2025年4月10日木曜日

ハードルはくぐれ

  今日、一緒の研究チームの20代の男性研究者Tさんから、「ちょっと、お時間いいですか?」と声をかけられました。Tさんは今春、大阪大学で博士号を取得したばかり。1冊の本とコーヒーが入ったマグカップを持って、私を誘ってくれたのです。

 「もちろん、いいですよ」。私もコーヒーを持って、休憩エリアに行き、2人でテーブルに座りました。

 「どうっすか? 博論の進捗は?」

「まぁまぁです」。私は博論に盛り込む研究についてTさんに説明しました。

「●●先生と話しましたか?」

「はい。先週。先生はお忙しいので年に数回しか話す機会がないのですが、先日面談を申し込んだら、ようやく時間を作ってもらえました。博論の話と、次のことについても話しましたよ」

「僕も先日、面談しました。●●先生、来年定年ですよね。今年一年かけて、次の働き場所を見つけるみたいっす。私立大学だと70歳ぐらいまで働けるらしいから、そっちを狙っているかもしれません。先生がいなくなると体制もがらりと変わるので、僕も今年度いっぱいで辞めることにしたんです。先生と同じく、今年一年かけて、次の職場を探します」

「そうですか。Tさんなら引く手あまたですね。研究者としてのご経験もあるし、博士号をお持ちだし、お人柄もいいので」

「いやぁ、そんなことないっすよ。でも、研究者というより、学生を教えるのもいいかなと考えているんすよ。先生が私大に行くなら、ついていってもいいかなって思っているんす」

「いいですね。先生はTさんのこと評価されていて、頼りにもされているから、一緒に移るというと、心強いのではないでしょうか。それか、Tさんの出身校にポストがあればいいですね。私は、今年度博論出して、通ったとしても通らなかったとしても、今年度で終わりです。私の場合、年ですので、先日先生に職はありませんってはっきり言われましたので、どうしようかなぁと思案中です」

「ここの研究者たちは競争相手が世界ですからね。レベル高過ぎなんすよ。どんどんハードルが上がっていく。同じところを目指すと難しいけど、レベル下げればいろいろありますよ。ハードル上がったら、下をくぐればいいんすよ」

「あははっ、ハードルが高かったら、下をくぐる! いいですね」

「大丈夫っすよ」

 Tさんは何度も私に、「大丈夫っすよ」と言ってくれました。優しい青年です。

 Tさんは今朝、博論のコピーを私にくれました。「謝辞」の中に、私の名前を入れてくれたのです。嬉しかった。Tさんは私に、ここを辞めた後も研究への志を同じくする「仲間」として、「何か一緒に研究できればいいですね」と言ってくれました。「仲間がほしい」といつも願ってきて、「結局仲間は出来なかったな」と残念に思っていましたので、Tさんの言葉は心に染み入りました。

「この本、お貸しします」と本を手渡してくれました。タイトルは「在野研究ビギナーズ」(荒木優太著、明石書店)。大学や研究所に所属せず、フリーで研究をする人たちの話だそうです。

「先日、卒業式に出て感無量でしたが、僕、何度か博士課程辞めようと思ったこともあるんです。修士も入れて7年大学院にいますからね。長いし、本当に博士号取れるのかと不安も大きかった。そんなときに読んだ本です。組織に所属しなくても、研究は続けられるんだって、この本を読んで励まされたんです」

「ありがとう。今朝いただいた博論も一緒に、大切に読ませてもらいますね」

 Tさんとの話は1時間半にも及びました。きっと、私のことを心配してくれていたのでしょう。いろいろ辛いことも多い研究室ですが、今日は心があたたまった日でした。

 

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