29日月曜日は24日目の結婚記念日でした。私と夫は、2001年9月29日に、ハワイで結婚式をあげました。9・11のアメリカ同時多発テロ事件があった直後で、日本もアメリカも海外への渡航は控えていた時期でしたが、キャンセルをせずに式を決行しました。
私の親戚も参列の予定でしたが全員キャンセルで、来てくれたのは父母と友人1人のみ。一方、夫の家族・親戚・友人は予定通り全員出席でした。アメリカ人はテロはテロ、結婚式は別ーという考えだったのですね。
当時、仕事が忙し過ぎて、私が帰国後、区役所に結婚の届け出をしたのは11月でした。入籍の日も何日だったか覚えていません。おそらく、その日はたまたま仕事の合間に区役所に行けたのでしょう。私にとって、結婚は日常の一コマというぐらいの位置づけでした。
ところが、その年の12月ごろから体調を崩し、背中の痛み、食欲不振、胃の痛み、発熱などが続きます。翌年はあちこち病院に行くも診断がつかず、結局その翌年に血液がんの診断を受けます。夫はそれから、病気の私を支えなければなりませんでした。
当時、夫と子どもはどうするか、ずいぶん話し合いました。がん治療で子どもは難しいという医師の見立てでしたので、特別養子縁組について夫に提案しましたが、夫は「夫婦2人で生きていこう」という考えでした。
私としては、当時、すでに夫の兄に3人の子どもがいて、弟にも子どもがいましたので、夫を父親にしてあげられないことが申し訳なくて仕方なかった。で、治療を延期して、主治医に相談せずに、受精卵を凍結します。それが、今の中2の息子です。
あの後、病気は途切れませんでしたが、病気と病気の合間に子ども2人を出産し、夫を父親にしてあげることが出来たので、妻としての役目の一つを果たせたと思っています。何せ、義父母にしてみれば、息子が外国に行ってしまい、かつ妻は結婚後にすぐがんを患ってしまい…ですので、申し訳なくて…。
当時、元の会社の先輩から、「結婚したのがアメリカ人で良かったわね。日本人だったら、とっくの前に離婚されていたわよ」と言われ、そうか、病気をするということは、世間からそういう目で見られる人間になるということなのだーと身にしみましたし。
でも、夫は、毎年結婚記念日にはバラの花をプレゼントしてくれます。そして、こんな私でも感謝をしてくれ、自分は幸せだと言ってくれます。いい人だなぁと思います。まぁ、よくキレますが…。でも、キレる頻度も若いころに比べて少なくなってきました。
今年、義父母が結婚60周年を迎えました。義父母は87歳ですが、まだまだ元気です。二人のように、穏やかに年を重ねていきたいーと願っています。
24日目の結婚記念日に夫がくれたバラの花束とチョコレート、カード |
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