2023年6月7日水曜日

娘の涙

 卒業式が無事終わり、娘はオーストラリアへの大学出願に向け、せっせと絵を描き始めています。卒業式前には悲しいこともあり、涙も流した娘には胸を張って生きていってほしい。そのためには、やはり、海外の大学に行くほうが良いかもしれないーと思っています。

 娘から泣きながら電話がかかってきたのは卒業式を4日後に控えた5月29日の夕方でした。その日から連日、卒業式の練習があったのです。

「ママ、今お話ししていい?」 私はその日は研究室におり、夫は在宅で仕事をしていました。

「いいよ~」

「今日はとっても悲しいことがあったの」

「どうしたの?」

「あのね、卒業式ではステージで3列に並ぶの。で、私背が高いから一番後ろの列なの。一番前は全員女子。それで、私と男子たちが一番後ろの列に行ったら、ミスター●●(校長先生)が、Oh! Giant Guys! (おお、巨人たち)って声かけてきたの。巨人だよ、巨人。それに、Guysって男の子のことでしょ。私、男子の中に入れられたんだよ!」

 無神経な言葉ですが、先生もきっと、冗談のつもりだったのでしょう。でも、女子に「巨人」は使ってはいけない。もう少し別の言い方があったのでは、と思いました。

 卒業生は32人で、そのうち3分の1が女子。ステージで生徒は3列に並び、女子は娘と2列目に並んだ1人を除いてすべて一番前の列に並びました。娘は身長183㌢あり、卒業式のガウンに合わせてヒールを履くと190㌢近くなります。卒業生の中で3番目に背が高いので(娘より2人背が高い男子がいてくれたことが救いです)、当然後ろです。

 娘は続けます。

「皆で歌を歌うとき、男子と女子がパートを分けて歌うの。女子たちが一番前の列で歌っているとき、黙っている男子の中で一人歌うんだよ。悲しいでしょ? 私も皆みたく小さく生まれたかった」

 娘は電話口で大泣きします。これは一大事です。

「ねぇ、これからママ帰るから、カフェでケーキでも食べない?」

「うん!」

 夫とメールのやり取りをし、自宅最寄り駅のカフェで待ち合わせをすることにしました。

 約40分後、カフェに着くとソファに座って泣いている娘の姿が目に飛び込んできました。夫が娘の手を握り、何か語り掛けています。私の姿を見た娘が「ママ~」と大粒の涙を流しました。

 娘がこの日出来てきたという卒業記念の全体写真を見せてくれました。それは2列に並んでおり、一番前は女子が全員座って写っています。そして、それぞれ両手でハートマークを作り、隣の女子とハートをくっつけ合い、連なっています。娘は一番後ろの列で一人ポツンとハートマークを作っています。それを見て、切なくなり、私も泣きました。

 「ママ、私も皆と一緒にハートをくっつけあって座りたかった。男子の中に交じって、一人寂しくハートを作っているって、悲し過ぎない?」

 女子は立っているわけではありません。全員が座っています。座れば背の高さはそれほど問題にならなくなります。なぜ、娘を座らせてくれないのでしょうか? 昨今、男女の区別をするのが問題となるケースもありますので、少なくとも、「ここに座りたい?」と聞いてくれる気遣いが担任の先生(男性)にあっても良かったのに、と思いました。

 卒業式は学校のためにあるのではありません。子どもたちのための卒業式です。夫と相談し、メールで担任の先生に娘を前の列にしてもらえないか頼んでみることにしました。娘が悲しい気持ちになり、泣いている。可能なら、席を他の女子たちと一緒にしてもらえないでしょうか?という丁寧なメールでした。

 帰ってきた返信は、娘が「怒っていることを残念に思います。残念ですが、場所を換えることは出来ません」というそっけいないものでした。生徒が「悲しい気持ちで泣いている」という訴えについて「怒っている」と変えて書いてある文面は、いかにも、私たちが文句を言っていることに対しての返信という書き方でした。残念なことでした。

 卒業式の当日。式では娘は一番後ろで、表情もあまり明るくありませんでした。でも、男女のパートに分かれて歌を歌う場面では、娘は前列に出てきて、端ではありましたが他の女子たちと並んで歌っていました。娘はとても晴れやかな表情をして、実に嬉しそうでした。

 式が終わって聞いてみたところ、先生に「男女が分かれて歌うところでは、自分は他の女子たちと一緒に歌いたいです」とお願いして、受け入れられたそうです。

「ママ、気付いた? 私、他の女子に比べて飛び出ていなかったでしょ。歌っている間、ずっと膝を折って小さくなっていたの。疲れたよぉ」

 大きくみせるために少し背伸びをするのは良く聞きますが、小さく見せるために膝を折るー。その涙ぐましいまでの努力をしなければならない娘を不憫に思いました。そして、大学を出願するときに、どうして、こういうところに気付いてあげられなかったのだろうと私は猛省しました。

 この”事件”を経て我が家では、娘を海外の大学に送り出すことが目標になりました。大きな人が多い海外の国に行けば、娘は気後れすることなく、生きていける。日本にいれば、また、同じようなことが起こるでしょう。娘には自分に自信を持って生きてほしい。

 さて、卒業式の日、2年前にタイに転校した男子がママと一緒に卒業式に参列していました。そして、そのママから私に、その男子と娘が一緒に撮った写真がラインで送られてきました。その男子は当時娘より背が高かった子です。今回の写真も娘はかがむことも頭を横にして小さく見せることもなく、その男子の横に真っすぐ立って笑っていました。良かったなぁと思いました。

 そのママに今回の一連のことについて報告しました。するとそのママからは、「タイのインターで、187㌢の女子もいたよ。海外に出れば、180㌢前後の女子はいるから、心配なく。それにしても、巨人なんて許せないわ。将来、高身長の彼を見つけて、先生たちを見降ろしてやりなさい!」と勢いの良い返信が。

 また、息子が娘と同級生で現在はアメリカに住むママからも、「学校のフェイスブック見たよ。一番後ろの列の女子は1人だったじゃない。やったね!」というポジティブなメールが届きました。ところ変われば、背の高い女子がポジティブに受け止められるのですね。

 海外のママ友のメールに救われました。大学では、背が高いことで娘が悲しい思いをしなくても良くなりますよう、願うばかりです。

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