2026年3月3日火曜日

ひな祭りの祝い方

  今日はひな祭りでしたね。皆さんはひな人形を飾りましたか? 私はいろいろ追われているため、今年こそやめようかなと思いましたが、昨日、頑張って飾りました。オーストラリアの大学に留学中の娘が生まれたときに両親からもらったひな人形は、これまで一度も飾らなかった年はありません。今年も飾れた自分を、心の中でこっそりと褒めました。

ダイニングに飾ったひな人形

 ひな人形は収納エリアの奥に入っているため、その前に置いてある様々な物を一旦出さなければいけません。それが億劫なのですが、去年、ひな祭りの前日に人形を出して、翌日に片付けることにすると、居間に大量の物が置いてあっても2日間だけですので、心の負担が減ることに気がつきました。で、今年もひな人形を2日に出し、居間に大量の物を置いてそのままにし、3月4日に全部片付けることにしました。

 今朝は地元小学校に絵本の読み聞かせに行きました。読んだ本は「ひなまつりにおひなさまをかざるわけ」。木で作った人形に熱が下がらない女の子の熱を移し、川に流す「流しびな」という風習のお話です。

 読み聞かせをした3年3組の担任の先生は、息子のかつての担任の先生です。ご挨拶をすると私のことを覚えていてくれ、たまに息子を駅で見かけると話してくれました。「最近はぐんと背が高くなって、びっくりです」。息子がお菓子作りが大好きだという話をすると、それは嬉しそうに「そうですか!将来はパテシエですね」と楽しそうに話してくれました。

 このように先生や子どもたちと交流できる月に一度の絵本の読み聞かせは私にとって、癒やしの時間です。今日も、幸せな気持ちで帰宅しました。論文書きをしばらくした後、ひな祭りを一緒にお祝いするため、おかずを作って、ちらし寿司と和菓子を買って、母のマンションへ。

 88歳の母はとても元気で頭もシャープです。ママ友たちのお母さんで認知症を患っている人も多く、その大変さを聞いているため、母が自立して暮らしてくれていることに、感謝。母はテレビのスポーツ観戦が趣味で、近く行われるワールドベースボールクラシック(WBC)に出場する選手たちの名前をフルネームで覚えており、今日も嬉しそうに選手たちの話をしていました。

 母は朝ラジオを聞いているのですが、今朝は、「起爆剤」という言葉が出てきたため、寝ながら漢字の書き順を思い浮かべ、朝起きてから辞書で調べて確認したとか。こういう日々の地道な努力が年齢を重ねてもしっかりしている秘訣なのかも、と思ったのでした。

 絵本の読み聞かせという幸せな時間を過ごせ、かつ、母も元気でいてくれることに心から感謝をした一日でした。 


ひな祭りを母と祝う


2026年3月1日日曜日

ついに提出

  2月27日、製本した博士論文と16の書類を大学に提出しました。加えて、在学期間延長願いも一緒に提出しました。

 この博士論文は、4月の研究科委員会で審議されるそうです。長い長い道のりでした。3月修了の期限となる2月19日の締め切りが間に合わず(審査会に提出しましたが、連絡が来なかった。審査会の承認がなければ論文は大学に提出できません)、在学期間延長となりました。指導教員から「満期退学」を言い渡され、それを受け入れず、在学期間延長を選びました。

 在学期間を延長するということは、誰かに指導教員になってもらわなければなりません。現在の指導教員は3月末で退任しますので、新たな指導教員を私が探すのか、専攻長と相談して決めるのか、全く分かりません。でも、もう、それは後からでもいいーと判断し、とりあえず、書類のみ大学に提出しました。在学延長については指導教員と専攻長の承認の印はもらいました。

 友人Nさんにこの変のところを聞いてみました。Nさんは20代で博士号を取得しています。彼女は私の状況に共感してくれましたが、「十人十色で、楽な博士課程なんてないと思う」とのこと。私の知り合いで何人か博士号を取得している人がいますが、皆、当時を「暗黒時代」というような表現で振り返っていますので、そうなんでしょう。

 とりあえず、提出はしました。苦しかったなぁ、、、というのが今の気持ちです。

 

 

 

2026年2月26日木曜日

やっと動き出した

  一昨日の25日、膠着状態からようやく脱することが出来ました。学位論文の審査会の主査の先生から、修正版の博士論文が「合格」となったと報告をもらったのです。

 そして昨日、大学から最終手続きに関する連絡がありました。やっと、次のステップです。博士課程の中で最難関と言われる審査会。いろいろと調べていると、この審査会で落ちる人もいるようで、私も不安な日々を送っていました。

 かつ、指導教員は3月末で退任。その後どうすれば良いのか全く検討がつかない中で、在学期間延長の承認印を指導教員に24日に、専攻長に26日にもらいに行きました。大学は春と秋に修了式がありますので、おそらく半年ごとに延長という形になるのでしょう。

 次の指導教員を自分で決めなければならないのか、決まらない場合はどうすれば良いのかも全く分からず(おそらく、分かる人も少ないと思います)、暗闇の中で動き回っています。

 少なくとも、審査会から「合格」をいただけたことで、前に進めることが分かって良かった…。

 昨日、今日と最終書類を作っています。あと少し、頑張るぞ!

 

2026年2月24日火曜日

  昨日は隣駅にある和食店で、母とランチをしました。

 米寿の母は「あちこち痛くて」と言いつつ、自立して暮らしています。趣味はテレビのスポーツ観戦。駅伝や相撲が大好きで、オリンピックも毎日観戦。「次はWBC。日本は大谷君とか蒼々たるメンバーが出てくるから、もう、楽しみで。アメリカも日本に負けられないから、いい選手が参加するの」だそう。

 アメリカのバスケットボールもフォローをしているそうで、息子と話が合うそうな。昨日もいろいろ教えてもらいました。

 最近、芸能人がケア付きの高級老人ホームに入居した例を芸能ニュースで見るそうですが、「あんなに至れリ尽くせりで、ボケないんだろうか?と思ってしまう。だって、食事も掃除も何から何までやってもらうんでしょう?そうしたら頭も使わないから、ボケると思う」とのこと。

 母によるとボケない秘訣は、「何でも自分でやること」だそう。母は料理が大好きで、自分が食べたいものを丁寧に作って食べています。病院へも1人で行きます。気を付けているのは「転ばないこと」だと言い、それはかなり注意をして暮らしています。

 マンションにはベランダに出るときやお風呂場などに段差があるのですが、「これも、気を付けながら生活しているから、転んだことはないよ」。

 昨日はとても暖かかく、道行く人は軽やかな服を着ていました。母も、水色の長いカーディガンと白いインナー、白いパンツという春の装いで待ち合わせ場所の駅前に現れました。「このパンツ、線があるのよね。最近は線のないワイドパンツが流行でしょう?」と言うので、「お母さん、十分素敵だから大丈夫だよ。線がある・なしは全然関係ないよ」と伝えました。母のような高齢の女性が、あのようなこざっぱりとした装いをしているだけで、素敵ですので。

 母は終始ご機嫌で、友達の話や昔話を楽しそうにしていました。和食店を出で、駅まで歩いていると、老舗風のそば屋さんを見つけました。「ここ、美味しそうだね。今度、ここに来よう」と約束しました。これから暖かくなりますので、母との外出が楽しみです。

 

母と食べたランチ。丁寧に作られたおかずに炊き込みご飯とお味噌汁がついていました

 

2026年2月23日月曜日

花壇を整える

  3連休は論文から離れる時間を作りました。昨日は、玄関前の花壇の手入れをしました。お花屋さんに行き、ビオラやカランコエ、アークトチスなどを買って、植えました。

 また、夏に楽しんだアサガオの茎を使って、リース作りも。アサガオは息子が小学校1年生のときに学校からもらってきた種を翌年植えてから、毎年春に種を植え、夏は花を楽しみ、秋は種を採り、茎を使ってリース作りをしているのです。昨年秋は忙しくてできず、ずっと外に置いてあり気になっていて、昨日何とか作ることができました。

 花を植えるときも、黙々とリースを作るときも、無心でいられました。こういう穏やかな時間は大切だなぁとつくづく思ったのでした。

ビオラがたくさん

アサガオの茎で作ったリース



2026年2月22日日曜日

指導教員からのメール

  博士論文を審査会に提出しているものの、その審査会からの連絡がなく、大学に3月修了に必要な手続き書類を提出できなかった19日、大学から「満期退学」か「在学延長」を選ぶよう指示があったことはお伝えしました。

 その夜指導教員に「在学延長」を願い出ると、次のようなメールがきました。

「在学延長をするとして、専攻長に相談されるのはかまいませんが、その場合、こちらが相談されても対応できない条件だけは提示しておきます。

1)私が指導教授としての講座はなくなること。この研究室では現在の身分(私の)での在籍と出入りは事実できなくなること

2)4月から別の指導教授が講座の看板は引き継くが、学生の引き継ぎはないこと。これは相談されても対応できません。

3)どこかの教室が引き受けて新しい教授につけたとしても、学位審査の論文や投稿しているジャーナルに今から新しい指導教授の名前をギフトとして追加することはできないこと

大学の在籍を延長した場合は、上記の点は相談・交渉されてもこちら側は対応できません。延長するかどうかについてはそれぞれの意思なので、阻止することはありませんが、延長したとしても、学位論文の修正までの時間稼ぎに過ぎず、延長しさえすればずっと指導を仰げるものでものないことを認識した上で進めてください」

 私は3つのすべては承知したこと、そして、時間稼ぎをしたいわけでも、新たな指導教授に指導を仰ぎたいわけではないと伝えた上で、論文を提出し、結果を待つこの段階で、「退学」はできないと伝えました。

 若くて将来がある人だと、見切りを付けて、社会に出る決断をする人もいるでしょう。でも、私の場合は皆が定年退職となるような年齢です。ですので、自分の目標であった「博士論文を大学に提出する」(結果は自分にはコントロールできないので、ここを目標としました)を達成した後、結果を待つ段階で「退学」は選べない。

 一つ悔やまれるのは、審査会が終わり、修正を指示され修正方針を審査会に提出したその翌日に、昨年9月に提出していたジャーナルから「大幅修正」の連絡が来ました。その修正に一週間かかりました。指導教員には修正後の原稿を事前に見せる日の定められましたので、それに従い、博士論文を優先できませんでした。

 あのとき、「学位論文を優先したい」と言えば良かったとは後悔しています。が、指導教員が絶対的であるこの世界で、それはとても言えないことでした。指導教員をよく知る研究者2人に相談しましたが、「ギリギリまで努力する」ことを求められているーとのことでした。私なりに最善を尽くし、その後に博士論文に取り組み、大学の提出締め切り3日前に審査会に提出しました。が、審査会から連絡は来ず、私が出来ることの範疇は超えました。

 もう、天に任せるしかない段階に来たのかなと、考えています。今週火曜日に専攻長にメールで在学延長を希望しますが、現在の指導教員からは上記の3つの条件が提示されていることを伝えます。とても対応の難しい条件なので、専攻長の考えによっては、退学を勧められるかもしれません。でも、そうなったら、もうそれは「天の采配」と受け止めるしかないかな、、、、と考えています。

 

2026年2月21日土曜日

シナモンロールとブラウニーとティラミスと…

  私が博士論文と投稿論文の修正に取り組んでいる最中、息子は1日おきにお菓子作りに取り組んで、腕を磨いていました。

 シナモンロールは、プロ並みの美味しさでした。それにしても、一つ一つこうして生地をまるめて美しく並べていくのは、才能の一つかなぁと思ったりします。

 翌々日はブラウニー。これもまぁ、丁寧に作っていました。次の日は学校に5切れほど持っていきましたので、お友達にあげたのでしょう。

 一昨日はティラミスでした。ほっぺたが落ちそうなぐらい、美味しかった。スイーツ大好きな私。息子の作る極上のスイーツが食べられて幸せです。

シナモンロールの生地。クルクルと丁寧に巻いてあります

焼き上がった後に、上にアイシングをかけてありました
クッキングシートを準備する息子

出来上がったブラウニーを切る息子

ティラミスも最高でした