2026年8月27日木曜日

ジムのお作法

「今年、結婚25周年だよ」。先日、夫にそう言われました。9月の結婚記念日はもちろん忘れませんが、今年25周年だということをすっかり忘れていました。これって、銀婚式? ですよね。

 私たちが結婚式をハワイで挙げたのは2001年9月。その2ヶ月後の11月に、夫が日本に移り住みました。夫はそれから日本、特に、沢山の人がひしめき合う東京でのマナーを少しずつ身に付けました。たとえば、朝、電車を待つマナーです。

 日比谷線の始発駅の中目黒駅では通勤時間の朝、4列の「先発」の電車を待つ人の列があり、その横に「後発」の4列があります。電車が来て、先発の4列の人たちが乗ると、その「後発」の4列がそのまま、列を乱さず「先発」の列にスライドし、数分後に来る次の電車を待ちます。

 日本人の私たちは、この作法を静かに守りますが、たまに、この列を乱すような形で待つような人がいます。きちんと整列していないとか、前の人との距離が妙に広いとか。夫は、こういう人に、とっても怒るのです(実際に、その人に怒るわけではないですが…)。

「狭い日本でお互いにストレスを感じずに暮らしていくには、こういうルールを守らなきゃ駄目なんだ」と。そういう人は外国人であることも多く、おそらく、まだこの独特のルールが分かっていないのだと思います。

 あちこちで見られる、この暗黙のルール。実は私が通うジムにもあります。自分が使った後、トレーニングマシーンを丁寧に拭くことです。先日、たまたま珍しく黒人男性が来ました。「この人どうかな?」とチラリと見ると、ちゃんと自分が使った後、マシーンを拭いていました。それも、受け付けの横にあった除菌スプレーまで持ってきて、振りかけて、備え付けのタオルでしっかりと拭いていました。で、その後来た白人男性。その人も、腹筋をするための台を、使用後ちゃんと拭いていました。

 いやぁ、こういうのって本当に気持ちが良いです。一方、夫が怒ったのは(もちろん、相手に怒ったわけでなく、私に報告してくる)、トレーニングマシーンを占有する日本人でした。夫と私は別々の時間帯に行きますが、お互いにジムでの小さなエピソードを報告し合うのです。

「10回ぐらい使ったら、携帯を長々と見て、また、10回ぐらい使う。そして、また長々と携帯を見ててさ、使いたい人がたくさんいるのに、と思ったよ」

「あっ、その人分かる。比較的若い男の人でしょう?」

「そう。あれ、迷惑だよなぁ」

「実はね、あのマシーンの横に張り紙が貼ってあって、『人気のあるマシーンですので、ご配慮をお願いします』って書いてあるの。たぶん、スタッフも言いづらいのかもね」

 夫も広いアメリカに住んでいたら、こんなことに目くじらは立てなかっただろうな、とちょっとおかしくなったのでした。

 

2026年8月25日火曜日

息子の料理

  今日は仕事の休みの日でしたが、研究費の助成金申請の締め切りのため、朝からパソコンに向かっていました。夏休み中の息子の昼ご飯に、鶏肉のハンバーグとチャーハンを作ろうと考えていたら、息子が「僕、作るよ」と言います。

「ありがとう!じゃあ、お願いね。鶏の挽肉だから、ミートソースでも作る?」

「うん、そうする」

 トマト缶2つ、パスタ、鶏挽肉をキッチンのカウンターに置いて、「楽しみにしてるよ!」と言い、私は助成金申請に戻りました。息子はパントリーから玉ねぎとニンニクを持ってきて、みじん切りを始めました。

 30~40分ほどしてから、「ママ、できたよ!」と息子の声。ダイニングに行くと、ランチョンマットの上に、美味しそうなパスタが置いてありました。冷蔵庫から、私が事前に作っていた野菜サラダを持ってきて、添えます。


「いただきます!」

 パスタ、めっちゃ美味しかったです。数日前に、息子は夕ご飯にバターチキンカレーを作ってくれましたが、これもとっても美味しかった。

息子はやっぱり料理男子です。

2026年8月22日土曜日

プレゼンテーションを終えて

  昨日、職場で研究発表をしました。参加者は東大のダイバーシティ関連の教員・研究員たち約10人。当日、画面共有がうまくいかず、自分のパソコンではメモ付きの画面が見えて、相手側には全画面が見えるという仕組みが使えず残念でしたが、事前にメモをワードに落とし込んでプリントアウトしていたので、乗り切れました。

 私は5月から特任研究員として働いており、今回が博士号取得後の初めての発表でした。発表後に質問を受けて答えるのは苦手なのですが、昨日は普通に答えられました。つくづく思ったのが、国立がん研究センターの研究室で博士課程時代に行った、いくつものプレゼンテーションが役に立ったな、ということ。

 海外を勝負の場とする同センターの研究者たちはそれは優秀で、質問も鋭い。答えられず、「後ほど調べてご連絡します」と答えた場面数知れず。その渦中にいるときは、それは辛かったのですが、乗り越えてみると、自分の糧になっていた。改めてそう思いました。

 私が61歳までの人生で、雇用されて就いた仕事は4つ。最初はサントリー株式会社札幌支店の事務職、次は札幌の英会話学校の講師、次は北海道新聞社の記者職、そして人生最後の職(年齢からして、たぶんそうだと思う)は東大の特任研究員です。

 この道のりを「キャリア」という視点でみると、バラバラです。特に記者職から研究員までの道のりが長く、多難で、大きな方向転換でした。まぁ、よくぞここまでたどり着いたものだ、と思います。

 この茨の道を振り帰ると、要所要所に、病気により社会から離れた私をもう一度社会へ引き戻してくれた人たちがいます。その人たちは、家族や友人のように人生の中での長く付き合ってきた人たちではなく、ピンポイントで現れます。

 たとえば、病気の寛解後、社会復帰のきっかけとなったWebニュースサイト。元テレビ記者と元新聞記者が作ったサイトで、たまたま、元新聞記者の市民講座を受講していた私に声がかかり、サイトのメンバーになりました。ここでの経験は取材・執筆という基本の動作を取り戻すのに大変役に立ちました。

 そして大学院修士課程では、良き指導教員に恵まれ、無事修了。博士課程では、私を受け入れた指導教員が大変なハラスメントをする人でしたが、1年もたたないうちに別の大学へ移りました。今振り返ると、その指導教員は私をこの大学に入れるという役割を担ってくれた人だったように思います。

 そして、その指導教員に代わって私を引き受けた指導教員からは理不尽な扱いを受け、最後は決裂しました。が、彼女が私の人生で担ってくれた役割は、私を博士号取得まで導くことだったと考えています。実際、決裂後に私は無事、博士課程を修了することが出来ました。

 こうした人たちは、私の人生の節目の局面で現れ、ほどなく私の人生から消えていきます。不思議なものだな、と思います。

 皆さんの人生にも、ある局面で現れ、次の場所へとつないでくれた後、いつのまにかいなくなった人はいますでしょうか? もしかしたら、自分が誰かの人生で、その役割を担っているかもしれませんね。そう考えると、人生は面白いですね。

 まぁ、「あの人は嫌な人だったけど」と思い出されるのも何ですが…(笑)。

2026年8月17日月曜日

ゆきちゃんの命日に

  昨日は大好きなママ友のゆきちゃんの命日でした。昨年、肺がんで亡くなりました。45歳でした。

 息子の幼稚園時代のママ友で、卒園後もずっと親しくしていました。昨日は、仲の良かったママ友3人、そしてハンドベルサークルのママさん1人と一緒に、お宅に伺いました。

 居間にはゆきちゃんの美しい写真が、飾ってありました。遺骨もその横にありました。ゆきちゃんが何よりも大切にしていた家族と、今もずっと一緒でした。

 娘さんが我が家の息子と同い年の中3。毎朝5時に起きて、高3のお兄ちゃんと自分のお弁当を作っているそうです。パパも夕方5時には帰宅して、夕ご飯を作り、家族で一緒に食べているそうです。

 ゆきちゃんは家族に健康的な、美味しい食事を作ることを大切にしていました。そして、とてもお料理上手でした。それがちゃんと子どもにもご主人にも引き継がれていました。

 だけど、きっと天国のゆきちゃんは、娘が朝5時に起きてお弁当作りをしていること、パパが早く帰ってきて夕ご飯を作っていることに安堵しながらも、子どもたちにご飯を作ってあげられないことが何よりも無念だろうな、と思いました。

 キッチンには梅シロップの瓶がありました。ご主人によると、ゆきちゃんが昨年冷凍した梅で作ったそうです。我が家も梅酒、梅シロップ、梅酢を作り、キッチンに置いています。梅の時期になると毎年、ゆきちゃんから来た「むっちゃん、梅仕事してる?」というラインを思い出し切なくなりました。

 ゆきちゃん。パパも子どもたちも、食事をとても大事にしていたよ。ゆきちゃんが去年丁寧に冷凍した梅も、シロップにしていて、美味しそうだった。お弁当作りやお食事、梅仕事、ゆきちゃんが天国に行った後も家族が引き継いでくれて、良かったね。安心してね。

 皆、ゆきちゃんを恋しがっていたよ。私も、いつも、いつも、そう思っている。

2026年8月16日日曜日

スパイダーマン

  昨日、息子と夫と一緒に映画館に「スパイダーマン」を観に行きました。IMAXという大画面スクリーンで、迫力がありました。

 はっきり言って、スパイダーマンはあまり興味がありません。でも、息子とコミュニケーションを図るため、興味のない映画も行きます。

 予想に反して、スパイダーマンは面白かった。主人公のピーター・パーカーの葛藤や心の動きが丁寧に描かれていて、思いのほか引き込まれました。

 帰りは息子が内容について、いろいろ補足説明をしてくれました。ポップコーンを頬張り、コカコーラを飲みながら、大画面の映像に見入るー。最近はめっきり口数が少なくなった息子と一緒に映画を観られるのはあと何回だろう?一回一回を大切にしよう。


 

2026年8月15日土曜日

ジムで

  我が家の近くに区のスポーツジムがあり、先月から週2、3回通って体を鍛えています。61歳でも息子はまだ中3なので、冬に息子と一緒にがんがんスキーを滑りたいので、今から体を鍛えようと通い始めました。この夏、娘とニセコに行き、ラフティングやツリートレッキングなどを楽しみ、「あと10年は子どもたちと遊ぶぞ!」と決意したのも大きな理由です。

 スポーツジムはできてまだ数年で、公園を見下ろす大きな窓の側にランニング・マシーンが設置されています。毎回、そこで30分ウォーキング・ランニングをし、その後はマシーンで腕や足を鍛えています。

 今朝はオープン直後の午前9時8分に着いたのですが、5台あるランニング・マシーンは全部埋まっていました。走っている人も、筋力トレーニングをしている人も皆、黙々と体を動かしており、こういうのっていいなぁと思いました。そして、腹筋をしていたら、汗がボタボタ落ちてきて、高校時代の部活動を思い出しました。

 思い出すのは、いつも同じシーンです。私はソフトボール部に所属しており、札幌は冬になるとグラウンドが雪で埋まるので、校舎内を何周も走り、廊下で腹筋や背筋などをして鍛え、夏に備えていました。今、再び腹筋をしている自分と、ひたすら筋力トレーニングをしていた当時の記憶と重なりました。あぁ、体を鍛えるって気持ちが良いなぁと思いました。

 50代、60代になったら、子どもの頃のことを思い出し、自分がかつて好きだったことをしよう、というアドバイスをよく聞きます。どう思い返しても、私は「絵ばかり描いていた」とか「編み物が好きだった」とか、好きなことに没頭した記憶はありません。かといって勉強をしたわけでもなく、唯一没頭したのはあの部活動でした。そして今日、ふと思い付いたのです。「そうだ!60代は高校時代のように、体を鍛えよう」と。

 さて、ランニング・マシーンの順番が回ってきました。今日はイヤフォンをつけて携帯電話に保存してある、娘が作ってくれた私の好みの曲のアルバムを聴きながら走りました。荒井由実の「中央フリーウェイ」、ポール・マッカートニー&ステーヴィー・ワンダーの「エボニー&アイボリー」、ビリー・ジョエルの「素顔のままで」、SMAPの「夜空ノムコウ」、アース・ウインド&ファイアーの「レッツ・グルーブ」、久保田利伸の「LA・LA・LA LOVE SONG」…。

 そして、「Isn't She Lovely」。娘の可愛らしい顔を思い出しました。この曲はスティーヴィー・ワンダーが娘の誕生の喜びを歌ったもの。でも、我が娘にぴったりの曲なのです。

 こうして音楽に聴き入りながら走っていると、隣に細身の素敵な女性が来て、軽やかに走り始めました。私は最初にウォーキングでウォームアップしてから走りますが、彼女はいきなり走り始めたのです。若い人かなぁと思ってふと横を見ると、なんと、顔に皺やシミがそれなりにあり、おそらく私ぐらいの年齢でしょう。

「おぬし、やるな!」とつい心の中でうなってしまいました。こういう同世代の女性が引き締まった体をして、軽やかに運動しているのを見るのは気持ちが良いものです。私も見習わなければ。


 

2026年8月13日木曜日

納骨堂へお参り

  今日は盆の入り。母と夫、息子と一緒に父の遺骨を納めてある都内のお寺の納骨堂にお参りに行きました。

 父の遺骨は以前、札幌市内の納骨堂に納めていましたが、母が東京に転居した後にこちらに移しました。

 もう3年になりますが、いまだに札幌のお寺が懐かしい。でも、こうして母と家族と一緒に命日やお盆、お彼岸にお参りに行けるのは良いことですよね。父も天国で喜んでいると思います。

 先月、父の妹のご主人が亡くなり、母はそれを父に報告。「お父さん、山田さんにもう会えた?」と聞いていて、何だか、本当に父があちらで叔父さんに会っているような気がして、父も知り合いが増えて楽しいかなぁと想像しました。

仏壇の前で手を合わせる母

 父が大好きだった和菓子をお供えしました。お参りの後、皆でそれをいただき、お寺を出た後は昨年と同じ中華料理店へ。母は食欲が落ちているようでしたが、それでも、天津あんかけを美味しそうに食べていました。

 また、来年のお盆もこうして家族でお参りをして、中華料理を食べられますように。