2026年3月21日土曜日

父の納骨堂へ

  昨日はお彼岸でしたので、亡父の遺骨を納めてある新宿区の納骨堂にお参りに行ってきました。母、夫、息子と一緒に行きました。

 父の遺骨は一昨年、札幌の納骨堂からこちらに移しました。母と一緒に、父の遺骨をボストンバッグに入れ、飛行機でこちらに連れてきました。あれから同窓会などで札幌に行く機会があると、札幌の納骨堂にお参りに行けなくなったことを寂しく思いました。が、東京ではお盆やお彼岸、父の命日にお参りに行けますので、やはりこちらに移してよかったのだと思います。

 夫も、「札幌の納骨堂は見晴らしのよい場所にあって、とても良かったけど、お参りに行くとなるとなかなか大変だから、やっぱりこちらに移して良かったね」と話していました。

 母は相変わらずシャキシャキとしていましたが、「本当に年を取るって大変なの。動きが緩慢になっているから、外出するとなると準備に何時間もかかる。今日もズボンを取りに寝室に行ったら、何を取りに行ったか忘れてしまって、また、元のダイニングテーブルまで戻ったの」と言います。さらに「ボケるのが一番怖い。こういう風に忘れることが多くなると、ボケが心配で…」。

「お母さん、大丈夫。何を取りに行ったか忘れるなんて、私でもあるから。物を取りに行ったこと自体を忘れると大変なんだけど、お母さんはまだ何かを取りに行ったということは覚えているから大丈夫だよ」

「そう」

「もっと分かりやすい例で言うと、お昼ご飯に何を食べたか忘れることはよくあることで、お昼ご飯を食べたこと自体を忘れると問題らしい」

「なら、大丈夫だ。食べたことは覚えているから」

 最近、会う度に「ボケるのが怖い」と言います。母のお友達が70代のときは問題なかったのに、80代になってから徐々に電話での話がかみ合わなくなったことを、母はとても悲しく思っているのです。昨日もしきりにその話をしていましたので、友人たちがだんだん衰えていくのが堪えているのだと思います。

 母は父の好きなあんパンやビール、缶コーヒー、果物をお供えしていました。私も近所の和菓子店で買った、最中や落雁をお供えしました。そしてお供えした和菓子を皆でいただきました。

 皆でお参りに行ったので、父も喜んでいたと思います。父が亡くなって、24日でちょうど13年になります。

2026年3月20日金曜日

娘@メルボルンからの報告_親ガチャ一等賞

  オーストラリアに留学する娘には一ヶ月に一、二度絵はがきを送っています。そのほか、折々に娘の好きなお菓子を詰めたパッケージも送ります。昨日、娘から「ママ、届いたよ!」と弾んだ声で連絡がありました。

 今回はひな祭りのチョコレート、娘の大好きな「じゃがりこ」、そしてグミ数種類(娘によると日本のグミは最高らしい)、クッキー、そしてバター醤油味のポップコーンを詰めました。ひな祭りのチョコレート以外は二百円未満で、全部合わせても送料のほうが高いのですが(こういう軽い物でも二千円ぐらい)、娘が喜ぶのでせっせと送っています。

 娘が言います。「ほら、最近、親は選べないという言葉が使われるでしょう?」「親ガチャね」。「それ、ネガティブな意味で使われることが多いと思うんだけど、私、本当にラッキーだったと思う。親ガチャ一等賞、大当たりだった!」

 目頭が熱くなりました。私は博士課程の指導教員との関係や超優秀な研究者がそろう研究所で辛い思いをしましたので、家族にはこうして私という存在を認めてもらっていると感じられることが何より嬉しい。人はどこかに居場所を求めているものだと思いますが、私はがん治療後社会復帰をしようと何年間も努力をしても社会に居場所がなかったので、こうした家族や友人たちの思いやりのある言葉が胸にしみるのです。

 娘はそのパッケージを友人たちに見せたと言います。「じゃがりこは知っている人もいて、少しわけてあげたら、喜んでいたよ。でも、私が食べたいから、1人1本しかあげなかったけど」とのこと。

 私こそ、娘も息子も大当たりでした。ありがたいなぁとしみじみ思ったのでした。

 

 

2026年3月19日木曜日

娘@メルボルンからの報告_娘の成長

  メルボルン大学に通う娘とのフェイスタイムでの会話は、私にとって癒やしのひととき。この2月から3年生になった娘は(オーストラリアの大学は2月が新学期)着実に成長しており、頼もしい限りです。

 最近、娘は動物について興味を持っているようです。大学の講義で、人間と動物の共生の難しさについて学んでおり、娘は将来動物を救うような仕事をしたいと考えているようです。海に捨てられたプラスチック製品で身動き出来なくなったカメの写真などを私に見せながら、「こういうメッセージ性のある画像はデザイナーが作っているの。私もこういう仕事がしたい」と娘は語ります。

 そして、最近読んでいるという動物に関する厚い本を私に見せてくれ、「この本に共感するところがたくさんあって、この著者の名前、どこかで見たことあるなぁと思っていたら、何と去年書いたレポートで引用した論文の著者がこの人だったの!」と興奮気味に語ってくれました。

 娘自慢になりますが、娘はとても聡明な子に育ってくれました。今21歳ですが、自分の考えをしっかり持っており、私が娘の年齢だったときより、ずっと思慮深い。海外の大学にいても、心配がありません。

 今、我が家では勉強嫌いな息子について心配が尽きないのですが、娘の心配がなく本当に助かります。今月末、娘の様子を見にメルボルンに行きます。とても楽しみです。

2026年3月17日火曜日

息子が友人の別荘へ

  中2の息子が、バスケ部のお友達の別荘に招待され、2泊3日で軽井沢に行きました。先ほど帰宅した息子は「すごい立派でビックリした」といろいろ話してくれました。

 今回招待されたのは息子と1年生2人。そのお友達は他の部員も招待していたようですが、今回参加できたのは3人でした。息子いわく「12人泊まれる家なんだよね」とのこと。まぁ、すごいお金持ちもいるものです。

 息子はお友達と東京駅で待ち合わせをして、新幹線で軽井沢へ。車で現地に行っていたパパさんが迎えに来てくれたようです。息子によると、その別荘の管理人が住む棟があり、部屋の掃除も全部その管理人さんがしてくれるのだそう。

 翌日は軽井沢プリンスホテル併設のスキー場でスキーを楽しみ、夜はボーリングに行ったそう。スキー場のリフト券とレンタルスキー代1万5千円はカードで払い、プラス現金2万円を持たせ、パスに1万円をチャージし持たせましたが、ほとんど使って帰ってきました。お金持ちのお友達がいると大変だ、と私立の中高一貫校に子どもを通わせる何人ものママ友に聞いてきましたが、本当にそうだと今回実感しました。

 息子いわく、「何でも高いんだよ。でも、そういうことを気にしないでお金を使うんだよね。歩いて行けるような場所でもタクシー使うし、ランチや夕食もすごい高いところを選ぶんだ」。息子の友人はクレジットカードを持っていて何でも買えるそうです。いやぁ、住む世界が違いますね。

 ちなみにそのお友達のご両親はお医者さんだそうです。なんだか、そういう金銭感覚のお友達を持つとなかなかに大変だなぁと思いました。

 息子が軽井沢に行っている間、夫は息子の成績が悪いとキレまくっていました。あんなに成績が悪いのに、なんでご褒美のような旅行をさせるのかーと。確かに…。でも、お友達から誘われるって、それはそれで大切なことなんですよね。 

 今回は親子で社会勉強をさせてもらいました。でも、ああいう世界に慣れてもらっても困るなぁと思ったのでした。

 

 

2026年3月15日日曜日

夫と朝のスタバへ

  大学に博士論文を提出し、在学延長し、4月から所属が大学だけになります。3月末で研究所の身分がなくなります。正直、ほっとしています。

 博士論文についての研究科での最終審査は4月になりますので、現在は、海外の学術誌に提出している論文の直しについて、共著者の先生に回覧をし、返答を待っているところ。そのほか、机も綺麗にし、あとは今月末の所属部の会議で最後になります。4年間、堪えたなぁというのが実感。思い出すのは、指導教員と廊下ですれ違ったときの不愉快極まりないという表情と数々のコメント。堪えきれずに、トイレに駆け込んで泣いたこと数知れず。

 終わりに近づき、戦闘態勢を解除すると、どっと疲れが押し寄せました。やる気が起きない。ブログの更新頻度が少なくなっているのは、それが理由だと思います。

 ここ数日、ようやく、家の中を見渡す気持ちになりました。家の中は散らかっており、私の机の周りには山のように資料や本が積まれています。それを整理するのが課題ですが、まずは、気持ちを立て直さなければなりません。

 夫を朝のスターバックスに誘ってみました。夫の良いところは、どんなときでもそこにいるという安定感。「いいよ!」と機嫌良く、スタバに付き合ってくれました。今学期の授業が終わり、自宅学習という名目で家にいる息子はまだ寝ていますので、私たちがコーヒーを飲んで帰宅するまで起きないでしょう。

 朝のスタバはそこそこ込んでいましたが、窓際の席が空いていました。ベーグルサンドとコーヒーをオーダーして、そこに座って食べました。最近の夫婦の話題は、息子の成績について。息子は勉強が嫌いで、成績がかなり低迷しています。この1年で国語と数学で1がついており、今学期の期末試験も大変な点数を取ってきました。どれかが1かもしれない、と予想しています。

  来年度1学期に1を取ると、学校を退学させられます。息子は日本語が出来ませんので、日本の学校への転校はできず、かといって、数学が出来ないのでインターナショナルスクールにも行けません。どうしたものかと頭を抱えています。

 夫は外資系の会社に勤めていますが、基盤が日本なので、海外への転勤は難しい。で、夫が言います。「昨日、考えたんだけどさ。君、博士号取ったら、海外の大学のポストドクター(任期付きの博士研究員)探したらどう」。私が海外で仕事を探し、息子を現地の学校に転校させたらどうか、というのです。「そのほうがビザは下りやすいし、僕も会社に対して海外勤務願いを出すより、家族が海外にいるので、年間半分ぐらいは家族と生活し在宅勤務をして、半分は日本に帰ってきて仕事をすると提案のほうが会社にも言いやすい」

 あぁ、何というプレッシャー。「日本でもポスドクの仕事、見つからないんだよ。ましてや海外なんて。それに私の英語力じゃあ」。「英語は何とかなるよ。それに就活は日本より海外のほうがましさ。日本は年齢制限が厳しいからね。海外は日本に比べて、年齢に対しては厳しくないよ」。

 娘いわく、「学校を退学させられたときの準備なんて、しないほうがいいよ。絶対。ほら、言霊っていうでしょう?本当にそうなっちゃうよ。なったら、なったときに考えたほうがいい」。確かに。学校もすぐではなく、数ヶ月の猶予はくれるようなので、その間に対応を決めることはできます。でも、それじゃあ、間に合わない…。

 さて、スタバの領収書についていたアンケートに答えて、フラペチーノ(フローズンドリンク)を無料でもらえました。それを持ち帰り、寝起きの息子にあげました。息子は「おっ、フラペチーノ、美味しそうだね」と喜んで飲んでいました。あーあ、良い子なんだけどなぁ。



 

2026年3月10日火曜日

いろいろあり…

  いろいろあって、ブログが書けずにいました。まず、一番大きかったのは、私の所属する研究チームの責任者が2月27日に65歳で亡くなったことです。T先生といいます。

 T先生は呼吸器外科の先生で、研究室の中で私が最も信頼するMさん、いつも励ましてくれるT君、そしてチームリーダーのOさん、私の4人が事務局となり、「T班」という名前で3年前から研究を進めてきました。T先生は半年ぐらい前から体調を崩し、あっという間に亡くなりました。がんだったと聞いています。

 お葬式に行ってきました。6日の夜でした。お寺のお坊さんによる読経がない「自由焼香」という形で、午後6時から8時までの間で参列者に都合の良い時間に伺って焼香するようになっていました。

 現役の医師のそれも要職につく人の葬儀ですので、大変な人数の人が来ていました。供花もそれはたくさんありました。遺されたのは、美しい奥様と高校生のお嬢さんです。

 その光景を見てつくづく思ったのは、当たり前ですが、死んだら終わりなんだという事実です。T先生が積み上げてきた華々しいキャリアも、美しいご家族も、死んでしまったら手放さなければならないのだということです。

 私は病気をしたこともあり、死はいつも身近にありました。でも、T先生の葬儀に参列し、改めて思いました。私はまだ、死ねないと。子どもたちとまだまだ一緒に過ごしたいし、夫と老後をのんびりと楽しみたい。母ともおしゃべりや食事をしたいし、友人たちと美味しいお料理を食べたり、お酒を飲んだりして、語り合いたい。まだまだ書きたいテーマもある。

 昨年47歳で亡くなった友人ゆきちゃんも、65歳で亡くなったT先生も、まだまだこれから家族や友人たちとの楽しい日々がたくさんあって、あれもしよう、これもしよう、と思っていたはずなのに…。無念だったと思います。

 穏やかな表情で眠るT先生に「ありがとうございました」と手を合わせました。そして、改めて、日々を大切に生きようと思ったのでした。

 

 

 

2026年3月3日火曜日

ひな祭りの祝い方

  今日はひな祭りでしたね。皆さんはひな人形を飾りましたか? 私はいろいろ追われているため、今年こそやめようかなと思いましたが、昨日、頑張って飾りました。オーストラリアの大学に留学中の娘が生まれたときに両親からもらったひな人形は、これまで一度も飾らなかった年はありません。今年も飾れた自分を、心の中でこっそりと褒めました。

ダイニングに飾ったひな人形

 ひな人形は収納エリアの奥に入っているため、その前に置いてある様々な物を一旦出さなければいけません。それが億劫なのですが、去年、ひな祭りの前日に人形を出して、翌日に片付けることにすると、居間に大量の物が置いてあっても2日間だけですので、心の負担が減ることに気がつきました。で、今年もひな人形を2日に出し、居間に大量の物を置いてそのままにし、3月4日に全部片付けることにしました。

 今朝は地元小学校に絵本の読み聞かせに行きました。読んだ本は「ひなまつりにおひなさまをかざるわけ」。木で作った人形に熱が下がらない女の子の熱を移し、川に流す「流しびな」という風習のお話です。

 読み聞かせをした3年3組の担任の先生は、息子のかつての担任の先生です。ご挨拶をすると私のことを覚えていてくれ、たまに息子を駅で見かけると話してくれました。「最近はぐんと背が高くなって、びっくりです」。息子がお菓子作りが大好きだという話をすると、それは嬉しそうに「そうですか!将来はパテシエですね」と楽しそうに話してくれました。

 このように先生や子どもたちと交流できる月に一度の絵本の読み聞かせは私にとって、癒やしの時間です。今日も、幸せな気持ちで帰宅しました。論文書きをしばらくした後、ひな祭りを一緒にお祝いするため、おかずを作って、ちらし寿司と和菓子を買って、母のマンションへ。

 88歳の母はとても元気で頭もシャープです。ママ友たちのお母さんで認知症を患っている人も多く、その大変さを聞いているため、母が自立して暮らしてくれていることに、感謝。母はテレビのスポーツ観戦が趣味で、近く行われるワールドベースボールクラシック(WBC)に出場する選手たちの名前をフルネームで覚えており、今日も嬉しそうに選手たちの話をしていました。

 母は朝ラジオを聞いているのですが、今朝は、「起爆剤」という言葉が出てきたため、寝ながら漢字の書き順を思い浮かべ、朝起きてから辞書で調べて確認したとか。こういう日々の地道な努力が年齢を重ねてもしっかりしている秘訣なのかも、と思ったのでした。

 絵本の読み聞かせという幸せな時間を過ごせ、かつ、母も元気でいてくれることに心から感謝をした一日でした。 


ひな祭りを母と祝う


2026年3月1日日曜日

ついに提出

  2月27日、製本した博士論文と16の書類を大学に提出しました。加えて、在学期間延長願いも一緒に提出しました。

 この博士論文は、4月の研究科委員会で審議されるそうです。長い長い道のりでした。3月修了の期限となる2月19日の締め切りが間に合わず(審査会に提出しましたが、連絡が来なかった。審査会の承認がなければ論文は大学に提出できません)、在学期間延長となりました。指導教員から「満期退学」を言い渡され、それを受け入れず、在学期間延長を選びました。

 在学期間を延長するということは、誰かに指導教員になってもらわなければなりません。現在の指導教員は3月末で退任しますので、新たな指導教員を私が探すのか、専攻長と相談して決めるのか、全く分かりません。でも、もう、それは後からでもいいーと判断し、とりあえず、書類のみ大学に提出しました。在学延長については指導教員と専攻長の承認の印はもらいました。

 友人Nさんにこの変のところを聞いてみました。Nさんは20代で博士号を取得しています。彼女は私の状況に共感してくれましたが、「十人十色で、楽な博士課程なんてないと思う」とのこと。私の知り合いで何人か博士号を取得している人がいますが、皆、当時を「暗黒時代」というような表現で振り返っていますので、そうなんでしょう。

 とりあえず、提出はしました。苦しかったなぁ、、、というのが今の気持ちです。

 

 

 

2026年2月26日木曜日

やっと動き出した

  一昨日の25日、膠着状態からようやく脱することが出来ました。学位論文の審査会の主査の先生から、修正版の博士論文が「合格」となったと報告をもらったのです。

 そして昨日、大学から最終手続きに関する連絡がありました。やっと、次のステップです。博士課程の中で最難関と言われる審査会。いろいろと調べていると、この審査会で落ちる人もいるようで、私も不安な日々を送っていました。

 かつ、指導教員は3月末で退任。その後どうすれば良いのか全く検討がつかない中で、在学期間延長の承認印を指導教員に24日に、専攻長に26日にもらいに行きました。大学は春と秋に修了式がありますので、おそらく半年ごとに延長という形になるのでしょう。

 次の指導教員を自分で決めなければならないのか、決まらない場合はどうすれば良いのかも全く分からず(おそらく、分かる人も少ないと思います)、暗闇の中で動き回っています。

 少なくとも、審査会から「合格」をいただけたことで、前に進めることが分かって良かった…。

 昨日、今日と最終書類を作っています。あと少し、頑張るぞ!

 

2026年2月24日火曜日

  昨日は隣駅にある和食店で、母とランチをしました。

 米寿の母は「あちこち痛くて」と言いつつ、自立して暮らしています。趣味はテレビのスポーツ観戦。駅伝や相撲が大好きで、オリンピックも毎日観戦。「次はWBC。日本は大谷君とか蒼々たるメンバーが出てくるから、もう、楽しみで。アメリカも日本に負けられないから、いい選手が参加するの」だそう。

 アメリカのバスケットボールもフォローをしているそうで、息子と話が合うそうな。昨日もいろいろ教えてもらいました。

 最近、芸能人がケア付きの高級老人ホームに入居した例を芸能ニュースで見るそうですが、「あんなに至れリ尽くせりで、ボケないんだろうか?と思ってしまう。だって、食事も掃除も何から何までやってもらうんでしょう?そうしたら頭も使わないから、ボケると思う」とのこと。

 母によるとボケない秘訣は、「何でも自分でやること」だそう。母は料理が大好きで、自分が食べたいものを丁寧に作って食べています。病院へも1人で行きます。気を付けているのは「転ばないこと」だと言い、それはかなり注意をして暮らしています。

 マンションにはベランダに出るときやお風呂場などに段差があるのですが、「これも、気を付けながら生活しているから、転んだことはないよ」。

 昨日はとても暖かかく、道行く人は軽やかな服を着ていました。母も、水色の長いカーディガンと白いインナー、白いパンツという春の装いで待ち合わせ場所の駅前に現れました。「このパンツ、線があるのよね。最近は線のないワイドパンツが流行でしょう?」と言うので、「お母さん、十分素敵だから大丈夫だよ。線がある・なしは全然関係ないよ」と伝えました。母のような高齢の女性が、あのようなこざっぱりとした装いをしているだけで、素敵ですので。

 母は終始ご機嫌で、友達の話や昔話を楽しそうにしていました。和食店を出で、駅まで歩いていると、老舗風のそば屋さんを見つけました。「ここ、美味しそうだね。今度、ここに来よう」と約束しました。これから暖かくなりますので、母との外出が楽しみです。

 

母と食べたランチ。丁寧に作られたおかずに炊き込みご飯とお味噌汁がついていました

 

2026年2月23日月曜日

花壇を整える

  3連休は論文から離れる時間を作りました。昨日は、玄関前の花壇の手入れをしました。お花屋さんに行き、ビオラやカランコエ、アークトチスなどを買って、植えました。

 また、夏に楽しんだアサガオの茎を使って、リース作りも。アサガオは息子が小学校1年生のときに学校からもらってきた種を翌年植えてから、毎年春に種を植え、夏は花を楽しみ、秋は種を採り、茎を使ってリース作りをしているのです。昨年秋は忙しくてできず、ずっと外に置いてあり気になっていて、昨日何とか作ることができました。

 花を植えるときも、黙々とリースを作るときも、無心でいられました。こういう穏やかな時間は大切だなぁとつくづく思ったのでした。

ビオラがたくさん

アサガオの茎で作ったリース



2026年2月22日日曜日

指導教員からのメール

  博士論文を審査会に提出しているものの、その審査会からの連絡がなく、大学に3月修了に必要な手続き書類を提出できなかった19日、大学から「満期退学」か「在学延長」を選ぶよう指示があったことはお伝えしました。

 その夜指導教員に「在学延長」を願い出ると、次のようなメールがきました。

「在学延長をするとして、専攻長に相談されるのはかまいませんが、その場合、こちらが相談されても対応できない条件だけは提示しておきます。

1)私が指導教授としての講座はなくなること。この研究室では現在の身分(私の)での在籍と出入りは事実できなくなること

2)4月から別の指導教授が講座の看板は引き継くが、学生の引き継ぎはないこと。これは相談されても対応できません。

3)どこかの教室が引き受けて新しい教授につけたとしても、学位審査の論文や投稿しているジャーナルに今から新しい指導教授の名前をギフトとして追加することはできないこと

大学の在籍を延長した場合は、上記の点は相談・交渉されてもこちら側は対応できません。延長するかどうかについてはそれぞれの意思なので、阻止することはありませんが、延長したとしても、学位論文の修正までの時間稼ぎに過ぎず、延長しさえすればずっと指導を仰げるものでものないことを認識した上で進めてください」

 私は3つのすべては承知したこと、そして、時間稼ぎをしたいわけでも、新たな指導教授に指導を仰ぎたいわけではないと伝えた上で、論文を提出し、結果を待つこの段階で、「退学」はできないと伝えました。

 若くて将来がある人だと、見切りを付けて、社会に出る決断をする人もいるでしょう。でも、私の場合は皆が定年退職となるような年齢です。ですので、自分の目標であった「博士論文を大学に提出する」(結果は自分にはコントロールできないので、ここを目標としました)を達成した後、結果を待つ段階で「退学」は選べない。

 一つ悔やまれるのは、審査会が終わり、修正を指示され修正方針を審査会に提出したその翌日に、昨年9月に提出していたジャーナルから「大幅修正」の連絡が来ました。その修正に一週間かかりました。指導教員には修正後の原稿を事前に見せる日の定められましたので、それに従い、博士論文を優先できませんでした。

 あのとき、「学位論文を優先したい」と言えば良かったとは後悔しています。が、指導教員が絶対的であるこの世界で、それはとても言えないことでした。指導教員をよく知る研究者2人に相談しましたが、「ギリギリまで努力する」ことを求められているーとのことでした。私なりに最善を尽くし、その後に博士論文に取り組み、大学の提出締め切り3日前に審査会に提出しました。が、審査会から連絡は来ず、私が出来ることの範疇は超えました。

 もう、天に任せるしかない段階に来たのかなと、考えています。今週火曜日に専攻長にメールで在学延長を希望しますが、現在の指導教員からは上記の3つの条件が提示されていることを伝えます。とても対応の難しい条件なので、専攻長の考えによっては、退学を勧められるかもしれません。でも、そうなったら、もうそれは「天の采配」と受け止めるしかないかな、、、、と考えています。

 

2026年2月21日土曜日

シナモンロールとブラウニーとティラミスと…

  私が博士論文と投稿論文の修正に取り組んでいる最中、息子は1日おきにお菓子作りに取り組んで、腕を磨いていました。

 シナモンロールは、プロ並みの美味しさでした。それにしても、一つ一つこうして生地をまるめて美しく並べていくのは、才能の一つかなぁと思ったりします。

 翌々日はブラウニー。これもまぁ、丁寧に作っていました。次の日は学校に5切れほど持っていきましたので、お友達にあげたのでしょう。

 一昨日はティラミスでした。ほっぺたが落ちそうなぐらい、美味しかった。スイーツ大好きな私。息子の作る極上のスイーツが食べられて幸せです。

シナモンロールの生地。クルクルと丁寧に巻いてあります

焼き上がった後に、上にアイシングをかけてありました
クッキングシートを準備する息子

出来上がったブラウニーを切る息子

ティラミスも最高でした

 


2026年2月20日金曜日

残念ながら

  昨日は残念ながら、博論を提出できませんでした。審査会の先生方に修正論文を提出していましたが、昨日までに返事がありませんでした。審査会の承諾がなければ、提出できませんので、3月の修了はなくなりました。

 昨日はすべての書類と、製本した博論を準備して締め切りの正午まで大学の図書館で待っていました。提出は叶いませんでしたが、準備は整えて待つことができたので、良かったと思っています。12時過ぎた後、大学の食堂で昼ご飯を食べました。あまり、味もしませんでした。

 夕方、さっそく大学から「満期退学」にするか「在学延長」にするか、どちらかを選択してくださいーとメールがありました。

 指導教員に在学延長したい旨連絡をしましたが、かなり厳しい、容赦のない返信が返ってきました。昨日は、ジャーナルに投稿中の論文の修正をしなければならなかったのですが、精神的にもうギリギリの状態で、もう作業が出来ませんでした。

 今朝は起きて、息子のお弁当を作り(癒やされる時間です)、今、論文に向かっています。26日までに大学にどちらを選ぶか提出しなければなりませんが、今は論文に集中します。でも、気持ちを切り替えるのは、難しいものですね。

2026年2月17日火曜日

中間報告

  指導教員に「満期退学」を言い渡され、地の底まで落ち込みましたが、その地の底を蹴飛ばして、また地上まで浮かび上がりました。

 土曜日からずっとパソコンに向かい、日曜日は徹夜。一睡もせずに月曜日午前8時を迎え、博論の審査会の先生方5人に修正版を送りました。一睡もしていないので、8時過ぎると頭が働かず、何回読んでももう文章が頭に入らないので、開き直って送りました。はい。

 メールには19日正午の締め切りには提出させていただきたいーと書き添えました。もちろん、「可能でしたら」と付け加えました。これを過ぎると「満期退学」と指導教員から言われています。でも、大学院の事務局からは博士課程4年生宛てに一斉メールが届いています。19日正午に提出できない場合は3月に修了できないので、「満期退学」か「在学延長」を選べると書いてあります。

 これです。たとえ指導教員が退任しようと、私の所属する講座がなくなろうと、院生が在学延長すると申請すれば、必ず方法はあるはず。もう席もいらない。図書館で十分。パソコンにはこの4年間で順次そろえてきた統計ソフトも入っている。授業料さえ払えば、図書館も使えるし、大学経由で海外論文にアクセスできる。それで十分。

 審査会の主査の先生からは「18日中に審査員の先生に返事をいただけるようお願いしましたが、先生方は多忙なため、難しいかもしれません」との返信がありました。それなら、それでいい。潔く、19日提出は諦めて、次の策を練ります。ここで大事なのは私が出来ることに全力を尽くすとです。もう、全力を尽くしました。

 19日正午に提出するのは、沢山の書類と製本された論文です。この製本は大学の生協で注文すれば中一日かかりますが、先日、生協に電話をして問い合わせて、なんと大学の前にある製本屋さんに直接持ち込むと早くしてもらえると聞きました。で、そのお店の電話番号を教えてもらい、電話をかけたら、何と5時間で製本してくれるそうです。

 で、次のようなプランを立てました。ギリギリまで修正をして(読み返すと間違いを見つける)、とりあえず、明日(18日)朝に製本屋さんに行き1冊製本の注文をする。そして、夕方まで審査会の主査の先生からの連絡を待つ。夕方に製本屋さんに取りに行き、先生からの返事があり論文の再修正はいらないといことだったら、そのまま18日中に提出する(実は19日ギリギリに提出も不安なので)。

 先生からの連絡が午前中にあり、修正箇所があれば、直して製本屋さんへ。製本屋さんによると、午後2時までだと翌日10時まで出来上がるそう。そして、午後4時までだと、翌日正午に仕上がるそう。午後4時までに持っていくことが可能だったら、製本屋さんに頼み込んで11時45分にしてもらい、大学に走って戻って提出する。

 先生からの連絡が午後4時を過ぎたり、なかったり、もしくはあっても数時間で終わらないほどの修正だったら、潔ぎ良く諦める。「在学延長」をどうやるか、対策を練る。それで行きます。

2026年2月14日土曜日

泣けた

 今、明後日に各論審査会の審査委員に提出する博論を修正しています。これは3日に提出したA418ページにわたる「修正方針」にそった修正です。これに取り組み始めたのがなんと10日。なぜかというと、不運なことに海外の学術誌に投稿していた論文が4日に「大幅修正」で戻ってきて、その修正に取り掛かっていたためです。

 その修正を優先するよう指示してきたのは指導教員。それに費やした日数は1週間。これは論文(英語)の修正だけでなく、査読者の指摘や質問への答え、そして、それをどう修正したかを記載したものも一緒に提出しなければなりません。それが、19ページです。論文そのものの他に。

 そしてようやく10日に終わり、博論の修正に取り組みだしたのですが、あまりに多くて、19日の大学への提出が間に合わないことが分かりました。

 19日正午までに提出できなければ3月卒業はできません。また、私は大学以外の研究所に在籍していますので、そこでの在籍も延長できないかもしれない。でも、もう仕方がない9月に修了でも、と受け止めました。

 学術誌から修正で戻ってきたときは、博論を優先したいと言いたかったのですが、言える雰囲気ではありませんでしたので、仕方なく従い、そして、卒業も延長なんて、やっぱり辛いー。と思っていたところ、なんと、昨日、指導教員へのメールでそれを報告したときに、ひどい言い方をされたので、泣きました。

 なんと、19日に提出できなければ「満期退学(単位は取得しているが論文は提出できなかった扱い)」だそうです。私は博士課程ですので大学の規定として2年は延長できます。が、指導教員が退任し、研究所での私の身分も3月で終わるので「退学」なのだそうです。それも、すらりとした一文で処理です。

 指導教員の指示に従い、必死に投稿論文を仕上げ、やっと自分の博論に取り掛かったら、こういう結果です。あまりに理不尽だーと昨日は一日泣いていました。この年でも、これほどの理不尽には泣きます。

 でも、指導教員が退職するからって、大学院生を退学させるなんて、そんなことありますか? これまで耐えてきましたが、さすがの私も開き直りました。そうです。崖っぷちから生還するのが私の生き方。必ず、方法を見つけます。もう、指導教員はいい。まず、19日まで必死に努力して、そこから、戦います。 戦闘態勢に入りました。

2026年2月12日木曜日

息子がドーナツづくり

  昨日は祝日でしたので、息子がドーナツを作ってくれました。息子はいつもお菓子作りや料理のユーチューブを見ていますので、今回は「ドーナツを作ろう!」と思い立ったのでしょう。

 手作りドーナツは、私が子どものころ母がよく作ってくれました。母が作ってくれたのは粉砂糖をまぶしたドーナツでした。息子はどんなのを作ってくれるのでしょう?

 まず、息子はパントリーのストッカーをチェック。「ママ、このドライイースト古いと思う。新しいの買っていい?」。「いいよー。他に必要なものあったら、言ってね」と私。近所のスーパーに行き、ドライイーストを買ってきた息子は早速、強力粉など他の材料と混ぜ合わせて、ボウルに入れて寝かせます。

 次に家にあった赤い食紅を使いアイシングを作ります。「あっ、この前アラザン買ったの。使う?」と聞くと、「うん、ドーナツの上にかけようかな」と息子。

 生地が膨らんできたら、もう一度こねて、伸ばします。そして、型抜きをします。まぁ、この作業の丁寧なこと。そういえば、娘が息子のことを「意外に丁寧なんだよね、何でも。この前、ピアスを入れてもらったときも、とっても丁寧で優しくて、感心した」と言っていました。お姉ちゃんがいる男の子は総じて所作がゆったりとしているようですが、息子もそうです。

生地をのばす

型抜き

トッピングを準備

 次にたっぷりの油で揚げます。そして、全部揚げたら、アイシングを付け、上にアラザンを振り掛け、終了。美味しくて、美味しくて、昨夜は3つも食べてしまいました。

油で揚げる

アイシングをつける

アラザンを振りかける



2026年2月11日水曜日

36周年祝い

  2月9日は、夫と出会って36周年のお祝いでした。いやぁ、長いですね。結婚して一緒に暮らして25年です。四半世紀も共に暮らしています。

 結婚してすぐに夫が日本に来ましたので、夫はアメリカを離れてずいぶん経ちます。最近、定年後の話も夫婦でよくするのですが、夫はかつて住んでいたカリフォルニア州に戻りたいという希望を話し始めました。

 夫が戻りたいというのはもっともな話。サンフランシスコに住む私の友人は「老後は日本に帰る」といい、札幌にマンションを買っていました。そうだろうな、年を取れば、やっぱり自分の生まれ育った国に帰りたいという気持ちはよく分かります。

 「長年日本に住んでくれたから、ぜひぜひアメリカに戻って」とは言うものの、私は老後にアメリカに住む気持ちにはなかなかなれません。今住んでいるところは長いですし、ここに友達もいる。生まれ故郷の札幌の実家がなくなり、それでなくても寂しい思いをしているのに、住み慣れた東京を離れるのは辛い。特に年を取ってからは。

 サンフランシスコ在住の夫の友人が、40代のときに台湾人の女性と結婚しました。その奥さんは頻繁に台湾に戻っていて、夫の友人も台湾をよく訪れています。そんな風にアメリカに住んでも、時折長期間日本に戻れるなら、アメリカに行ってもいいと夫に伝えています。

 夫が言います。「東京の家はお母さんに住んでもらって、君が時折もどるというのはどう?」88歳でも1人で元気に暮らしている母ですから、それも出来るかもしれません。

「将来に楽しみがあると、いいからね」と夫。昨日はアメリカンフットボールの試合をテレビ観戦していましたので、「友達とビールを飲んでピザを食べながら、スポーツ観戦するとかしたいんだろうな」と申し訳ない気持ちになりました。でも、ハーフタイムのあのアメリカの若者のパワフルな踊りと自信たっぷりな自己表現を見ていると、あーあ、年を取ってから、あの国に行くのは辛いかも…と思ってしまったのでした。

出会って36周年のお祝い。ステーキ、スペアリブとポテト。ロゼスパークリングワインで。


2026年2月7日土曜日

ふゆのはなさいた

  今週の火曜日は月に一度の”心が癒やされる日”でした。娘と息子が通っていた地元小学校での絵本の読み聞かせをする日です。

 数日前から、何を読もうかなぁと絵本をパラパラとめくり、やっぱりこれだと決めたのが「ふゆのはなさいた」。こねづみさんと金魚さんが育む友情の話です。去年の冬も読みました。

 今回の担当は1年1組。「おはようございます!」と挨拶してくれる子どもたちは元気いっぱいで、本当に可愛らしいんです。私も、子どもたちの表情を見ながら、ねずみさんや金魚さんになった気持ちで、読みます。

 先生が子どもたちに感想を聞くと、「ねずみさんときんぎょさんが仲良しになって良かったです」とか、「雪をふゆのはなっていうのが面白かったです」とか、「きんぎょさんがつくるお花(湖面に映る金魚たち)がきれいでした」とか、とっても素直。

 先生も嬉しそうで、ついつい、「あぁ、先生、この仕事楽しんだろうなぁ」と羨ましく思ってしまいます。今度生まれ変わったら、保育園・幼稚園の先生か、小学校の先生になりたい…とつくづく思います。

 「ありがとうございました!」という元気な声に送られ教室を出ました。廊下を歩き、余韻に浸りました。いつも思うのは、娘がインターに行っていたとき、息子が小学校に通っていたときのボランティア活動やPTA活動が一番楽しかったなぁということ。

 息子も中学生になり、だんだん学校との関わりが少なくなってきています。だから、この絵本の読み聞かせはできるだけ続けたいなぁと希望しています。


 

 

 

2026年2月6日金曜日

ピスタチオ入りチョコ

  節分も終わりましたね。皆さんは、豆まきをしましたか? 恵方巻きを食べましたか?我が家は例年通り、落花生の豆まきをし、南南東を向いて恵方巻きを食べました。

 節分は夫が一番好きな日本の行事。でも、今年は押し入れにあるお面が探せず、夫と息子は帽子を被り、私はフェイシャルパック(!)をして、「鬼は外!福は内!」をしました。押し入れに物が押し込んであり奥にあるであろうお面が取り出せないので、夫は「あそこにある物の8割はいらない」とキレてしまいました。素直に「ごめーん!」と謝りました。私、筋金入りの捨てられない人間なんです。あぁ、いずれ何とかしなきゃと思いました。

 さて、今年も落花生を入手できました。かつてはなかなか探せなかったのですが、最近は落花生をまく人も出てきたようで、普通のスーパーでも販売しています。でも、夫にスーパーに行ってもらったものの探せず、今年は「ピスタチオ」で代用しようと、殻入りを買ってきました。「落花生、売っているはずなんだけどなぁ」と思いましたが、夫が「店員さんに説明したんだけど、ないといわれた」と言ったので、「あるはずだよ~」という言葉を飲み込みピスタチオで豆巻きをすることにしました。

 そして、その翌日息子が同じスーパーに行き、大袋の落花生を2袋買ってきてくれました。やっぱりなぁ、夫は説明できなかったんだろうなぁと想像しました。夫は「別の売り場で売っていた」と説明してくれましたが…。で、落花生が買えたことで、そのピスタチオが余ってしまいました。

 すると、息子が「思いついた!」という表情をし、ビターチョコを買いに生き、ピスタチオ入りのチョコレート作ってくれました。これがまた、美味しかった。夫が落花生を買えなかったことで、逆に息子が作った美味しいチョコを食べられた、いい節分だったのでした。


ピスタチオの殻を割り、豆を取り出す息子

フードプロセッサーにかけます


粉砕されたピスタチオ

砂糖と溶かしたバターを混ぜます

ピターチョコを溶かします。ちゃんと温度を測っています

チョコをシリコンの入れ物に流し込みます

ピスタチオを挟みます


形を整えます

こんな感じに可愛く

上にチョコを載せて完成

豆まきをした後は、大きな落花生を作ります

冷蔵庫でほどよく冷えたチョコをお茶と一緒に美味しくいただきました

2026年2月5日木曜日

論文の修正方針

  2月3日午後11時40分過ぎ、博士論文審査会の先生方5人に、「論文修正方針」を送りました。3日が締め切りで、ギリギリの提出でした。

 先生方からの論文への質問は32問。それについて回答と修正方針を示しました。A4のコピー用紙18枚です。質問の多くは、私が想定していなかった質問で、論文の構成を変えたり、用いている理論の整合性を考え直したり、と根幹に関わる問題でした。ですので、かなり大がかりな修正になります。

 博士論文提出には大きなステップが3つあります。一つは自分が博士課程で取り組んできた研究をまとめて、大学に提出すること。それが大学に受理されると、その論文についての審査会を行うこと。これは通常約30分のプレゼンテーションと約2時間の質疑応答があります。そして、その審査会が通ると、次に審査会で指摘された修正点を反映させて、最終的な論文を提します。それが、大学の審査会にかけられ、博士号を授与するか、しないかが決まります。

 最初の論文の提出まで大きな山でしたが、その後の審査会の準備が私にとってはそれは大変でした。私は人前で話すのが大の苦手で、スライド作りも得意ではありません。それを何とか乗り切った後、つまり、山を登り切ったと思った後に後ろに控えていたのが、さらに高い山でした。

 若ければこれは乗り切れるのでしょうか? それとも、もう少し頭が良ければこれを乗り切れるのでしょうか? 

 そしてその翌日の4日(昨日)、海外の医学系雑誌に投稿していた、この博士論文の元となる論文が昨日、大幅修正の指示で戻ってきました。こちらは昨年9月に提出していたもので、何と、このタイミングです。そして、締め切り日は24日です。博論の大幅修正でストレスが最大になる中、昨日はもうお手上げで、そんなことしている余裕はないのですが、夫と近くの飲み屋さんに行き、ワインを飲んできてしまいました。

 しかし、多くの論文が「リジェクト(拒否)」となる中で、「メジャーリビジョン(大幅修正)」で戻ってきたことは喜ばしいことらしく、指導教員や研究者たちから「良かったです」と安堵したようなメッセージが来ました。「ありがとうございます!」と返信しました。

 そして、今朝、このブログを開いたら、なんと、3日間も書いていない!と気づき、今日は私の今の状況を説明するブログになってしまいました。リジェクトだのメジャーリビジョンだの、特殊な世界での話になってしまい、読者の皆さん、チンプンカンプンだったかもしれませんね。自分でももう、手に負えないような状況です。でも、とりあえず、頑張ります。

 

 

2026年2月1日日曜日

”料理人”の心得

  私にとって、食材を無駄にしないことは自分に対しての至上命題です。いつも冷蔵・冷凍庫やパントリー、調味料入れをチェックし、賞味期限が近づいてきたものや残った食材を使って美味しい一品を作ることを何よりも楽しみにしています。

 それでも、捨てることはあります。お正月に母から渡された、すでに賞味期限が3ヶ月も過ぎた「きしめん」。頂き物なので大切に食べていたのでしょうが、食べきれなかったようです。「こういう乾麺は3ヶ月ぐらい賞味期限が切れても大丈夫だから」と母。

「うーん、そうかなぁ」と思いながら、自宅に戻り、翌日、息子に食べてもらおうと(若い体力のある息子なら大丈夫!)ゆでてみたところ、なんとドロドロになってしまいました。で、これは申し訳ないのですが、処分しました。

 さらに昨日は顆粒の鶏ガラスープ。そもそも量が多く、賞味期限内に食べきれませんでした。こういうことがあると、また気を引き締めます。

 さて、昨日のお昼ご飯です。2週間ほど置いてあったサツマイモ、そして、冷蔵庫に残っていた長なす一本、しなびてきたマイタケ半パック。これらをどうしようか考え、天ぷらにすることにしました。

 母は歯が悪く、固いものが食べられません。また、肉を食べないので、一緒に食べられる料理は限られています。でも、天ぷらなら食べられます。そして、「年を取ったら、揚げ物は億劫で」という母は、いつも天ぷらを喜んでくれます。冷蔵庫の中には新鮮なサヤインゲンとシソもありました。

 そして、天ぷらを揚げている最中に出る天かす。これまで毎回捨てていたのですが、昨日、思いつきました。「たぬきそば」にしようと。なぜ、今まで気がつかなかったのでしょう?

天ぷらを揚げているときに出る天かす=右

 天ぷらは母に大好評でした。いつもはカボチャにするのですが、「サツマイモのほうが甘くて、美味しい」とのこと。さらにナスやサヤインゲンも気に入ってくれたようです。夫も息子もパクパク食べてくれました。

母を招いた昼食。天ぷら蕎麦

 天かすは今朝、息子に作った温かい蕎麦の上に。「美味しい!」と好評で、いつもは残すつゆも全部飲みきってくれました。

今朝の息子の朝食「たぬき蕎麦」

 そういえば、昨夜の夕ご飯のメニューは蒸し鶏、キャベツスープ、そしてチャーハン。チャーハンの中には、サラダ用に葉をちぎった後に残るサニーレタスの芯を細かく刻み、昼に天ぷらを揚げたとき、細かすぎて使えなかったマイタケも入れました。

 余り物を食べている感覚はありません。あくまでも美味しいことが大事。昨日、今日と”料理人”としては大満足だったのでした。

 

2026年1月31日土曜日

あまりに疲れて…

  中2の息子は私立の中高一貫校に行っています。ですので、多くの私立校がそうであるように、息子も土曜日授業があります。

 平日はお弁当作りがあるので午前6時前には起きます。でも、今朝は起きられなかった。夫が息子を起こす声が聞こえ、私もすでに目は覚めていましたが、ベッドから起きられなかったのです。

 1月27日に終えた審査会。そこで指摘された修正箇所。そして、審査会の主査の先生から送られてきたA4用紙5ページ分の修正すべき点。火曜日までに修正方針を出さなければなりませんが、面談の申し込みをした指導教員から返信も来ません。

 さらに、指導教員は3月末で退職し、別の大学に移ります。あと2ヶ月で関連の論文を探し、読み込み、論文の構成を変え、100ページ近い論文を修正し、指導教員に見てもらい、また修正し、そして英文校正に出し、その修正を反映させて完成させなければなりません。気の遠くなる作業です。

 「例外の日は作らない」をモットーに子育てしてきましたが、今日は起きられなかった。朝、いってらっしゃいと送り出さなかったその例外的な日に何かが起こり、「あのとき起きていれば」と後から後悔することになったらどうしようーと思いながら、起きることが出来ませんでした。

 たまたま、その日に塾に迎えに行かなかった。たまたま、その日は付き添うことが出来なかった。そうして事件に巻き込まれた子どものニュースを見るたびに心が痛み、その親の気持ちはいかばかりかと想像し、そして、例外の日は作らないと決めていたのですが…。

 でも、息子はちゃんとお昼に帰ってきてくれました。心の底から安堵しました。お昼ご飯に母を招き、天ぷら蕎麦を作りました。そして、今パソコンに向かっています。グーグルで、「博論の修正 やりたくない」と打ち込みました。すると、生成AIがこんな回答をしてきました。

「博士論文の修正(リバイス)は、これまでの疲れも重なり、最も精神的にきつい作業の一つです。やりたくないと感じるのは、あなただけではありません。
今の気持ちを少しでも軽くし、修正作業を一歩進めるためのヒントをまとめました。 
1. 精神的な整理:完璧を目指さない 
  • 「完璧な論文」はない: 博士論文は研究の最終到達点ではなく、一つの区切りです。課題が残るのは当然で、修正は「最善を尽くす」だけで十分です。
  • 「修正=ダメな研究」ではない: 査読者のコメントは、あなたの論文をより良くするためのアドバイスです。否定されているわけではありません。
  • 罪悪感を手放す: 「やっていない」自分を責めすぎないでください。少しでも進めたら、自分を褒めてください。 
2. 作業の具体化:巨大な敵を小さくする 
「博論の修正」全体を見渡すと絶望します。タスクを解体しましょう。 
  • タスクを細分化する: 「第3章の誤字脱字チェック」「査読コメント1件に対する返答作成」など、15分〜1時間で終わる細かいタスクに分解する。
  • 書けそうなところから手をつける: 導入や結論など、モチベーションに関わらず進めやすいところから始める。
  • タイムボックス法を使う: 「とりあえず20分だけタイマーをセットして作業する」。20分経ったら止めてもいいし、できそうなら続ける。 
博論の修正は「マラソン」です。今は、少しずつでも前に進めば、必ず終わりが来ます。今すぐ大きな修正に取り掛かる必要はありません。まずはファイルを開くこと、そこから始めてみてください
 これらをつらつらと読みました。でも、参考にする気力は今ありません。ただ、最後の文章はそうだな、と思いました。一歩、一歩。一行、一行、ですね。

 

2026年1月30日金曜日

娘@メルボルンからの報告_作り置き

  オーストラリアに留学中の娘から、フェイスタイムで連絡が来ました。今日は張り切ってお料理をし、冷凍庫に作り置きをしたそうです。

 今日作ったのは、お豆腐の料理。豆腐の水を切って、手でちぎって片栗粉をまぶし、オーブンで10分ほど焼いて特製のソースを絡めるのだそう。ソースは醤油、みりん、砂糖、ごま油、ニンニクだそうです。自分で考えたレシピで、「美味しいし、体にいいの」とのこと。

 ついでに、ここ数日間料理をして冷凍庫に入れたお料理を見せてくれました。ビーンズスープ、トマトとパクチーのドレッシング、鶏肉のタコス、シェパードパイ(羊肉のパイ)…。来週から授業が始まり料理をするのが面倒になるので、今週まとめて作ったそう。

 多めに作ってホームセンターで買った四角い容器に入れて、凍ったら取り出して、また別のお料理を入れて冷凍するそう。日本には売ってない容器で、それを活用しながら栄養のバランスを考えて自炊する娘。我が娘ながら、なかなかやるぞ!

お豆腐の料理を作る娘

豆腐は手でちぎると、ソースがうまく絡まるそう

ビーンズスープ。長方形の容器に入れて冷凍

鶏肉のタコス

シェパードパイ

トマトとパクチーのドレッシング。タコスにかけるのだそう

2026年1月29日木曜日

犬か猫か

  我が家の中2の息子は勉強こそ嫌いですが、その他は全くといっていいほど手がかかりません。お腹がすけば、自分でちゃちゃっと何かを作りますし、わがままを言うこともごねることもありません。オーストラリアに留学する大学2年の娘は精神的に不安定なことはありますが、それ以外は心配がありません。自炊もしていますので、食べ物の心配もありません。

 あっという間に2人の子どもたちに手がからなくなり、寂しいのなんの。で、娘が帰国したときには「ママの愛情の行き場がないから、犬か猫を飼うべきだと思う」と提案されました。そして、何件かペットショップを巡りました。

 そこで、悩んだのが「犬か猫か」です。犬を飼っている人に聞くと、犬は忠誠心が強く、飼い主にそれはなつくそうです。猫を飼っている人に聞くと猫は気まぐれですが、犬ほど構わなくても大丈夫で、散歩の必要がないところが楽なのだそう。

 先日、息子の学校のPTA委員会の後、ママさん5人とランチをして、その話題を振ってみました。すると犬を飼っているママさんが、「うちの犬2匹目なんだけど、家族の躾が一環していなくて、もう大変なことになって、今、ブリーダーさんに戻して躾をし直してもらっているの」とのこと。そうかぁ、それは大変だ。

 もう一人のママさんが言います。「我が家は保護犬を飼っているの。保護犬いいよ。お世話をしている団体の人によると、保護犬は最初の飼い主で悲しい思いをしているから、次の飼い主を慎重に選ぶらしいの。だから、その保護犬に合った飼い主を選んでくれるから、あまり失敗はないみたい。我が家の犬も本当に可愛いよ」とのこと。そうか、保護犬ね。

 もう一人のママさんが言います。「私もいま、犬か猫を飼おうと思っているの。我が家の場合は、もう息子が反抗期でひどくって。ペットでも飼えば、愛情を持って接してくれて、今の状態よりは良くなるかなって期待をしているの」。なるほど、私の場合は愛情をかける相手としてペットが欲しいのですが、そういうご家庭もあるのね。

 で、最初のママさんが言いました。「我が家は1匹目は病気で死んだんだけど、犬は年を取ると歯がくさくなるの。でも、犬ってなめたいのよ、家族を。でも、なめられるとくさくって。だから、2匹目はもうなめらせないようにしている。それに、病気もするから、動物病院に連れていかなければならないから、大変だよ。もちろん、可愛いんだけどね」。なるほど、歯がくさいのかぁ。それはそれで…。

 で、ママさんたちの話を、自宅に戻って夫にしました。すると、夫は言います。「僕が一番怖れているのが、犬を飼うと君が忙しくなったら、結局僕が散歩に連れて行くことになるかもしれないってこと」。夫は子どもの頃、両親が猫や犬を飼っていたといい、その大変さを知っているので、自分は飼いたくないと言います。で、私にきっぱりと言いました。

「僕はペットからの愛はいらない。犬を飼っても、猫を飼っても、彼らからの愛はすべて君のものだ。だから、世話は君がしてくれ。僕は子ども2人で十分」

 そうかぁ。でも、私が一番怖れているのは、私が愛情をかけて育てても、ペットが夫に懐いてしまって、結局は寂しい思いをすること。

 そんな話をすると、ペットを飼っている人は皆、口を揃えていいます。「あまり、考え過ぎないで、まずは、飼ってみたら?」 そうですよね。でも、決められない。犬か、猫か…。

 

 

 

2026年1月28日水曜日

アカデミックガウンを見に行く

  先日、博論審査会の前に、大学の生協にアカデミックガウンを試着しに行きました。

 アカデミックガウンは学士、修士、博士と分かれており、レンタルも出来ますし、購入もできます。修士のときはレンタルしましたが、今回は思い切って買うことにしました。記念ですので。

 これを目標に、絶対論文仕上げるぞ!

大学生協で試着できたアカデミックガウン。手前が学士、真ん中が修士、後ろが博士用

2026年1月27日火曜日

審査会、合格

  今朝、2時間半にわたる博士論文審査会があり、何とか合格しました。大幅な論文修正があるため2月19日の締め切り(3月修了の場合)は間に合わない可能性が高いですが、9月修了は出来そうですので、安堵しました。

 博士課程では、多くの人が規定年限で修了しませんので、最短の4年間での修了を目指してきた私としては、不合格になって研究をやり直すということにならなくて、本当に有り難かったです。

 審査会は英語で「ディフェンス」というのですが、これは厳しい指摘や質問に対して、一人前の研究者として自分の研究を守るという意味が込められます。今日は教授4人と助教授1人から多くの質問を受け、時にしどろもどろになりながら、何とか答えました。今日の審査会まで準備してきた「想定問答」は41問、A4コピー用紙13枚。今朝も早く起きて、暗記をしていました。もう年ですので、若いときのように暗記など出来ないのですが、ブツブツつぶやいているうちに、文言は断片的でも覚えますからね。

論文内で使った理論が適切でなかったり、間違った解釈をしていたことを指摘されたり、と恥ずかしい思いもしましたが、先生たちはとても丁寧に指摘・助言をしてくれました。

 来週の火曜日までに論文の「修正方針」を審査員の先生たちに提出します。その修正方針が適切でないと、「修正方針の修正」となってしまいますので、明日から必死にそれに取り組みます。

 今日不合格になったら、これまでの4年間の時間が無駄になってしまうとドキドキしていましたが、合格できて本当に良かった。最後に修正論文が受理されるかどうかという最後の難関がありますが、一つ一つクリアしていけば、そこに辿り着けるような気がします。

 博士号取得までの道のりは、本当に険しい。でも、頑張るぞ!

 

 

 

2026年1月26日月曜日

明日、審査会

  明日、いよいよ博士論文審査会です。今朝のギリギリまでスライドの修正をしていました。そして、ようやく完成したスライドを審査委員の先生5人に送りました。

 「予演会にご参加くださり、ありがとうございます。本番、頑張ってきます」と指導教員にメールを送りましたが、返信はありませんでした。

 その代わり、私を直接的に指導してくれる、研究員のMさんからメールが来ました。Mさんは私が人生で出会った中で、最も頭の良い女性です。Mさんのメールは大変ありがたかったです。

 「博士の審査では、研究としてどこまで完成しているか以上に、自分の研究をどう位置づけ、どこまで分かっていて、どこからが限界なのかを自覚して説明できているかを見られます。その前提でいくつかのポイントを共有します。

1)質問への返答は必ず「質問ありがとうございます」や「ご指摘ありがとうございます」から始めてください。これは一呼吸置いて、自分の伝えたいポイントを整理し、議論の主導権を落ち着いて握るためです。

2)実現性のないことは言わないでください。今の段階でやれない解析については、「今回は●●を主目的としており、●●は今後の課題と位置づけています」などとはっきりと線を引いてください。これは逃げではなく、研究者として必要な判断です。

3)笑ってごまかさないことも大事です。緊張から来る笑いでも、審査では「準備不足」「自信がない」と受け取られます。分からないことは分からないで十分です。同時に分からない箇所を「すみません」でごまかそうとしないでください。謝罪は議論を前に進めません。

4)回答は短くしてください。話せば話すほど、弱い部分を自分から広げることになり、突っ込まれてしまう可能性があります。結論→最小限の理由で止めておくのがいいのではないでしょうか。

『何を目的とし、何をやって、何をやっていない研究なのか』をきちんと整理して説明できれば、審査は乗り切れると思いますので、体調だけは崩さないように、本番は落ち着いていきましょう。

応援しています」

 Mさん、ありがとうございます。

 そして、応援してくれている読者の皆さん、ありがとうございます。明日、頑張ってきます。


2026年1月25日日曜日

がんのママの集い

  昨日、地元の会館で、子育て中にがんと診断されたママさんを対象にお話し会を開きました。「誰かのお役に立ちたい」とずっと考えてきて準備を進め、ようやく1回目を開くことが出来ました。

     子育て中にがんと診断されると、自分の治療のことよりも、まずは「子どもをどうしよう」という心配があります。私自身はがんを発病したときは子どもがいなかったのですが、治療後に娘を授かり、その後、再発したときや他の疾患を患ったときに、たいへんでした。

 当時は両親が元気でしたので、私が急に入院となるたびに、夫が札幌の母に電話をし、「むつみさん、ダメ」とだけ言ったそうです。母によると夫はこれ以上日本語で説明できなかったそうですが、その「ダメ」の一言で私が入院と分かったらしい。母は父を連れて、時に父を置いて駆けつけてくれました。入院が1ヶ月に及んだ事も何度もありましたので、その都度、両親を頼りました。ですので、私は幸運でした。

 今日参加してくれたママさんは、ご主人も入院中で自分も入院治療となり、区の児童施設に問い合わせても小学生は預かってくれるけど、中学生は預かってくれないなどの制限があり、途方に暮れたそうです。結局、ママ友たちが交替で子どもたちで預かってくれたそうです。そのママさんは「ママ友が助けてくれて、本当にありがたかった」と振り返りました。

 また、子どもの小学校の卒業式にどうしても参列したいと願い、担当医にお願いして手術日を変更してもらった人もいました。その方は片方の胸を全摘し、薬を胸に注入しながらだったそうです。「でも、執念で参列できた」と笑いながら話してくれました。

 また、進行がんで胃を全摘し、当時まだ2歳だったお子さんを抱くことが出来ず、「自分はこの子が大きくなるまで生きていられないかもしれない」と一時は絶望的な気持ちになったという話をしてくれたママさんもいました。後遺症に苦しみながらも、元気に子育てをしていらっしゃいます。

 まだ30代のママさんで「今日、勇気を出してカツラを取ってきました」ととても可愛らしいショートヘアで来てくれた人も。外見の変化はがんの治療の大きな悩みの一つです。胸の全摘・再建、抗がん剤による脱毛や皮膚の変化…。時が経ち、再び元気になればその辛さは忘れますが、渦中にいるときは気持ちも落ち込み、人目を避けながらの暮らしになります。

 この会では参加者を「子育て中にがんと診断されたママ」に限定しています。他の地区で同様の会を開いていた方が、「子育て中って、子どもが何歳まで?と聞かれるの。子どもが社会人の人も来るから、その人にとって子育て中であればいいんだよ」とのこと。「でも、シニアの人がくると沢山話をするから、若いママさんが遠慮するんだよね」と会運営の苦労も話してくれました。「あっ、そうか。私もシニアだよ」。「でも、むつみさん、子どもまだ中学生じゃない」とのこと。なるほど、そういう解釈もできるんですね。

 今日はお子さんが天国にいる人も参加してくれました。皆、いろいろ抱えながら、当事者同士だからこそ心を開いて話をしてくれます。このような話を気兼ねなく話せる場を、これから月1回開いていきます。

2026年1月22日木曜日

5回目の博論予演会

  来週開かれる、博士論文の審査会に向け、今日研究室で5回目の予演会を開きました。30分のプレゼンテーションと1時間半の質疑応答。沢山の質問がありましたが、自分が準備できていない質問もあり、とても助かりました。

 いつもの研究チームのメンバーとは違う研究員たちが参加してくれました。これまで4回の予演会でかなり厳しい指摘をもらいましたが、それを何とかスライドに反映させ、今日の予演会に臨みました。

 人間はいくつになっても成長するーという超ポジティブな言葉を聞くと、「そう?そうじゃない人だっているんだよ」なんて、懐疑的な受け止めをしていましたが、今日の予演会を終えて、やっぱり何だかんだ言っても、私、成長しているかもーと思えました。少なくとも、パワーポイントを用いたスライド作成は、かなり上手になったと思います。1ヶ月前に比べて。

 指導教員も今日の参加者に対し、「今日は最後の予演会なので、テクニカルな質問ではなく、内容についての質問をしてください」と言ったので、質問はしっかりと内容について。想定質問を作り、自分で答えを準備し、ブツブツと準備をしてきましたが、やっぱり、自分の考えが及ばない質問もいくつもありました。

 研究員でそうなんですから、教授4人と助教授1人からの質問はどれぐらい想定しない質問が来るのだろうーと不安も増します。でも、ここまで来ると、開き直りはしませんが、純粋に「頑張るぞ!」と思えます。

 今日は先日出来た、自分の画面ではメモ付きのスライドが見えて、相手には全画面のスライドが見えるーというやり方がまた出来なくなり、娘に助けてもらいました。助かります、本当に。

 そして、2時間の予演会を終え、ひと息ついて、夕ご飯作って息子に食べさせ(夫はダイエット中)、スライドの直しに取りかかったら、パソコンに不具合が起きてしまいました。これを直すのに、ChatGPTとやり取りして1時間もかけましたが、結局直らず。今度はMicrosoftのCopilotに切り変えてやり取りをして、何とか、復旧しました。完全ではありませんが。

 その不具合を直すのに数時間費やし、完全復旧は諦めて、このブログを書いています。バックアップとして用意している古いパソコンも先日動かなくなったのですが、何とか、使える状態には戻しました。こういうパソコンの不具合って辛い。涙。

 ママ友たちに「審査会頑張って!」と激励してもらい、「まずは、ズームが無事つながるよう祈って!」と頼むと、「あっ、まずはそこ?」と笑われます。「うん、私の場合はまずはそこ。まずはズームがつながり、スライドを自分が予定しているように表示できること」。ママ友たちも「了解!祈っているから、頑張って!」と声援を送ってくれます。

 大変、恐縮ですが、皆さんも私の博論審査会が無事終わるよう、祈ってください。よろしくお願いいたします。

 

2026年1月21日水曜日

母の88歳の誕生日に

  今日、母の88歳の誕生日でした。お正月に米寿のお祝いとして家族で箱根の温泉に行きましたが、今日は私と二人でのお祝い。母は「2回もお祝いしてもらって、棚からぼた餅だわぁ」と喜んでいました。

 母は歯の調子が良くなく、固いものが食べられません。ですので、食べやすいものを作ってお弁当に詰めてきました。巻き寿司、鱈の西京焼き、茄子の炒め物、ポテトサラダなど。ケーキも柔らかいショートケーキにしました。



 プレゼントは母の生まれた日と10歳から80歳まで10年ごとの誕生日、そして、私、夫、娘、息子の生まれた日の新聞記事です。最近は何でも「いらない」という母なので、喜んでもらえるか心配でしたが、予想以上に興味を示してくれました。

 母が生まれた日は、政治家の故鳩山一郎が米サンフランシスコから帰国したことが「特報」として配信されていました。母は政治の話が大好きですので、この見出しに反応しました。また、広告には昔よく食べたという「浅田飴」という飴の会社が掲載されており、「懐かしいねぇ、浅田飴。昔はよく食べたよ」と懐かしがっていました。

 また、戦中でしたので、戦争に向かう兵隊さんたちの写真も。母はその写真を見ると、兄が出征した日のことを思い出し、話し始めました。

「母さんがおはぎを作って、兄さんに持たせたの。あのとき、兄さんと話できたのは10分ぐらいだった。あれが、兄さんを見た最後だった」と涙を浮かべました。

 家族で行った温泉も楽しかったですが、母とこうしてのんびり食事をしながら誕生日を祝うのも楽しかった。母が喜んでくれたのが、何より嬉しかったです。

 

2026年1月20日火曜日

息子の塾通い始まる

  2学期の成績で数学「1」を取ってきた中2の息子。中3の1学期にどの教科でも「1」を取ったら、他の学校に転校しなければならないため、親として手を打たなければならなくなりました。

 数学の成績は「代数」と「幾何」の2つに分かれていて、息子は両方が「1」。まずは夫が一緒に勉強をし始めましたが、基礎の理解が出来ていないことが判明しました。学校は大学受験を視野に先取りで勉強をしていますので、息子が今勉強しているのは中3の教材。息子は中学受験を経ていますので、小学校の算数ではなく、中1か中2のどこかの段階で分からなくなったのでしょう。そして、そのまま放っておいたのだと考えました。

 ここは専門家に任せたほうが良いと判断し、塾に行かせることを検討し始めました。塾探しは私の担当。そして、夫が学校の数学の先生2人に面談を申し込みました。

 息子は日本の私立中学校に通っていますが、数学、理科、社会は英語で授業を受けています。ですので、先生も英語圏の人です。夫が「代数」と「幾何」の両方の先生と面談したところ、先生が口を揃えて言っていたのは、息子が提出物を全く出していないということ、そして、授業への参加意欲も全くないということでした。先生曰く、「授業を妨害するとか、うるさいとか、そういうことは全くなく、ぼんやりしているか、静かに寝ているかのどちらかだ」とのこと。

 息子は他の教科は普通の成績ですので(良くはありませんが)、数学が本当に分からなかくなっているのだと思いました。私たちも「宿題したの?」とか「テストに向けて準備してね」とか声がけはしますが、宿題をしたかどうかのチェックまではしていません。

 他のお母さんたちに聞くと、学校で使うグーグル・フォームにログインをし、宿題を提出したかどうかチェックをしている人も少なくない。私も夫も大学2年生の娘が小さいころは熱心でしたが、今はとても出来ません。息子にパスワードを聞いて1、2度はやってみて、親の威厳で「この宿題やったの?」などと詰め寄ったりもするんですが、続かない。そのパスワードすらどこに控えたかも忘れて、息子にもう一度聞く始末。他のお母さんはパスワードを聞くのも一苦労ということでしたが、私なんて、息子に「ママ、パスワード、前に教えたんだけど」とあきれられながら、再び教えてもらうんですよ。

 もう、エネルギーがないんですよね。高齢出産で子どもは産めるけど、育てるのが大変とは良く言いますが、それを実感しています。人生経験だけは積んでいますので子どものやらかすことで一喜一憂もしない代わりに、子どもへの目配りがおろそかになってしまうのです。「まぁ、いいか」となってしまうんです。2番目ですし、男子ですし、息子は朝ちゃんと起きて支度をして学校に行きますし、部活もきちんと行ってますし、友達とも仲良くしていますし、問題行動もありませんので。

 でも、数学「1」でそうも言ってられず、私も重い腰を上げました。英語で数学を教える塾講師は探すのも難しいだろうなーと思いながら、オンライン対応の塾講師を検索しつつ、息子が小学校のときに通った塾に連絡をしてみました。事情を説明すると、何と渡りに舟。最近、英語で教科を教える新しい塾を開設したとのこと。それも、我が家の最寄り駅の隣駅です。

 早速、年末息子と一緒に行ってみました。息子は体験授業、その間に私が塾の担当者の方と話をしました。体験授業はシンガポール人の若くて頭がよさそうな先生でした。息子は当然塾なんて行きたくなさそうでしたが、自分なりに「このままでは、まずいかも」と気付いているらしく、大人しく体験授業を受け、そこに行くことを決めました。

 こうして、先週から週1回の数学塾通いが始まりました。毎週火曜日午後5時から2時間。息子は学校帰りに真っ直ぐ塾に行くことになりました。

 火曜日は月に2回、ヴァイオリンのレッスンがある日でしたが、先生にお願いをして水曜日にしてもらいました。息子は水曜日18時50分から英語塾(2時間)に通っていますので、その前に隔週で行くことにしました。息子はヴァイオリンを辞めたがっていたのですが、「これは、ママのお願い」と説得し、続けさせることにしました。この話はまた、別の機会に。

 ということで、今日は息子に塾の前に食べるよう、お弁当の他におにぎり2個を持たせました。頑張れ!息子よ!ママもダディももう、次の学校探しのエネルギーはないから、とにかく今の学校から放り出されないように。


今日の息子のお弁当、ローストビーフ・サンドウイッチ。おにぎり2個を添えて