2024年10月26日土曜日

恐山へ ③

  午後3時半過ぎに菩提寺の総門を入ると、静謐な風景が目の前に広がりました。左は湖の浜へ続くであろう殺伐とした道、正面にお寺の山門、そして右に社務所があります。恐山の開山期間は10月末までのためか、人もまばらです。

恐山菩提寺の山門

 入山料を支払った場所のおじさんに聞くと、「恐山」はこの菩提寺の門の中の一体を言うらしい。いただいたパンフレットを見ても、歩くと3,40分はかかりそうです。暗くなってきましたので、リュックを背負ったまま湖の方に向かおうと思ったのですが、チェックインは4時までと事前に言われていましたので、まず宿坊に行くことにしました。

 向かって右側の社務所を通り過ぎると奥に宿坊がありました。玄関ドアには「宿泊客のみ」という張り紙が日本語と英語の両方で書かれています。ドアを開けて入ると、金色の文字で「恐山宿坊」と書かれた黒いスリッパが目の前にずらりと2列に整然と並んでいます。あぁ、何といいますか、「恐山」という文字は一つでも十分インパクトはありますので、それが黒地に金色で、恐山宿坊、恐山宿坊、恐山宿坊、恐山宿坊、恐山宿坊…とずらりと並んでいると、すごい迫力なんですよ。

 でも、そのド迫力のスリッパによって、この霊場に来るまでにピークを迎えていた不安な気持ちも逆に落ち着きを取り戻しました。開き直ったとでもいいましょうか。「分かってますって。私、恐山に来ているんですよね」。そう心の中でつぶやきながら、そのスリッパを履き、靴を靴箱に入れて、フロントに行ったのでした。

 そこには年配の女性がいました。その女性は淡々と説明します。「今日はお一人で泊まっていただけます」(相部屋と聞いていたので、ほっとしました)、お部屋は”法泉”です」

「はい」

「ここはお寺の宿坊ですので、皆さんにはスケジュールに従っていただきます。夕食は午後6時、向こうのお食事処で宿泊のお客さん全員で食べます。夕食時間の少し前に館内アナウンスがあります。温泉は午後10時まで翌朝は午前5時からご利用できます。館内の温泉はお食事処の向こう側、外の温泉は4カ所あります。外のほうは午後5時まで一般のお客さんもいらっしゃいます」

「はい」

「朝の”お勤め"は午前6時半です。最初はあちらの地蔵殿で、その後本堂に移動して行われます。朝食は7時半、夕食と同じ場所で、皆さんご一緒です」

「はい」

「お食事の後、午後7時から地蔵殿で法話があります。あちらの本を書かれた方です」

 その女性はフロントに置いてある、この菩提寺院代(住職代理)・南直哉さんの本を指さしました。私は南さんの本を何冊も読んでおり、感銘を受けていました。本の中で、宿坊で宿泊客と話をするというくだりがあり、もしかしたら、南さんにお会いできるかもしれないと期待していたのです。

 宿泊代を現金で支払い、部屋に行きました。広くて綺麗な和室でした。前週から咳き込むことが続いており、相部屋ですと、一緒に泊まった方にご迷惑をおかけするかもしれないと心配していましたので、一人で泊まれて良かった。私はリュックを部屋に置いて、宿坊を出ました。

 恐山を歩くのには順路があるようでしたが、ずいぶん暗くなってきましたので、とにかく行けるところを巡ろうと、パンフレットの中にある宇曽利山湖の「極楽浜」から行くことにしました。薄暗い中、一人で浜を歩くのはやはり不安でしたが、歩いているうちにそんな不安もなくなりました。そこは本当に静かで穏やかな場所でした。あいにく雨が降っていましたので湖水はグレーでしたが、天気が良いと鮮やかなブルーに見えるそうです。

穏やかで美しい「極楽浜」

 恐山は「あの世に最も近い場所」と言われています。ですので、湖に向かって父に話しかけました。

「お父さん、来たよ~」

 極楽浜でしばし湖を眺めた後、「地獄谷」のほうに向かいました。歩いていくと、硫黄臭が漂い始めました。火山岩により地面は凸凹し、あちこちからガスが噴出し、草花も全くなく、荒涼とした風景が広がっています。まさに「地獄」を想像させます。「賽の河原」ではあちこちに小石が詰まれており、小石と小石の間に刺さっている色鮮やかな風車が、一種異様な雰囲気を醸し出しています。

異様な雰囲気を醸し出す、小石の間に刺さる風車

 その辺りで、幾人かの参拝客(宿泊客?)が歩いているのが見えました。ほっとしました。かなり暗くなってきましたので、急いで宿坊に戻ることにしました。

 宿坊に戻る前に社務所に寄りました。翌朝のご祈祷のときに、息子と父の供養をしていただくためです。申込書2枚に父の名前と息子の名前を書き、お代を納めました。お坊さんがこう説明してくれました。

「こちらのお札はご自宅にお持ち帰りになり、仏壇に納めてください」

「あの…、父の仏壇はあるんですが、息子は仏壇ないんです。まだ、遺骨は手元にあるので」

「その場合は、そのご遺骨の横に置いてください」

「分かりました」

 それと、もう一枚薄いお札を渡されました。

「これは、水子のご供養のためのお札です。明日朝、水子供養地蔵の水辺に浮かべてください」

「はい。分かりました」

 宿坊に戻ってから、タオルを持って、外の温泉に入りに行きました。一般の参拝客がいなくなる5時を過ぎていましたので、木の小屋の中に入っていったのは私一人。風が強かったので時折、ガタガタっという音がしましたが、「地獄」と「極楽」に一人で行った後ですので、もう怖くもなんともありませんでした。

 

木の小屋の中の温泉

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