昨日、従姉妹のジュンちゃんから、博士号取得のお祝いにと花束が届きました。
その数日前も長電話でおしゃべりに花を咲かせていたジュンちゃん。お礼の電話をすると、「むっちゃん、ガーベラ好きだって言っていたでしょう? 博士号取ったら、贈ろうと思っていたの」と言ってくれました。私の一番好きな花を覚えていてくれたのです。
「もう嬉しくて、嬉しくて、お友達とのグループラインで報告して、むっちゃんのこと自慢しちゃった」と言い、「鈴木家(母の旧姓)から博士が出たのは初めてだよ!」と心から喜んでくれました。
ジュンちゃんは、小さいころから姉のように慕っている従姉妹。お互いの母同士が姉妹でとても仲が良く、その娘の私たちも小さいころから行き来をして仲良しだったのです。そんな”姉”に、自分のことのように喜んでもらえるのは、本当に嬉しい。
私は昔から自分に自信が持てず、「まだ足りない」と思ってしまう癖があります。50代後半で博士過程に進んだのも、研究の道に進みたいという思いに加えて、ウェブメディアで記事を書く中で、「自分は読者からの信頼に足る発信者だろうか」と自分の足りなさを自覚したためです。
しかし、博士課程の4年間はかなり大変で、他者の都合に左右される時間も多く、研究所内での立場が弱かったことから常に周囲の顔色をうかがいながら過ごす日々でした。
あの時間があったら、もっと執筆活動が出来たのにーとも思いますが、元来途中で何かを手放すことがなかなか出来ない性分のため、自分なりの区切りとして博士論文の提出を目標にここまで来ました。博士号の授与は大学の判断に委ねられるものですから、あくまでも提出までを目標にしていましたが、今回、授与の決定を受けて、ほっとはしました。
そんな私ですが、亡父のお通夜で、父方の従姉妹から「叔父さんにとって、むっちゃんは自慢の娘だった」というエピソードを交えた話を聞き、今はそれを支えに生きているほど、救われた経験があります。
お花とともに届いたジュンちゃんの思いやりのある言葉。その言葉も大切に心にしまって、落ち込んだとき、気持ちが塞いだとき、そっと取り出して生きる糧にしたいと思います。