2016年12月3日土曜日

捨てられない!

 「片づけは、『捨てない』ほうがうまくいく」
 朝、娘を学校に送り出した後、コーヒーをすすりながら朝刊を読んでいたところ、こんな本の広告が目に飛び込んできました。なんて、胸に響くタイトルでしょうか。この日は夫が一週間の出張から帰ってくる日。整理整頓好きの夫が帰宅するまで、散らかった家を片付けなければならず、うんざりとしていたところでした。

  昨今、世の中には「物を捨てて、すっきり暮らしましょう」というメッセージが溢れています。物を捨てることが出来ない私にとっては、いくら「物への執着を断ち切れば、幸せになる」と言われても、捨てられない。だから、このようなタイトルに引かれてしまうのですね。出版社も分かっているのでしょう。世の中の「捨てましょう」という風潮に賛同しない人が少なからずいることが。

 しかし、タイトルの横の文章を読んでいくと、いまひとつ、ピンとこない。パソコンを立ち上げて、アマゾンで注文する気になれない。私はそこから目をそらし、新聞を読み終え、その後3時間かけて散らかった家を片付けたのでした。

 私の「捨てられない病」は結構、重症です。無類の片付け好きな母に育てられたことの、反動かもしれまません。

 母の潔さは天下一品です。まず、一人っ子の私が独り立ちした後、私の部屋の壁を取り払い、広々とした部屋を作りました。私の使っていたベッド、机を処分し、私が必死に勉強した大学時代のテキストブックも本棚ごと、捨てました。私が小さいころ読んで、子供が生まれたら読み聞かせようと思っていた絵本もすべて、処分。置かせてもらっていたゴルフセット一式もなくなっていました。

 「お母さん、一応、私のものなんだから、ひと言聞いてよ」と言うのですが、「ごめんね。でも、もう、捨ててしまったからしょうがないじゃない」と、反省の色なし。で、「自立した後、親の家に私物を置いておく自分が悪いのだ」と自身に言い聞かせ、今は先手を打って、捨てられては困るものを実家に戻るたびに持ち帰ったり、母にくぎを刺したりします。
 「お母さん、お願いだから、アルバムは捨てないでね。お母さんやお父さんが若いころの写真が貼ってあるあのアルバム」

 昨年は、「雨漏りしてねえ。あんたのクローゼット(もちろん、私のものは処分され、母の服が入っています)も水浸しになったんだよ。で、業者さんに来てもらって、直してもらった」という話を電話で聞いたときは、真っ青になりました。作り付けのクローゼットの引き出しの下に、昔イギリスのロックバンドに憧れたときに買いためた雑誌を、隠していたのです。しばらくしてから帰省し、引き出しを引っ張り出し、その下に雨がしみ込んでくたっとなった雑誌を確認したときは、思わず、胸をなでおろしました。こうやって、”生き延びた”雑誌は、母に気付かれないように、少しずつ、帰省するたびにスーツケースに入れて持ち帰っています。たまたま、どこに転居しようと持ち歩いていて、手元に残っている唯一の児童書「若草物語」とともに、自宅に大切にしまってあります。

 今、片付けられない親についてなげく中年の娘たちの話がよく出てきますが、うちは逆。片付け過ぎる親についてなげく、娘という構図です。いつも家がきちんとしているママ友達に「どうして片付けが好きなの?」と聞いてみると、ほとんどが、「親の家が物で溢れていて、それを見て育ったからかな」と答えます。やはり、「反動」なのですね。

 あるママ友達のエピソードは、考えさせられるものでした。
 「母にね。私の小さなころの思い出の品々を渡されたの。でも、私まるで覚えていないし。結局、全部捨ててしまったわ。せめて、取捨選択して、母の思い入れのあるものだけ残してほしかった」
 娘や息子が書きなぐった紙の切れ端さえ、いとおしくて捨てられない私には、そのママ友達のお母様の気持ちは良く分かります。うらやましいほどの話ですが、思い出の物はやはり、ある程度の量までに絞っておくべきなのでしょう。

 さて、潔い母ですが、捨てずに取っておいて、私にくれたものがいくつかあります。私が娘を産んだ後、送られてきました。

 一つは、私が赤ちゃんのころ、母が私をお風呂に入れるときに使っていた温度計です。木製で船の形をしており、水色に塗ってあります。手に取るとすっぽりと馴染み触り心地も良く、「あの母にも捨てられなかったほど、思い出深いものだったのだ」と感慨深い。大切に、娘が赤ちゃんのときの思い出の物を詰めた箱に一緒に入れてあります。

 もう一つは母子手帳とへその緒。母と父の名前と住所などが、几帳面な母の字で書かれています。特に養育の記録はありませんが、予防接種の判がいくつも押されています。最後のページには、鉛筆のいたずら書きがあります。おそらく、私が書いたのでしょう。

 娘が小学校に入学したときは、私が赤いランドセルを背負った写真が送られてきました。街の写真館で写したものです。写っているのは私一人。父と母も一緒に写してほしかったなあ、と思いますが、当時はそのようなことも考えなかったのでしょう。もしくは、費用のこともあったのかもしれません。

 娘と息子が赤ちゃんのころの思い出の品々はそれぞれ、ピンクと水色の箱につめて、整理してあります。が、子供たちは成長していますので、思い出の品々は増えるばかり。「工作品は写真に撮って、現物は処分すること」などという、「片付け本」のアドバイスはまだ実行に移せていません。だって、空き箱で作った動物や、段ボール箱で作った家など、いとおし過ぎて捨てられるわけはないではありませんか。

               

 


 

 
 

 

 

0 件のコメント: