2023年12月31日日曜日

2023年 私の挑戦

  今年は、新しいことに挑戦し続ける自分に、疲れを感じた年でした。でも、年齢は重ねても、性分はなかなか変えられません。今年も、何だかんだ言いながらも、新しいことに挑戦しました。1つはバレエの発表会に出たこと、そして2つ目は学会での発表でした。

 2015年にこのブログを書き始めて、毎年年末にその年自分が挑戦したことを書き続けてきました。体調が回復途中だった2015年は、1日に複数の用事を足したことを報告していました。当時は食料品を買いにいったついでにドラッグストアに寄るーなどと複数の用事を足すと、体調に響いてしまっていました。ですので、複数の用事を足すことが、私にとって、挑戦でもあったのです。

 でも、その後、体調はぐんぐんと回復し、毎年、新しいことに挑戦する体力がついてきました。この9年を振り返ると、一番の挑戦は大学院博士課程に出願し、入学したこと。そして二番目は本を出版したことでしょうか?

 今年のバレエの発表会に出るという挑戦は、なかなか勇気の要ることでした。私にとってバレエは好きだけれども、得意ではないこと。いつまで経っても上手にならないですし、踊る姿も美しくありませんので、発表会に出ることはずっと躊躇してきました。でも、上手になるのを待っていたら、年を取り過ぎてしまうため、今年、挑戦してみたのです。

 ステージで踊ったのは、5分程度。何度も練習を重ね、先生にたくさん注意を受けて恥ずかしい思いをしながら練習したため、少なくとも失敗はしなかった。優雅に踊ることは出来ませんでしたが、このおばさん、楽しんでいるなぁぐらいの雰囲気は出せたと思います。

 課題は太いウエストでしょうか? こればっかりは、先日、胃がんの内視鏡手術を受けて、絶食+五分がゆの回復食でも全く痩せませんでしたので、難しい。でも、次回は細いウエストで軽やかに踊ってみたいです。

 もう一つの挑戦は学会での発表です。現在、取り組んでいる研究についてですが、本当に緊張しました。何度も何度も練習したので、普段のおどおどとした雰囲気は出なかったとは思いますが、いつかは、堂々と発表してみたい。

 ということで、今年も挑戦し続けた私でした。新しいことに挑戦する自分に疲れ、「こういう性分って疲れる!」とほとほと自分が嫌になった年ではありましたが、性分はなかなか変えられませんので、このまま、来年も頑張ります。

 皆さま、今年も「がんのママの育児(育自)日記」(旧アラフィフママの育児日記)を読んでくださり、ありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願いいたします。

2023年 息子の挑戦

 今年、息子は頑張りました。駅伝の学校代表選手に選ばれたのです。

 5,6年生の男女12人で構成される駅伝選手。昨年は予選で結果が出ず、出場はかないませんでした。今年はリベンジでの挑戦。ギリギリのタイムで選ばれたようです。

 今年のお正月、初めて箱根駅伝を見に行ったので、きっと刺激になったのでしょう。私も夫も、息子が自信を持って何かに取り組んでくれることを願っていましたので、息子が「駅伝選手に選ばれたよ」と声を弾ませながら報告してくれたときは、本当に嬉しかった。

 朝練にも毎朝、真面目に通いました。息子の体操着にゼッケンを縫ったときは、私も誇らしくて、胸がいっぱいになりました。

 応援にも力が入りました。私と夫、娘が息子の小学校名が印刷されたお揃いのTシャツを着て、スタンドから大きな声援を送りました。私の母も来てくれました。1位でタスキを受け取った息子は4位でタスキを引き継いでしまい、不本意だったようですが、全力を出し切りました。

 息子の走る姿を見守りながら、勉強嫌いな息子に何とかスポーツで自分の道を見つけてくれないかなぁ?と願ったのでした。

 

2023年 娘の挑戦

  今年は娘にとって、変化の年でした。インターナショナルスクール最終学年で必死に勉強して国際バカロレア資格を取得。そして、関西の大学へ入学し、大学で学びながらアート専攻を目指しオーストラリアの大学に出願しました。

 娘が高校在学中に出願したのは、イギリスやカナダの大学の建築学部。夫が「アートでは食べられない」と勧めたこの学部ではご縁をいただけず、日本の大学の教養学部に合格をいただきました。

 現在通っている大学はとても良い大学で寮生活も快適で、娘も夫も私も満足していたのですが、私が「あなたにはアートの才能がある。アート専攻で挑戦すべきだ」と背中を押しました。出願時期がイギリスやアメリカ、カナダなどより半年遅いオーストラリアの大学に照準を定めました。難易度の高いシドニー大学やメルボルン大学にも挑戦。ここでは、高校時代に描いた作品のポートフォリオの提出を求められました。

 娘は油絵、アクリル画、水彩画、デッサン、写真などバカロレアのアートのプログラムで手掛けた作品を提出。シドニー大学は10作品、さらに厳しいメルボルン大学では20作品の提出を求められ、苦しみながらも仕上げました。面接試験を経て、両方の大学に合格をいただきました。

 私は、子供たちに若いうちは夢と可能性を追いかけてほしいーと常々考えています。現状を受け入れ、前向きに生きることはとても大切ですが、人生は長い。失敗してもいい、結果が出なくてもいい、とにかく自分がやりたいことに挑戦することが大切だと考えています。ですので、娘の背中を押しました。

 娘がいると家族に笑いが広がりますし、娘は家にいることが大好きです。そして、何と言っても、私は娘に癒されています。娘が側にいてくれると、幸せです。でも、その気持ちを心の中に押し込んで、娘に家から出ることを勧めました。世界は広い。娘には世界に出て、自分の力を試してほしい。

 2024年は娘にとって、新しい場所で、新しいことへの挑戦が続く年になります。私もワクワクしながら、娘の挑戦を見守りたいと思っています。

 

2023年12月29日金曜日

塾からの電話

  昨夜午後9時ごろ、息子の通う塾の先生から電話がありました。2月1日から始まる中学受験まであと1カ月と迫った今、まったくやる気を見せない息子について頭を抱えていたところでした。塾の先生は早速本題に入りました。

「お母さま、息子さんが全部の学校を落ちたときの準備はされていますでしょうか?」

「えっ、はい。一応、1月にインターの受験も考えてはおります。が、インターはこのタイミングは一斉試験はありませんので、欠員があれば個別の試験、ということになります。で、2つの学校にコンタクトは取りましたが、1つは試験は受けられますが、欠員はないので大変難しい状況だと言われています。ですので、インターも厳しい状況です」

「そうですか。1月受験は考えていますか?千葉県、埼玉県の学校です」

「いいえ」

「このままですと、息子さんの希望する学校への合格はかなり厳しいです」

息子は3校の出願を考えていました。そのうち1校は比較的入りやすいと言われている学校です。息子は11月に、理科社会をあきらめていますので、受験は英語・国語・算数の3教科、もしくは国語・算数の2教科の試験を設けている学校です。さらに息子は多くの学校が特別枠を設けている帰国子女ではありませんので、受験できる学校は限られています。

「そうは思っておりましたが、私もどうしてよいものか、考えあぐねておりまして。理社をあきらめた時点で、この受験は大変厳しいものとなることは覚悟はしておりましたが…」

「全部落ちた場合、近くの公立中をお考えのことと思います。ですが、この3年間受験に向け勉強してきて、全部落ちたら、仕切り直してすぐ高校受験へとは大人が考えるようには子供は簡単には切り替えができません。そして、公立中に入れば、中学校受験をしなかった子供たちが3年後の高校受験を目指して、一斉に塾に通い始めます。そして、首都圏では中高一貫校が増えていますので、受けられる高校は少ない。高校受験は大変厳しいものになります」

「そうですか。近くの公立中学校は良い学校と聞いておりましたので、そこでも良いかとは考えていましたが」

「もう少し、枠を広げて、息子さんが合格をいただける学校を受験し、そこに行かれることを考えてはいかがでしょうか。お母さまが考えるように、中学校受験で思うような結果が出なかった場合、気持ちを切り替えて高校受験で良い結果を出すーということがうまくいけば良いですが、そうはならないお子さんもいらっしゃる。息子さんがそうならなかった場合のことも想定して、今、できることをしてあげることをお勧めします」

「でも、息子は勉強が嫌いで…」

「はい。息子さんは勉強が大嫌いだと私にも言っていました。嫌いで嫌いで仕方ないと。そんな息子さんは、公立中学校に行った途端に、勉強が好きになるでしょうか? 公立中学校に行って、勉強が嫌いなままで、やる気がないままだとどうされますか? 反抗期も重なります。今よりもずっと対応が難しくなります。親の言うことはもっと聞かなくなるでしょう」

「確かにそうですね。では、先生、具体的にどこかおすすめの学校などはありますか?」

「九州の学校で東京で試験を受けられる学校があります。ここなら、息子さんも合格をいただけるでしょう。まずは、ここで実際に試験を受けて、合格をいただいて、自信をつけてあげてください」

「九州?」

「はい。●●大学の付属校です」

 事態は、私が想像していたよりずっと厳しいようです。

「分かりました。そこを受けさせます。息子はあと1か月というこの時期でも全くやる気を見せません。そして、焦りもしない。先日もきつく叱ったばかりです」

「お母さま、今の段階では叱っては駄目です。とにかく、良いところを見つけてほめてあげてください」

「…。勉強以外では、良い子なんです、とても。でも、勉強では褒めるところがないんです」

「分かります。でも、そこは何とかほめてあげてください。勉強を全くしないーそこをスタートとして、少しでも取り組んだ、少しでも良い点数を取ったーというところでほめてあげてください」

「息子を勉強嫌いにしてしまいました。先生、私はどこかで間違ったのですね。娘はほめて育てました。成長が遅かったので、何かできたらほめるーそうして育てました。中学受験でしのぎを削る激戦区の公立校ではとてもついていけなかった。だから、早々にインターに移しました。娘が大きく成長したのは高校に入ってからでした。それまでは親として待ち続ける日々でした。でも、息子は頭が良かった。他の日本人の子のように、息子は中学受験に挑めると考えた。でも、頭は悪くないのに、努力が嫌いなんです。そうしているうちに、一生懸命努力する子供たちからぐんぐん引き離されていったんです」

「男の子の成長は、女の子よりずっと遅いです。大学に行ってから伸びる子もいます。だから、息子さんの良いところを褒めて、待ちましょう」

 電話を切ってから、私は学校のリストとにらめっこしながら、いくつもの学校のウェブサイトにアクセスし、入学試験要綱をダウンロードし、息子にチャンスはないかどうか、探りました。そして、これまで全く考えなかった学校を数校付け加えて、出願締め切りや試験日程、合格発表日時を記載する「受験カレンダー」を作成し、今日夕方、塾に提出しました。


2023年12月26日火曜日

今年もサンタが来た

  今年もマイヤー家の19歳の娘と12歳の息子に、サンタさんがプレゼントを持ってきてくれました。

 昨日の朝、テーブルの上のプレゼントを見て19歳の娘が涙ぐみました。「サンタさん、来てくれた。今年はもう来てくれないと思っていたの。私、もう子どもじゃないから。でも、来てくれて嬉しい」。

 サンタさんが娘にくれたのは、深紅のジュエリーボックス。娘は私と夫がプレゼントしたり、私が若いころ身に付けていて娘に引き継いだジュエリー、自分のお小遣いで買ったイヤリングなどアクセサリーが増えていますので、ちょうど良いプレゼントでした。

 今年、12歳の息子は夫に「サンタさんって、ダディとママなの?友達がサンタさんはいないって言っていたんだけど」と聞いてきたそうです。でも、娘はこれまで一度もそのようなことを私や夫に聞いたことはありません。周囲がどう言おうと、サンタさんがいると信じ続けてきました。

 毎年、24日の夜はサンタさんに食べてもらうクッキーを焼き、トナカイさんが食べるニンジンもカットしてお皿に盛ります。今年もクリスマスイブに、息子と一緒にクッキーを焼いていました。

 自分はもうプレゼントはもらえないかもと思いつつ、クッキーを焼き、テーブルに置いておく(昨年まではベッドの横でした)娘を、可愛いなぁと思います。ジュエリーボックスを抱き締め、涙ぐんだ娘を、いつも以上に愛おしく感じました。

サンタさんは今年も子どもたちにプレゼントをくれました

 幼稚園のとき、「ヴァイオリンがほしい」とサンタさんに手紙を書き、朝起きてリコーダーが枕元に置いてあり、がっかりした娘。「サンタさんも、沢山、お手紙来ているから、全員にほしいものあげられないよね」と寂しそうにしていると、午後、カーテンの後ろにヴァイオリンが置いてあって、大喜びでした。

 ハリーポッターの魔法の杖を頼んで、素敵な杖をもらって、おまじないの言葉をつぶやきながら何度も何度も杖を振っていた娘。でも、何度試しても魔法が使えなくて、「来年は、サンタさんに杖の使い方を書いた本を頼んでみる」とつぶやいた娘。

 きっと、サンタさんも娘へのプレゼント選びは楽しかったに違いありません。来年は20歳になる娘。正真正銘の大人だから、サンタさんからはもう期待できないでしょう。でもピュアな心を持ち続けている娘のところには、もしかしたら、サンタさんも近所の子どもたちにプレゼントを届けたついでに、寄ってくれるかもしれません。

 

 

2023年12月20日水曜日

息子の成長

「ママ、作文書いたんだけど、サインしてくれる?」
息子がそう言って、紙を持ってきました。B4の紙には、「クラブによる成長」というタイトルで、文章が書かれてます。卒業アルバムに載せる文章で、親が読んでサインをすることになっているようです。

 導入部分には、クラブ活動の仕事を怠っていたけれども、後輩の5年生がクラブ活動の時間を過ぎていても仕事をしている様子を見て、反省したことが書かれていました。そして、なぜ自分が仕事を怠っていたのか考え、仕事が「分からない」からだと思っていたが、「分かろうとしなかったことに気付いた」と自己分析しています。自分なりに考えた後の行動についてはこう書いてありました。

「仕事を怠るくせから離れるのは大変だ。自分自身で考えるだけでは何もできないと感じたため、クラブの先生に相談すればよいのではないかと考えた。クラブ前に、担当の先生に相談し仕事の内容ややり方について知った後、一生懸命働くようになった。そして、先生から『役に立っているね』『仕事をするようになったね』といった言葉を頂いたことが心に残っている。」

 そして作文は次の文章で締めくくられていました。

「このクラブの経験により他の仕事にも挑戦するようになった。委員会では前期は副委員長、後期は委員長として数多くの業務に取り組むことができた。クラブでの出来事が私の自信をより増す契機となったと思う」

 国語が苦手で、特に長文読解は大嫌いな息子。でも、とても良い文章を書いていました。
「とても上手だよ。上手でびっくりした」と息子に感想を伝えると、息子は「これ、何週間もかけて書いたんだ」と教えてくれました。そうか、息子なりに頑張ったんだなと思いました。

「文章を書く才能あるよ。新聞記者になれるかも」と言うと、息子が「いや、いいっす」とあっさり。そうか、息子が大人になるころは新聞を読む人はもっと少なくなっていて、新聞そのものの存続も危ぶまれているかもしれないーと想像し、思わずこの職業を勧めてしまった自分に苦笑しました。

 いずれにせよ、息子がきちんとした日本語でしっかりとした文章を書いていたことが嬉しかった。子どもは知らないうちに、成長しているものなのですね。
 
 

2023年12月17日日曜日

駅伝

  今日は息子にとって、晴れがましい、でもちょっぴり悔しい思いもした一日でした。区の小学校駅伝大会に男女混合12名のチームの走者として出場したのです。

 区の駅伝大会の参加校は60校。30校ずつ、午前と午後に分かれて競いました。息子の学校は午後の部。5年男女各3名と6年男女各3名で構成する男女混合チームは、女子が650㍍、男子が850㍍走ります。6年生男女6人は生徒約100人の中から選出。息子は昨年は選ばれませんでしたが、今年はギリギリメンバーに入ることが出来たのです。

駅伝大会の開会式

 息子は5年生男子からタスキを受け取ることになっていました。参加30校中5、6番目でタスキを渡していたメンバーは5年生男子がじわじわと順位を上げ、9番走者で1位に。スタンド席の保護者や先生から大きな声援を受け、息子は一番でタスキを受け取りました。

 受け取ったタスキを体にかけた息子はスピードを上げ…と書きたいところですが、どうも遅い。「本気出して走れ~!!!」と叫びたくなるほどゆったりと走っています。そうしているうちに、後ろから追い上げてくる走者に次々と抜かされてしまいました。後から聞くと、一生懸命走っていたらしいのですが…。

 息子は順位を下げ4位でタスキを11番走者につなぎました。そして、最終走者は6位でゴール。息子が大きく順位を落としてしまったので、残念な結果になってしまいました。

 息子は肩を落としていましたが、閉会式後スタジアムの外に出たときは、皆に「頑張ったね」と言われ、気を取り直したよう。皆と一緒に記念写真を写したときは、嬉しそうな表情に変わっていました。

 息子にとっては不本意な走りだったかもしれませんが、学校の代表として駅伝大会に出られたことだけで、私は十分だと思っています。娘も息子の走りを観るために戻ってきましたし、母も連れて行き、家族全員が息子のお陰で小学校駅伝を楽しむことが出来ました。

 目標に向かって、毎日仲間と練習してきた息子。この経験が息子の自信になってくれれば、と願っています。