2023年11月28日火曜日

娘に会いに母を連れて、京都・大阪へ

  この週末、家族で娘に会いに行ってきました。「もう一度京都に行ってみたい」「孫の大学を見てみたい」と願っていた母を連れて行きました。

 土曜日の朝一番の飛行機で大阪伊丹空港へ。空港からバスで一時間ほどで京都駅に着きました。駅では娘が待っていてくれました。夫も私も母も、娘をそれは可愛がっていますので、久しぶりのハグはとっても嬉しかった。息子もおねぇねぇに会えて元気いっぱいです。

 初日は京都市内を巡りました。母が希望した伏見稲荷大社と清水寺、紅葉が綺麗で有名な南禅寺。鮮やかな紅葉がそれは美しかった。日暮れ直前に行ったのは息子が希望した銀閣寺でした。静謐な空気に満ちていて、清らかな気持ちになりました。

伏見稲荷神社

清水寺

美しい南禅寺の紅葉

銀閣寺

 日曜日はユニバーサル・スタジオ・ジャパンへ。事前に、待ち時間を短縮できるファストパスを4アトラクション分購入していました。母はジェットコースターはさすがに「遠慮する」と言いましたが、巨大なサメに襲われるボートツアー「ジョーズ」は娘と一緒に体験。3Dで「ミニオン」の冒険を体験する乗り物、大迫力の乗り物「スパイダーマン」、箒に乗って空を旋回するような体験を出来る「ハリー・ポッター」の乗り物も乗りました。


 これらも、かなり動きが激しかったのですが、母は頑張りました。乗っている間、「お母さん、大丈夫?」と声をかけても母は無言で、もしかしたら全身むち打ち状態になるのでは?と心配しましたが、無事乗り終えました。

 乗り物を降りるときは家族とスタッフに支えられ、ようやくという状態でしたが、母は「最高!」と満面の笑顔。「85年生きてきて、こんな乗り物は初めて体験したよ。楽しいねぇ。長生きするもんだねぇ」とそれは嬉しそうでした。長い間、骨粗しょう症の治療をしていますので、骨も丈夫になっているのかもしれません。

 娘も息子も大喜びでした。息子は月曜日に学校と塾がありますので、夫と一緒に新幹線の最終便で東京に戻りました。私と母は娘の大学のある茨木市へ向かいました。

2023年11月19日日曜日

11月の花

  昨日、友人から電話がありました。病気の報告をしたブログを読んで仰天したという電話でした。

 その友人は前の会社の同期で、お互いに退社した後も連絡を取り合い、時折ご飯を食べておしゃべりする仲。昨日も電話で、お互いの抱えていることについて語り合い、笑い飛ばしました。下がり気味だった私の気持ちもぐんとアップしました。

 彼女がその後ラインに、「去年か今年、私たち入社30年でしたよね…」というメッセージに自宅で咲いたという青いアサガオの花の写真を添えて送ってくれました。癒されました。

 実は私の家の小さな庭でも、今年、青いアサガオが咲きました。ピンクと青のアサガオは息子が小学校1年のときに学校から持ち帰ったもので、秋に種を採り、毎年植えているのです。その年によって、青い花が咲かないときもありますが、今年は咲いて、家族で喜んでいたのです。

 11月に入りぐんと寒くなったのですが、先日も最後の力を振り絞ってくれて、小さくはありましたが、咲いてくれました。そのときは、この夏買ったハイビスカスも綺麗に咲いてくれました。花は心を癒してくれますよね。

 


 


2023年11月16日木曜日

息子が駅伝選手に

  今日、息子から携帯電話に電話がありました。「ママ、駅伝の選手に選ばれたよ!」。声が弾んでいました。息子が学校代表の選手になったようなのです。

 選ばれたのは6年生約100人中8人で、男子4人女子4人。息子は今月から、塾の理科社会をやめて、かけっこ教室に戻ったばかり。受験を3ヶ月後に控えての決断は勇気が要りましたが、息子の明るい声を聞いて、あの決断は良かったんだと思えました。

 今日は息子に別の良い知らせがありました。数カ月前に学校見学に行ったインターナショナルスクールから、来年秋入学に向け、息子の出願を待っているというメールでした。息子は高校生向けの学校見学に行ったのですが、息子の受け答えがしっかりとしていたことを評価してくれたらしく、今回メールをいただいたようです。もちろん英語と算数の2教科の受験の結果によりますが、ともかく親として、どこかの学校が息子に「welcome」な態度で接してくれたことがうれしい。

 息子に良かれと進めていた、日本の中高一貫校。でも、息子の成績は一向に上がらず、無気力になり、どうしたものかと考えに考えて理科社会をやめることを決めました。4科目受験が必要なほとんどの中高一貫校の受験を諦めなければなりませんでしたが、息子の心のほうが大切でした。

 私は毎朝ジョギング・ウォーキングをしており、息子に「一緒に走ろう」と誘っていました。いつも、「起きられない」と断ってきましたが、今日は「ママ、明日、僕も一緒にジョギング行く」と自発的に言ってくれました。

 息子が少しずつ、息子らしくなってきています。

 

 

2023年11月15日水曜日

夜の甘辛チキン弁当

  一昨日、落ち込む出来事がありました。自分の身に降りかかることは何とか対処できると思うのですが、社会や組織の中での関わりなどについては、すぐ考え込んでしまいます。一昨日は心が乱れ、帰宅後ベッドに横になり大泣きしました。

 息子は塾に行っており、夫も自室にこもってました。ひとしきり泣き続けたら、お腹が空いてきました。その夜は夫が夕ご飯の担当で、ラム肉のパイを用意していました。私はラム肉が苦手なので、遠慮すると伝えていました。

 「あの唐揚げ弁当が食べたい」と急に思い立ちました。2つ隣の駅近にある、お弁当屋さんです。ここは息子の英語塾の近くにあり、以前、息子の塾の帰りにいつも寄るレストランが満席だったので、仕方なくこのお弁当屋さんで買って公園で食べたら、思いのほか美味しくて、息子も私も大満足だったのです。そのお弁当屋さんの名物”甘辛チキン”が食べたくなりました。

 寒かったのですが、コートを羽織ってマフラーをぐるぐる首に巻いて、自転車で駅に向かいました。駅の駐輪場に停めて、電車に乗り込みました。次の次の駅で降り、そのお弁当屋さんへ。開いているか調べもせず行ったのですが、開いていました。お客さんが何人も並んでいました。私の前のお客さんは男性で、唐揚げ弁当を4つ注文していました。残業組の買い出しでしょうか? 同僚と夜、他愛のない会話をしながら唐揚げ弁当を食べるー。そういうのっていいなって勝手に想像しました。いずれにせよ、皆、このお弁当のファンなのですね。

 甘辛チキン弁当を買い、近くの公園に行きました。ベンチに座りました。電車に乗っている最中、札幌の親友にラインをしていました。

「わたし、ちょっと落ち込んでいるの。なんだか、辛い。2つ目のがんというより、人生について。私は間違っていたのかな?と考えてる。病気の後、社会復帰しようと頑張ってきたけど、疲れたし、悲しい。ごめんね、愚痴で」

「むっちゃん、やっぱり落ち込んでいるんだね。胃がんは内視鏡手術で取り除けること、本当に良かった。むっちゃんの人生、何も間違ってなんかいないと思うよ」

 親友に、お弁当屋さんとお弁当の写真を送りました。暗い公園でお弁当をパクパクと食べました。会社帰りでしょうか? 沢山の人が公園の前の道路を通り過ぎていきます。「このおばさん、夜一人で公園のベンチでお弁当食べてる。寂しそう」と思われるかな?とちょっぴりおかしくなりました。もう、そんなことも気にしません。それよりも、一筋縄ではいかない人生でつまずいている状態を、少しでも気分を軽くして乗り切るほうが大切。夜、一人公園で唐揚げ弁当を食べる。そんな自分を笑う。そういうことが必要でした。




 がん治療がうまくいかないときは、混雑した渋谷のスクランブル交差点を見下ろせるカフェに行き、雑踏を見ながら、自分の抱えていることなんて小さいーと思うようにしました。年齢を重ね、もう、渋谷のカフェに行くパワーもないので、駅の近くの公園で、お弁当をパクつくのです。

「自分なりに一生懸命生きてきたし、いろいろあったけど、頑張ってきたつもり。でも、社会からは拒否されるし、頑張った結果がまた、がんか…と思ったら、やりきれなかった」

 お弁当を食べている間、親友がこんな重たいラインの会話に付き合ってくれました。一人で公園のベンチに座っていましたが、一人ではありませんでした。友達ってありがたいなぁとしみじみ思いました。

 お弁当を半分ほど食べて、お腹が一杯になると、生きる元気が出てきました。親友に「いつも、ありがとう。話を聞いてもらって、気持ちが落ち着いたよ」とラインを送り、電車に乗りました。自宅に着くころには、少し、気持ちが軽くなっていました。もう、涙も出ませんでした。

 

2023年11月14日火曜日

寒くなると…

  週末はぐんと冷え込んだので、夕ご飯はおでんにしました。ちょうどおでんを好まない夫と娘がいないので、母を招いて息子と3人で食べました。

 母が実家で使っていて、昨年実家を売却するときに「いらない」と言ったけど、もったいなくて段ボールに詰めて持ち帰ってきた皿を使いました。あのときは段ボール箱7箱ぐらいこちらに送り、収納エリアがギチギチになる原因になってしまいました。でも、やはり持ってきて良かったと思います。

「あらっ、あの皿だね」

「うん。あのときこっちに送ってきた皿だよ。どう?おでんが映えるでしょ」

「そうだね。おでんにピッタリだね」

母が実家で使っていた皿におでんを盛り付けました。紫色の箸は母用

 母も息子も「美味しい」と食べてくれたので、良かった。私自身も、ようやく大好きなおでんを自宅で作れるようになって、嬉しい。おでんは冬になると一人分をコンビニエンスストアで買って食べていましたが、やはり家族や友人など人と一緒に食べるのがいいなと思ったのでした。

2023年11月12日日曜日

確定診断

 国立がん研究センター中央病院で11月8日、胃がんの確定診断を受けました。その日からいろいろ考えを巡らせていたため、報告が遅れました。このブログの前の2つ「3世代で回転ずしへ」「冬支度」は診断の後のことですので、報告の順番が前後しました。

 診断は10月26日のブログでお伝えしたように、胃の「印環細胞がん」で病期は1期でした。腫瘍の大きさは1.2㌢で、内視鏡手術で取ることができるようです。ただ、顕微鏡で確認し、予想より腫瘍が大きければ、外科手術となるでしょうということでした。先生は「内視鏡の検査を定期的にしていたので、早期に発見できました」と言い、完治を狙えると前向きな発言をしてくれました。

 原因について聞くと、ピロリ菌か以前行った放射線治療かもしれないとのこと。胃の印環細胞がんは予後が悪く、術後2年以内の再発は約50%、5年生存率は約30%と言われています。早期発見といえども、油断はできないなというのが本音です。ただ、治療できる段階で見つかったのは本当にありがたいことです。

 親しい友人から「悪性リンパ腫の再発より、ずっといいと思う」と言われ、本当にそうだなと思いました。悪性リンパ腫が今度再発したら、かなり厳しい治療になるのは必至ですので、内視鏡手術で取り切れることに感謝です。

 私が13年前に再々発の診断を受けたときは看護師さんが待合室に来て、入院の説明をしてくれました。が、今回は8階の相談支援センターというところで、説明してもらいました。

 相談支援センターは広々としていて、7,8人の相談員の方がいました。「今回初めての入院ですね」と担当者の女性。「いいえ、もう何度も入院しています」というと、「えっ?」と驚いてコンピューターを見ます。「最後に入院したのはいつですか?」「13年前です」「そうですか。3年以上経っていると、もう一度説明させていただくんです」とのこと。私もすっかり忘れていますので、ありがたいです。

 まずは入院中のスケジュールなどについて10分間のビデオを見ました。次に書類の記入。部屋は4人の患者がいる大部屋の窓側か通路側、そして4つランクがある個室のうち第1希望と第2希望を書くことになっています。一番高い最上階の個室は一泊の追加金額が11万円(税込み)します。もちろん、私は大部屋。大部屋は患者同士でおしゃべりができて、楽しいのです。以前は運が良ければ窓側になることがありました。今は追加料金が一泊6,600円もかかります。ちょっと高いですが、1週間ですし、気持ちが明るくなるよう窓側を選びました。

 私が入院していたときはパジャマ持参でしたが、病衣を選べるようになりました。実はこれは、私が要望書をご意見箱に入れて後、すぐ導入されたもの。家族がいない患者さんは体調が悪い中、コインランドリーで洗濯をするのがとても大変なので病衣を取り入れてほしいと書きました。何だか嬉しくて、「病衣は10数年前、私が要望書を書いて導入されたんですよ」と心の中で、ちょっぴり自慢げにつぶやきました。いま、ここにいる職員の方々はおそらく、そのころはこの病院にいなかったでしょう。私はもう20年もここに通っている、古参の患者なのです。

 付き添ってくれた夫が、窓から外を見ます。「築地市場、なくなっちゃったね。君を見舞った帰り、お母さんとあそこに行ってお寿司を食べたんだよ」。長い年月の間に、築地も変わりました。

 看護師さんからも説明を受けました。一定金額以上の治療費については健康保険組合が負担してくれる高額療養費制度の説明もありました。この制度は知らない人も多く、説明してくれない病院もあるらしく、やはりがん研究センターはしっかりしているなと思いました。

 看護師さんからは「今回、先生からどのような説明を受けましたか?」「分からないことはありましか?」と聞かれました。患者がどれぐらい理解できているのか、確認しているのですね。気が動転して、大切なことを聞き逃した患者さんもいると思いますので、こういう対話は重要だなと改めて思いました。

 このようにいろいろチェックして、患者感覚をアップデートしました。私はがん患者さんへの情報発信についての研究をしていますので、最新の患者感覚を持つのはとても大切です。今回は新しいがんを罹患し、情報収集もたくさんしましたので、新たにがんと診断された患者さんが病院やインターネットでどれくらい情報収集できるのか、確認できてよかったです。

 朝9時の診察でしたが、お会計を済ませると11時半になっていました。その日は午後から講義があったので私は大学へ。夫は会社に向かいました。

 夜は月2,3回は夫と一緒にいく近所のバーに行き、「とりあえず、早くに見つかって手術も内視鏡でできるから、よかった」と乾杯しました。マスターに事情を説明すると、驚いたようでしたが、「早期発見良かったです。これは私のおごりです」とスパークリングワインを1杯ごちそうしてくれました。

 がんを甘く見てはいけないですが、落ち込んでいいことはありません。ポジティブに対処していくつもりです。

2023年11月11日土曜日

3世代で回転ずしへ

  一昨日の木曜日の午後、軽井沢に行く夫を見送り、翌日の夜は夫がいないからおでんにしよう(夫はあまり好き出ないので)と考えていると、「そうだ!母を招こう!」と思い付きました。翌日は息子の塾があるので、今晩一緒に食べようと早速、母に電話をしました。

 電話をしたのは夕方5時半ごろ。「お母さん、夕ご飯準備した? 良かったら家に来ない? これから作るんだけど、おでんを一緒に食べよう」と夫が軽井沢に行ったことを話して夕食に誘うと母は、「じゃあ、せっかくだから食べに行こう!」と言います。「私がおごるから!」とも。「あんたたちの好きなもの、何でもご馳走してあげる」と声が弾んでいます。「そう? じゃあ、ご馳走になるね」と息子と相談して、母のマンションの近くにある回転寿司に行くことにしました。

 夜は混むので、電話を切ってすぐ、母の家へ。母は85歳になりますが、こんな急な誘いにもすぐ乗ってくれます。母のマンションに寄って、そのまま、回転寿司へ。

 「何でも食べていいよ!」と母。私は大好物のいくら、シメサバ、ホタテ、アジ、茶わん蒸しを注文。母はエビとシメサバ、マグロ、カンパチとアサリのお味噌汁。息子は納豆巻きとフライドポテト、フライドチキンに3色団子。3世代がそれぞれ好きなものを注文できる回転寿司は”最強”です。

 回転寿司の帰り、母が言いました。「寒くなってきたら、札幌を思い出すよ。雪かきが本当に大変だったから。こっちに移ってきて良かった」。

「お母さん、家を手離して寂しくない?」

 母は昨年、50年近く住んだ札幌の家を手離しました。今は実家は取り壊され、新しい住宅が建っていることでしょう。母は言います。

「全然! こっちに来てから(母は新型コロナが流行する半年前にこちらに転居してきました)毎年業者さんに頼んで雪かきしてもらっていたから、業者さんに電話したり、契約したり、本当に大変だった。だから、そういう面倒なことなくてすっきり」

 あんなに大好きだった自宅を手離しても、全く、落ち込まない母。「わたしは、あの家を何回もリフォームして、自分の住みやすいようにして暮らしたの。皆に素敵だねって褒められた。だから、全く悔いがない」といいます。

 そうなんだな、そういう考えもあるんだなと思います。わたしなら、家族との思い出が詰まった家を手離すのは心が切り裂かれるように辛いと思いますが、そういう執着があると、それはそれで辛いもの。母のようにさっぱりと手離し、今を生きるという考えが、年を重ねても前向きに暮らせる生き方なのでしょう。

 母のマンションまで送りました。母は息子をハグし、「電話ありがとう!楽しかったよ」と喜んでいました。「こちらこそ、ご馳走様。じゃあ、おやすみ」。

 帰りは息子と手を繋いで帰りました。楽しい一日でした。