2021年1月29日金曜日

コロナで閉店 近所の駄菓子屋さん

 自分の生活圏にある行きつけの店がなくなるのは、とても寂しいものです。子どもたちが大好きだった駄菓子屋さんが先日、ひっそりと閉店しました。息子が教えてくれました。

「ママ、駄菓子屋さんが閉まるらしいよ。コロナだからっておじさんが言っていた」と息子が教えてくれたのはこの水曜日。いつものように小銭を持って、その駄菓子屋さんに行って帰ってきて、そう報告してくれました。

「えっ? 閉まるってずっと? それともコロナが収まるまで?」

「わからない」

「どうして、そういう重要なことをきちんと聞いてこないの!」と思わず息子に声を荒げてしまいました。私は明らかに動揺していました。

翌日の木曜日の夜に行ってみると、シャッターが閉まっていました。シャッターの横に小さな紙が貼ってありましたが、よく見えませんでした。で、今日の夕方改めて、息子と娘と行ってみました。張り紙にはこう書いてありました

「閉店 本当にありがとうございました。駄菓子屋」

閉店を知らせる駄菓子屋さんの張り紙

「本当に閉まっちゃったみたいだよ」と子どもたちに言うと息子が肩を落として言いました。

魂ぬけた…

 息子はこの駄菓子屋さんが大好きで、2日に1度は通っていました。ガムが1個11円と安いので、50円あればガムが4個買えるのです。私にはいつもキャラメル1個を買ってきてくれました。お友達の家に行くときも、ここから手土産を買って持って行っていました。

「いつもここにあったのに、寂しいね」と娘。

「100円でいくつ買えるかな」。子どもたちはここで計算を覚えました。遠足のときも、ここでおやつを買いました。夏になると冷えたラムネを買って、店先にある古いベンチに座って子どもたちと一緒に飲みました。

息子にせがまれて買った仮面ライダーのお面。息子と一緒にドッチボールをした虹色のボール。縄跳びも、お寿司やケーキの形をした消しゴムもここで買いました。38円のポテトチップスはとてもおいしかった。1個がとても酸っぱい3個入りのガムを買って、娘と息子とじゃんけんをして選んで食べたっけ。

子どもたちとのたくさんの思い出が詰まった駄菓子屋さんが、なくなってしまうなんて…。

ここは私の小さなころの、幸せな思い出の場所ととても似ていました。札幌生まれ札幌育ちの私ですが、幼稚園のころ、たぶんほんの半年ほど北海道の浜松町という町に住んだことがあります。建設会社に勤めていた父の仕事の関係で、しばらくそこに住んだのです。

私たちが住んでいた家の近くに駄菓子屋さんがありました。そこで売っていたヨーグルト味のお菓子と同じお菓子が、ここの駄菓子屋さんで売っていたのです。それを見るたびに、幸せだったそのころを思い出していたのです。

寂しくてたまりません。考えると落ち込むので、なるべく考えないようにします。

2021年1月27日水曜日

フルーツポンチ

 「ママ、三ツ矢サイダー買ってきてください」-。朝、小3の息子がそう私に頼み事をしてきました。三ツ矢サイダーは、私が夫や娘に「ママの体調が悪くなったら、買ってきてね」とお願いしている飲み物。具合が悪いときに飲むと、気分がすっきりするのです。普段はお茶や水ですが、たまに無性に飲みたくなります。

 息子が付け加えました。「昨日、学校からレシピの本借りてきたから、作るの」。

 我が家は家族全員が大の料理好き。子どもたちも小さいころから料理やお菓子作りをしていて、新しいレシピを試すのも大好きなのです。息子が登校してから、忘れないうちに三ツ矢サイダーを近所のスーパーで買ってきました。

 帰宅した息子が作ってくれたのは、フルーツポンチです。冷蔵庫にあるキーウイとリンゴを小さく切り、ミカンの薄皮をはがして、白玉団子を作って、グラスに入れて三ツ矢サイダーを入れるだけ、という簡単レシピ。でも、息子が作ってくれたのが、何よりもうれしい。

 息子は1週間に一度、学校の図書館から本を借りてきます。レシピ本を借りてきたのは初めてです。今回借りてきた2冊のうち1冊は娘が小学校のころに買ってあげた「ルルとララのおかしやさん」シリーズ。娘はそのレシピ本を見て、カップケーキやクッキーをよく作ってくれました。今、娘がレシピを見ないで作るクッキーは市販のよりも美味しいと感じるほど、本格的です。原点は子どもが手軽に作れるこの「ルルとララ」なのです。

息子が小学校から借りてきたレシピ本

 息子が作ってくれたフルーツポンチは、すっきりとした味で美味しかった。とても楽しい午後のひとときでした。

2021年1月26日火曜日

母、83歳に

  母が83歳になりました。札幌から東京に引っ越しして迎える2回目の誕生日です。東京では新型コロナウイルスの感染が広がっており、夫の職場や子どもたちの学校でも感染者が出ていますので昨年のような家族でのパーティはやめて、私と二人でお祝いしました。

 プレゼントは体重計とヨガマット。体重計は、体重減少を気にする母からのリクエストでした。ヨガマットは体力維持に努める母が日々の体操をしやすいようにと考えました。実は母と娘と私の3人で小野リサさんのコンサートに行こうとチケットを購入していたのですが、感染を恐れて母は行きたがりませんでした(結局、夫と子供たちが行きました)。ケーキは母の好きなショートケーキ。

 母との会話はもっぱらコロナ。母が81歳の夏に我が家の近くのマンションに引っ越しして半年後にコロナが広がり始めましたが、今だなお収束の兆しが見えません。娘の私としては、本当に良いタイミングに引っ越しできたと思っています。もし、母がまだ札幌にいたら、心配でも頻繁に様子を見に行くことは出来なかったでしょう。

 2人でケーキをほおばりながら、何かあったらすぐ駆け付けられるところに母がいてくれて、本当に良かったとしみじみと思いました。普段は間食をしない母ですが、この日は「美味しいね」を連発しながら、ケーキを2切れも食べてくれました。 

2021年1月24日日曜日

物と向き合う ②片付け本読んでも

  今年は私にとって「物と向き合う」年。私がどれほど家の片付けをしたいと思っているかは、この本の多さでお分かりいただけると思います。どの本も数回は目を通していると思います。「断捨離」の提唱者、やましたひでこさんについては本だけでなく、DVDまで買いました。この片付け本の量の多さが示すのは、私は片付け本を読んでも片付けられない人間のままだということです。


 アメリカの雑誌「TIME」で「世界で最も影響力のある100人」に選ばれたこともある近藤麻理恵さんの「人生がときめく片づけの魔法」。片付けの手法についてはなるほどと思いましたが、将来も可能性も十分にある若い人から、人生を前向きに生きるためには物を片付けるのが一番だと言われているようで、私には合いませんでした。
 
 近藤さんの本の中で、残念に思った記述がありました。ある女性が長年持ち続けたセーラー服を処分するように勧めたところです。この女性がセーラー服を長年持ち続けたことには何かしら意味があるのでは。この人は、若い近藤さんに説得されて、勢いに任せて思い出のセーラー服を捨てて後から後悔しないだろうか? と胸が痛みました。私が近藤さんの本を拒否してしまった理由は、この記述にあります。

 若い彼女には、年を取って思い出とともに生きる人がいること、思い出とともに生きるしかない人もいること、が分かっていないのではと思ってしまったのです。私が近藤さんの本を読んだのは40代のとき。でも、この話を3、40代の友達に言っても分かってもらえませんでしたので、私が敏感過ぎたのかもしれません。

 「断捨離」のやましたひでこさんは、50代でクラター(ガラクタ)・コンサルタントとして「断捨離セミナー」を全国に広めたそうです。やましたさんは、物を自分が使うか使わないかという「自分軸」で、そして「今の自分に必要か」という「時間軸」で判断し、物を処分するよう勧めています。中年になっても、物を処分することで心も整理でき道が開けるのだいう力強いメッセージが伝わります。

 私はやましたさんの考えはいいなとは思いましたが、心に響きませんでした。「断捨離」の奥付を見ると、2010年3月2日第5刷発行とあります。私は40代半ばで病気の連鎖の中におり、かつ、天国の子への思いを募らせていた時期です。物を処分しなければと思いつつも、する気力がありませんでした。

 料理研究家の有元葉子さんの「ためない暮らし」。有元さんの料理本は何冊も持っていて、大好きな人です。でも、有元さんの暮らしは素敵過ぎますので、私のようなズボラな人間にとっては憧れですが、参考にはなりませんでした。

 これらの片付け本の中で、私が一番好きだったのは古堅純子さんの「生前整理~人生の衣替え~」です。年配の人に「捨てなくてもいいですよ」と言葉をかけ、「物の整理は捨てることではありません。分けることが大事」として、捨てなければならないとプレッシャーを感じている人たちの気持ちに寄り添っているところです。

 「モノと人の間には持ち主にしか分からないストーリーがあり、それを他人の判断でゴミ扱いしてはいけない」という古堅さんの謙虚な気持ちにも共感を覚えました。人の物を勝手に処分してはいけないとどの片付け本にも書いてありますが、「なぜ」の説明に古堅さんの優しさを感じるのです。

 私は母に思い出のものの多くを断りなく捨てられたことを今も引きずっていますので、この言葉の意味がとてもよく分かります。

 さて、先日ネットで「president」という雑誌を読んでいたら、とても良い文章に出会いました。作家・五木寛之さんによる寄稿文です。五木さんは「青春」「朱夏」「白秋」「玄冬」の4つの季節にたとえられる人生の中で、50歳から75歳までの「白秋」は「人生の収穫期」としています。そして、次のように述べています。

「白秋はそうやって後ろを向いて生きることが許される素晴らしい季節なのです。だから、思い出の品々はできるだけ多いに越したことはありません。最近は『断捨離』がブームですが、何でもかんでも捨ててしまったら、過去を振り返る貴重な『よすが』が失われてしまうので、私は断捨離には反対です」

 私は五木さんの仰っていることに深く共感しました。私は傍目には前向きに生きている人間に見えるようですが、実際は後ろ向きの人間です。過去を引きずって生きています。幸せだったころの思い出に浸るのが好きです。娘が描いた絵の数々、娘と一緒に作った工作品、膝に穴があいた何枚もの息子のズボンや着古した服、子どもたちが使ったバッグ、遊んだおもちゃやゲーム、教科書やノート…。これらの物が愛おしくてたまらない。

 私がため込んでいる物の多くが五木さんが言う「よすが」なのだとつくづく思います。私はまだ50代ですが、体調が悪い期間が長かったため、いつも死が身近にあります。ですので、ベッドから起き上がれなくなったら、これらの大切なものに囲まれて楽しかったときのことを思い出しながら過ごしたいなと思うのです。

 とはいえ、私は今すべての病気から解放され元気に生きる一家の主婦であり母でもあります。夫や子供が気持ちよく生活できるよう、物が溢れる家の片付けをするのは私の仕事です。さらに、体調が悪くなったときに備えたいとはいえ、今家にある物全部に囲まれたら、窒息死してしまいます。「よすが」も私の場合、厳選する必要があります。

 こうやって自問自答しながらの片付け。道のりは遠いです。

2021年1月18日月曜日

ごめんねクッキー

  16歳の娘はご多分に漏れず、常に体重を気にしています。14歳ぐらいまでは鉛筆のように細かったのに、一気にふっくらとしました。私も夕ご飯の量を少し減らしたり、おやつを減らしたりと気にかけているのですが、体重は思うようには減りません。

 背も高いので、とにかく「Big」な娘。足、太ももなど各パーツも大きいので、先日は巻き尺で体のサイズを測ってみました。娘のふくらはぎを測ってギョッとしました。そして、「ママも」と言いつつ、自分のウエストを測って仰天。お腹周りがだぶついていることは知っていましたが、こんなになっているとは。娘と大笑いしました。次は…と勢いづいた娘が巻き尺を思いっきり引っ張ったら、なんと壊れてしまいました。

 ずっと使ってきた巻き尺だったので残念でしたが、まぁ、これは思い出の品でもないので、アマゾンですぐ新しいものを買いました。で、昨夜のこと。

 私がちょうどブログを書いているときに、娘が階段を上がってきました。1階のダイニングから階段を上ると居間があり、そこの一角に私の仕事・作業場があるのです。娘がトレーに入れて持ってきてくれたのは、焼き立てのクッキーと入れ立ての紅茶。クッキーには「ごめんね!大好き」という字がチョコレートで書かれています。

 「この前は、ママのものを壊してごめんね」と娘。そんなことすっかり忘れていたのですが、娘は気にしていたのですね。巻き尺が壊れたことより、娘がこうしてクッキーを焼いて、時間をかけてメッセージを付けてくれたことが何よりうれしい。

娘が焼いてくれたクッキーと入れ立ての紅茶

 娘の作るクッキーはとても美味しいので一気に食べたかったのですが、昨夜は4枚だけにしました。これから、コーヒーと一緒に残りをいただきます。娘のお陰で、とても幸せな気分で一日をスタートさせることが出来ました。

娘が焼いてくれたクッキー。朝はコーヒーと一緒に

2021年1月17日日曜日

物と向き合う 

  「やらなければ」と思いつつ、忙しさに紛れて出来ずにいる。いつも頭の片隅にあって、そのことを忘れないけど、なかなか手をつけられないー。皆さんにはそのようなことがありますか? 私の場合、一つは「物の整理」、そしてもう一つは「写真の整理」です。

 まず物についてですが、新型コロナウイルス対策で家族が家にいる時間が長くなり、あちこちに散乱しています。片付けようにも、収納場所はどこも満杯。その結果、居間や寝室などに段ボールの小箱に入ったものが積み重なっています。

 私は筋金入りの「捨てられない人間」。このことについては、ブログでも何度か書いています。開き直って、捨てられない自分を正当化する文章を書くぐらい捨てられません。

捨てられない!

https://ar50-mom.blogspot.com/2016/12/blog-post_3.html

捨てられない!②

https://ar50-mom.blogspot.com/2016/12/blog-post_14.html

捨てられない! 娘の捨てたもの

https://ar50-mom.blogspot.com/2018/08/blog-post_35.html

捨てられない!でも、捨てなくて良かったものもある

https://ar50-mom.blogspot.com/2020/07/blog-post_29.html

 若いころは物や写真の整理が出来て、本や衣類も定期的にリサイクルに出していた私ですが、あるときから物をため込むようになりました。双子の一人を死産した後、その子に帰ってほしいと願い風水の本に書いてあったことを実践してからです。

 「物を処分すれば、家の中の気の流れが良くなり、願いが叶う」。風水の本にはそう書いてありました。その言葉を信じて、天国の子に帰ってきてもらいたい一心で大切にしていたものをどんどん手放しました。その中で後に後悔し、物をため込む原因となったのが、娘の可愛らしいベビー服の多くを手放したことです。

 それから、私は物をため込み続けました。先日読んだ「ゴミ屋敷」に関する記事で、専門家が「物を異常なまでにため込む人には、過去に大きな喪失体験がある場合が多い」と指摘していました。私の場合もこれ当てはまるのでは?と思いました。

 さらに、私の母が潔く物を捨てる人だったので、これが心の傷となり、物をため込む原因になったのではと分析しています。母は、私が大切にしていた絵本全部、大学時代のテキストブック全て、そして「捨てないでね」と念を押していた中高校時代に読んだ本も全て私に断りなく捨てました。私の手元に残っている本は「若草物語」だけです。

 母は私が職を得て独立した後、私の部屋を壊して、私のベッドも机も本棚も処分しました。私が自分の部屋に置いてあったほとんどの物を処分し、母が残したものは、私の叔母らが私にくれた人形と、母が選んだ整理ダンスと一面鏡。つまり、母にとっての”思い出”のものと、母の好みの家具でした。実家に子どものころの物を置いておく私も悪いのですが、せめて捨てる前にひと言ほしかった。

 「断捨離」の提唱者・やましたひでこさんは、物が主役ではなく使う自分を主体とする「自分軸」で、そして今という「時間軸」で物を捨てるよう提案しています。母にとって、娘のものを断りもなくバッサバッサと、そして「捨てないでね」と言われても、捨てた基準はいったい何だったのか? と今でも思います。捨てた理由を聞いても、「もう捨ててしまったから、仕方ないじゃない。あんたは物への執着心が強い」と叱られるので、理由も分からずじまい。

 ぶつくさと私が物を捨てられない理由を書きましたが、もうそんなことも言っていられなくなりました。我が家は、息子の部屋を屋根裏に作らなければならないほど小さな家です。もちろん余分な部屋はなく、納戸も屋根裏です。その屋根裏部屋に詰め込んだ、子どもたちの服、おもちゃ、工作品、想い出の品々、たくさんの未使用のアルバム、手芸用品…。それらが、溢れ出てきています。

 で、今年の目標の一つを「物と向き合う」にしました。初詣で私が引いたおみくじには「何事にも手を出してはいけません」と書いてありましたので、ここはじっくり自分自身と向き合おうと思いました。自分自身と向き合うために、まずは、ずっと懸案事項だった物と写真を整理することにしたのです。

 様々な理由で物が捨てられなかった私。この私がどう物と向き合うのか、このブログで折々に報告していきます。もしかしたら、「やっぱり捨てられなかった」と年末に振り返るかもしれません。それでも、向き合おうと努力した結果出来なくても前進ではないかと思います。皆さん、楽しみにしていてください。

2021年1月15日金曜日

迫りくるコロナ 2

  息子、娘の学校の児童生徒が新型コロナウイルスに感染したのに続いて、夫の会社でも初の感染者が出ました。13日夜に報告があり、感染者とオフィスで一緒だった人は14日から2週間出勤禁止という措置です。夫も1日だけ一緒だったといい、再び在宅勤務となりました。

 保健所の指示でオフィスは閉鎖し、消毒を行うとのこと。夫はその感染者と席も遠く、話もしていないとのことですので感染の可能性はかなり低いと思いますが、コロナがひたひたと近付いている気がします。

 今回、立て続けに娘と息子の学校や夫の職場で感染者が出たことで、感染者が1人でると、その影響が及ぶ範囲はかなり広いということが分かりました。

 たとえば、娘の場合はクラスメートが感染。この場合、そのクラスメートと冬休み中遊んだ生徒複数が「濃厚接触者」となりPCR検査結果が出るまで自宅待機。そのきょうだいや親も自宅待機という措置だそうです。自宅待機の生徒たちは自習となるので、勉強のことも心配です。

 夫の会社の場合は、とても厳しく、感染者が出社していた日に出社した人は濃厚接触者ではなくても2週間の出社禁止。その感染者の席に近い人は、きっと心配に違いありません。「感染者の隣の席の人の奥さんは小学校の先生なんだ」と夫。きっと、奥さんも「もしも」に備えて学校に報告せざるを得ないような気がします。こうした場合、報告を受けた学校はどういう措置を取るのでしょうか?

 さて、身近でコロナ感染者が出ている今、感染しないよう細心の注意を払うとともに、ワクチンに期待したいところです。15日金曜日は国立がん研究センター中央病院での診察の日でしたので、主治医に聞いてみました。

 「私の場合、基礎疾患がある人の分類になるのでしょうか?」と聞いてみると、主治医は「悪性リンパ腫は微妙なところですが、自己免疫疾患でプレドニン(ステロイドホルモン剤)を服用しているので、対象になります」とのこと。

 私は自己免疫が血小板を破壊する「特発性血小板減少性紫斑病(ITP)」と赤血球を破壊する「自己免疫性溶血性貧血」を患い、今でも、微量ですがプレドニンを服用しています。私が心配したのは、ワクチン接種の副反応。すでにワクチン接種が始まっている英米では、接種後に重いアレルギー反応の「アナフィラキシー症状」が出た人がいると報道されています。

 私がこの2つの自己免疫疾患を患ったときはそれぞれ1カ月以上入院しましたし、薬もなかなか効かず、また、薬の減量も大変だったので、自己免疫がまた誤作動するのではという心配が常にあるのです。ですので、ワクチン接種が可能になったときにどうしたらよいのだろうと思っていました。コロナの感染もこわいけど、ワクチンの副反応もこわい。

 主治医は、「ITPも自己免疫性溶血性貧血も、ワクチン接種で副反応が出たという報告は海外でも国内でも報告がありません」とのこと。少しほっとしました。

 とにかく、今は感染しないように気をつけます。