2026年8月10日月曜日

海へ

  8日(土)に学校との話し合いを終え、中3の息子が無事2学期からも学校に通える事を確認し、肩の荷が下りました。翌9日から一泊で千葉県御宿町に泳ぎに行ってきました。

 娘はオーストラリアの大学3年生、息子は東京の私立一貫校の3年生で、子どもたちと遊べる期間は限られているーと最近ひしひしと感じるので、「遊びに行こう!」と思い立ったら、すぐ計画を立てることにしています。

 今回も「海に行こう!」と思い立ち、海が綺麗だという千葉県に行くことにしました。宿泊先は6月にオープンしたばかりのカフェ併設のホテルを予約しました。

 御宿町のビーチはサーフィンで有名らしく、たくさんのサーファーたちが来ていました。台風が接近しているため、波も高く、泳ぐというより次々と打ち寄せる波に体を任せるのに精一杯。でも、「海水浴に来たぞ!」という雰囲気は十分に味わえました。

御宿のビーチ

 ホテルにチェックインをしシャワーを浴びた後は、街へ。バーベキューをしているカフェを見つけて夕食を取りました。夜はベッドに寝っ転がって「スパイダーマン」を観ました。

夕食を取ったカフェ


 

カフェ併設のホテル「Dear Mom」

 


 今朝はホテル併設のカフェで朝食。昨日はあまり泳げなかったので、車で20分ほどの守谷海水浴場へ行きました。ここは入り江になっているため波が穏やか。サーファーの姿もなく、海水浴に来た人たちがのんびりと過ごしていて、私たちもゆっくり楽しめました。

「Dear Mom」での朝食

穏やかだった守谷海水浴場

ただ、息子は昨日の日焼けで皮膚が真っ赤になり、今日は泳げなかったのが残念でした。

 学校のことが一段落ついた直後の小旅行。一緒に泳ぎ、カフェでご飯を食べ、ベッドに寝っ転がって映画を観るー。子どもたちが大きくなった今、こうして一緒に遊べることが何より嬉しい2日間でした。 

2026年8月8日土曜日

闘い終えて…

  一週間ぶりのブログです。今日は息子の学校と闘ってきました。息子がニュージーランドにいる間に学年主任の先生から電話があり、帰国後息子と私たちと学校に来るようにと言われたのです。

 詳しくは書けませんが、ある出来事の発端は息子で、息子の行動により、誰も予想していなかったことが展開してしまったのです。

 先生から電話があったのは7月30日、息子が帰国する5日前です。私と夫はすぐ息子に事情を聞き、私たちとの日本語と英語でのメッセージのやり取りと事の深刻さに息子は数日間寝られなかったらしいのです。

 私と夫で車で成田空港に迎えに行きましたが、元気がなく、荷物をトランクに入れて後部座席に座った途端、安心をしたのか自宅までの1時間半ずっと寝ていました。

 私は弁護士に電話相談したり(取り合ってもらえなかった)、AIに相談したり、インターネットで検索をしたりして、何日もかけて準備をし、今日に臨みました。

 夫は担任の先生(外国人)にメールで連絡し、事情を聞き、今日の面談に出席してもらうことにしました。担任の先生は息子の味方でいてくれ、我々としては心強かった。

 今朝は夫が「具合が悪い」と言うし、息子も起きてこないし、で困りました。でも、「腹が減っては戦が出来ぬ」ということわざがありますので、息子の好きなアサリのパスタを山盛りにして食べさせました。

 話し合いは2時間ほどでした。私が先生方に質問をし、答えに対して疑問を呈するという形で進みました。結果的には息子が今後気を付けることを約束し、終わりました。

 ずいぶん心配しましたが、収束しました。学校の帰りにカフェに寄り、夫とはスパークリングワインで「お疲れ様でした」。息子も元気を取り戻し、あれこれ沢山食べました。それにしても、男子の中2中3は大変だと聞いていましたが、本当でした。

 有り難かったのが担任の先生の存在。「男子は中3までが一番大変ですが、高校生になれば、落ち着きますよ」と笑っていたのが、救いでした。

 

2026年8月2日日曜日

ベアを洗う

  明日、息子がニュージーランドから帰国します。2週間の滞在期間中、電話をくれたのは1回だけ。そのほかは、短いメッセージだけでした。やっぱり男子ですね。

 でも、お友達と一緒の写真を送ってくれました。山の上のベンチに座って、お友達4人とオークランドの街を見下ろす一枚。青春そのものという感じの、良い写真でした。

 今日は、息子が今でも一緒に寝ているクマのぬいぐるみ「ベア」と「ベアジュニア」を洗って干しました。ふんわりと良い匂いになって、息子を待っています。

 あぁ、私もベアになりたいなぁ。



2026年8月1日土曜日

がんのママの集いで

  今日、私が主宰するがんのママさんとAYA世代女性の集いがありました。5人のママさんと3人のお子さんたちが参加し、賑やかな会となりました。

 乳がん4人、胃がん1人が参加してくれました。このうち3人が、がんのあった臓器・部位を全摘出されていました。  

 今日の話題の一つは、がんになる前の自分に戻れないことによる気持ちの落ち込みをどう切り替えていくかーでした。

 手術や抗がん剤治療後、以前のように働けない、眠れない、動けない、食べられないー。症状は徐々に改善しても、体調は元には戻らず、外見も変わります。さらに、再発への不安も抱えながら生きていくことは、決して簡単なことではありません。

 あるママさんは、精神科医のカウンセリングを受けながら、「かつての自分に戻りたい、でも戻れない」と落ち込むたびに自分を客観視する方法を実践していました。

 別のママさんは、ある会合で教えてもらった気持ちを切り替えるための”名言”を心に留め、折に触れてそれを自分に言い聞かせているそうです。

 また、「失った臓器は戻らないし、外見も変わり、前のように出来ずに気持ちは落ち込んだ」と振り返りながらも、「”New"な自分を受け入れることで前向きに生きられるようになった」と話してくれるママさんもいました。

 今回の参加者で一番若い30代の女性は、「自分の中で、がんになったことを”格下げ”しているんです」と話してくれました。
「がんにならなくても、『あのときああすれば良かった』と後悔する自分がいたかもしれない」と考えることで、「失ったものはあるけど、その”新しい自分”として生きていく」覚悟を決めたと言います。

 かつての自分に戻ることができないー。

 このことについては私もずいぶん苦しみました。仕事=経済的自立=という、自分のアイデンティティの核だっただったものを手放さなければならかったことを長く引きずり、10年ほど続いた病気に次ぐ病気という悪循環で日常生活もままならない中で、この”喪失”に苦しみました。
 
 腫瘍精神科医のカウンセリングも受け、「生きていることに感謝すること」の大切さを説かれました。8回のカウンセリングを終えましたが、「先生は私の苦しみも悲しみも全く理解していない。だから、私はまた自力で元気になるしかない」と言い切り、目をぬらしながら診察室を出ました。頼ったはずの医師を突っぱねるほど、当時の私は、自分に折り合いをつけられずにいました。
 
「キャンサーギフト」という美しい言葉も折々にがん患者から聞きますが、本当にそうなのでしょうか? 将来への夢や希望が持てるAYA世代、働き盛り、そして、子育て真っ最中の世代ががんになり、「がんになって良かった」と前向きに受け止め、前進し続けることが出来るものなのでしょうか?

 そんな問いに対する答えを、30代の女性がきっぱりと言い切ってくれました。「がんになったことは良かったとは思わないけど、気づけたことはあった」。

 この言葉に、彼女より年上の私たちは深くうなずきました。おそらく、これが本当のところなのではないでしょうか。

 一度は死を覚悟しながらも、こうして生きていることに感謝をしている。でも、ときどき、かつての自分を思い出しては落ち込む。そして、そのたびに、自分を鼓舞したり、なだめたりしながら、何とか気持ちを切り替える。

 皆、こんな風に生きている。それを実感した一日でした。

 

2026年7月29日水曜日

秋色のバッグ

 娘は人との関わりがあまり得意ではなく、混雑した場所も苦手です。そのため、オーストラリアで1人で過ごす時間は、部屋でずっと編み物をしているそうです。

今回、ウールのバッグをお土産として持ってきてくれました。さらに、日本に滞在している間には、コットンのバッグと、鍋敷きを編んでくれました。コットンのバッグは赤を基調に、茶色とベージュをアクセントにした、秋の色合いで編んでくれました。ショールダーも肩にすっぽりとはまり、体に馴染んで良い感じです。

夏が終わり、長袖を着る季節にこのバッグを持って出かけるのが楽しみです。

娘が編んでくれたバッグ


鍋敷き(左)とコースター



2026年7月28日火曜日

娘がオーストラリアへ

  昨日、娘がオーストラリアに戻りました。日曜日夜の便の予定でしたが、機体整備のため出発が翌朝に変更になりました。当初は空港まで送る予定でしたが、夫も私も仕事がありましたので、羽田空港行きのバス乗り場まで見送りました。

羽田空港行きのバス停でハグ

  羽田空港では、同じく帰国中の親友レイちゃんが見送ってくれたそう。レイちゃんは今回、10日間ほど我が家に滞在しました。娘とディズニーランドやディズニーシー、カラオケ、買い物などに行き、娘はそれは楽しそうで、私たちも嬉しかった。

 娘はシドニー経由でメルボルンに向かう予定で、シドニーではホテルに一泊することになっていました。しかし、シドニー空港に着いたのは午後11時に近く。宿泊先を手配してくれるはずのカンタス航空の職員が見つからないと連絡があり、私たちも慌てました。

 娘は現地で携帯電話のSIMカードを入れ替えたため、何度電話をかけてもつながりません。私はネットでシドニー空港近くのホテルを探して、あとはカード番号を入力するだけの状態にして娘からの連絡を待ちました。気が気ではありませんでした。

 ようやく娘からフェイスタイムで連絡がありました。ホテルを手配してもらったこと、空港からホテルまでの送迎バスは終了していたため、タクシーでホテルに向かうことになったとのことでした。ほっとしました。

ホテルに着いたのは午前0時近くでしたが、「綺麗な部屋だよ!明日は午前4時に出なきゃならないから、4時間しかいられないけど」と、疲れた表情を見せながらも、元気そうに話してくれました。

 娘が初めて海外に行ったのは高校2年生のとき。イギリスへの夏期留学でした。フィンランド空港経由で行きましたが、カードを持たせていなかったため(当時の日本は現金があれば何とかなるという認識でした)、喉が渇いてもキャッシュレス決済のみ店では飲み物すら買えず、かわいそうな思いをさせてしまいました。留学先では、現地でできた友人にカードで立て替えてもらい、その場で現金を渡すことで何とか乗り切ったそうです。

 あれから娘は何度も一人でオーストラリアを往復しています。英語も出来ますので、大抵のトラブルには自分で対応できるようになりました。

 私も若い頃、留学先のアメリカから帰国するとき、飛行機の遅延で乗り継ぎ地に一泊せざるを得なくなったことがあります。ホテル代を払えるほどの現金も持っておらず、途方に暮れて航空会社のカウンターの前で、思わず涙がこぼれました。すると、周りにいたアメリカ人の方々が何人も駆け寄り、「このお嬢さんが可愛そうだ。ホテルを用意してあげて」と職員に訴えてくれたのです。おかげでホテルを手配してもらい、本当に助かりました。

 異国の地でトラブルに遭遇し、何とか対処していくのも、後に振り帰れば良い経験です。今回の出来事で、娘はまた少したくましくなったのではないでしょうか。

 とは言うものの、親としてはついつい「備えあれば憂いなし」の対応を子どもにしてしまうもの。今回ニュージーランドに短期留学した中3の息子には、念のため2枚のデビッドカードを持たせました。14歳なのでクレジットカードは作れませんが、1枚はMastercard、もう1枚はVisacard対応の店で使えるカードです。案の定、1枚は使えず、もう1枚が役に立ちました。まぁ、まだ中学生ですから、これくらいの備えは親がするべきでしょう。

 さて、娘から先ほど連絡があり、無事、メルボルン行きの便に乗ったそうです。朝4時に起きて、ホテルの送迎バスで空港に向かったとのこと。娘は成長がゆっくりで、すいぶん心配もしてきたので、今でも「ちゃんと起きられるかな」と思ってしまいます。でも、もう大丈夫ですね。

2026年7月26日日曜日

娘を連れてニセコへ

  23日(木)から2泊3日で、帰国中の娘と夫と一緒に北海道・ニセコ町へ行ってきました。

 札幌生まれ札幌育ちの私にとって、ニセコは冬はスキー、夏はラフティングを友人たちと楽しんだ思い出の場所です。2001年に北海道を離れてから長い間行っていませんでしたが、3年前に息子をスキーに連れて行って以来、翌年は夫と息子とスキーに、そして昨年は夏のニセコを満喫し、すっかり家族のお気に入りの場所になりました。今回は、初めて娘を連れて行きました。

 「ニセコは外国人の街になってしまった」と嘆く人も多いですが、夫にとってはどこに行っても英語が通じ、かつ、レストランのメニューも英語なので快適そうです。

 初日は「ツリートレッキング」に挑戦しました。森の中で木と木との間に張り巡らされた吊り橋やジップライン、ロープの網などを3時間かけて巡るアクティビティです。初級・中級・上級の3段階あり、上級にはバンジージャンプもあります。

ツリートレッキングでジップラインに挑戦する私

 そのバンジージャンプは命綱をつけて、地上8㍍の高さから飛び降ります。足がすくみましたが、思い切って飛びました!

バンジージャンプに挑戦する娘

 翌日は尻別川でラフティングです。こちらも2時間ほどかけて川を下る途中、4㍍ほどの崖から川へ飛び込む場面もあり、これも、怖かった。午後はのんびりと18ホールのパークゴルフを楽しみました。

のんびりとパークゴルフも

 最終日はゴンドラに乗って山を上がり、美しい羊蹄山を眺めながら、爽やかな空気を満喫しました。帰りは支笏湖に寄り、新千歳空港へ。当初は21時10分発の便でしたが、雷の影響で大幅な遅れが予想されたため、18時半発に変更してもらい、無事羽田空港に着いたのでした。

ゴンドラからの眺めも綺麗でした

娘がヴィーガンなので、食事を心配していましたが、なんと、レストランにはヴィーガンメニューがあり、コンビニエンスストアにもカップヌードルが売られており、思ったほど困りませんでした。外国人が多いニセコならではなのでしょうね。

娘が注文したヴィーガン用の担々麺

 やっぱりニセコは冬も夏も楽しい。冬は息子と一緒にニセコ・ヒラフスキー場のてっぺんからスキーでがんがん滑りたいし、夏も子どもたちとラフティングやツリートレッキングを楽しみたい。そのために体を鍛えよう!と、改めて心に誓ったのでした。