2026年7月11日土曜日

近所の洋食屋さん

 我が家から徒歩3分ほどのところに、古い洋食屋さんがあります。通りから奥まったところにあり、我が家から駅までの道のりにはないため、今度行こうと思いつつずっと行けずにいました。

 ママ友たちに聞いてみると、何人もそこに行っていました。「美味しいよ!でも、かなり待つかも」というのが評価。その「待つかも」が引っかかり、躊躇していました。そして、この家に引っ越してから15年、家族と一緒に最寄り駅や隣駅などにある、あちこちのレストランに行きましたが、ここだけは、なぜか行っていなかったのです。

 先日、昼食時間に夫と二人だったため、ふと思い付いて、行ってみました。待たなくても良いように、開店時間の12時に行きました。通りには看板とメニューが出ており、その看板が古くて、歴史を感じさせます。

 奥に進むと、おそらく、昔はメニューのサンプルが並んでいただろう古いショーケースの中には、これまた古いコーヒーカップやヤシの実のようなものが並んでいます。ドアを開けようとすると、開店時間なのに閉まっています。すると、白いコックコートを着た年配の女性がやってきました。おそらく70代、もしくは、80代かもしれません。この方がシェフなのでしょう。

 「ああ、すみませんね。もう少しで開けますから、あちらに座ってお待ちください」

 外に置いてある椅子に座り、待つこと10分。ようやく、店内に入ることができました。壁には古い絵やポスターが貼られており、カウンターにはピンク色の大きなダイヤル式の電話機が置いてあります。博物館に飾っても良いような昔の電話機です。

 二人がけのテーブルに座り、メニューを開くと、ビーフステーキ、カツレツ、ピラフ、オムライス、カレーなど美味しそうなものが並んでいます。オーダーを取りに着たシェフに、夫はステーキ、私は海老のオムライスを注文しました。シェフが厨房に戻り、冷蔵庫を開け、食材を取り出し料理を始めました。お年を召していらっしゃるので、大丈夫かしらとちょっと心配になりました。

 しばらくすると、白いコックコートを着た年配の男性が入ってきました。この方は腰が曲がっています。その男性は玄関周りを整えて、私たちに笑顔で「いらっしゃいませ」と言い、厨房に入っていき、シェフの手伝いを始めました。テーブルから厨房を見ますと、シェフはテキパキと料理をされています。そして、お野菜とメインメニューが運ばれてきました。

 オムライスは卵がふわふわしていて、中のご飯もしっかりとした海老が入り、とても美味しい。夫のステーキも厚くて、本格的。夫も「すごく柔らかかくて、美味しい」と満足そうです。とても美味しいので、「15年間、ここに来なかったのが悔やまれるね」と語り合いながら、食べました。


 シェフに「何年、このレストランを開いていらっしゃるのですか?」と聞くと、「53年」とちょっぴり誇らしげに答えました。「53年も!すごいですね」「あっ、57年だったかな?」とシェフは苦笑しました。それだけ長い年月になると、ご本人にとっては53年も57年も、大きな違いはないのでしょう。50年以上も続けてきたということは、沢山の方に愛されてきたということだと思います。

 私たちの後に、次々とお客さんが来て、皆、のんびりとお料理を待っています。中には常連さんもいて、テーブルに座る前にシェフに「ハヤシライスね」と声がけ。おおっ、メニューを見ずに注文。すっ、すごい。そして、なんと1時になるとテーブルはすべて埋まり、訪れたお客さんを「すみません、1時オーダーストップなんです。また、よろしくお願いします!」と断るほど。12時に開店、1時にオーダーストップとは…。

 そして、あの、博物館級のピンク電話が鳴りました。ええっ、あれ、ディスプレーじゃないの?シェフが受話器を取り、話し始めます。あの電話、機能しているんだ、と驚くばかり。

 最後にコーヒーが運ばれました。男性がカウンターの上に並べたコーヒーカップにインスタントコーヒーの粉を入れ、お湯を注ぎます。「えっ、インスタントコーヒー?」と思いましたが、運ばれてきて飲むと普通に美味しい。これも、おそらく、長い時間をかけて、選んだ粉なのでしょう。なんか、すべてがあっぱれ。

 動物由来の食品を一切口にしない娘の食べるメニューは残念ながらありませんでしたが、息子を今度連れて来ようと思いました。自宅から徒歩3分の場所なのに、15年間も行かなかったことが悔やまれました。どうぞ、ご夫婦が元気で、これからも長く続けていただけますように。

2026年7月9日木曜日

娘の幸せ

  オーストラリアから帰国中の娘に会いに、親友のレイちゃんが昨日、我が家に来ました。10日間、滞在します。

 レイちゃんは娘が通ったインターナショナルスクールのころからの友人で、現在、カナダの大学に留学しています。前回来たときは耳に10個ぐらいピアスが付いていて、今回は金髪になっていました。娘も髪にハイライトを入れてきましたので、女子はこの時期は会う度に雰囲気が変わるものですね。

 娘は留学先でメンタルが落ち込み、私たち夫婦とも連絡が取れなくなった時期がありました。レイちゃんも、海外での生活の中で精神的に追い込まれ、数ヶ月間、娘からのラインに返信をしなかった時期がありました。

 その間も娘は辛抱強く、レイちゃんに負担のかからないような内容のメッセージを送り続けていました。

 私は娘が深く傷つくことを心配し、「もう、レイちゃんに連絡するのはやめたら?」と話したことがありました。でも娘は、「レイは私にとって、唯一の親友。今、レイとの友情が終わってしまったら、中学校・高校の大切な思い出まで失ってしまう。私には何も残らなくなってしまう。それは嫌なの。それに、レイは今とても大変なのかもしれない。だから、待っていたいの」と言い、何ヶ月も待ち続けました。

 そしてある日、レイちゃんから娘に連絡がありました。留学先での生活が落ち着き、ようやく娘に連絡できるようになったそうです。その後、何度か、また連絡が取れなくなったことがありましたが、今は、元のように頻繁に連絡を取り合う仲良しに戻りました。

 今回、こうして再び我が家に遊びに来てくれて、娘は本当に楽しそうです。その笑顔を見ていると、私のほっとしています。

 レイちゃんはインターナショナルスクール時代から、いつも周りに人が集まる人気者でした。そんなレイちゃんと親友でいられる娘は幸せです。でも私は、友達を信じてずっと待ち続ける、辛抱強い優しい娘とお友達でいられるレイちゃんも幸せだな、と親バカですが、思うのでした。

 

2026年7月7日火曜日

七夕の願い_2

  私が主宰する、がんのお母さんたちの集いのチラシを置いていただくため、昭和医科大学病院に行きました。そこでも七夕の笹が飾られ、短冊にたくさんの願い事が書かれていました。

「ばあばのこしと足がよくなりますように」

「丈士くん(亡父と同じ名前でした)が病院にくることが減りますように」

「もうママが入院しませんように」

「じいじがよくなりますように」

「お父さんが元気になりますように」

 子どもらしい願いもありました。「おねしょがなおりますように」「身長があと1.5㌢伸びますように」ー。

 真ん中に隠れるように結ばれていた短冊を読み、思わず目頭が熱くなりました。

「じゆうになれますように」ー。このお子さんは、入院していて、おうちに帰りたいのでしょうか。どうか、皆さんの願いが叶いますように。


2026年7月4日土曜日

七夕の願い

  私は月に一度、がんを発病した子育て中のママさんと、AYA世代の女性を対象に地元の施設でお話し会を開いています。私自身、悪性リンパ腫と胃がんの2つのがんを経験し、悪性リンパ腫は2度再発しました。また、がん治療前に妊孕性温存をし、保存した受精卵を用いて子供を出産しました。ですので、同じような立場の方々が悩みを分かち合える場になればという願いから、このお話し会を続けています。

 お話し会で利用しているのは、最寄り駅近くの区の施設です。今日、9月分の施設利用料を支払いに行った際、館内に七夕の短冊が飾られているのを見かけました。たくさんの願いがありました。

「アンパンマンになれますように」

娘が小さいころ、アンパンマンが大好きだったことを思い出し、顔がほころびました。

「テストで良い点が取れますように」。

うーん、わかる、わかる。

そして、一枚の短冊に目が留まりました。

「パパのがんがなおりますように」

 その短冊の右には「左の人の願いが叶いますように」、左には「右の人の願いが叶いますように」、そして、上には「下の人の願いが叶いますように」という短冊が結ばれていました。

 見ず知らずの人の願いが叶うよう、祈る方々の優しさに胸を打たれました。どうぞ、このお子さんの願いが叶いますように。皆さんも一緒に願っていただけたら、嬉しいです。





2026年7月2日木曜日

お弁当4つ

  今朝はお弁当を4つ作りました。中3の息子には毎日作っており、朝食の準備を含めると1時間かかりますが、今日は頑張って1時間半かけました。

 息子と夫と私にはハンバーグときんぴらゴボウ、夫には鱈の西京漬けも入れました。娘のお弁当には、娘が作り冷凍していたお豆腐の料理を入れました。それに加えて、ハッシュドポテトやピクルス、枝豆、ミニトマト、ブロッコリーなど、それぞれの好みに合わせて詰めました。口直しにブドウとゼリーも。

 ハンバーグは娘の大好物だったのになぁ、とまたまた寂しい気持ちになりましたが、気を取り直して、ヴィーガンになってから娘が好きになったひじきのおにぎりを握りました。

 食べるものが変わっても、「美味しい!」と思ってもらいたいという気持ちは変わりません。娘がそのときに食べたいもの、好きなものを詰めて喜んでもらえたら、それで十分ですよね。



2026年6月29日月曜日

ヴィーガンレストラン

  動物由来の食材を一切食べない娘の食事は、なかなかに大変です。娘は料理好きなので、お豆腐など食べられる食材を使っていろいろ作り、冷凍をしてくれます。でも、久しぶりに帰国した娘に、これまで娘が大好きだった料理を作れないのは、とても寂しい。

 それでもポテトグラタンのルーを牛乳の代わりに豆乳にしたり、餃子の種を豚挽肉の代わりに豆腐にしたり、といろいろ工夫をしています。ママ友から教えてもらった(有り難いですね)ヴィーガンレストランにも行ってきました。

 ヴィーガンレストランなんて、娘がそうでなければ絶対行かない場所。でも、教えてもらった隣駅のレストランは2回行きましたが、いつも満席。すごいですね。需要があるんですね。昨日は、8人以上のグループが2組もいて、大変な賑わいでした。

 さて、お料理のメニューはバラエティに富んでいました。1回目に娘と二人で行ったときに注文したのは、私がカツカレー、娘が担々麺。2回目に家族4人で行ったときに注文したのが私が和風ハンバーグ、夫がカツカレー、娘が油淋鶏(ユーリンチー)、息子が担々麺。どの料理も、お肉の食感と味を出しています。

ヴィーガン・カツカレー

ヴィーガン・担々麺

ヴィーガン・和風ハンバーグ

 いやぁ、驚きました。カツカレーも担々麺も、油淋鶏も言われなければ肉を使っていないことは分かりません。さすがにハンバーガーは和風で薄味だったため、違いは分かりましたが、それでもよく出来ていました。

 娘がこれまで大好きだったお肉、チーズなど沢山の食材を食べなくなり、寂しいですが、そこは臨機応変に対応して、家族で食事を楽しみたいと思っています。

2026年6月27日土曜日

シアトルからの招待状

  シアトルに住む甥っ子から、結婚式の招待状が届きました。結婚式は10月末に市内のレストランで開かれるようです。招待状の真ん中の写真には、海岸を歩く甥っ子とパートナーがお互いを見つめ合いながら歩く姿が映し出されていました。髪をジョン・レノンのように伸ばし、ひげを生やした甥っ子は、とても穏やかで幸せそうな表情をしています。

 招待状の裏面には、林の中で大笑いする甥っ子とパートナーの写真が載っていました。あぁ、自然体でいいなぁと思いました。

 甥っ子のパートナーは同性です。義母は4人の息子たちが子どものころ「黒人の女性だけは駄目」と言っていたと言いますから、その息子の一人がアジア人(私)と結婚し、もう一人が男性と結婚するのを受け入れるのはずいぶん難しかったのではと想像します。

 でも、今は、孫の一人が黒人と結婚し、今回招待状をくれた甥っ子ら二人が同性と結婚予定です。日本はまだまだLGBTQの生きづらさについて報道されますが、夫の家族を見ていると、米国では家族に当たり前に受け入れられ、幸せな人生を歩む人たちもいるのだと思います。

 今回、招待状をくれた甥っ子がありのままの姿をオープンに出来るのは、叔父が同性パートナーと堂々と結婚式を挙げ、皆にお祝いしてもらうーという真っ直ぐな生き方をしたからだと思います。

 愛し合う二人が将来をずっと共に生きようと決意し、こうして家族に報告するのはなんと素晴らしいことなんでしょう。

 この招待状をもらい、私は心があたたかくなったのでした。