2026年3月15日日曜日

夫と朝のスタバへ

  大学に博士論文を提出し、在学延長し、4月から所属が大学だけになります。3月末で研究所の身分がなくなります。正直、ほっとしています。

 博士論文についての研究科での最終審査は4月になりますので、現在は、海外の学術誌に提出している論文の直しについて、共著者の先生に回覧をし、返答を待っているところ。そのほか、机も綺麗にし、あとは24日の所属部の会議で最後になります。4年間、堪えたなぁというのが実感。思い出すのは、指導教員と廊下ですれ違ったときの不愉快極まりないという表情と数々のコメント。堪えきれずに、トイレに駆け込んで泣いたこと数知れず。

 終わりに近づき、戦闘態勢を解除すると、どっと疲れが押し寄せました。やる気が起きない。ブログの更新頻度が少なくなっているのは、それが理由だと思います。

 ここ数日、ようやく、家の中を見渡す気持ちになりました。家の中は散らかっており、私の机の周りには山のように資料や本が積まれています。それを整理するのが課題ですが、まずは、気持ちを立て直さなければなりません。

 夫を朝のスターバックスに誘ってみました。夫の良いところは、どんなときでもそこにいるという安定感。「いいよ!」と機嫌良く、スタバに付き合ってくれました。月の授業が終わり、自宅学習という名目で家にいる息子はまだ寝ていますので、私たちがコーヒーを飲んで帰宅するまで起きないでしょう。

 朝のスタバはそこそこ込んでいましたが、窓際の席が空いていました。ベーグルサンドとコーヒーをオーダーして、そこに座って食べました。最近の夫婦の話題は、息子の成績について。息子は勉強が嫌いで、成績がかなり低迷しています。この1年で国語と数学で1がついており、今学期の期末試験も大変な点数を取ってきました。どれかが1かもしれない、と予想しています。

  来年度1学期に1を取ると、学校を退学させられます。息子は日本語が出来ませんので、日本の学校への転校はできず、かといって、数学が出来ないのでインターナショナルスクールにも行けません。どうしたものかと頭を抱えています。

 夫は外資系の会社に勤めていますが、基盤が日本なので、海外への転勤は難しい。で、夫が言います。「昨日、考えたんだけどさ。君、博士号取ったら、海外の大学のポストドクター(任期付きの博士研究員)探したらどう」。私が海外で仕事を探し、息子を現地の学校に転校させたらどうか、というのです。「そのほうがビザは下りやすいし、僕も会社に対して海外勤務願いを出すより、家族が海外にいるので、年間半分ぐらいは家族と生活し在宅勤務をして、半分は日本に帰ってきて仕事をすると提案のほうが会社にも言いやすい」

 あぁ、何というプレッシャー。「日本でもポスドクの仕事、見つからないんだよ。ましてや海外なんて。それに私の英語力じゃあ」。「英語は何とかなるよ。それに就活は日本より海外のほうがましさ。日本は年齢制限が厳しいからね。海外は日本に比べて、年齢に対しては厳しくないよ」。

 娘いわく、「学校を退学させられたときの準備なんて、しないほうがいいよ。絶対。ほら、言霊っていうでしょう?本当にそうなっちゃうよ。なったら、なったときに考えたほうがいい」。確かに。学校もすぐではなく、数ヶ月の猶予はくれるようなので、その間に対応を決めることはできます。でも、それじゃあ、間に合わない…。

 さて、スタバの領収書についていたアンケートに答えて、フラペチーノ(フローズンドリンク)を無料でもらえました。それを持ち帰り、寝起きの息子にあげました。息子は「おっ、フラペチーノ、美味しそうだね」と喜んで飲んでいました。あーあ、良い子なんだけどなぁ。



 

2026年3月10日火曜日

いろいろあり…

  いろいろあって、ブログが書けずにいました。まず、一番大きかったのは、私の所属する研究チームの責任者が2月27日に65歳で亡くなったことです。T先生といいます。

 T先生は呼吸器外科の先生で、研究室の中で私が最も信頼するMさん、いつも励ましてくれるT君、そしてチームリーダーのOさん、私の4人が事務局となり、「T班」という名前で3年前から研究を進めてきました。T先生は半年ぐらい前から体調を崩し、あっという間に亡くなりました。がんだったと聞いています。

 お葬式に行ってきました。6日の夜でした。お寺のお坊さんによる読経がない「自由焼香」という形で、午後6時から8時までの間で参列者に都合の良い時間に伺って焼香するようになっていました。

 現役の医師のそれも要職につく人の葬儀ですので、大変な人数の人が来ていました。供花もそれはたくさんありました。遺されたのは、美しい奥様と高校生のお嬢さんです。

 その光景を見てつくづく思ったのは、当たり前ですが、死んだら終わりなんだという事実です。T先生が積み上げてきた華々しいキャリアも、美しいご家族も、死んでしまったら手放さなければならないのだということです。

 私は病気をしたこともあり、死はいつも身近にありました。でも、T先生の葬儀に参列し、改めて思いました。私はまだ、死ねないと。子どもたちとまだまだ一緒に過ごしたいし、夫と老後をのんびりと楽しみたい。母ともおしゃべりや食事をしたいし、友人たちと美味しいお料理を食べたり、お酒を飲んだりして、語り合いたい。まだまだ書きたいテーマもある。

 昨年47歳で亡くなった友人ゆきちゃんも、65歳で亡くなったT先生も、まだまだこれから家族や友人たちとの楽しい日々がたくさんあって、あれもしよう、これもしよう、と思っていたはずなのに…。無念だったと思います。

 穏やかな表情で眠るT先生に「ありがとうございました」と手を合わせました。そして、改めて、日々を大切に生きようと思ったのでした。

 

 

 

2026年3月3日火曜日

ひな祭りの祝い方

  今日はひな祭りでしたね。皆さんはひな人形を飾りましたか? 私はいろいろ追われているため、今年こそやめようかなと思いましたが、昨日、頑張って飾りました。オーストラリアの大学に留学中の娘が生まれたときに両親からもらったひな人形は、これまで一度も飾らなかった年はありません。今年も飾れた自分を、心の中でこっそりと褒めました。

ダイニングに飾ったひな人形

 ひな人形は収納エリアの奥に入っているため、その前に置いてある様々な物を一旦出さなければいけません。それが億劫なのですが、去年、ひな祭りの前日に人形を出して、翌日に片付けることにすると、居間に大量の物が置いてあっても2日間だけですので、心の負担が減ることに気がつきました。で、今年もひな人形を2日に出し、居間に大量の物を置いてそのままにし、3月4日に全部片付けることにしました。

 今朝は地元小学校に絵本の読み聞かせに行きました。読んだ本は「ひなまつりにおひなさまをかざるわけ」。木で作った人形に熱が下がらない女の子の熱を移し、川に流す「流しびな」という風習のお話です。

 読み聞かせをした3年3組の担任の先生は、息子のかつての担任の先生です。ご挨拶をすると私のことを覚えていてくれ、たまに息子を駅で見かけると話してくれました。「最近はぐんと背が高くなって、びっくりです」。息子がお菓子作りが大好きだという話をすると、それは嬉しそうに「そうですか!将来はパテシエですね」と楽しそうに話してくれました。

 このように先生や子どもたちと交流できる月に一度の絵本の読み聞かせは私にとって、癒やしの時間です。今日も、幸せな気持ちで帰宅しました。論文書きをしばらくした後、ひな祭りを一緒にお祝いするため、おかずを作って、ちらし寿司と和菓子を買って、母のマンションへ。

 88歳の母はとても元気で頭もシャープです。ママ友たちのお母さんで認知症を患っている人も多く、その大変さを聞いているため、母が自立して暮らしてくれていることに、感謝。母はテレビのスポーツ観戦が趣味で、近く行われるワールドベースボールクラシック(WBC)に出場する選手たちの名前をフルネームで覚えており、今日も嬉しそうに選手たちの話をしていました。

 母は朝ラジオを聞いているのですが、今朝は、「起爆剤」という言葉が出てきたため、寝ながら漢字の書き順を思い浮かべ、朝起きてから辞書で調べて確認したとか。こういう日々の地道な努力が年齢を重ねてもしっかりしている秘訣なのかも、と思ったのでした。

 絵本の読み聞かせという幸せな時間を過ごせ、かつ、母も元気でいてくれることに心から感謝をした一日でした。 


ひな祭りを母と祝う


2026年3月1日日曜日

ついに提出

  2月27日、製本した博士論文と16の書類を大学に提出しました。加えて、在学期間延長願いも一緒に提出しました。

 この博士論文は、4月の研究科委員会で審議されるそうです。長い長い道のりでした。3月修了の期限となる2月19日の締め切りが間に合わず(審査会に提出しましたが、連絡が来なかった。審査会の承認がなければ論文は大学に提出できません)、在学期間延長となりました。指導教員から「満期退学」を言い渡され、それを受け入れず、在学期間延長を選びました。

 在学期間を延長するということは、誰かに指導教員になってもらわなければなりません。現在の指導教員は3月末で退任しますので、新たな指導教員を私が探すのか、専攻長と相談して決めるのか、全く分かりません。でも、もう、それは後からでもいいーと判断し、とりあえず、書類のみ大学に提出しました。在学延長については指導教員と専攻長の承認の印はもらいました。

 友人Nさんにこの変のところを聞いてみました。Nさんは20代で博士号を取得しています。彼女は私の状況に共感してくれましたが、「十人十色で、楽な博士課程なんてないと思う」とのこと。私の知り合いで何人か博士号を取得している人がいますが、皆、当時を「暗黒時代」というような表現で振り返っていますので、そうなんでしょう。

 とりあえず、提出はしました。苦しかったなぁ、、、というのが今の気持ちです。

 

 

 

2026年2月26日木曜日

やっと動き出した

  一昨日の25日、膠着状態からようやく脱することが出来ました。学位論文の審査会の主査の先生から、修正版の博士論文が「合格」となったと報告をもらったのです。

 そして昨日、大学から最終手続きに関する連絡がありました。やっと、次のステップです。博士課程の中で最難関と言われる審査会。いろいろと調べていると、この審査会で落ちる人もいるようで、私も不安な日々を送っていました。

 かつ、指導教員は3月末で退任。その後どうすれば良いのか全く検討がつかない中で、在学期間延長の承認印を指導教員に24日に、専攻長に26日にもらいに行きました。大学は春と秋に修了式がありますので、おそらく半年ごとに延長という形になるのでしょう。

 次の指導教員を自分で決めなければならないのか、決まらない場合はどうすれば良いのかも全く分からず(おそらく、分かる人も少ないと思います)、暗闇の中で動き回っています。

 少なくとも、審査会から「合格」をいただけたことで、前に進めることが分かって良かった…。

 昨日、今日と最終書類を作っています。あと少し、頑張るぞ!

 

2026年2月24日火曜日

  昨日は隣駅にある和食店で、母とランチをしました。

 米寿の母は「あちこち痛くて」と言いつつ、自立して暮らしています。趣味はテレビのスポーツ観戦。駅伝や相撲が大好きで、オリンピックも毎日観戦。「次はWBC。日本は大谷君とか蒼々たるメンバーが出てくるから、もう、楽しみで。アメリカも日本に負けられないから、いい選手が参加するの」だそう。

 アメリカのバスケットボールもフォローをしているそうで、息子と話が合うそうな。昨日もいろいろ教えてもらいました。

 最近、芸能人がケア付きの高級老人ホームに入居した例を芸能ニュースで見るそうですが、「あんなに至れリ尽くせりで、ボケないんだろうか?と思ってしまう。だって、食事も掃除も何から何までやってもらうんでしょう?そうしたら頭も使わないから、ボケると思う」とのこと。

 母によるとボケない秘訣は、「何でも自分でやること」だそう。母は料理が大好きで、自分が食べたいものを丁寧に作って食べています。病院へも1人で行きます。気を付けているのは「転ばないこと」だと言い、それはかなり注意をして暮らしています。

 マンションにはベランダに出るときやお風呂場などに段差があるのですが、「これも、気を付けながら生活しているから、転んだことはないよ」。

 昨日はとても暖かかく、道行く人は軽やかな服を着ていました。母も、水色の長いカーディガンと白いインナー、白いパンツという春の装いで待ち合わせ場所の駅前に現れました。「このパンツ、線があるのよね。最近は線のないワイドパンツが流行でしょう?」と言うので、「お母さん、十分素敵だから大丈夫だよ。線がある・なしは全然関係ないよ」と伝えました。母のような高齢の女性が、あのようなこざっぱりとした装いをしているだけで、素敵ですので。

 母は終始ご機嫌で、友達の話や昔話を楽しそうにしていました。和食店を出で、駅まで歩いていると、老舗風のそば屋さんを見つけました。「ここ、美味しそうだね。今度、ここに来よう」と約束しました。これから暖かくなりますので、母との外出が楽しみです。

 

母と食べたランチ。丁寧に作られたおかずに炊き込みご飯とお味噌汁がついていました

 

2026年2月23日月曜日

花壇を整える

  3連休は論文から離れる時間を作りました。昨日は、玄関前の花壇の手入れをしました。お花屋さんに行き、ビオラやカランコエ、アークトチスなどを買って、植えました。

 また、夏に楽しんだアサガオの茎を使って、リース作りも。アサガオは息子が小学校1年生のときに学校からもらってきた種を翌年植えてから、毎年春に種を植え、夏は花を楽しみ、秋は種を採り、茎を使ってリース作りをしているのです。昨年秋は忙しくてできず、ずっと外に置いてあり気になっていて、昨日何とか作ることができました。

 花を植えるときも、黙々とリースを作るときも、無心でいられました。こういう穏やかな時間は大切だなぁとつくづく思ったのでした。

ビオラがたくさん

アサガオの茎で作ったリース