割り、豆を取り出す息子

フードプロセッサーにかけます


粉砕されたピスタチオ

砂糖と溶かしたバターを混ぜます

ピターチョコを溶かします。ちゃんと温度を測っています

チョコをシリコンの入れ物に流し込みます

ピスタチオを挟みます


形を整えます

こんな感じに可愛く

上にチョコを載せて完成

豆まきをした後は、大きな落花生を作ります

冷蔵庫でほどよく冷えたチョコをお茶と一緒に美味しくいただきました

2026年2月5日木曜日

論文の修正方針

  2月3日午後11時40分過ぎ、博士論文審査会の先生方5人に、「論文修正方針」を送りました。3日が締め切りで、ギリギリの提出でした。

 先生方からの論文への質問は32問。それについて回答と修正方針を示しました。A4のコピー用紙18枚です。質問の多くは、私が想定していなかった質問で、論文の構成を変えたり、用いている理論の整合性を考え直したり、と根幹に関わる問題でした。ですので、かなり大がかりな修正になります。

 博士論文提出には大きなステップが3つあります。一つは自分が博士課程で取り組んできた研究をまとめて、大学に提出すること。それが大学に受理されると、その論文についての審査会を行うこと。これは通常約30分のプレゼンテーションと約2時間の質疑応答があります。そして、その審査会が通ると、次に審査会で指摘された修正点を反映させて、最終的な論文を提します。それが、大学の審査会にかけられ、博士号を授与するか、しないかが決まります。

 最初の論文の提出まで大きな山でしたが、その後の審査会の準備が私にとってはそれは大変でした。私は人前で話すのが大の苦手で、スライド作りも得意ではありません。それを何とか乗り切った後、つまり、山を登り切ったと思った後に後ろに控えていたのが、さらに高い山でした。

 若ければこれは乗り切れるのでしょうか? それとも、もう少し頭が良ければこれを乗り切れるのでしょうか? 

 そしてその翌日の4日(昨日)、海外の医学系雑誌に投稿していた、この博士論文の元となる論文が昨日、大幅修正の指示で戻ってきました。こちらは昨年9月に提出していたもので、何と、このタイミングです。そして、締め切り日は24日です。博論の大幅修正でストレスが最大になる中、昨日はもうお手上げで、そんなことしている余裕はないのですが、夫と近くの飲み屋さんに行き、ワインを飲んできてしまいました。

 しかし、多くの論文が「リジェクト(拒否)」となる中で、「メジャーリビジョン(大幅修正)」で戻ってきたことは喜ばしいことらしく、指導教員や研究者たちから「良かったです」と安堵したようなメッセージが来ました。「ありがとうございます!」と返信しました。

 そして、今朝、このブログを開いたら、なんと、3日間も書いていない!と気づき、今日は私の今の状況を説明するブログになってしまいました。リジェクトだのメジャーリビジョンだの、特殊な世界での話になってしまい、読者の皆さん、チンプンカンプンだったかもしれませんね。自分でももう、手に負えないような状況です。でも、とりあえず、頑張ります。