2016年2月16日火曜日

Daddy's Little Girl

  「ママ、これ、額に入れてくれる?」。 娘がA4サイズの画用紙を持ってきました。「ダディの誕生日にプレゼントするの」と言います。娘が描いた絵や版画を近所の額縁屋さんで額装してもらって居間や玄関に飾っているので、ふと思い付いたのでしょう。「ダディ、気に入ってくれるかな?」と見せてくれました。

 水色の画用紙には、青色のペンで素敵な詩が書かれていました。娘は昨春インターナショナルスクールに転校したばかりですが、英語で書いた詩はなかなかの出来でした。何よりも、心がこもっていました。

 私と一緒に歩いて、ダディ
 そして、私の小さな手をつないで
 私には学ばなければならないことがたくさんあるの

 身を危険から守る術を教えて
 ベストを尽くす方法を教えて
 家で、学校で、遊び場で

 どの子どもも成長するときに優しい手が必要なの
 だから、私と一緒に歩いて、ダディ
 私の小さな手をつないで

 「かわいい詩だなあ」と思ったものの、私は同性の女親ですので、つい、「手、小さくないんだけど」などど、ツッコミを入れたくなります。が、ここは正確さよりも、娘の溢れんばかりのダディへの愛情を評価するべきでしょう。この「小さな」という表現に娘の願望が込められているのかもしれません。いつまでも、Daddy's little girl (ダディの小さな娘)でいたいという。。。

 創作が大好きな娘。画用紙に詩をつづっただけではありません。そこには工夫が凝らしてありました。自分の足形が付けてあったのです。「一緒に歩いて」という気持ちを、足形で表現したのでしょう。小さいころ、私たちが娘の足の裏に絵具を塗って、形を画用紙に取ったことを覚えているのだと思います。詩の背景にしたその足形は、白い絵具で取ったものでした。白い足形が浮かび上がるように見える水色の画用紙に、青いペンで書かれた詩。それは、一つの”アート”になっていました。

 「手、小さくないんだけど」という言葉は飲み込んだものの、足形を見て、つい声に出して言ってしまいました。「足形ってすごくいいアイディアだけど、足が大き過ぎない?」。娘は頬を膨らませて、「足が大きいのは、私のせいじゃないもん。ダディのせいだもん」と言います。「そうだよね」と私。小5にして、多くの大人の女性より大きい24・5センチの足は娘のせいではありません。間違いなく、身長195センチ、足30センチの父親譲りでしょう。

 でも、大きな足形も、夫にとっては枝葉末節。やはり、娘からこんなに愛情たっぷりの詩をプレゼントしてもらえることが、何よりも幸せなことだと思います。

 このような父娘の関係は、一日にして成らず、です。夫は娘が幼稚園の年少のときから、小5の現在まで8年以上、毎日一緒に登園・登校しています。今でも、毎朝、手をつないで学校に行きます。娘の登園・登校時間に合わせて会社の出社時間を変えました。幼稚園のときは9時半で会社で一番遅かったそうです。地元の小学校に行っていたときは9時、インターに転校してからは8時前になり、会社で一番早いそうです。夫にとって、娘と一緒に歩く朝の時間が、何よりも大切な時間です。娘にとっても、そうなのだと思います。8年以上毎朝続けた、これからも続くであろう、娘との時間なくしては、このような素敵なプレゼントという結果には、ならないでしょう。

 さて、夫の誕生日の当日。このプレゼントをもらった夫は、目に涙を浮かべていました。そして、その表情を見た娘も、目に涙を浮かべていました。「ちょっと、足、大きいけど・・・」と照れながら肩をすくめる娘の表情すら、夫にとってはいとおしいものだったと思います。

 後日、夫は、その額縁を大切そうに、寝室の壁に飾りました。これから、娘が成長し、いつか巣立ってしまうときも、この詩をながめて、一緒に歩いた日々をいとおしく思い出すに違いありません。
 

 

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