2026年1月6日火曜日

母の米寿のお祝い

  母の米寿(88歳)のお祝いに、昨日から一泊で箱根に行ってきました。今年で80周年を迎えるという温泉宿は温泉が広々として、お料理も美味しく、サービスが行き届いていて、母は大満足だったようです。

 宿泊サイトで検索したり、ChatGPTに相談したりして決めた温泉宿。温泉好きの母は昨日は3回、今朝も1回温泉に入り、「極楽極楽」とそれは嬉しそう。夜の懐石料理も「美味しい!」といい、全部食べてくれました。

 事前に買っておいた黄色の帽子とちゃんちゃんこを着て家族で写真撮影。母は「自分で言うのも何だけど、私、長寿祝いの服のモデルになれそう」とご機嫌。確かにとても良く似合っていました。

 娘は明日オーストラリアに戻るので慌ただしかったのですが、娘と一緒に行って本当に良かった。娘はずっと母の荷物を持ち、手を引いて歩いてくれ、母は幸せそうでした。

 昨年は日帰りで箱根に連れていきましたが、やっぱり一泊すると落ち着きます。箱根は東京から近いので、また、来年も連れて行こうと思ったのでした。

温泉宿に風船や飾りを持っていきました。画鋲やテープが使えないので、いろいろと工夫して家族写真を撮りました

黄色のちゃんちゃんを着て、鏡に見入る母

夕食の後はケーキでお祝い
露天風呂がとても良かった

朝食メニュー




 

 

2026年1月4日日曜日

娘のバケットリスト

  娘の帰国中のバケットリスト(やりたいことリスト)には、行きたい場所や食べたいものがいくつも書かれています。私が作るものでは、アップルパイや鶏そぼろご飯、マカロニチーズ。夫が作るものではチーズケーキやスープ、息子はスイーツ中心に梨のコンポートやクレームドブリュレ、そして本格的なブラウニーなど。

 オーストラリアに戻る日が近付いてきましたので、連日、娘のリクエストに応えて作っています。今日私が昼食に作ったのはチャーシュー丼。夜、息子が作ったのはクスクスのバターカレー。息子はやっぱり料理のセンスがあります。本当は夫へのリクエストだったのですが、「僕が作ってみる」と言い、作ってしまいました。夫が教えたわけではないのに、本当に美味かった。娘も大満足でした。

息子が作ったクスクスと鶏肉のバターカレー

年末に息子が作ったブラウニー。ダークチョコレートを溶かして、本格的に作ります



今日の昼ご飯「ママのチャーシュー丼」。豚の肩ロースがなくて、冷凍庫にあった豚のヒレ肉を使ったら、パサパサに。でも、味はグッド


年末に作った「ママのラザニア」。これは私の十八番

2026年1月3日土曜日

初詣 2026

  お正月3日目は、地元の神社に初詣に行きました。毎年、家族でお参りをし、「たけくらべ」の石像の前で娘(大学2年)と息子(14歳)が並んで写真を撮ります。この1年息子はぐんと背が伸び、石像の一番上の線「180センチ」に近くなりました。

 おみくじは娘が「大吉」、夫が「中吉」、息子と私が「末吉」。今年も家族全員が健やかに過ごせますように祈りながら、おみくじを結びました。

おみくじを結ぶ娘と息子。息子は身長183㌢の娘に追いつきそうです

今年は神社から富士山も見えました。すがすがしい初詣でした。


2026年1月2日金曜日

母の家へ

  2日は、家族で昼食をご馳走になりに、母のマンションを訪れました。母が用意してくれたのは、私と夫にはお寿司、そして子どもたちにはピザ。その他にシシトウの肉巻きや伊達巻きも作ってくれていました。

 今月、米寿(88歳)を迎える母は、体のあちこちに痛みがあるものの、大きな病気をすることもなく、記憶も話もしっかりしていて、とても元気です。元旦は我が家で、2日は母の家でお正月を祝うのが恒例行事ですが、今年もそれを続けられることに、あらためて幸せを感じました。

 今年は私も母も大好きな「うま煮」を作りませんでした。また、私は毎年作ってきた「きんとん」も、母も長年作ってきた「黒豆」も作りませんでした。私は忙しく、母は「面倒になって」が理由です。少し残念ではありますが、おせち料理にこだわり過ぎず、でも、そのときに作れるものを作って、機嫌良くお正月を祝えれば、それでいいのかなと思ったのでした。

母が用意してくれていたお寿司やピザ

2026年1月1日木曜日

謹賀新年 2026年

  皆さま、あけましておめでとうございます。穏やかなお正月をお過ごしでしょうか? 我が家は例年通り、母を迎えて食事をしました。年末忙しかったこともあり、今年はうま煮を作るのを諦めましたが、昆布巻きとお雑煮だけは作りました。

 大晦日は午前中は審査会用のスライドを作成、午後は義母の誕生日プレゼントを買いに行って送ったり、食料品の買い出しに行ったりと大忙しでした。買い物は家族で手分けをしました。夫と息子は元旦用にカニ、ウニ、イクラ、ホタテを買いに大型スーパーへ。私は和菓子屋さんで生菓子を買った後、駅前のスーパーへ。

 イチゴが2000円以上で、お雑煮の材料もすべて高く、手巻き寿司用の海苔は1500円ととても買うことができず、エビだけ買って帰宅(これも高かったですが、このスーパーで売っているエビが美味しいので仕方なく)。

 帰宅後子供たちに頼んで、比較的買いやすい値段のスーパーに行ってもらい、お雑煮の材料と手巻き寿司用の海苔、果物を買ってきてもらいました。最近の食糧品の価格上昇には、本当に驚きます。

 大晦日の夜は、夫と子どもにラムステーキ(夫の大好物)を焼きました。最近体重が増え気味の私はサラダだけにして、年越しそばをしっかりいただきました。

 元旦の朝はゆっくりして、お昼に母を招きました。日本酒「久保田」を飲みながら、美味しく食事をしました。今年は初めて甲羅付きのタラバガニを買うことが出来て、毎年お正月用に準備してくれた亡父のことを懐かしく思い出しました。

 今年はきんとんも作らなかったのですが、先月28日に和菓子屋さんにのし餅を買いに行ったところ、栗きんとんも売っていることが分かり、購入。今日いただきましたが、本当に美味しかった。毎年28日に和菓子屋さんに行くのに、栗きんとんを見たのは初めてだったので、きっと開店まもなく売り切れてしまうのですね。来年からは開店時間に行くぞ!と決めました。

 母も昔買っていた札幌の和菓子屋さんの豆きんとんに味がそっくりと言い、それは喜んでくれました。明日は母のマンションに行ってご馳走になります。

今年は甲羅付きのタラバガニを買うことが出来ました


 

 

2025年12月31日水曜日

2025年 私の挑戦

  今年と来年にかけ、人生最大の挑戦をします。博士号への挑戦です。11月に論文を提出し、来年1月に論文の審査会に臨みます。

 2022年4月に東大大学院医学系研究科に入学。1年目の終わりに指導教員が変わり、自分の専攻ではない指導教員の下、研究を進めました。指導をほとんど受けず、自分の研究の方法が正しいのかも分からず、ここまで来ました。

 同じチームの研究者数人から助言を受けながら(彼らも私の研究の専門ではない)、英文約100ページの論文をまとめました。内容はがん患者と医療者のコミュニケーションについて。1350人対象のアンケート調査と20人のインタビュー調査を実施し、その分析結果をまとめました。

 博士課程は大変厳しい4年間でした。でも、一度自分で決めたことはやり切ることだけを目標にここまで来ました。

 審査会は30分の発表と教授4人と助教授1人による1時間半の質疑応答です。パワーポイントのスライド作り、口頭発表・想定問答の準備も、61歳の医療のバックグラウンドがない人間にとって、とても難しいものでした。

 さらに、先月と今月にかけて2回、指導教員の前で審査会の予演会をしましたが、2回とも指導教員はコクリ・コクリと寝ていました。悲しいなぁと思いましたが、指導教員にとっても、自分が受け入れたわけでもない年配の博士課程の学生を引き受けることは、面倒だったはずで、彼女にとっても私に研究を続けさせるという責任を全うするだけも十分だという思いなのだと想像します。

 でも、若手研究者数人がスライドの作り方、ウェブ上での発表の心構えなどを親切に教えてくれました。また、中堅研究員の論文への適格な助言も大変助かりました。

 全力を尽くしますが、結果はどうなるか分かりません。でも、このような状況下、まぁ頑張ったと自分をねぎらいつつ、日々審査会の準備を進めています。

 

 

2025年12月30日火曜日

苗場スキー場へ

  一泊二日で新潟県の苗場スキー場に行ってきました。これまで、札幌テイネやニセコに子どもたちを連れていきましたが、本州のスキー場に行ったのは初めてです。

 東京駅から新幹線で約1時間半で越後湯沢駅へ。宿泊する苗場プリンスホテルのバスが駅前に迎えに来てくれ、約40分でスキー場に到着しました。着いてすぐにホテルでスキー道具一式をレンタル。今回は夫はホテルでのんびりと読書をすることにし、娘、息子、私の3人でホテルのすぐ後ろにあるゲレンデで滑りました。

 苗場もニセコのように外国人がたくさん。ニセコはオーストラリア人やイギリス人が多かったですが、苗場は中国人が多く、レストランもゴンドラもリフトも、中国語ばかりでした。日本人は静かに遠慮がちにしており、苗場スキー場はすっかり中国人のリゾート地になったのだぁと思いました。

 かつては日本人の若者で賑わったであろうスキー場がこうして外国人ばかりになり、とても寂しい気持ちになりました。

 それでも、2日間、子どもたちと楽しく滑りました。あと10年は子どもたちとガンガン滑るために、体力づくりをしよう!と改めて決意をしたのでした。

娘(中央)もだいぶ滑れるようになりました。後ろを滑っているのは息子
眺めもとてもいい