2022年8月14日日曜日

リバプールからの報告

  エジンバラの滞在3日目の6日はエジンバラ城近くにある土産店を巡り、スコットランド国立博物館へ。夕方、ビートルズの街リバプールに向かいました。ビートルズファンの夫に「ここは絶対行くべきだよ!」と説得し、旅行のプランに入れたのです。

 エジンバラ・ウエイバリー駅から列車に乗り、プリストンで乗り換えて3時間半でリバプールに着きました。リバプールのイメージは夫も私もあまり良くなかったのですが、駅を降りてホテルまで歩いていく間に、印象が変わりました。街の人たちは明るく、街並みもとても綺麗なのです。

リバプールの港にあるビートルズの銅像

 ホテルに着いたのは8時過ぎ。ケンブリッジとエジンバラのホテルにはなぜか机やテーブルがなく、息子は文句を言いながらもベッドに寝ながら、塾の勉強をしていました。リバプールのホテルには机が付いていたので、そこに座らせて10時ぐらいまで勉強させました。

 息子は「旅行に来てまで、何で勉強しないとならないの?」と言い、なかなか始めない。でも、今ごろ塾では連日子どもたちが新しい単元を学んでいます。心を鬼にして取り組ませました。

 さて、翌日の7日はビートルズの博物館「ビートルズ・ストーリー」へ行きました。ビートルズ誕生の逸話から一世を風靡するに至るまでの経緯、音楽の魅力、世界に衝撃を与えたグループの解散とジョン・レノンの死、解散後のポール・マッカートニー、ジョージ・ハリソン、リンゴ・スターの活動までを紹介しています。とても見ごたえのある博物館でした。

 その後、各メンバーゆかりの場所を巡るバスツアーに参加しました。ジョージとリンゴ、ジョンの生家やポールとジョンが共に曲を作ったポールの家、そしてジョンの家の近くにあり曲のテーマにもなった孤児院「ストロベリー・フィールズ」などを巡りました。

曲のテーマとなった「ストロベリー・フィールズ」の入り口
ジョン・レノンの生家。比較的裕福な家だったそうです
 
 ツアーが終わった後は、ギフト・ショップで「The Beatles」のロゴが入ったトレーナーを家族で買いました。買い物があまり好きではない夫が、嬉しそうにトレーナーとTシャツを選んでいる様子を見て、「リバプールを旅程に入れて良かった」と私まで嬉しくなったのでした。
 
 夜はホテルの近くのパブでイギリス名物「フィッシュ&チップス」を食べました。地元の人たちがそれは楽しそうにビールを飲み、食事をしている様子が印象的でした。

パブで食べたフィッシュ&チップス

博物館に展示されていた若き日のビートルズの写真

2022年8月12日金曜日

エジンバラからの報告 ②

  スコットランドの古都・エジンバラは、知的な雰囲気があり美しく、街を散策するだけで幸せな気分になる大学都市・ケンブリッジとは違った魅力がありました。観光名所はどこも圧倒的な迫力があるのです。

 初日にエジンバラ大学を訪れた私たちは、2日目の5日、ケンブリッジのときと同様に「Hop-on, Hop-off City Tour bus」(市内の観光名所に停まるバス)に乗り、市内を回りました。最初に訪れたのは、世界遺産の一つで美しい街並みを一望する「カールトン・ヒル」です。

エジンバラの街並みを一望できるカールトン・ヒル

 ここに行ってみたいと希望したのは、建築に興味のある娘でした。この丘にある「ナショナル・モニュメント」は19世紀にナポレオン戦争で亡くなったスコットランド兵士のために造られた戦没者記念碑です。アテネのパルテノン神殿を模して造られ、未完のまま現在に至ります。モニュメントは高く、そこに登るのはなかなかに難しいのですが、何とか登って立ち上がりエジンバラの街を眺めると、晴れ晴れとした開放感に包まれました。

圧倒的な迫力のナショナル・モニュメント

 カールトン・ヒルから眺めるエジンバラの街並みはそれは美しく、いつまで眺めていても飽きることがありません。

カールトン・ヒルから眺めるエジンバラの街

  次に訪れたのが、「エジンバラ城」です。残念ながら、入場チケットが売り切れてお城の中に入ることは出来ませんでした。これを前向きにとらえて、「今回入れなかったのは、また、エジンバラに来るチャンスがあるということだね」と次回の楽しみにすることにしました。

バスから眺めたエジンバラ城
エジンバラ城の入り口
 
 エジンバラ城を下がっていくと、土産店がひしめく通りに出ます。その通りには、夫が所望したスコッチウイスキー博物館がありますので、行ってみました。子どもたちは興味がなさそうだったことと、チケットが高かったことで、入場は断念。でも、ギフトコーナーでウイスキーの試飲が出来たので、夫は満足したようです。少し可哀想でしたので、スコッチウイスキーのミニボトルとコースターを買って、夫にプレゼントしました。

「Scotch Whisky Experience」の前でふざけ合う子どもたち

  次は、山登りが好きな息子のリクエストに応えて「ホリールードパーク」内にある山「アーサーズシート」に登りました。その小高い山を見上げたときは迷いましたが、息子と一緒に山登りをする機会はこれからあまりないかもしれないーと考え、思い切って登ることにしました。
 
 約30分で、頂上に到着しました。そこから切り立つ崖を見たときは足がざわざわとすくみましたが、ここから眺める景色もカールトン・ヒルに違わぬ絶景です。

アーサーズシートから見下ろす風景。切り立つ崖を見ると足がすくみます

中央に見えるのがエジンバラ城
 
 頂上からの眺めを堪能した後、山を下って、「ホリールードハウス宮殿」の横にある広い芝生で休憩をしました。息子は思う存分バク転を繰り返し、皆で鬼ごっこをしました。すがすがしいひとときでした。

 
ホリールードハウス宮殿

広々とした芝生の上で思う存分バク転をする息子

芝生の上で寝る息子

【参考文献・サイト】

カールトン・ヒル

https://ewh.org.uk/world-heritage-sites/calton-hill/

ナショナル・モミュメント

https://ewh.org.uk/iconic-buildings-and-monuments/national-monument/

スコッチウイスキー・エクスペリエンス

https://www.scotchwhiskyexperience.co.uk/

ホリールードパーク

https://www.historicenvironment.scot/visit-a-place/places/holyrood-park/


2022年8月11日木曜日

エジンバラからの報告 

  娘がサマープログラムで学んだケンブリッジに2日間滞在し、4日の朝、スコットランドの古都・エジンバラに向かいました。ケンブリッジ駅から鉄道で約4時間。座席は真ん中にテーブルのある向かい合わせの席でしたので、駅の売店で買った「UNO」やハリー・ポッターのカードゲームをしながらの、楽しい移動でした。

 午後1時過ぎにエジンバラ・ウエーバリー駅に到着。駅の外に出ると、眼前に広がる古都の風景に圧倒されました。30代のとき1人旅で訪れたときの感動が蘇りました。

エジンバラ・ウエーバリー駅

 ヘリフォード州にある地方紙で1カ月間の研修を受けた後、エジンバラまで足を延ばしたのでした。当時私は新聞社に入社して5年目ぐらいのときで、仕事に行き詰まっており、突破口を見出すために”海外研修”を自ら計画しました。

 日本人の視点で地元の取材をし、記事を書いて紙面に掲載してもらいました。地元の商工会の会合で、日本の地方紙の”若手記者”として、話もさせてもらいました。今振り返ると、当時の自分はガッツがあったなぁと思います。

 今やその片鱗さえなくなり、ネガティブ思考をぐるぐる繰り返すことが多くなってしまいました。このイギリス旅行でも、博士課程で直面している難局のことが頭から離れず、眠れなかったりもしています。まぁ、ガッツのあるオバサンも周囲を疲れさせますので、ネガティブ思考を巡らせているぐらいが良いのかもしれません。

 さて、エジンバラです。今回の旅行の目的はイギリス・アイルランドの観光地を見て回ると同時に、イギリスの大学への進学も考えている娘に、こちらの大学の様子を見てもらうことにありました。

 エジンバラに着いて、最初に行ったのがエジンバラ大学です。娘の通うインターナショナルスクールでは、11年生に向けて海外の大学からの学校説明会があり、イギリスからはこのエジンバラ大学も参加していました。娘も興味を持っていましたので、訪れてみました。 

18世紀に建てられたエジンバラ大学のオールド・カレッジ
 

 大学の構内では、一般に開放されたアート・フェスティバルが開かれ、とても賑やかでした。アーティストらのポスターがあちこちに貼られているのですが、そのアートの主張が強過ぎて、残念ながら本来の大学の雰囲気を味わうことが出来ませんでした。Old Collageという大学内で最も古い建物を訪れると、知的で荘厳な雰囲気を醸し出していて、やっとエジンバラ大学の様子を垣間見ることが出来たのでした。

 イギリスの大学への出願は、アメリカやカナダに比べて提出する書類も多く、かなりの時間とエネルギーを要するようです。ですので、娘の進学相談の先生も、入れる可能性のあるところへの出願を勧めています。娘は日本の大学とカナダの大学への出願も考えていますので、出願するイギリスの大学は1校と考えているようです。

 エジンバラは歴史的建造物が多く、建築を学びたい娘に取ってとても良い環境なのではと思いました。でも、日本から遠いしなぁ。夫も私も、実は娘にはもう少し側にいてほしいので、日本の大学に行ってほしいと願っています。でも、子どもには旅立ちのときというものがあり、それを決めるのは親ではなく、子ども自身です。親のエゴで、そこを間違えてはいけないーということは私も夫も十分分かっています。

 娘のエジンバラ大学の印象はどうだったのでしょうか。「エジンバラ大学はとても良い大学だし、建築科のプログラムもしっかりしているの。出願するかどうか、考えてみる」とのこと。ケンブリッジ大学は「大学院で行きたい」のだそう。娘なりに、いろいろ考えを巡らせているようです。

 

 

2022年8月10日水曜日

ケンブリッジからの報告 ⑥

 2日から3日にかけて、ケンブリッジの街を巡りました。娘がこの夏学び、散策した場所を見て歩きました。初めて訪れたケンブリッジは、明るくフレンドリーな街でした。 

ケンブリッジの街中を走る2階建ての観光用バス。これに乗ってあちこちを巡りました

 ケンブリッジ大学は31のカレッジで構成される総合大学です。1つ1つのカレッジが独自の財源を持って運営されていて、ケンブリッジ大学の学生はケンブリッジ大学に所属するとともに、どこかのカレッジに所属することになっています。

 たとえば、Trinity Collage。ここはアイザック・ニュートンなど歴史に名を残す人達を多く輩出しており、ノーベル賞受賞者も多数います。入り口の横には、ニュートンが「万有引力の法則」を発見するきっかけとなったリンゴの木があります。以前は別の場所にあったそうですが、Trinity Collage に移植したそうです。

Trinity Collage の入り口の横にある「ニュートンのリンゴの木」

 娘が学んだSussex Sidney collage。 娘はこのカレッジでの2週間を「今まで生きてきて、一番楽しかった。たくさん学んだ」と表現しています。キャンパスはそれは美しく、知的な雰囲気に包まれていました。このような場所での学びを短期間でも経験できた娘は幸せだなぁと思いました。そして、親としてこのような経験をさせてあげられたことをとても嬉しく思いました。

 娘が学んだ教室、過ごした寮、友達と語り合ったラウンジ、朝夕食を取った食堂、近くの市場で買ったサンドイッチや果物を食べた庭のベンチ、静かな時間が欲しかったときに行った教会…。Collage 内のそれらの場所を娘に紹介してもらいながら、私もとても幸せな気分になりました。

娘が学んだSussex Collage

娘が2週間を過ごした寮=右。ブルーグレーのドアの左が娘の部屋

娘が朝夕食を取ったダイニングルーム。格調高い雰囲気でした
 

娘はこのベンチでお友達とランチを食べたそう

 旅先だからでしょうか。このように幸せな気分に浸れたのは、久しぶりでした。


2022年8月8日月曜日

ケンブリッジからの報告 ⑤

   2日、ヒースロー空港からロンドンのパディントン駅とキングスクロス駅を経由して、電車でケンブリッジに向かいました。キングスクロス駅はハリーポッターの映画で描かれている駅にとても良く似ていて、イギリスに来たんだなぁとワクワクしました。

 ケンブリッジ駅はこぢんまりとした駅でした。さっそく娘に電話をかけようと、夫が携帯電話のSIMカードを駅の売店で購入。しかし、店員さんと頭を突き合わせてiphone に入れても全くつながりません。夫も私も、SIMカードを入れ替えても電話がつながらないということを想定していませんでしたので、慌てました。

こぢんまりとしたケンブリッジ駅

 サマープログラムに参加していた娘もヘルシンキ空港でSIMカードを買い、携帯電話に入れて私たちと通話をしていましたので、おそらく娘は売店の人に聞いたりしながら、iphoneを使えるようにしたのだーと感心しました。

 こうして、成田空港からケンブリッジまで娘がたどってきた道のりを夫と息子と3人でたどってみると、なかなか大変だと分かりました。娘はヒースロー空港近くのホテルに一泊し、翌日空港内で他の国から来た学生たちと合流しましたので、「不安で一杯だったのだろうな。でも、頑張ったなぁ」と胸が一杯になりました。

 そういえば、娘は集合場所の様子を私にフェイスタイムで見せてくれながら、「ママ、ようやく安心できた」と言っていました。

 ふと、私が留学したときのことを思い出しました。新千歳空港を旅立ち成田空港、そしてアメリカでも1回乗り換えて、留学先の空港に着くまでは不安でした。小さな空港内に学生らしき人が何人もいて、ほっとしたなぁと。

 さて、試しに私のiphoneで娘に電話を掛けてみました。すると、なんとつながりました。これってどうしてなんでしょう? 海外でも使えるような契約をした覚えはないのですが、とりあえず電話がつながってほっ。娘は「やっと会えるね!」と嬉しそう。ケンブリッジ大学を構成するカレッジの一つ「king’s collage」の前で待ち合わせすることにしました。

 駅を出て、大学行きのバスに乗って運転手さんに聞くと、「King’s collage」に行くには「Queen's collage」 のバス停で降りて、少し歩くということ。あーあ、大きなスーツケースを引きずりながら、地図を広げて歩くのかぁ。難儀だなぁ。

 若いころは海外の一人旅も出来ましたが、もう、出来ません。今や、夫と協力しながらの旅です。とりあえず、Queen's collage に着いたと娘に電話をすると、「近いから今、そっちに行くよ~」と言います。

 息子は、今か今かと目を凝らして道路を見ています。

「あっ、おねぇねぇだ!」

 そう大声をあげて、娘のところに走り出した息子。娘も急ぎ足でこちらに向かっています。息子が娘に抱き着いています。おねぇねぇに会いたかったんだなとじんと来ました。

 20日ぶりに見る娘は元気いっぱい。相変わらず、「お腹空いた!」ですので、娘の大好物のパスタを食べに、イタリアンレストランに行きました。

 久しぶりの食事は、娘のサマープログラムの話で盛り上がりました。やっぱり娘がいる食事は楽しいなと改めて思ったのでした。


2022年8月3日水曜日

ヘルシンキからの報告

  約12時間のFINNAIRでのフライトを終え、フィンランド・ヘルシンキ空港に着きました。到着時刻は、予定より45分早い2日午前4時15分。ヘルシンキ空港はそれは美しく、どこもここも清潔感にあふれていました。

 6時にラウンジが開くまで、広々としたロビーの椅子に座ってこのブログを書いています。息子はさっそくipadをインターネットにつないで、アニメを見ています。イマドキの子は、他国の空港でも軽々とネットにつないでしまうのですね。

 夫はクロスワードパズルに取り組んでいます。弁護士だった義父はいつもクロスワードパズルをしていました。年を重ねても知的なチャレンジが好きだった義父に、夫は似て来たなぁと思って眺めています。

 私はというと、iphoneの充電が切れそうになり、ちょっと慌てました。自宅を出る直前に夫にアドバイスされて、重たい一眼レフカメラを置いてくる決断をしたことを後悔していました。旅行に行くときはいつも持ち歩いていましたが、最近、この重さが辛くなってきていました。また、iphone のカメラ機能が格段に良くなり、画像の整理もし易いことから、一眼レフカメラを使う頻度が少なくなっていました。ですので、置いてくることにしたのですが、肝心のiphone が充電切れになることをすっかり失念していました。

 12時間のフライトは長く、寝られず、かといって映画は日本語の字幕があるものがなく、iphoneの中にある電子書籍を読んでいました。それで充電切れになってしまったのです。

 海外では国により電圧やプラグの形が違いますので、電化製品や充電器を使うときは変圧器を使わなければなりなせん。海外旅行を頻繁にしていた若いときは、いくつもの変圧器を持っていたのに、それを持ってくるのをすっかり忘れてしまいました。

 英語で映画を観るのが億劫になり、変圧器も忘れてしまうなんて、年を取ったなぁとつくづく思います。

「パソコンの充電量はまだ十分あるの? パソコンから充電したら?」と夫がiphoneのコードをくれました。そうか、その手があったのか!パソコンからコードをつないで、iponeを充電する方法です。で、今、このブログを書きながら、充電しています。「セーフ!」というところでしょうか。

 さて、娘がヘルシンキ空港から電話をくれたとき、「ママ、ヘルシンキの空港のトイレのサインは女性も水色なんだよ。日本では女性がピンク、男性が水色でしょう。おもしろいよね」と報告してくれたことを思い出しました。見てみると、確かに水色でした。

 トイレもそれはシンプルで、ウオシュレットなどの余分な機能がついていなく、日本のトイレのように、使用方法などの細かな説明書きがなく、実にスタイリッシュ。「タバコを吸わないでください」「流すものはトイレットぺーだけにしてください」「綺麗にお使いいただきありがとうございます」などという指示やお願いの張り紙もありません。

 あれにすっかり慣れていた私ですが、細かな文字が書かれた張り紙がないと、こんなにトイレはすっきりするんだと感心。洗面台もシンプルで機能的で清潔。空港内も広々としておしゃれで、関心しました。海外に行っても「やっぱり日本がいい」と思ってしまう私ですが、ヘルシンキ空港の素敵さには感動しました。

フィンランドはムーミンの故郷。空港内にあるムーミンカフェ

 

清潔な空港内のトイレ。水量によって選べるボタンもシンプル。

 午前6時。ようやく、FINNAIRのラウンジがオープンしました。機内食を全く食べなかった息子は「お腹ペコペコ!」といい、カフェテリアに直行しました。卵料理、ベーコン、ハム、チーズ、オートミールなど美味しそうな朝食が並んでいました。息子も大喜び。

FINNAIRのラウンジ。未来空間みたいです

ラウンジでの朝食

 息子はラウンジ内のプラグを観察し、自分のipadと私のiphoneの充電器のUSBが使えることを発見し、さっそく充電を始めました。持参したミニ扇風機も充電できるよう。私には思い付きもしませんでしたが、さすがです。電子機器の扱いは、海外旅行経験の豊富なオジサン・オバサンよりも、海外を知らない子どもに軍配が上がりました。

息子が見つけた充電コードを差し込む場所
 
 8時過ぎに、イギリス・ヒースロー空港行きに乗ります。

 

 

 

 





2022年8月1日月曜日

ケンブリッジからの報告 ④

  2週間の日程だった、娘のサマープログラムが7月29日金曜日に終わりました。現金が使えないなど、予想外のハプニングに対処しなければならなかったですが、無事にプログラムを終えることが出来、私たちもほっとしています。

 このプログラムの間、娘は「フェイスタイム」で何度も授業について報告してくれました。私が一番楽しみにしていたのは、娘が描いたスケッチブック。私には絶対描けない、それは美しい建物のデッサンを何枚も描いていました。娘は建物のスケッチを重ねることで、今後の目標が出来たようでした。

「このプログラムに参加して、将来の目標がはっきりしたの。私、建築家になりたい」

 成長のゆっくりだった娘がこうして、将来の目標を持ってくれた。これから山あり谷ありでしょうが、まずは、娘が真っすぐ前を向いて歩き出したことを喜びたいと思います。

 このプログラムに応募したのは、コロナ以前。娘はまだ高1でした。ぼんやりと「建築」に興味を持ち出した娘を、私も夫も全面的にサポートしました。娘と一緒に書店に行き、建築に関する本を一緒に選びました。夫も、インターネットで建築デザインに関するリサーチをしました。

 提出要件の1つだったエッセイが進まないときは、「結果はどうであれ、とにかく応募してみようよ」と励ましました。私が文章の構成をチェックし、夫は文章のチェック。こうして仕上げたエッセイを提出したのは締め切りの前日でした。努力が実り、娘が費用の25%の「奨学金」を得たときは、本当に嬉しかった。

 娘は土曜日に学校の寮を出て、3日間だけ一人でホテルで過ごします。夫と息子、私は2日火曜日に娘に合流します。

 イギリスでWi-Fiが順調につながりましたら、あちらからブログを更新します。これから、ヘルシンキ行きの飛行機に乗ります。