霊場・恐山で一泊した翌朝、私は10時10分恐山発のバスに乗り、下北駅へ向かいました。そこからJR大湊線、青い森鉄道に乗り換え、八戸へ。そこからタクシーで、死者の魂を降ろすと言われるイタコさんの家に向かいました。
指定された午後2時数分前に到着しました。ベルを鳴らすと、玄関ドアから年配の女性が出てきて、「すみません、前の方が長引いているので、少し外でお待ちいただけますか?」と言います。その方と雑談をしながら、10分ほど待ちました。
間もなく、中年の女性が玄関ドアを開け、外に出てきました。そして、私たちに会釈をして足早に去っていきました。
家に入ると、イタコさんがいました。私より少し若い女性です。お部屋に入りました。申し込み書に、私の名前、降ろしてほしい人(亡父)の名前と命日、死因を書きました。
「では、始めます」という言葉で、イタコさんは独特の節回しで経文を読んでいきます。しばらくしてから、イタコさんが語り始めました。
イタコさんは10分ほど語ったでしょうか? 語りが終わったとき、父に聞きたかったことを聞きました。聞きたいことはいくつもありましたが、一つだけ、どうしても聞いておきたかったことだけ、聞きました。
答えを聞いて、私はこれは父ではないーと思いました。父がこのようなことを言うはずがないと。でも、父の魂を降ろしてくれたイタコさんに心から「ありがとうございました」とお礼を言いました。お代5千円を支払い、タクシーを呼んでもらって、家を出ました。イタコさんの家の中での滞在時間は20分でした。
私をイタコさんの家に送ってくださったタクシーの運転手さんが迎えに来てくれました。「もう終わったのですか?」と聞きます。「はい」とだけ、短く答えて、駅まで送ってもらいました。
イタコさんが降ろしてくれた魂が父かどうか、イタコさんが本当にあの世にいる死者の魂を降ろすことができるのかーはこの世の人間は誰も証明できません。ですので、大切なのは、依頼した本人が納得したかどうかではないだろうか?と思いました。
父が亡くなってしばらくしてから、イタコさんに父の魂を降ろしてもらいたいと願ってきました。イタコさんのことは本を読んだり、雑誌で記事を読んだりしていましたが、青森県までは遠く、子供が小さかったことから、実現への一歩は踏み出せませんでした。でも、来春父の13回忌を迎えること、今月娘が20歳になる節目で一緒に生まれるはずたった息子の死産から20年経つことから、霊場恐山への供養の旅を計画し、長い間考えてきたイタコさんにお会いすることにしました。
イタコさんにお会いしてから、一週間以上経ちます。そうすると、もしかしたら、あれは父だったかもしれない。父もあの世に行ってずいぶん経つから、穏やかな仏様になって、生前の父とは違うことを言うかもしれないーとも思い始めました。
でも、たぶん、あれが父でも父でなくても、どちらでもいい。大切なのは私がイタコさんに会って、父の魂を降ろしてもらって、父と”会話をした”ことで納得できたことなのでしょう。いや、あれは、父だったと信じ、私がこれからの自分の残りの人生を生き切ることが大切なのではないかーそんなことを思う日々です。
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