2025年5月6日火曜日

子どもの日2025

  昨日は子どもの日でしたので、息子の好物のステーキと、鯉のぼりの形をしたロールケーキでお祝いしました。軽井沢で良く買うケーキ屋さんはこういうイベントのケーキがとっても可愛いのです。「ろうそくは15本まで無料で差し上げますよ!」とのことで、息子の年齢の13本もらい、ケーキに差しました。火を消すときに、息子は何を願ったのでしょうか?

鯉のぼりの形をしたロールケーキ

   私が息子を産んだのは46歳のとき。娘を緊急帝王切開で出産しましたので、息子は初めから帝王切開と決まっていました。主治医に予定日を仏滅の日に指定されて、「先生、仏滅だけは避けたいのですが」と懇願しましたが、「その前後は学会で医師が少ないのです」と断られ、しぶしぶ仏滅の日の出産となりました。

 でも、息子は無事生まれてきてくれました。2回目の帝王切開でしたので、お腹が痛くて大変でしたが、息子の泣き声(隣が赤ちゃんたちが眠る部屋でした)が聞こえると、痛みを我慢して起き上がり、腰をかがめて点滴の棒を押しながら、おっぱいをあげに行きました。46歳でもちゃんとおっぱいは出ました。

 こうして頑張って産んだ息子はすくすく育ってくれています。

 夜は町の体育館にバスケットボールをしに行きました。取り立てて何かした訳ではありませんが、のんびりと楽しく過ごせた子どもの日でした。

玄関の横には鯉のぼりを毎年飾っています


2025年5月5日月曜日

捨てない生きかた

 昨日ブログに「私は、過去に生きているのかもしれない」と書きました。それを夫に話すと、「過去の幸せだったころを思い出して悲しくなるのではなくて、過去を思い出して幸せを感じるということだよね」と理解してくれました。

 夫は「この家を買ったのは、娘が幼稚園に入園した年だ。戻れるなら、あの頃に戻りたい」と言います。私もそう思います。この軽井沢の家には、幸せだったころの思い出がたくさん詰まっています。子供たちの服や靴、おもちゃがここにあり、時は子供たちが小さなころのまま止まっています。

 昨日も子供たちのサンダルを洗ったり、娘のベビー服やパジャマを洗ったりしました。子供服の整理をしていると、洗って仕舞っているのですがシミが付いていたりするのを発見しますので、シミ抜きをして洗い直し、防虫剤を入れて再び丁寧に仕舞うのです。
 
 昨今の”断捨離”ブームに疑問を呈する作家の五木寛之さんは、2023年6月の婦人公論で次のように語っています。
 
「僕は『捨てる』ことに反対しているわけではありません。ただモノをどんどん目の前から消して生活空間をスッキリ整えたとして、それで幸せなのか、と問いたい。モノを手放すのは、自分が過ごしてきた時代の記憶、歴史を忘れていくのと同じように思える」

 私は全くもって、五木寛之さんに賛成します。五木さんは過去の記憶や物や経験を、心の拠り所である”よすが”として大切にしているとご著書の「捨てない生きかた」(マガジンハウス)で書いています。私にとっては、子供たちの服や靴、おもちゃは”よすが”です。子供たちがそれらを着た、使っていた過去も幸せでしたが、それらの手入れしている今そのときも幸せなのです。

 そして、子供たちの物だけでなく、亡父のもの、母や義父母、友人たちからもらったものも大事にしています。

 五木さんの「捨てない生きかた」、私も実践中です。

 
子供たちが小さいころ履いたサンダルを洗いました。左の緑のサンダルは父が履いたもの

娘のベビー服も洗って、干して、また仕舞います

子供たちが寝たハンモック。今年も出します

デッキから見える夕焼け


2025年5月4日日曜日

過去に生きる

  軽井沢初日の3日は、家の中の掃除と片付けをしました。お天気も良く、気持ち良く作業が出来ました。

 まず玄関から取りかかりました。靴箱の中の物を全部出し、ホウキで掃いて、不用なものを捨てます。物を捨てられない私でも、時間をかけさえすれば、捨てられる物はあります。子供が使った26㌢のサンダル(小さいサイズのは捨てられませんが、さすがに26㌢は捨てられます)、夫のカビの生えた靴(一応は捨ててもいいか聞いてから)、軍手など。

 子供がペンキ塗りのときに使った18㌢とか20㌢とかのサンダルは、茶色のペンキがあちこちに付いていますが、捨てられません。軽井沢の家は屋外の蛇口がありませんので、お風呂場からバケツに水を入れ、外のバケツに移し替えて、洗いました。たくさんあるため、半分以上は翌日に持ち越しました。

 玄関にはもう15年ぐらい、子供たちのジャンパーがかかっています。子供たちが幼稚園や小学生のときに着たもの。夫がカリフォルニア州モントレーに出張したときにお土産に買ってきたジャンパーで、ラッコのアップリケが付いています。

 ずっとそこにかかっていて、もうオブジェのようになっていました。玄関の掃除をしていると、ふと目に留まり、もうこれも洗って仕舞おうかなぁと思いました。そして、壁かけフックから3着を降ろして、ポケットの中を調べると、どんぐりが入っていました。

 どんぐりを拾うのが大好きだったのは娘です。今や見上げるほど大きくなってしまった娘もこんなに小さなジャンパーを着て、どんぐりを拾ったんだなぁと思うと、もう目頭が熱くなります。洗うことも出来なくなり、そのどんぐりをポケットに仕舞い、ジャンパーを壁掛けに戻したのでした。

 物を捨てるということは、過去ではなく、今を生きるということだと言います。物を捨てるどころか、過去のままにしておく私は、過去に生きているかもしれません。でも、それでもいいと思います。私がほのぼのとした幸せを感じるのは、子供たちが小さかった過去を思い出すときですので。

軽井沢の家の玄関。子供たちが着た小さなジャンパーがかかっています。手前は虫取り網。折りたたみ式のベビーカーも。時が止まったままです


下駄箱の中には娘が幼稚園のころに使ったガーデニングセット。そして、息子が使ったサッカーボール。子供たちと一緒に楽しんだバトミントン

2025年5月3日土曜日

軽井沢へ

  軽井沢に来ました。夫は4月29日から来てますので、息子と二人で新幹線に乗りました。昨日、事前に新幹線のチケットを買うために「みどりの窓口」に行きましたが、どの時間帯も指定席は満席。今朝、自由席の列に並びましたが、自由席の4車両は通路も乗降口付近も満員で、JR職員の案内により指定席の車両に乗りました。ぎゅうぎゅう詰めで、もちろん立ったまま軽井沢まで行きました。

 しかし、こういう混雑した場所でのマナーというか他者への気遣いができるのはやはり日本人だなぁと実感した出来事がありました。最近、日本中の観光地にいる●●人。日本の経済活性化に寄与してくれているので感謝はしていますが、マナーを知らない人が多い。私はこのような、人種に関するコメントはしたことはありませんが、目に余ることが多いため、今回初めてブログに書くことにしました。

 まずは昨年春のニセににスキーに行ったときのことを書きます。あのときは、夜遅くに温泉に入りました。そのとき入っていたのは●●人の若い3人のみ。温泉から出る時間がほぼ一緒で、私のほうが少し遅かったのですが、バスケットのタオルが盗まれていました。自分の体を拭くために、他人のバスケットからタオルを盗むという感覚。自分の心地良さのために、他人を犠牲にしても良いというその感性が信じられない。

 そして、今日です。1号車から4号車までの自由席に並んでいた人たちが車両に収まり切らず、JR職員が「5号車、6号車にも乗ってください!」とホームで案内してくれました。もちろん、通路に立ってという意味です。1号車から4号車まで並んでいて、車両に入りきらなかった人が5、6号車に向かって走りました。

 私が向かった5号車は空席が目だちましたが(次の駅で乗ってくるのでしょう)、当然、誰もそこには座りません。そのような中、堂々と座席に座った若い●●人のカップル。

 たまたま、その2人が座った座席の後ろに私と息子が立っていたのですが、その●●人の女性が座った途端、堂々とシートを倒したのです。自分の心地よさのために、人の迷惑なんて考えもしない人たち。加えて、そもそもその座席はその人たちの座席ではないのです。その女性が座席を倒したために、私はそこには立っていられなくて、場所をずらさなければなりませんでした。

 2駅後に、その座席に座る母娘が乗ってきました。悪びれもなく、その座席を離れる●●人の2人。そのとき、その日本人のお母さんが娘に言いました。「後ろに人が立っているから、シートを元に戻しなさい」。あぁ、これぞ日本人。私が「ありがとうございます!」とお礼を言うと、「とんでもないです!」と謙遜するそのお母さん。●●人の若い女性の、自分勝手な態度に残念な思いをしていた私の心が温まりました。

混雑した新幹線

  ●●人の傍若無人ぶりは目に余ります。先日、札幌で会った友人も、残念な経験を何度もしているらしく、「早く、円が強くなって、あの人たちに自国に戻ってほしい」と言っていました。札幌の不動産も彼らにどんどん買われてしまい、価格が高騰し、札幌市民が買えなくなっているらしいのです。ニセコも同様で、もう、北海道人はほとんど行かないとか。確かに2年連続でニセコに行きましたが、あそこは外国でした。

 ただ、私の先輩によると、かつては日本人も海外で傍若無人な振る舞いをしていたらしいのです。1980年代、90年代には、欧米の人たちが、今私たちが●●人に対して感じるように、日本人に対して苦々しい思いをしていたのかもしれません。

 そういえば、遠い昔の記憶ですが、イタリアに旅行に行ったときにグッチの店に入ったことがあります。店員は高慢な態度で、「売ってあげるわ」という上から目線でした。感じが悪いなぁと思いました。きっと、イタリアでブランド物を買いあさる日本人にうんざりしていたのですね。今、私たちが●●人に対して感じるように。

 私の愛する日本が、どんどん外国人に荒らさせていくようで悲しい。早く、円が強くなって、静かな日本に戻ってくれることを願うばかりです。

 


2025年5月2日金曜日

日本未来科学館へ

  4月29日の祝日に、息子とお台場にある日本科学未来館に行ってきました。この科学館は娘と息子が小さいころによく行ったところ。ここ数年ご無沙汰していましたので、久しぶりに楽しんできました。

 夫は「都会から離れたい」と軽井沢の家に行ってしまいました。息子は学校がありますので、私が東京に残りました。で、せっかくなので二人で楽しもう!と科学館に行くことにしたのです。

 駅まで、手をつないで歩きました。息子は口数は少ないですが、手をつないだり、ハグをしたりということを全く嫌がらないので、私はラッキーだなぁと思います。娘は今でも一緒に歩くときは手をつなぎます。子供たちと手をつないで歩くときほど、気持ちがルンルンするときはありません。

 科学館は大変な混みようでした。宇宙探査技術が学べる特別展に行きたかったのですが、入れるのは夕方ということで断念。それでも、スペースシャトルの模型の中で無重力での暮らしを学んだり、ドームシアターで宇宙を体験したり、など常設展も十分楽しめました。

 ランチは科学館の外にあったキッチンカーで美味しそうに見えたシシカガブ(トルコ料理)を買いましたが、パンは冷たいし、キャベツばかりでお肉の量も少なくガッカリ。母と相撲の巡業を観戦したときにキッチンカーでアジフライ弁当を買ったのですが、それが本当に美味しくて今回も期待したので残念。キッチンカーも当たり外れがあるのですね。

 で、科学館の中にあるレストランで食べ直しました。息子はパスタ、私はフライドチキンとポテト。息子によるとパスタはまぁまぁだったよう。私のチキンとポテトは美味しかったので息子とシェアしました。中2の息子はいつもお腹がすいているのです。

 お腹もいっぱいになったし、常設展はもう見たし、「じゃあ、帰ろうか」ということに。お天気も良く、駅まですがすがしい気持ちで歩きました。もちろん、息子と手をつないで。のんびりとできて、幸せな一日でした。

2025年5月1日木曜日

息子がヴァイオリン再開

  中2の息子がヴァイオリンのレッスンを再開しました。2歳半で始め、小学校6年生の3学期まで続けましたが、本人の希望で辞めました。辞めて1年過ぎたところで、再開を息子に勧めました。


  息子は全くやる気がありませんでした。でも、そもそも勉強もやる気がなく、部活(バスケットボール)も水泳も特に一生懸命なわけでもありません。放っておけば、ずっとゲームをしています。ならば、日々の生活の中で月に1、2度ヴァイオリンを弾いたところで影響はないでしょうと、半ば無理矢理でした。

 先生には、練習なしで月1、2度レッスンのときだけ弾くということで了承してもらいました。楽器はいったん辞めると、元に戻るのが難しい。細々とでも続けていれば、忘れることはありません。

 芸は身を助くといいます。息子にとってはヴァイオリンは芸の域には達しませんが、無理のない程度に月1、2時間弾くだけでも、将来、ヴァイオリンを弾くことで心が癒やされたり、豊かになったりすることがあると思うのです。

 ヴァイオリンは私が尊敬する元新聞記者のFさんから譲り受けたものです。この冬、娘が帰国したときも、週1回のレッスンで弾き、今回も息子が弾きました。やはり、定期的に弾いていると、音の響きがいいのです。

 いつか、息子が自主的にヴァイオリンを弾く日がくればいいなぁと夢見つつ、「なんで、ヴァイオリンなの?」という文句を聞き流し、何とかレッスンに連れて行くことにします。本当なら私も習いたいぐらいなのですが、得意でないことをやるのは、大学院での研究と週1回のバレエ(楽しいのですが)で手一杯。実は息子はそこそこ上手なんです、ヴァイオリン。だから、もったいない。でも、もったいないーという感覚、子供は分からないんですよね。

 

 

2025年4月29日火曜日

自分を褒めよう

  「会いたい人に会いに行く」第2弾の最終日は、札幌で出版社を営むHさんに会いました。Hさんは仕事をバリバリこなしながら、子育てもし、多くの人に慕われるハンサムウーマン。ずっと私の目標の人なのです。

 待ち合わせは札幌の閑静な住宅街にあるイタリアンレストラン。シェフは札幌市内の有名なイタリアンレストランで長い間修行をし、昨年独立したそうです。Hさんはいつもこういう若い方々を応援し続けています。

 Hさんに出会ったのは、私がまだ30代になったばかりのころ。共通の友人を通じて、知り合いました。ご飯を食べに連れて行ってもらったり、Hさんの友人たちとの飲み会に誘ってもらったりと、楽しい時間を過ごさせてもらいました。辛いこと悲しいことがあったとき、Hさんに泣きながら電話をして、話を聞いてもらったこともあります。

 Hさんの息子さんに初めて会ったのは、息子さんが小学4年のとき。東京の大学に入学してからは、一緒に我が家に遊びに来てくれたこともあります。その息子さんも今や30代。素敵な女性と結婚し、幸せに暮らしています。Hさんはお嫁さんのお母さんを●●ちゃんと呼んで、時々ご飯を一緒に食べたりするそう。そういうところも、Hさんの魅力なのです。

 美味しいお料理をいただきながら、近況報告をしました。相変わらず悪戦苦闘していることを苦笑しながら話すと、Hさんはこう言いました。

「むっちゃん、年を取ったら、もう誰も褒めてくれないから、自分で自分のこと褒めなきゃだめよ。あぁ、私、頑張っているよね、偉いぞ!って自分を褒めるの。自分をいじめるのはやめようよ」

 そうかぁ、自分で自分を褒めるかぁ。「私ってなんて駄目なんだろう」と自分を責めることは多々ありますが、褒めることはしないかも。時折、研究室に行く前にコンビニでリンツのチョコレートを買って、自分を励ましたりはしますが…。

 Hさんに習って、たまに自分を褒めてみよう。そうしたら、Hさんのような素敵な女性像に近づけるかな?

 

Hさんがご馳走してくれたイタリアン

パスタも美味しかった!