2021年1月17日日曜日

物と向き合う 

  「やらなければ」と思いつつ、忙しさに紛れて出来ずにいる。いつも頭の片隅にあって、そのことを忘れないけど、なかなか手をつけられないー。皆さんにはそのようなことがありますか? 私の場合、一つは「物の整理」、そしてもう一つは「写真の整理」です。

 まず物についてですが、新型コロナウイルス対策で家族が家にいる時間が長くなり、あちこちに散乱しています。片付けようにも、収納場所はどこも満杯。その結果、居間や寝室などに段ボールの小箱に入ったものが積み重なっています。

 私は筋金入りの「捨てられない人間」。このことについては、ブログでも何度か書いています。開き直って、捨てられない自分を正当化する文章を書くぐらい捨てられません。

捨てられない!

https://ar50-mom.blogspot.com/2016/12/blog-post_3.html

捨てられない!②

https://ar50-mom.blogspot.com/2016/12/blog-post_14.html

捨てられない! 娘の捨てたもの

https://ar50-mom.blogspot.com/2018/08/blog-post_35.html

捨てられない!でも、捨てなくて良かったものもある

https://ar50-mom.blogspot.com/2020/07/blog-post_29.html

 若いころは物や写真の整理が出来て、本や衣類も定期的にリサイクルに出していた私ですが、あるときから物をため込むようになりました。双子の一人を死産した後、その子に帰ってほしいと願い風水の本に書いてあったことを実践してからです。

 「物を処分すれば、家の中の気の流れが良くなり、願いが叶う」。風水の本にはそう書いてありました。その言葉を信じて、天国の子に帰ってきてもらいたい一心で大切にしていたものをどんどん手放しました。その中で後に後悔し、物をため込む原因となったのが、娘の可愛らしいベビー服の多くを手放したことです。

 それから、私は物をため込み続けました。先日読んだ「ゴミ屋敷」に関する記事で、専門家が「物を異常なまでにため込む人には、過去に大きな喪失体験がある場合が多い」と指摘していました。私の場合もこれ当てはまるのでは?と思いました。

 さらに、私の母が潔く物を捨てる人だったので、これが心の傷となり、物をため込む原因になったのではと分析しています。母は、私が大切にしていた絵本全部、大学時代のテキストブック全て、そして「捨てないでね」と念を押していた中高校時代に読んだ本も全て私に断りなく捨てました。私の手元に残っている本は「若草物語」だけです。

 母は私が職を得て独立した後、私の部屋を壊して、私のベッドも机も本棚も処分しました。私が自分の部屋に置いてあったほとんどの物を処分し、母が残したものは、私の叔母らが私にくれた人形と、母が選んだ整理ダンスと一面鏡。つまり、母にとっての”思い出”のものと、母の好みの家具でした。実家に子どものころの物を置いておく私も悪いのですが、せめて捨てる前にひと言ほしかった。

 「断捨離」の提唱者・やましたひでこさんは、物が主役ではなく使う自分を主体とする「自分軸」で、そして今という「時間軸」で物を捨てるよう提案しています。母にとって、娘のものを断りもなくバッサバッサと、そして「捨てないでね」と言われても、捨てた基準はいったい何だったのか? と今でも思います。捨てた理由を聞いても、「もう捨ててしまったから、仕方ないじゃない。あんたは物への執着心が強い」と叱られるので、理由も分からずじまい。

 ぶつくさと私が物を捨てられない理由を書きましたが、もうそんなことも言っていられなくなりました。我が家は、息子の部屋を屋根裏に作らなければならないほど小さな家です。もちろん余分な部屋はなく、納戸も屋根裏です。その屋根裏部屋に詰め込んだ、子どもたちの服、おもちゃ、工作品、想い出の品々、たくさんの未使用のアルバム、手芸用品…。それらが、溢れ出てきています。

 で、今年の目標の一つを「物と向き合う」にしました。初詣で私が引いたおみくじには「何事にも手を出してはいけません」と書いてありましたので、ここはじっくり自分自身と向き合おうと思いました。自分自身と向き合うために、まずは、ずっと懸案事項だった物と写真を整理することにしたのです。

 様々な理由で物が捨てられなかった私。この私がどう物と向き合うのか、このブログで折々に報告していきます。もしかしたら、「やっぱり捨てられなかった」と年末に振り返るかもしれません。それでも、向き合おうと努力した結果出来なくても前進ではないかと思います。皆さん、楽しみにしていてください。

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