2026年7月17日金曜日

アップルパイ

  娘は私が作るアップルパイが大好きで、11月の誕生日には毎年、市販のケーキではなく私のアップルパイをリクエストしてくれました。

 ところが、ヴィーガンになった今はバターや卵を食べられないため、これまでのレシピでは作れません。

 そこで、アップルパイを何としても食べたい娘は、卵なしのパイ生地と、リンゴの煮込みと混ぜるスポンジケーキを卵の代わりにひよこ豆の汁を使って作り、準備をしてくれました。

 昨夜は私がリンゴを煮込みました。その煮込みに娘が焼いた卵なしのスポンジケーキをちぎって入れ、粗く刻んだクルミを入れました。リンゴの煮込みだけだと物足りないのですが、スポンジケーキを入れると煮汁が染みこんでちょうど良い甘さになり、美味しいのです。

 そして、娘が作ったパイ生地の上に載せ、ブラウンシュガーと小麦粉を豆乳バターと混ぜたトッピングをまぶして、焼きました。

 リンゴはアップルパイに最適な紅玉ではないので、酸味が効いたシャープな味にはなりませんでしたが、そこそこの出来でした。何より、娘が喜んでくれて、嬉しかったです。



 それにしても、ひよこ豆の汁で作ったスポンジケーキ。味は、やっぱり少し違うのですよね。後味が独特なのです。以前、ヴィーガン向けのパン屋さんで枝豆で作った餡を挟んだパンを見かけ、「こういう工夫をするんだ」と驚きましたが、それと同じことですね。

 娘が大好きなアップルパイを諦めず、知恵を絞ってくれたことは、胸にじんときました。私も工夫をして、娘の好きな食べものを作ろうと改めて思った日でした。

 

 

2026年7月14日火曜日

お弁当5つ

  昨日は息子の学校の運動会でした。我が家に泊まりに来ている、娘の親友レイちゃんも一緒に応援に行きました。

 中高6学年24クラスが青、黄、緑、紫の4つのグループに分かれて、競いました。息子のクラスは紫団。事前にママさんたちと一緒に作った「必勝」「紫団」などの文字を付けた横断幕を応援席の前に掲げ、紫色のポンポンを手に持って応援しました。

 息子の学校の運動会は、絨毯に生徒一人が乗り、その絨毯を4人の生徒が引っ張ってポールを何回か回って速さを競ったり、部活動対抗のリレーを行ったり、とユニーク。部活動対抗リレーは調理部の生徒がフライパンを、軽音楽部の生徒がギターを持って走ったりする「エンジョイ部門」、バレー部や公式テニス部など運動部の選手が競う「本気部門」に分かれています。息子はバスケ部代表として走りました。やはり、陸上部は面目躍如。断トツの走りを見せてくれました。

 一番盛り上がるのが「全員リレー」です。4グループが競います。4グループは学年がバラけており、人数が足りないグループでは2度走る生徒もいます。走る順番は各グループが決めますので、男女が一緒に走る場面も多い。保護者の応援にも熱が入り、「青団、頑張れ!」「行け行け!紫!」など、歓声が場内に響きます。

 娘もレイちゃんも日本の学校のダイナミックな運動会を観戦したのは初めて。二人ともインターナショナルスクール育ちで、各学年が数十人という規模でしたので、運動会は競うというより、各競技を楽しむという感じでした。ですので、息子の学校の生徒が真剣に、でも楽しみながら、競っている姿を見て、感動したようでした。

 お昼は5人分のお弁当を作りました。3合炊きの炊飯器で2回ご飯を炊き、好みのおにぎりの具も違うので、鮭、ヒジキ、梅、ゆかりの4種類を用意。おかずの量も多く、私一人では手が回らないので、夫に鶏の唐揚げを揚げてもらいました。

5人分のお弁当。ご飯は2回炊きました

 息子の中学校最後の運動会。私も母親としてママさんたちと一緒に横断幕を作り、声を張り上げて応援するなど、思い切り楽しむことができました。運動会も残すは高校の3回だけ。そう思うとすでに寂しい気持ちになります。子どもと関われる期間は、本当に短いものですね。

2026年7月11日土曜日

近所の洋食屋さん

 我が家から徒歩3分ほどのところに、古い洋食屋さんがあります。通りから奥まったところにあり、我が家から駅までの道のりにはないため、今度行こうと思いつつずっと行けずにいました。

 ママ友たちに聞いてみると、何人もそこに行っていました。「美味しいよ!でも、かなり待つかも」というのが評価。その「待つかも」が引っかかり、躊躇していました。そして、この家に引っ越してから15年、家族と一緒に最寄り駅や隣駅などにある、あちこちのレストランに行きましたが、ここだけは、なぜか行っていなかったのです。

 先日、昼食時間に夫と二人だったため、ふと思い付いて、行ってみました。待たなくても良いように、開店時間の12時に行きました。通りには看板とメニューが出ており、その看板が古くて、歴史を感じさせます。

 奥に進むと、おそらく、昔はメニューのサンプルが並んでいただろう古いショーケースの中には、これまた古いコーヒーカップやヤシの実のようなものが並んでいます。ドアを開けようとすると、開店時間なのに閉まっています。すると、白いコックコートを着た年配の女性がやってきました。おそらく70代、もしくは、80代かもしれません。この方がシェフなのでしょう。

 「ああ、すみませんね。もう少しで開けますから、あちらに座ってお待ちください」

 外に置いてある椅子に座り、待つこと10分。ようやく、店内に入ることができました。壁には古い絵やポスターが貼られており、カウンターにはピンク色の大きなダイヤル式の電話機が置いてあります。博物館に飾っても良いような昔の電話機です。

 二人がけのテーブルに座り、メニューを開くと、ビーフステーキ、カツレツ、ピラフ、オムライス、カレーなど美味しそうなものが並んでいます。オーダーを取りに着たシェフに、夫はステーキ、私は海老のオムライスを注文しました。シェフが厨房に戻り、冷蔵庫を開け、食材を取り出し料理を始めました。お年を召していらっしゃるので、大丈夫かしらとちょっと心配になりました。

 しばらくすると、白いコックコートを着た年配の男性が入ってきました。この方は腰が曲がっています。その男性は玄関周りを整えて、私たちに笑顔で「いらっしゃいませ」と言い、厨房に入っていき、シェフの手伝いを始めました。テーブルから厨房を見ますと、シェフはテキパキと料理をされています。そして、お野菜とメインメニューが運ばれてきました。

 オムライスは卵がふわふわしていて、中のご飯もしっかりとした海老が入り、とても美味しい。夫のステーキも厚くて、本格的。夫も「すごく柔らかかくて、美味しい」と満足そうです。とても美味しいので、「15年間、ここに来なかったのが悔やまれるね」と語り合いながら、食べました。


 シェフに「何年、このレストランを開いていらっしゃるのですか?」と聞くと、「53年」とちょっぴり誇らしげに答えました。「53年も!すごいですね」「あっ、57年だったかな?」とシェフは苦笑しました。それだけ長い年月になると、ご本人にとっては53年も57年も、大きな違いはないのでしょう。50年以上も続けてきたということは、沢山の方に愛されてきたということだと思います。

 私たちの後に、次々とお客さんが来て、皆、のんびりとお料理を待っています。中には常連さんもいて、テーブルに座る前にシェフに「ハヤシライスね」と声がけ。おおっ、メニューを見ずに注文。すっ、すごい。そして、なんと1時になるとテーブルはすべて埋まり、訪れたお客さんを「すみません、1時オーダーストップなんです。また、よろしくお願いします!」と断るほど。12時に開店、1時にオーダーストップとは…。

 そして、あの、博物館級のピンク電話が鳴りました。ええっ、あれ、ディスプレーじゃないの?シェフが受話器を取り、話し始めます。あの電話、機能しているんだ、と驚くばかり。

 最後にコーヒーが運ばれました。男性がカウンターの上に並べたコーヒーカップにインスタントコーヒーの粉を入れ、お湯を注ぎます。「えっ、インスタントコーヒー?」と思いましたが、運ばれてきて飲むと普通に美味しい。これも、おそらく、長い時間をかけて、選んだ粉なのでしょう。なんか、すべてがあっぱれ。

 動物由来の食品を一切口にしない娘の食べるメニューは残念ながらありませんでしたが、息子を今度連れて来ようと思いました。自宅から徒歩3分の場所なのに、15年間も行かなかったことが悔やまれました。どうぞ、ご夫婦が元気で、これからも長く続けていただけますように。

2026年7月9日木曜日

娘の幸せ

  オーストラリアから帰国中の娘に会いに、親友のレイちゃんが昨日、我が家に来ました。10日間、滞在します。

 レイちゃんは娘が通ったインターナショナルスクールのころからの友人で、現在、カナダの大学に留学しています。前回来たときは耳に10個ぐらいピアスが付いていて、今回は金髪になっていました。娘も髪にハイライトを入れてきましたので、女子はこの時期は会う度に雰囲気が変わるものですね。

 娘は留学先でメンタルが落ち込み、私たち夫婦とも連絡が取れなくなった時期がありました。レイちゃんも、海外での生活の中で精神的に追い込まれ、数ヶ月間、娘からのラインに返信をしなかった時期がありました。

 その間も娘は辛抱強く、レイちゃんに負担のかからないような内容のメッセージを送り続けていました。

 私は娘が深く傷つくことを心配し、「もう、レイちゃんに連絡するのはやめたら?」と話したことがありました。でも娘は、「レイは私にとって、唯一の親友。今、レイとの友情が終わってしまったら、中学校・高校の大切な思い出まで失ってしまう。私には何も残らなくなってしまう。それは嫌なの。それに、レイは今とても大変なのかもしれない。だから、待っていたいの」と言い、何ヶ月も待ち続けました。

 そしてある日、レイちゃんから娘に連絡がありました。留学先での生活が落ち着き、ようやく娘に連絡できるようになったそうです。その後、何度か、また連絡が取れなくなったことがありましたが、今は、元のように頻繁に連絡を取り合う仲良しに戻りました。

 今回、こうして再び我が家に遊びに来てくれて、娘は本当に楽しそうです。その笑顔を見ていると、私のほっとしています。

 レイちゃんはインターナショナルスクール時代から、いつも周りに人が集まる人気者でした。そんなレイちゃんと親友でいられる娘は幸せです。でも私は、友達を信じてずっと待ち続ける、辛抱強い優しい娘とお友達でいられるレイちゃんも幸せだな、と親バカですが、思うのでした。

 

2026年7月7日火曜日

七夕の願い_2

  私が主宰する、がんのお母さんたちの集いのチラシを置いていただくため、昭和医科大学病院に行きました。そこでも七夕の笹が飾られ、短冊にたくさんの願い事が書かれていました。

「ばあばのこしと足がよくなりますように」

「丈士くん(亡父と同じ名前でした)が病院にくることが減りますように」

「もうママが入院しませんように」

「じいじがよくなりますように」

「お父さんが元気になりますように」

 子どもらしい願いもありました。「おねしょがなおりますように」「身長があと1.5㌢伸びますように」ー。

 真ん中に隠れるように結ばれていた短冊を読み、思わず目頭が熱くなりました。

「じゆうになれますように」ー。このお子さんは、入院していて、おうちに帰りたいのでしょうか。どうか、皆さんの願いが叶いますように。


2026年7月4日土曜日

七夕の願い

  私は月に一度、がんを発病した子育て中のママさんと、AYA世代の女性を対象に地元の施設でお話し会を開いています。私自身、悪性リンパ腫と胃がんの2つのがんを経験し、悪性リンパ腫は2度再発しました。また、がん治療前に妊孕性温存をし、保存した受精卵を用いて子供を出産しました。ですので、同じような立場の方々が悩みを分かち合える場になればという願いから、このお話し会を続けています。

 お話し会で利用しているのは、最寄り駅近くの区の施設です。今日、9月分の施設利用料を支払いに行った際、館内に七夕の短冊が飾られているのを見かけました。たくさんの願いがありました。

「アンパンマンになれますように」

娘が小さいころ、アンパンマンが大好きだったことを思い出し、顔がほころびました。

「テストで良い点が取れますように」。

うーん、わかる、わかる。

そして、一枚の短冊に目が留まりました。

「パパのがんがなおりますように」

 その短冊の右には「左の人の願いが叶いますように」、左には「右の人の願いが叶いますように」、そして、上には「下の人の願いが叶いますように」という短冊が結ばれていました。

 見ず知らずの人の願いが叶うよう、祈る方々の優しさに胸を打たれました。どうぞ、このお子さんの願いが叶いますように。皆さんも一緒に願っていただけたら、嬉しいです。





2026年7月2日木曜日

お弁当4つ

  今朝はお弁当を4つ作りました。中3の息子には毎日作っており、朝食の準備を含めると1時間かかりますが、今日は頑張って1時間半かけました。

 息子と夫と私にはハンバーグときんぴらゴボウ、夫には鱈の西京漬けも入れました。娘のお弁当には、娘が作り冷凍していたお豆腐の料理を入れました。それに加えて、ハッシュドポテトやピクルス、枝豆、ミニトマト、ブロッコリーなど、それぞれの好みに合わせて詰めました。口直しにブドウとゼリーも。

 ハンバーグは娘の大好物だったのになぁ、とまたまた寂しい気持ちになりましたが、気を取り直して、ヴィーガンになってから娘が好きになったひじきのおにぎりを握りました。

 食べるものが変わっても、「美味しい!」と思ってもらいたいという気持ちは変わりません。娘がそのときに食べたいもの、好きなものを詰めて喜んでもらえたら、それで十分ですよね。