2023年6月7日水曜日

娘の涙

 卒業式が無事終わり、娘はオーストラリアへの大学出願に向け、せっせと絵を描き始めています。卒業式前には悲しいこともあり、涙も流した娘には胸を張って生きていってほしい。そのためには、やはり、海外の大学に行くほうが良いかもしれないーと思っています。

 娘から泣きながら電話がかかってきたのは卒業式を4日後に控えた5月29日の夕方でした。その日から連日、卒業式の練習があったのです。

「ママ、今お話ししていい?」 私はその日は研究室におり、夫は在宅で仕事をしていました。

「いいよ~」

「今日はとっても悲しいことがあったの」

「どうしたの?」

「あのね、卒業式ではステージで3列に並ぶの。で、私背が高いから一番後ろの列なの。一番前は全員女子。それで、私と男子たちが一番後ろの列に行ったら、ミスター●●(校長先生)が、Oh! Giant Guys! (おお、巨人たち)って声かけてきたの。巨人だよ、巨人。それに、Guysって男の子のことでしょ。私、男子の中に入れられたんだよ!」

 無神経な言葉ですが、先生もきっと、冗談のつもりだったのでしょう。でも、女子に「巨人」は使ってはいけない。もう少し別の言い方があったのでは、と思いました。

 卒業生は32人で、そのうち3分の1が女子。ステージで生徒は3列に並び、女子は娘と2列目に並んだ1人を除いてすべて一番前の列に並びました。娘は身長183㌢あり、卒業式のガウンに合わせてヒールを履くと190㌢近くなります。卒業生の中で3番目に背が高いので(娘より2人背が高い男子がいてくれたことが救いです)、当然後ろです。

 娘は続けます。

「皆で歌を歌うとき、男子と女子がパートを分けて歌うの。女子たちが一番前の列で歌っているとき、黙っている男子の中で一人歌うんだよ。悲しいでしょ? 私も皆みたく小さく生まれたかった」

 娘は電話口で大泣きします。これは一大事です。

「ねぇ、これからママ帰るから、カフェでケーキでも食べない?」

「うん!」

 夫とメールのやり取りをし、自宅最寄り駅のカフェで待ち合わせをすることにしました。

 約40分後、カフェに着くとソファに座って泣いている娘の姿が目に飛び込んできました。夫が娘の手を握り、何か語り掛けています。私の姿を見た娘が「ママ~」と大粒の涙を流しました。

 娘がこの日出来てきたという卒業記念の全体写真を見せてくれました。それは2列に並んでおり、一番前は女子が全員座って写っています。そして、それぞれ両手でハートマークを作り、隣の女子とハートをくっつけ合い、連なっています。娘は一番後ろの列で一人ポツンとハートマークを作っています。それを見て、切なくなり、私も泣きました。

 「ママ、私も皆と一緒にハートをくっつけあって座りたかった。男子の中に交じって、一人寂しくハートを作っているって、悲し過ぎない?」

 女子は立っているわけではありません。全員が座っています。座れば背の高さはそれほど問題にならなくなります。なぜ、娘を座らせてくれないのでしょうか? 昨今、男女の区別をするのが問題となるケースもありますので、少なくとも、「ここに座りたい?」と聞いてくれる気遣いが担任の先生(男性)にあっても良かったのに、と思いました。

 卒業式は学校のためにあるのではありません。子どもたちのための卒業式です。夫と相談し、メールで担任の先生に娘を前の列にしてもらえないか頼んでみることにしました。娘が悲しい気持ちになり、泣いている。可能なら、席を他の女子たちと一緒にしてもらえないでしょうか?という丁寧なメールでした。

 帰ってきた返信は、娘が「怒っていることを残念に思います。残念ですが、場所を換えることは出来ません」というそっけいないものでした。生徒が「悲しい気持ちで泣いている」という訴えについて「怒っている」と変えて書いてある文面は、いかにも、私たちが文句を言っていることに対しての返信という書き方でした。残念なことでした。

 卒業式の当日。式では娘は一番後ろで、表情もあまり明るくありませんでした。でも、男女のパートに分かれて歌を歌う場面では、娘は前列に出てきて、端ではありましたが他の女子たちと並んで歌っていました。娘はとても晴れやかな表情をして、実に嬉しそうでした。

 式が終わって聞いてみたところ、先生に「男女が分かれて歌うところでは、自分は他の女子たちと一緒に歌いたいです」とお願いして、受け入れられたそうです。

「ママ、気付いた? 私、他の女子に比べて飛び出ていなかったでしょ。歌っている間、ずっと膝を折って小さくなっていたの。疲れたよぉ」

 大きくみせるために少し背伸びをするのは良く聞きますが、小さく見せるために膝を折るー。その涙ぐましいまでの努力をしなければならない娘を不憫に思いました。そして、大学を出願するときに、どうして、こういうところに気付いてあげられなかったのだろうと私は猛省しました。

 この”事件”を経て我が家では、娘を海外の大学に送り出すことが目標になりました。大きな人が多い海外の国に行けば、娘は気後れすることなく、生きていける。日本にいれば、また、同じようなことが起こるでしょう。娘には自分に自信を持って生きてほしい。

 さて、卒業式の日、2年前にタイに転校した男子がママと一緒に卒業式に参列していました。そして、そのママから私に、その男子と娘が一緒に撮った写真がラインで送られてきました。その男子は当時娘より背が高かった子です。今回の写真も娘はかがむことも頭を横にして小さく見せることもなく、その男子の横に真っすぐ立って笑っていました。良かったなぁと思いました。

 そのママに今回の一連のことについて報告しました。するとそのママからは、「タイのインターで、187㌢の女子もいたよ。海外に出れば、180㌢前後の女子はいるから、心配なく。それにしても、巨人なんて許せないわ。将来、高身長の彼を見つけて、先生たちを見降ろしてやりなさい!」と勢いの良い返信が。

 また、息子が娘と同級生で現在はアメリカに住むママからも、「学校のフェイスブック見たよ。一番後ろの列の女子は1人だったじゃない。やったね!」というポジティブなメールが届きました。ところ変われば、背の高い女子がポジティブに受け止められるのですね。

 海外のママ友のメールに救われました。大学では、背が高いことで娘が悲しい思いをしなくても良くなりますよう、願うばかりです。

2023年6月6日火曜日

卒業式

  横浜・元町のインタナショナルスクールに通う娘の卒業式が2日と3日、教会と学校で行われました。いろいろ心配事も多かった娘でしたが、こうして、無事卒業できて、感無量でした。

 2日は、カトリックの教会でミサがありました。私は親として参列し、ママさんコーラスの一員として、子どもたちに送る歌を歌いました。バーガンティ色のガウンと帽子を着て、教会の中に入ってくる娘を見ながら、これまでの18年間を振り返りました。

 生まれたときは手の平に載るほど小さかった娘。細くてひょろひょろとしていた娘。何時間も飽きずに絵を描いていた娘。なかなかお友達が出来ず、また、学びも遅くて、学習障害ではないかと心配した公立小学校時代の娘。思い切ってインターナショナルに転校させたのは小学校5年生のときでした。

 英語での授業に馴染めず、またお友達も出来ず、ずいぶん心配しました。娘にお友達が出来るよう願い、娘が少しでも仲良くなったお友達を家に招き、夫と二人で手作りの料理でもてなしました。でも、娘はなかなかお友達の家に呼んでもらえず、娘と一緒に泣いたこともありました。でも、レイちゃんという親友が出来て、どれほどほっとしたことか。レイちゃんのお家にもお泊りさせてもらい、親子でどれほど喜んだことか。

 中学校から高校にかけては、オーケストラでヴァイオリンを弾きました。最終学年ではコンサートマスターを務めることが出来ました。また、好きだった絵に没頭することが出来、いくつもの作品を仕上げ、校内で作品展を開きました。引っ込み思案な性格ですが、勇気を出して課外活動でKポップダンスクラブを主宰しました。こうして、ゆっくりとですが娘は成長し、無事、国際バカロレアを取得し、高校を卒業することが出来ました。

 3日の式典では、娘は音楽のクラスを受講した生徒たちに交じり、ヴァイオリンを弾きました。そして、生徒たちは「自分はどんな人だったと覚えてもらいたいか」「大切な人へのメッセージ」など一人一人丁寧に紹介され卒業証書をもらいました。娘は「献身的に私を育ててくれ毎日お弁当を作ってくれた母と、幼稚園のころから私を学校に送ってくれた愛情深い父、そして私を誰よりも慕ってくれる大好きな弟に感謝します」とメッセージをくれました。

 生徒32人に卒業証書が手渡され、卒業生たちは号令とともに、一斉に帽子の右側に垂れていた帽子のタッセル(紐)を左に移しました。これは人生のあるステージを超え、新たなステージに入るという意味があるそうです。

 卒業式には母も招待しました。連日の雨で足元が悪く転んだら困るからと最後まで行くか行かないか迷っていた母。雨も上がったため初孫の卒業式には出た方が良いと説得しました。式に参列でき、「あたたかくて、いい式だったね」と母はとても喜んでいました。

 式が終わった後はカフェテリアに移動。お友達や先生、下級生からお花やプレセントを受け取り、写真を撮り合いました。また、ピザやハンバーガー、ケーキ、フルーツなど軽食が準備されたホールで、歓談しました。

 卒業生たちは再び外に出て、皆で和を作り、帽子を空高く投げました。娘の顔も実に晴れやかでした。その姿を見守りながら、「卒業してしまったんだなぁ」と胸が一杯になりました。 

帽子を空高く投げた卒業生たち。手を大きく広げた娘の顔はとても晴れやか

2023年6月1日木曜日

キーピング

  皆さんは、シーツの仕上げは糊付けですか?それとも柔軟剤ですか?

 これまでずっとシーツの仕上げは糊付けだと疑問も抱かず信じてきましたが、柔軟剤で仕上げる人がいることを、初めて知りました。仲良しのママ友2人です。先日、初めての夜のお食事会で語り合ったときにこの話が出たのです。

 話はいきなりそれますが、ママ友との交流の場は子どもたちが幼稚園に通っている間は朝子どもたちを園に送った後のお茶、小学校に通っているときは保護者会の前のランチなどです。夜の食事や飲み会はほとんどありません。が、幼稚園で一緒だったお友達が別の小学校に行ったり、または、働き出すママも出始めますので、日程調整が難しくなります。ということで、先日は比較的出やすい土曜日の夕方に和食レストランで3人で会うことになったのです。

 で、シーツの話に戻ります。なぜ、この話かというと、私が長年使ってきた花王の「洗たく機用キーピング」が昨年の3月で販売が終了になって困っていたためです。気付いてすぐアマゾンや楽天を検索してみたら、一本二千五百円ぐらい(当時は数百円だったと思う)になっており、高過ぎて買えなかったのです。たまたま、軽井沢の家に1本あり、それを東京に持ち帰って、普段使う半分の量に抑えて、大事に使ってきました。が、それもそろそろなくなりそうなのです。

 そこで、二人に「私が使っていたキーピングが販売終了になって困っているの。皆、糊付けはどうしているの?」と聞いてみました。もちろん、期待していたのは「キーピング残念だよね。でも、代わりに●●を使っているよ」という情報提供。

 私の話を聞いたユキちゃんとクミちゃん。2人は驚いた表情で、「えっ、私、柔軟剤入れているけど…」と答えたのでした。仰天しました。つまり、二人ともシーツは「パリッ」ではなく、「ふわっ」と仕上げるのだそう。し・ん・じ・ら・れ・な・い。 シーツは昔から「パリッ」に決まっているじゃないですか。私の母だって、ずっとパリパリに糊付けしたシーツを使っていました。

 すると、ユキちゃんがこう言いました。「そういえば、実家の母もシーツはパリッとした糊付けだよ」。そうか! ここで私は膝を打ちました。ユキちゃんは私より17歳(たぶん)年下。ざっくりと言えば、私はユキちゃんのお母さんの世代なのです。私より10歳下のクミちゃんも柔軟剤派。クミちゃんは「パリッと糊付けされたシーツは気持ちいいけど、枕カバーはふわっと柔軟剤仕上げしたもののほうが肌に気持ち良いかも」。そうすると、糊派と柔軟剤派の世代の境界線は、もしかしたら、私とクミちゃんの間にあるのかもしれません。

 シーツ仕上げの「糊派」と「柔軟剤派」について考えを巡らせてみると、背景として考えられるのは使う洗濯機の違いです。つまり、洗濯から脱水まで行う縦型の全自動洗濯機全盛の時代を経た世代と、乾燥機能まで一体になったドラム式の洗濯機が主流になった時代を生きる世代の違いです。

 私は今もドラム式の洗濯機は使わず、縦型洗濯機を使っています。乾燥機能が装備された全自動洗濯機の黎明期を知る私は、あの仕上がりの”気持ち悪さ(生渇き)”を経験し、それ以来、衣類は外干しと決めています。お日さまの下でパリッと乾かすのが大好き。雨の日は、部屋干し+乾燥機仕上げです。乾燥機はコインランドリーで見かける乾燥機能だけのシンプルな機械です。でも、若い世代のママ友のほとんどが、ドラム式の洗濯機を使い、乾燥までするらしいというのはこれまでの”取材”で知ってはいました。

 「ドラム式で乾燥するとしわにならない?」「白物と色柄物を別に洗濯したいときは乾燥まですると時間かからない?」「縦型だと白物終わってすぐに色柄物洗えて便利だと思うんだけど」などと、質問してきました。が、今回、仕上げ剤の違いにまで話は及んできました。

 ネットで調べていくと、キーピング廃盤の背景には、ワイシャツなども柔軟剤で仕上げる人が増えてきて、洗たく機用の糊の需要が減ってきたということあると分かりました。ワイシャツを柔軟剤仕上げ? 私は男性のパリッとしたワイシャツ姿が好き。でも、夫のシャツを何枚も糊付けしたりスプレー式の糊をかけてアイロンがけをするのが面倒なため、クリーニングに出しているのでした。洗濯機の変遷だけでなく、仕上がりの好みの変化にも、洗たく機用のりの需要低迷と販売終了の理由があったのです。

 さて、キーピングです。洗たく機用の糊です。他のメーカーでも販売しているようですが、情報収集もとん挫し、また、試しに買ってみて使う気持ちにもなれません。かといって、洗ったシーツをいちいちスプレー式の糊を振りかけてアイロンがけするのも面倒です。で、思い切って、市場に在庫がなくなる前に、アマゾンで買うことにしました。調べてみると、キーピング1本(600ml)と詰め替え(480ml)1本のセットで5800円が一番安かった。

 買うか買うまいか、ずいぶん悩みました。手元にあるキーピングのボトルの説明を改めて読んでみるとシーツ1枚で使うキーピングの量は13ml(私はその倍の量を使っていました)。電卓をたたきました。(600+480)÷13≒83。新たに買うキーピングは83回分。5800÷83≒70。1回につき70円。1回70円で、83回も気持ち良く仕上がったシーツを使えます。 清水の舞台から飛び降りることにしました。

 昨日、商品が届きました。ずいぶん高い買い物でしたが、これからもしばらくはパリッとしたシーツで寝られると思うと、気持ちが安らかになるのでした。



2023年5月23日火曜日

プロムの夜

  インターナショナルスクール12年生(日本の高3)の娘の学年末のテストが終了、19日の夜、ダンスパーティ「プロム」が横浜市内の式場で開かれました。

 この日のために、ドレスを昨年末に買っていました。12年生のドレスコードはロングドレスですので、娘はシンデレラのような水色のドレスを選びました。身長183㌢の娘に合うロングドレスをなかなか見つけることが出来ず、かといって、アメリカの物をネットで注文して、取り寄せるのも残念。そんな風に考えて困っていたところ、横浜・元町にあるコンサートやパーティ用のドレスを販売する店で見つけたのです。お直しを何回かお願いし、娘にピッタリのサイズにすることが出来ました。そして、プロムの日を家族で楽しみにしていました。

 娘は「300円ショップ」で買ったという髪飾りとイヤリングを準備していました。前日、ドレスを試着してみると、首元にパールネックレスが必要ということが分かり、さすがに私のパールを貸すことは出来ないので、娘と一緒にデパートへ買い物に行きました。可愛らしい、フェイクパールネックレスを見つけ買いました。

 ダンスパーティの前には、男子から女子へ「一緒にプロムに行こう!」とお誘いがあったようですが、残念ながら娘にはお誘いがありませんでした。私も気にして、「どう、誰かから誘われた?」と聞いてみましたが、「ぜーんぜん!」と言い、気にもしていないようでした。

 娘も娘のお友達たちも誘われなかったらしく、皆、「自分のために」美しく着飾ったよう。

 パーティ会場は、横浜市内にあるおしゃれな結婚式場でした。着替え室でお化粧したり、髪を巻いたりする娘の世話をする私は、まるで新婦の母のような気分でした。準備が終わって、ドレスを着た娘はとても綺麗で、すっかり大人になったなぁと感無量でした。

 会場の中には、親は入れません。娘たちに付き添ってきたお母さんたちと「せっかくだから、見たいですよねぇ」と言い合いながら、子どもたちの後ろ姿を見送り、会場を後にしました。

 さて、6時から始まったパーティは9時半に終わることになっています。娘によると、華やかな女子のグループは市内のホテルの部屋を取って、そのまま泊まることになっていたよう。娘は仲良しのレイちゃんの家に泊まりにいくことになっていました。前日から、アニメをパソコンにダウンロードして、一緒に見るのを楽しみにしていました。

 こうして、皆、お友達の家やホテルに泊まるので、親は迎えに行くなんて野暮はことはしません。でも、行きましたよ、私は。だって、一生に一回の娘のプロム。どんな風に皆、会場から出てくるか、見たいじゃないですか。

 会場の外の椅子に息子と一緒に座って待っていると(こういうとき小6の息子がいると便利です)、ハーフのイケメン男子が、日本人の清楚な女子を連れて出て来ました。2人とも私のことを知っているので、ペコリとあいさつをしていきました。「なっ、なんで、いるの?」という表情でしたが、私はもちろん気にしません。にっこり笑って2人に手を振りました。玄関前には黒塗りのハイヤーが待っていて、2人はそれに乗り込みました。どこか別のおしゃれなお店にでも行ったのでしょうか? それとも、女子を家まで送ったのでしょうか? 気になりますねぇ。

 さて、続いて出てきたのは、ハーフの男子と11年生の女子です。11年生の女子のドレスコードはミニかひざ丈ですので、「そうかぁ、●●君は11年生と付き合っているのね」。ふむふむ。●●君は一人っ子ですので、両親はさぞ来たかっただろうなぁと想像しました。きっとぐっと我慢したのでしょう。

 パーティには自分の彼女や彼を連れてきても良いことになっていて、事前に学校側に連れてくる相手をグーグル・フォームで知らせてあります。で、カップルはテーブルで隣同士に座ることになっています。こういうところはやはり、インターです。

 続いて出てきたのは11年生の男女。そして、娘たちも出てきました。娘は嬉しそうに私と息子に抱き着いてきました。そして、パーティでは誰が誰とスローダンスを踊ったとか、誰がプロムクイーンに選ばれたとか、いろいろと教えてくれました。娘のテーブルに誰がいたのかと聞くと、「私のテーブルはね、あまりパッとしない子たちを集めたという感じだったよ」と苦笑していました。

 人気者の女子たちをうらやんだりせず、その子たちがどれほど素敵だったかを目を輝かせて話し、男子に誘われなかったこともスローダンスを踊れなかったことも残念がることもせず、パッとしない子が集められたテーブルに自分がいることを苦笑いして話すことが出来るー。こういうところが娘の良いところだなぁとしみじみと感じました。娘は、お友達たちと楽しい時間を過ごせたようで、本当に良かった。ドレスもあちこち見に行き、苦労して娘に似合うデザインを探したかいがありました。

 皆、ドレスを着たまま会場を出ていきましたが、娘はさっさとジーンズに着替えました。そして、レイちゃんとマクドナルドに行くんだと言い、機嫌良く街の方へ向かっていきました。その後も、女子のグループや男女のグループが、次々と街に消えていきました。きっと、どこかの店に繰り出したり、お友達の家に泊まって語り合うのでしょう。

 娘からドレスとパンプス、化粧品ポーチが入った大きな袋を預かり、夫の待つ車へ。夫はパーティが始まる前には会場に来ましたが(来た父親は夫ともう1人だけ)、さすがに、パーティ後に行くのは憚られたらしく(行った親は私だけでした)、駐車場に停めた車の中で待っていました。

 自宅へ戻る車の中、娘から聞いた話を夫にしていると、娘から写メールが送られてきました。ビッグマックを頬張る娘とレイちゃんの自撮り写真でした。その写真を見ながら、「今日も、娘が楽しい一日を過ごせて良かった。私も、楽しい気分を味合わせてもらったなぁ」と幸せな気分になったのでした。

2023年5月18日木曜日

家庭科実習

  昨日、小6の息子の家庭科実習を手伝いました。息子たちが作ったのは、お味噌汁。前日先生が準備してくれただし汁を使うという本格的な作り方を習った子どもたちは、それは楽しそうに調理をしていました。

 昨年から始まった家庭科授業。これまでも野菜の茹で方や、ミシン縫いなどの実習をお手伝いしてきました。息子は料理も縫い物も得意で、家庭科の授業では生き生きしているので、息子の様子を見るのを楽しみに、ボランティアの募集があれば手を挙げます。

 昨日、子どもたちはいつものように2人ひと組になってお味噌汁を作りました。息子のクラスの生徒は32人。お手伝いはもう1人のお母さんと2人。そのお母さんと一緒にまずはダイコンと油揚げ、ネギを16個のトレイに分けます。だし汁1人200m 2人分を鍋に入れます。そして、味噌を大さじスプーン1杯分を小皿に取り分けます。そして下準備を終わったころに、子どもたちが家庭科教室に入ってきました。

取り分けた米麹の味噌。その他に麦麹味噌、八丁味噌、白味噌も

 先生が私たちを紹介してくれました。「今日はマイヤー君のお母さんと、●●君のお母さんがお手伝いしてくれます」。息子が私に向かって小さく手を振ってくれました。高学年になると、お母さんが学校に来るのを嫌がる男子もいるようですが、息子はまだ私が授業参観やお手伝いで学校に行くのを喜んでくれるのもう嬉しい。

 子どもたちは包丁でダイコンを「いちょう切り」か「短冊切り」にし、ネギを「小口切り」に、油揚げを「細切り」にします。もう一人のお母さんと「切り方も習うなんて、ありがたいね」と言い合いながら、子どもたちに「ダイコン、もう少し薄く切らないと煮えないよ」と”指導”して回ります。

 普通の教科の授業参観では全く発言せず、存在感がない息子。その息子の様子を見に行くと、ちょうど手際良く野菜を切っているところでした。隣の女子に「マイヤー君、上手だね」と言われ、「僕、いつも家で料理しているんで」とちょっぴり自慢げに答えていたのが、親の私としてはとても嬉しかった。

 これからは「料理男子」の時代。「息子よ、その調子で頑張れ!」と心の中で応援したのでした。

 

2023年5月9日火曜日

だってママだもん

  私は週3回研究室に通い、週1回は大学に講義を受けに行っています。いずれも往復2時間の道のりで、朝は満員電車に揺られていきます。コロナが蔓延していたときは、スカスカだった朝の電車は今では、かつてのように体を電車の中に押し込まないと乗れません。社会はコロナ前の状態に戻りつつあります。

 先日あまりに混み過ぎて電車に入れないでいると、駅員さんが「いいですか、押しますよ!」と私の体を押し込んでくれました。でも、バッグの端が入らず、ドアが完全に閉まらないため、ドアの開閉が続き、焦りました。ぎゅうぎゅうに押し込まれた乗客を溢れさせずに電車の中に押し込んでおく役割を担うドア。その開閉が続くと、体が外に出そうになります。で、頑張ってカバンを引き寄せていると、今度は私の横に立っている女性のカバンの端がドアの外に出てしまったままドアが閉まりました。が、そのときは、もう、感知しなかったらしく、ドアは1センチほど隙間が空いたまま、電車走り出したのでした。

 そういえば、以前学生のカバンに掛けてあったマスコット人形がドアの外に出たのを目撃したことがありました。マスコットとカバンを繋いでいるのは細いストラップ。これもドアが感知しなかったらしく、次の駅まで学生とマスコットはドアで隔てられたまま、だったのでした。

「朝、満員電車に揺られるのがイヤだから」起業した、フリーランスの仕事を選んだという話をよく聞きます。が、私にとって満員電車は「自分は健康なんだ」と実感できる場所。体調が悪いときは、空いた電車に乗っても不安なもの。自分の体を満員電車の中に押し込んで目的地に行けるなんて、健康で元気な証拠です。

 さて、今朝電車を待っているときに、清々しいほど荷物が小さい男性を見かけました。電車で見かけるサラリーマンらのほとんどがビジネスバッグを持っているか、リュックサックを背負っています。女性も大体が大ぶりのバッグを下げています。

 しかし、その男性は片手にスマホを持ち、小ぶりのウエストポーチを背中に斜め掛けしています。いかにも仕事のできるという雰囲気です。IT企業の社員という風貌で、「スッキリとした雰囲気で、いいなぁ」と思いました。 

 私のほうは、お弁当やコーヒーボトルを入れた大ぶりのバッグを肩から下げ、パソコンと資料がぎっしり詰まったビジネスバッグを手に持っています。先日、苦笑しながら娘に「ママのこの荷物の多さ、いかにも仕事の出来ないオバサンという感じだよね」とつぶやいたときの娘の答えを思い出しました。娘はこんなことを言ってくれました。

「ママ、そんなことないよ。価値観なんてぐるりと回るから、また、荷物をたくさん持っている人は仕事の出来る人ってなるんだよ」

 こういう娘の励ましって、本当に胸に沁みます。そういえば、娘は以前、私が落ち込んでいるときにとても素敵な励ましの言葉をくれました。私は悩み事があると、娘に相談するのです。

「あぁ、今回はやっぱり無理かなぁ?」

「大丈夫。ママなら出来るよ。だってママだもん。沢山のこと乗り越えてきたママだもん」

 娘にどれだけ励まされてきたことか。これらの言葉は大切にメモしています。もちろん、スマホの「メモ」にも書いておき、気持ちが塞いだときは、それを見ます。すると、心がふんわりと温かくなるのです。


 

2023年5月4日木曜日

夫がいない日は

  夫が先週、12日間のアメリカ出張から戻ってきました。夫がいない間は、夫が好まないため作らなかった料理を子どもたちに作りました。とても嬉しかったのは、子どもたちがオムライスを好きになってくれたことです。

 日本人の母としては、普通、日本の子どもたちが好きであろうオムライスや太巻きを我が子どもたちが好まないことをとても残念に思っていました。これらの料理は特別感もあり、子どもの日などイベントがあるときに作りたいもの。でも、子どもたちが好まないので、ラザニアやミートパイなど、”あちら”の料理を作り続けてきました。

 夫が好まない料理は子どもたちも「美味しくない」と思うようで、本当に不思議です。そして、悔しいことに、夫が好むようになると子どもたちも食べるのです。たとえば、夫が同僚と行った居酒屋で食べたお茶漬けが美味しかったと言い、お茶漬けを食べるようになると、子どもたちも大好きになりました。和風パスタも同様。たらこパスタだけは夫が食べるので、子どもたちも大好物です。

 今回作った夕食のメニューは、焼きそば、オムライス、天ぷら蕎麦など。夫は「太る」のが理由で焼きそばは好みませんし、焼きそばに入れる豚バラ肉も「脂身が多い」という理由で敬遠。ケチャップご飯は嫌いですし、蕎麦はつゆなしで食べます。

 蕎麦の食べ方には、音を立ててすするのが良い、いやいや、食事のマナーとしては音を立てずにすするほうが良いなどという意見のやり取りもありますが、そもそもそこで議論されている蕎麦は麺とつゆがセット。つゆなしで食べるなんて、蕎麦を食べていることにもなりませんので論外でしょう。

 今回、夫が旅立った初日は脂の乗った豚バラ肉をたっぷり入れて「マルちゃん焼きそば」を作りました。豚バラ肉を最後に買ったのは何年前か分からないほどでしたが、今回、張り切って買ってきました。子どもたちからは「ママ、このお肉美味しいね」と大評判。「これは豚バラ肉と言って、じいじが大好きだったお肉なの」と子どもたちに説明しました。母が作った豚バラ肉の料理を「美味しい」と食べていた父を懐かしく思い出しました。

 翌日はオムライス。鶏肉と玉ねぎを炒めてご飯を加えて、ケチャップをたっぷり入れて炒めました。そして、薄焼き卵でくるみ、その上にさらにケチャップでハートマークを付けました。これまで敬遠してきた娘は、「ママ、私、オムライス大好きになった。また、今度作って!」。そうでしょう、そうでしょう。

 3日目はマイタケとカボチャの天ぷらを揚げて、蕎麦とつゆをセットで食卓に載せました。子どもたちの「美味しい!」という言葉と、蕎麦をすする音が何とも言えず、嬉しかったのです。

子どもたちと食べた天ぷら蕎麦