2026年5月3日日曜日

今週の1冊_無人島のふたり

  自分で闘病記は書きましたが、他の方の闘病記は読むと辛くなるので読まないことにしています。ですが、先日、尊敬するがんのママさんがフェイスブックで紹介していたので、図書館で借りて読んでみました。

 作家・山本文緒さんの「無人島のふたりー120日以上生きなくちゃ日記」です。山本さんは2021年、膵臓がんのため58歳で亡くなりました。この本では診断1ヶ月後から、亡くなる9日前までの約4ヶ月間の日々をつづっています。

 日記は山本さんの夫が東京のワンルームマンションを引き払うシーンから始まります。山本さんは軽井沢に住んでいて、仕事のときなど東京のマンションを使っていました。「できることなら自分で全部後始末したかったのだが…」と、体調が悪く、ままならない残念な気持ちを正直に書いています。

 日記の中には抗がん剤治療の後に髪が抜けるシーンも描かれています。バサバサと抜けるのでいっそ、と自分で引っ張って抜くのですが、人間の髪は想像しているより多く、全部は抜けない。そうしているうちに、疲れ切ってしまう。あぁ、分かるなぁと、私の経験と重なりました。

 山本さんは余命宣告を受けますが、「もう一度、自分の本が出版されるのが見たい」と力を振り絞って、短編集を作ります。一方で、軽自動車や鞄など、自分が楽しんできたものを手放していきます。でも、本来なら好きなものを買って、好きなことをして過ごしてもいいはずなのに、セールになったパジャマを買ったり、税理士に送る領収書を準備したり、ということをしてしまう自分に苦笑します。それが、読んでいる側には切ない。

 そして、体力が落ちつつある中、医師に「会いたい人に会い、やり残したことをした方がいい」と助言されます。山本さんはそれに対し、「ティーバッグのお茶が普通においしければいい」とつづり、一方で、「別れの言葉って、言っても言っても言い足りない」とも書きます。

 読んでいて辛くなるのですが、読後は重い感情は残りませんでした。山本さんの文章のうまさだと思います。本は「明日また書けましたら、明日」という一文で締められています。なんと、軽やかな終わり方。

 

 

2026年5月2日土曜日

食の探究

  冷蔵庫を開けると、奇妙な形の物体が入っていました。濃いピンク色でところどころに突起があります。


「これ、なあに?気持ち悪いんだけど、、、」

「あっ、それ、ドラゴンフルーツ。ダディに買ってもらった」

「そうなんだ。でも、見ているとなんだかザワザワするから、早く食べてくれる?」

「分かった。もう少ししたら、スムージー作るよ」

 こうして邪険にしてしまったドラゴンフルーツ。息子の手によりスムージーとして生まれ変わると、これが美味しいのなんの。

 濃いピンク色も鮮やかで、見た目も爽やか。息子によると、フローズンマンゴーとキウイを入れたそうで、スムージーの決め手となる酸味もバッチリ👌でした。

 飽くなき食への探究心。いいぞ、息子!

2026年5月1日金曜日

辞令交付式

  今日から、東大での勤務が始まりました。5月1日に勤務をスタートする研究員への辞令交付式があり、61歳の私にもこうして正式に辞令をいただけるのだなぁと胸がいっぱいになりました。

 私の記憶に鮮明に残っている辞令交付式は、新聞社に入社した20代のときのものです。地方勤務を希望していた私は、初任地として「室蘭報道部」を命ぜられ、期待に胸を膨らませ記者生活をスタートさせました。あのときの高揚感とは少し違いますが、静かな喜びに浸ったひとときでした。

 こういう形式的なものを嫌う人もいるかもしれませんが、私にとっては感謝しかありません。50代後半の医療者でもない私に医学系研究科博士課程で学ぶ機会を与えてくれ、還暦を過ぎて博士論文を提出した人間を評価し、博士号を授与し、こうして1年間の期限付きではありますが研究者としての機会を与えれてくれた東大に、心から感謝をしたい。そして、私をずっと支えてくれた家族や友人たちにも、心からありがとうを言いたい。

 仕事を終え帰宅したら、キッチンに真っ赤なバラが置いてありました。ひと足先に軽井沢に向かった夫からでした。カードにはこう記してありました。

 「博士号の取得と研究員としての仕事の開始、心からおめでとう。

 博士課程で何年間も苦しみながらも、辞めずに、たゆまぬ努力で目標を達成した君を

 心から誇りに思う。そして、家族全員が君が成し遂げたことを誇りに思っているよ」

 ありがたいなぁとしみじみとした気持ちになりました。

 これからも、家族を大切にし、そして仕事も一生懸命頑張ります!

2026年4月30日木曜日

ボタン付け

  中2の息子が、リビングにあるソーイングセットを開けて、針に黒い糸を通し始めました。ポロシャツのボタンが取れたので、縫うと言います。


「ママがやってあげようか?」

「大丈夫。自分で出来るから」

 あら、残念。息子は本当に手がかからないんです。先日も、トレーナーの上下を洗ったら、ズボンのほころびを縫ってあるのを発見。「自分で縫ったんだ、やるじゃない」と思う半面、「ママ、縫ってくれる?」なんて頼まれたら、喜んでやってあげるのになぁとも思ってしまいました。

 息子は小学校のころから縫い物が得意でした。4年生のときには学校代表で、タオル掛けを区の展示会に出品したほど。料理もお菓子作りも出来ますので、”家庭科男子”ですね。

 勉強が嫌いな”困ったちゃん”の一面もありますが、生活面での自立は早そうです。でも、なんとなく寂しいものですね。

 

2026年4月29日水曜日

精神科医の資質

  オーストラリアの大学に留学中の娘からフェイスタイムで連絡がありました。昨日の話題は娘がかかっている精神科医のことでした。

「ママ、私、オーストラリアで3人の精神科医にかかったでしょう。3人とも白人のオーストラリア人なんだけど、何というか、深みが足りない感じがするんだよね」

「どういう意味?」

 娘はパニック症、不安症、そして軽度のうつ病という3つの診断が下り、大学内のクリニックで初診時、再診時、そして担当医が不在のときの代診と3人の精神科医にかかりました。その3人について話しています。

「ほら、私、先生みたいに”権威のある人”と接するとドキドキしてうまく話せなくなったり、泣きたくなったりするじゃない? でも、精神科医は、"教員と学生は対等なんだから…”というスタンスなんだよね」

「そうなんだ」

「うん。オーストラリアやアメリカでは若い人も高齢者も対等に話す文化の中で子どもたちは育つでしょう? 逆に日本は、子どもは先生たちの言うことをきくものーみたいな上下関係の中で育つ。子どもの性格が形づくられるとき、そういう違いって結構大きいと思うんだよね。そういう文化の違いみたいのを、分かっていない気がする」

「確かに、そうかもね。ママも医療について海外の論文を読むけど、欧米の研究ばかりだと、偏っているなと思うこともあるよ。父権主義的な背景を持つアジアの研究が入らないと、考察が物足りないなぁと感じたりする」

「あっ、それ分かる。だから、精神科医のアドバイスを聞いていても、『分かっていないなぁ』と思ってしまうこともあるんだよね」

「おおっ、なかなか鋭いね」

「うん。だからといって薬をやめるわけでもないんだけどね」

 海外に出たことで、娘は初めて、日本人の特性について深く考えるようになったようです。その特性は日本で生まれ育った娘の中にしっかりと根付いていて、時にプラスに、時にマイナスに作用するようです。

 異なる文化の中で戸惑いながらも、自分の感じた違和感に目をつぶらず、しっかりと考える娘。成長しているなぁと頼もしく思ったのでした。


2026年4月28日火曜日

マカロン

  中2の息子がマカロンを作りました。とても良く出来たのですが、本人は不満足なようで、クリームを入れて完成させることは断念しました。

「綺麗に焼いてあるし、とっても美味しいけど、なんでダメなの?」

「前、1個買って食べたことがあるんだ。それと全然違う。ベタベタしている。前食べたのはもっとサクッとしていた」とのこと。でも、友人たちには食べてもらうといい、翌日、学校に持っていきました。

 洋菓子屋さんに行って、お小遣いで1個だけ買って食べたなんて、息子も可愛いことをするなぁと思いました。私はケーキ屋さんではショートケーキなど普通のケーキを買うので、マカロンは買ったことがありません。ですので、息子に言われて初めて、息子に食べさせたことがないのだーと気づきました。

 昨日、早速ケーキ屋さんに寄り、フランボワーズ味とピスタチオ味を一つずつ買って帰りました。息子と一緒に、一口ずつ食べました。「やっぱり、さくっとしているね」と私。「うん。それに表面がベタベタしていない」とうなずく息子。

 息子はまた、マカロン作りに挑戦するそうです。きっと次は成功するはず。楽しみです。

 

 

2026年4月27日月曜日

カツが食べたい

   乳製品を含む動物由来の食べ物を口にしないヴィーガンになった娘から、「ママに相談したいことがあるの」とフェイスタイムで連絡がありました。

 「ママ、私、カツが食べたいんだけど、肉を使わないで出来る?」

「お肉の代わりに木綿豆腐の水を切って、つぶしてミンチのようにするのはどう?その他に、玉ねぎとキノコ類のみじん切り、すりおろしたニンジンも一緒にサラダ油で炒めて、まぜるの」

「そうだね。でも、小麦粉を付けても、その上からパン粉が付かないかなぁ」

「小麦粉を付けた後に、溶いた卵を付けるでしょう?」

「私、卵食べないから」

「あっ、そうか。卵も食べないんだね」

「うん。あっ、そうだ!小麦粉使わないのはどう? 玉ねぎとかサラダ油で炒めているから、そのままパン粉がつくかも」

「それ、いい案だね」

「じゃぁ、やってみるね」

 しばらくしてから、娘から美味しそうなサンドウィッチの写真が送られてきました。スーパーで大豆などを使って肉の味がするように仕上げた「植物由来の肉」を見つけたそうで、パンとホウレンソウ、トマトのスライスと一緒に挟めたそう。サンドウィッチはキッチンペーパーで包んで、真ん中から半分に切ったら、おしゃれなランチとなったようです。




 それにしても、ヴィーガンは大変です。ベジタリアンでしたら、乳製品と卵は食べるのでまだ、選択肢は広いですが、ヴィーガンだと卵をつなぎに使うことも、チキンコンソメなども使えません。私は親ですから、娘のためにいろいろしますが、他人だったら戸惑うこともあるだろうな、とも思います。

 一昨年、義弟家族が来たときは大変でした。義弟と三人娘の真ん中は肉でも何でも食べますが、奥さんと長女、三番目の娘はベジタリアン。我が家に2日泊まり3食を共にし、その他の日も夕食を何日間か食べに来ましたので、本当に大変でした。

 義弟と真ん中の娘は「日本に来たからには、お寿司、霜降り牛肉、焼き鳥も食べたい」と言うし、他の娘はスープの中のベーコンやソースの中に入っている肉のエキスもダメだというし…。あのときは、義弟と真ん中の娘には寿司やステーキ、他の3人には野菜天ぷら、コロッケなどそれぞれに準備しました。

 しかし、息子がお好み焼きを作ったときは、お好み焼きソースのラベルを見て、「チキンエキスが入っているから食べない」と言い、違う場面では焼き鳥を一口だけ食べて残し(食べてみたかったのかもしれません)たり…。いろいろ配慮をしてもてなした側としては、正直なところ悲しい気持ちになりました。

 そういえば、私も病気で肉を控えていたときがありましたが、そのときは食事に招待されても、肉を食べないとは言いませんでした。ビーフシチューとかが出された場合は、夫に肉を食べてもらい、私はシチューだけいただきました。このように、自身の食のスタイルは一旦横に置き、もてなしてくれる側への配慮は工夫次第でできるものだと思います。

 娘には誰かと食事をするときは、肉・魚を食べないことは言っていいけど、材料の中に入っている卵や乳製品については、追及せずに食べてねと注意をしています。娘も「分かっているよ。一応、自分はヴィーガンだとは言うけど、ヴィーガン用のメニューないところでは、フライドポテトとか食べるから」。

 そうそう、その調子。動物愛護の気持ちはとても大事だけど、臨機応変にね。