2025年2月14日金曜日

バレンタインメッセージ

  今日はバレンタインデー。皆さんは、どなたにチョコレートをあげましたか? どなたからもらいましたか?

 私は夫と息子、娘にチョコや焼き菓子を贈り、娘からは手作りのチョコをもらいました。

娘が作ってくれたチョコ

娘はこの可愛らしい箱にチョコを入れてくれました。箱の裏にはメッセージが書かれていました

 娘は夫、息子、私にくれたチョコレートの箱にそれぞれメッセージを書いてくれました。夫へのメッセージがとても素敵だったので、ここに訳して載せたいと思います。

「言葉では伝え切れないけど、ありがとう。

 ダディが私を愛し、知恵を授け、様々な犠牲を払ってくれたから、今の私があります。

 ダディは私を導くために、寝る前に、そしてそれ以外でも、数え切れないほどの沢山の時間を使ってくれました。

 ダディはいつまでも、私のヒーローだよ。

 チョコレートを気に入ってくれることを願っています。

 I love you!」

 こんな素敵な言葉をもらえるお父さんはなかなかいないのではないでしょうか。

 夫の優先順位の一番は常に家族でした。家族が夫を必要としたときは、いつ、どんなときも家族の側にいました。それを娘はちゃんと分かっているのですね。

 

私が家族にあげたチョコ。息子が好きないちごチョコ、娘が好きな焼き菓子、夫が好きなピーカンナッツチョコとあちこちで買いましたが、娘の愛情のこもったチョコに比べると普通ですね




2025年2月13日木曜日

20歳の献血

  先日、20歳の娘が初めて献血を試みました。条件が整わず、結果的に出来ませんでしたが、次につながる良い経験が出来たようです。

 朝、洗濯物をベランダで干していると、区から献血を呼びかけるアナウンスがありました。アナウンスはほとんどの場合、夏の「光化学スモッグにご注意ください」という注意報。「珍しいな。きっと血が足りないのかもしれない」と受け止めました。お役に立ちたいところですが、私はこれまで病気や出産でたくさん輸血をしていますので、出来ません。で、娘に聞いてみました。

「ねぇ、20歳になったから、献血してみない? ママはこれまで病気でたくさん輸血してもらったの。ママがこうして生きていられるのは、献血してくれた人たちの血液をもらえたお陰。ママはもうしたくても献血できないから、お願いできるかな?」

「いいんだけど。私、血を採られるのが怖くて」

「えっ? そうなの?」

「うん。去年大学で血液検査をしてもらったときは、恐ろしくて、涙が止まらなくて、看護師さんに側についていてもらったの」

「そうかぁ、じゃあ、無理かぁ」

「ううん、ママが側についていてくれるんだったら、献血してもいい。私も人の役に立ちたいし」

「じゃあ、早速行こう」

 娘は支度をしている最中から泣いています。玄関を出るときは、ティッシュで涙を何回もぬぐうくらいになっています。「やめようか?」と聞いても、「いや、行く」と言うので、泣きながら自転車をこぐ娘と一緒に献血会場に行きました。

 まずは、登録です。私はすぐ後ろについていましたが、娘はまだ泣いています。「帰る?」と改めて聞くと、「ううん、献血する。でも、怖くて」とまた、大粒の涙を流します。

 ようやく登録が終わり、血圧と脈拍数を測りましたが、なんと脈拍が100以上あり、次の手続きに進めません。看護師さんに促され、座って冷たいお茶を飲み、何とか脈が100以下に下がるまで待ちます。心のありようは、脈拍数にも出るのですね。

 やっと、100以下に下がり、さて献血というところで、看護師さんから、待ったがかかりました。

 看護師さんは娘の手を握り、優しく質問します。「献血が終わった後、体調が悪くなる人もいるんです。そうした場合、会場で少し休んでもらうのですが、大丈夫ですか?」

 娘は1時間後に歯医者さん、そして、その後にスーパーでのアルバイトが3時間入っていました。もう一人の看護師さんも側に来て、「献血をしていただくときは、次に予定がないときにしてもらったほうがいいです。今日献血してもらって、歯医者さんで体調が悪くなっても困りますし、もしかしたら、アルバイトも行けなくなるかもしれません。また、次の機会にお願いします」

 そうか、献血は体調が十分良く、かつ、献血の後に予定がないときでなければならないのですね。そうしたことに気が付かず、区のアナウンスにすぐ反応し、娘を巻き込んでしまった自分を反省しました。

 私はこれまで、ヘモグロビンが壊れる病気でヘモグロビンを、血小板が壊れる病気では血小板を、そして帝王切開でも輸血をしました。

 ヘモグロビンが壊れる病気だったときは、あっという間に体が動かなくなり呼吸が苦しくなります。そく輸血となるのですが、点滴を準備してもらっている間にも体調がだんだん悪化し、点滴から体に血が入った瞬間からどんどん呼吸が楽になっていきます。また、血小板が壊れる病気では、体のどこも打っていないのに内出血であちこちに赤紫色の斑点が出来ますので、これも緊急処置として血小板を輸血して内出血を止めるのです。最初の出産は緊急帝王切開でかなり出血し、これも輸血をしました。本当に私は沢山の方々のお陰でこのように生きているのです。献血をしてくださる方々に心から感謝をしていて、私もお役に立てるのなら、立ちたいのですが…。

 娘は私の勧めもあり、怖がりながらも献血を望んでいましたが、看護師さんの説得で今回は断念することになりました。会場の方々は献血が出来なかった娘や私にとても親切でした。そして、出来なかったけれども、娘の顔は晴れやかでした。「次は少し落ち着いて、泣かないで出来ると思う」

 帰りは娘に「ありがとう」の気持ちを込め、近くのカフェでケーキをご馳走しました。

 20歳の献血は今回は出来ませんでしたが、娘なら、きっとまた挑戦してくれると思います。そして、献血してくださっている方々、本当にありがとうございます。

2025年2月12日水曜日

中学校のバスケ試合を観戦

  昨日、東京都内の中学校のバスケットボールのリーグ戦を観に行きました。息子は出場しなかったのですが、頑張っている2年生を応援できました。

 午前10時の試合は娘と夫が観戦し、二人で最寄り駅付近で昼食を取り、娘はヴァイオリンレッスンに行くために帰宅。夫はそのまま会場に戻り私が午後現地で合流し、午後1時からの試合を観戦。試合終了後は夫は帰宅、私は午後3時15分からの健康診断の会場に向かう。そんなスケジュールでした。

 娘は高校のバレーボール部を描いた「ハイキュウ」やバスケットボール部を描いた「黒子のバスケ」などのアニメ映画(原作は漫画)の大ファン。インターナショナルスクールに行って一番残念だったことは、「日本の部活動を経験できなかったこと」というくらいに、日本の中高校の部活動に憧れています。今回は1年生の息子は出場しないことは分かっていましたが、誘うと喜んで応援に行きました。

 私は昨日は論文執筆があり、午後は健康診断もあり、息子も出場しないし、夫と娘は観戦したので家族がサポートしていることは息子に分かってもらえるし…で、行かない理由が沢山ありました。が、パソコンに向かい論文を書いている途中、「自分にとって一番大切なことは何か」という問いが、頭の中に浮かびました。そして、「やっぱり行こう!」とお昼近くに決断し、支度をして出かけました。

 会場は港区立三田中学校でした。都営三田線の三田駅から徒歩10分ほどの場所ということでしたが、息子の学校の試合開始時間に間に合うか心配でした。私は地図を読むのが得意ではなく、駅の出口前にある地図と携帯電話の地図を照らし合わせて確認しても、別の方向に行ってしまう人間です。ですが、夫からの「まずは、A3出口を出たらいいよ」という助言と、グーグルマップのお陰で、何とかたどり着くことができました。

 三田中学校はなんと、クエート大使館の横にあります。すごい立地です。創立20周年ということで建物も新しく、洗練されています。公立中学校のイメージを払拭するような外観です。

港区立三田中学校の外観

 そして、驚くべきは校内のプール。もしかしたら、撮影禁止かもしれませんが、素晴らしさをお伝えするための写真なので、このブログにアップさせてもらいます。

三田中学校のプール。手前にある三本線と「田」の字は「三田」を表したデザイン

 皆さん、すごくないですか? 公立中学校にこの屋内プールですよ。生徒は幸せですね。それに、三田のサイン。あちこちのガラス窓の下に三本の線が長く引いてありその右に「田」の文字。これ、デザイナーさんが作ったに違いありません。本当に、おしゃれです。いやはや、港区、力あります。

 肝心の試合は、我が息子の学校は午前中はコテンパンにやられたらしく、私が観た午後の試合も負けでした。対戦相手はあまり強そうでなかったのですが、息子の学校のチームの選手が、こう言っては何ですが、あまり上手ではない。

 「なんであんな遠くからシュートするの?」というほど、遠くからのシュートが多く、それもほとんど決まらない。それでも、選手たち、一生懸命でした。その一生懸命さが、とても良かった。

 相手チームのコーチは女性で、ドスの聞いた声で、子供たちに様々な指示を与えます。優しい先生が多い昨今、「こういう先生っていいよねぇ」と、夫も私も、笑みがこぼれます。

 やっぱり、部活動はいいですね。私が息子をインターナショナルスクールではなく、日本の中高に通わせたかったのは、この部活動を経験させたかったからです。私も年を重ねた今、部活動が一番の思い出だからです。

 息子は身長が170㌢を超えていますので、普段、セーターにジーンズを着ると高校生に見えるのですが、運動着を着ている息子はやっぱり中1の幼さと頼りなさがあって、可愛かった。息子の新しい一面を発見したように嬉しかった。試合に出ていた中2の選手は皆、息子より背も体格もひと回り大きく、頼もしかったので、尚更そう感じたのでしょう。 

 その日は3試合あり、私たちが帰った後の最後の試合で、なんと、息子の学校が勝ったと帰宅した息子が報告してくれました。「やったね!」「それは良かったね!」と家族で喜びました。

 夜、寝る前に娘とおしゃべりしているとき、その日のバスケの試合の話になりました。2人の間の話ですので、ついつい本音が出てしまいました。

「いやぁ、あのチームが勝つなんて、相手チームよほど弱かったんだね」

「上には上がいるけど、下には下がいるもんだねぇ」

 ところが、その会話、隣の部屋にいた息子に聞こえたらしく、息子が「そこまで、言わなくても…」と静かに反論してきました。娘が起き上がって、慌てて息子のところに行き、「あっ、ごめん、ごめん!! けなすつもりはなかったんだけど…」と息子に謝りに行ったのが笑えました。

 昨日もとても幸せな日でした。合理的な決断をせず、直感に従って良かったーと思えた日でした。

2025年2月11日火曜日

スーパーボウル

  アメリカ発祥のスポーツ・アメリカンフットボール。アメリカでは大変人気です。日本に住んで23年経つ夫もアメフトだけはフォローをしており、昨日開かれた第59回スーパーボウルも、朝からしっかりテレビで観戦していました。

  NFL(National Football League)公式サイト日本語版によりますと、スーパーボウルはNFLのチャンピオンチームを決める優勝決定戦。NFLはAFC (American Football Conference)とNFC(National Football Conference)で構成され、それぞれのプレイオフを勝ち抜いたチームがスーパーボウルを戦います。開かれるのは例年2月第1週の日曜日ですので、時差がある日本では月曜日の朝に放映されます。

 留学して間もないころ、寮のルームメートが大学のチームの試合を見に行って帰ってきて、興奮気味に言った言葉を鮮明に覚えています。彼女が言った言葉は「We won!」(私たちは勝った!)。"Our Team" ではなく、”We"。「私たちは勝った」というシンプルな一言に、チームと一体となって応援している様子が表現されています。

 こんなに年月が経ってもその一言を覚えていますので、彼女の興奮ぶりとこの「We」の使い方はとても印象に残るものだったのでしょう。

 また、夫は4人兄弟ですが、義母から「アメフトだけは絶対に駄目」と禁じられていたのだそうです。ですので、夫も夫の兄も選んだのはバスケットボール。すぐ下の弟は演劇、一番下の弟は歌です。アメフトは怪我をして打ち所が悪いと、半身不随なるほどの危険さをはらんだスポーツですので義母の言うことももっともです。

 以前、夫と一緒にテレビ観戦していたときに、試合中に怪我をした選手が病院に運ばれたのですが、アナウンサーが試合の合間にその選手が首から下が動かなくなると報告していました。こんな酷なことをテレビであっさり伝えるなんて…と胸が痛くなりました。その記憶も鮮明で、選手のその後の人生を考えると胸が苦しくなります。大変な苦しみを背負われた選手が、良い人生を歩んでいることを願わずにはいられません。

 さて、私は夫の横の机で論文書きをしていましたが、ずいぶんコマーシャルが多いなぁというのが印象。夫に聞くと、「試合の間に入れるコマーシャルの価格、すごく高いんだよ」とのことおそらく、大多数の国民が観ているでしょうから、企業としてはこれ以上の宣伝はないでしょう。久しぶりに見たコマーシャルもとってもアメリカっぽくて(大げさで、明るい)、あぁ、アメリカだなぁと思いました(なんか変な表現ですが)。

 スーパーボウルを垣間見て、アメリカに関する様々な記憶が蘇ってきました。その記憶は陽と陰の差が大きく、色合いが濃く、頭の中で主張し合い落ち着きません。

 やっぱり、日本の地味な色合いの、輪郭がぼやけた記憶のほうがいいなぁと思ったりします。

 夫は観戦終了後、すぐに仕事に戻っていました。以前はスーパーボウルの日は休みを取って観戦して、特別感があったのですが、今は通常の日のひとコマになりました。かくいう私は試合を横目で見ただけで、頭の中でアメリカでの様々な記憶が交錯し、落ち着くのに少し時間を要しました。スーパーボウルはそういう意味でもやっぱり、アメリカを象徴するスポーツなのですね。

 

 

2025年2月10日月曜日

久しぶりに一人っ子

  昨日、息子が一泊二日の日程で山梨県の国立天文台「野辺山宇宙電波観測所」に行ったため、久しぶりに一人っ子となった娘と私たち夫婦で、娘の「バケットリスト」(したいことリスト)を叶えることにしました。

 娘が今回の帰国で私に伝えてきたバケットリストは次の8つ

1)家族でディズニーシーに行く

2)映画を家族で観る

3)温泉に行く

4)三鷹の森ジブリ美術館に行く

5)コストコに行く

6)焼き肉を食べに行く

7)北海道ラーメンを食べに行く

8)ママのクリームシチューを食べる(娘が観る日本のアニメ映画でよくクリームシチューが出てくるので、食べたくなったそう)

 このうちジブリ美術館以外はすべて叶えてあげました。最後に残ったジブリ美術館に行く?と聞いたのですが、息子と一緒に行きたいというので、次回に持ち越すことに。その代わりに、前回帰国したときに持ち越した「観覧車に乗る」を叶えてあげることにしました。

みなとみらいにある大観覧車

 向かったのは、横浜みなとみらい。ここには都市型遊園地「コスモワールド」があり、そこには全高112.5㍍の大観覧車があります。まずは娘のリクエストで、夫のオフィスがあるランドマークタワーのイタリアンレストランへ。ここは家族で何度か行ったことがある店で、大きな窓から観覧車が見えるのです。

 レストランではそれぞれが好きなパスタを注文。私と夫がワインで、娘がピンクグレープフルーツジュースで乾杯しようとしたところ、夫が「今日はママとダディが出会って34年目の記念日なんだ」。「えっ、忘れてた!」と私。「出会って34年って、すご!」と娘。そこそこ長くなった私と夫の人生の半分以上はお互いを知っているんですね。ちなみに夫と私が出会ったのは、大学のバレンタインパーティでした。

私は海老のトマトクリームパスタを注文しました

デザートはチーズケーキ

 食事とデザートでお腹がいっぱいになったところで、コスモワールドへ。観覧車は娘が小さいころ、時々乗りました。息子がまだ生まれる前で、まだ若かった私と夫と小さな娘が写った記念写真もあります。昨日も同じ場所で記念写真を撮りました。観覧車はゆっくりと動くので、横浜の景色を堪能できて、とても素敵な時間でした。



観覧車の中から観たみなとみらい

海もきれいです

 観覧車の後は、「横浜赤レンガ倉庫」へ。ここには可愛らしい雑貨屋さんがたくさんあるので、娘と一緒に買い物を楽しみました。その間、夫は読書です。夜ご飯は、観光客にも人気の商業施設と客船ターミナル、ホテルが一体化した「横浜ハンマーヘッド」のレストランで。カクテルを飲み、美味しいお料理を食べながら、家族3人でのおしゃべりを楽しみました。


久しぶりにカクテルをオーダー

美味しかったナチョス

 めったになれない一人っ子の時間を、娘は満喫したようです。

2025年2月9日日曜日

きりたんぽ鍋

  寒い日が続きますね。寒い日は皆さん、何を召し上がりますか? おでんでしょうか? ポトフでしょうか? 我が家では、子供たちがおでんを好きではないので、私はぐっと我慢して作らず、以前はコンビニエンストアで一人分を買って食べていました。最近では夫と一緒に行く近所の飲み屋さんのメニューに入りましたので、そこでいただきます。

 で、冬場の我が家の定番メニューは「きりたんぽ鍋」です。時に母を招いてこの鍋を囲むことは前にこのブログで触れました。今日は少し踏み込んで、書いてみたいと思います。

 農水省のホームページによると、きりたんぽ鍋は秋田県大館・鹿角地方が発祥の地。炭焼きや伐採のために山籠もりをした人々が残りのご飯をつぶして棒に刺して焼いて食べていたものを、鳥鍋に入れたことが始まりだそうです。

 串に刺して焼いたご飯が「がまの穂」に似ていて、短い穂の意味の「短穂」から「たんぽ」と呼ばれるようになったそう。「きりたんぽ」はこの「たんぽ」を鍋に入る長さに「切った」ものだからなのだそうです。

 使われる鶏肉は昔は「比内鶏」でしたが、国の天然記念物に指定されてから食用には出来なくなり、この比内鶏と米国産の鶏の交配により現在の「比内地鶏」が誕生し、再び食卓に上がるようなったそうです。

 私がこのきりたんぽ鍋を最初に食べたのはもう20年ほど前のことです。お友達のご夫婦のお宅にご招待されて、ご馳走になり、すっかり気に入りました。特に気に入ったのはスープです。おそらく、自分で再現するのは無理だろう思いましたので、お友達にラベルを見せてもらい、覚えて帰宅。さっそくインターネットで調べて、取り寄せました。きりたんぽもそのときに一緒に買いました。

 それからしばらく取り寄せて食べていました。その間、冬場に近隣のスーパーに行っては鍋のスープが並ぶ棚を見て探しましたが、ありません。それで、普段の食材は買わないけれど、そこでしか売っていない食材などを買う店に行ってみると、なんと売っていることが分かりました。それからはその店で買っています。

 車で5分ほどのイオンに行ったときに探してみたところ、その店よりずっと安い価格で販売していることも判明。2つの店を確保したことで、1つのスーパーで品切れている場合はもう一つのほうへ行き購入することが出来るようになりました。

 きりたんぽがスーパーの棚に並ぶのは3月末までですので、それまでは月に1度は作ります。材料はざく切りした鶏もも肉(比内地鶏ではなく、普通の鶏肉)とニラ、ネギ、そしてマイタケです。ハクサイも美味しいのですが、スープが薄まってしまうので、この4つの食材に落ち着きました。

 スープを鍋で沸騰させてから、お肉を入れ、ひと煮立ちさせて野菜を入れ、一番上にひと口サイズに切ったきりたんぽを乗せて、蓋をしてしばらく沸騰させます。きりたんぽが柔らかくなり、お肉に火が通ったら出来上がりです。

 他の鍋も作ってみて、それぞれそれなりに美味しいのですが、やはりこのきりたんぽ鍋が一番美味しい。スープが染みこんだきりたんぽは絶品で、子供たちが競うように食べます。

 きりたんぽ鍋に馴染みのなかった方、よろしければ試してみてください。

おすすめの「元祖秋田屋 比内地鶏スープ ストレートタイプ」。ネットを通じて買うと高いので、スーパーで見つけていただければ…


2025年2月8日土曜日

今週の一冊_「幸せについて」

 先週の土曜日(1日)夕方に定期券を失くし、もう諦めていた一昨日、警視庁遺失物センターから届いていると連絡があり、昨日引き取りに行きました。

 これまで2回定期券を失くしたことがあり2度とも戻ってきましたが、今回は定期券で利用する2つの鉄道会社に問い合わせしても届いていなかったため、早々に諦めました。普段ですと次の手段である、その2つの鉄道がつながる別の鉄道会社に問い合わせするのですが、今回はあえてしませんでした。

 ネットで、定期券を失くすという意味を調べ、自分がいつも通う場所から離れるタイミングという意味もあると書いてあったので、そうかもしれない、と納得。本当にそうなのかどうかは別として、そう思うことが必要でした。研究所のことでずっと悩んできましたので、あと2ヶ月半分残っている、自宅最寄り駅から研究所最寄り駅までの定期券と定期入れに入っていた2千円を厄祓いにして、気持ちを切り替えようと思ったのです。

 気持ちの切り替えの手段として、すでに週4回は行っていた研究所への回数を減らし週2回にし、1回を大学の図書館にし、残り1日を在宅にすることに決め、2週間前から実行していました(平日週1回は友人とランチをするなど、全く研究をしない日にしました)。

 そうして今通う研究所への精神的な縛りを手放そうとしたところ、一昨日の電話でした。愛着のある、クマさんの顔の形をした使い古した定期入れを失くしたことを残念に思っていましたし、一日往復800円は痛いなぁとも思っていましたので、有り難く引き取りに行ったのです。

 飯田橋駅近くにある警視庁遺失物センター。駅の出口を出て、携帯電話の地図を見ながらキョロキョロしていると、「お困りですか?」と中年の女性が声をかけてくれました。有り難く、遺失物センターへの道筋を聞くと、とても親切に教えてくれました。

 そして、同センターでも担当者の方がとても親切にこの定期入れを渡してくれました。誰が拾ってくれたか聞いたところ、その方は「JRの職員です」と言い、「ですので、お礼はいりませんよ」とにっこり。「そうでしたか。大変助かりました。ありがとうございます」とお礼を言い、同センターを出ました。

警視庁遺失物センターの前で。戻ってきたクマさんの定期入れ

 私は定期券で使う鉄道会社2社には問い合わせていましたが、JRは乗りませんので、問い合わせていませんでした。JRも乗り換え出来る駅でしたので、誰か親切な方が拾って窓口に届けて下さったか、職員さんが拾って警察署まで届けて下さったのでしょう。

 いずれにしても、拾った定期入れを最寄りの駅の窓口に届けてくれる、正直で親切な人がいる(大多数だと思います)、そして道に迷っている人を助けようと声がけしてくれる親切な人がいる、日本に住む私は何て幸せなのだろうとしみじみと思いました。

 ふと、そこに来るまでの電車の中で読んでいた本のことを思い出しました。「幸せについて」(谷川俊太郎、ナナロク社)です。谷川さんが幸せについて、考えたことを綴っています。昨日は大学に行く日で、たまたま寄った構内の書店でこの本を見つけて買い、大学最寄り駅から飯田橋駅までの電車の中でその本を読み始めていました。

故・谷川俊太郎さんの「幸せについて」

 谷川さんの言葉を心の中で反芻しながら、自分にとっての幸せについて考えを巡らせていましたので、親切な人が住む日本に住んでいることを幸せだなぁと感じられたのだと思います。私自身の中でぼんやりとは分かっていつつも、明確には分かっていなかったことを、谷川さんはこの本の中で言語化してくれています。その一節を引用します。

「幸せが自分の外にあるように思うのはアホ、外にあるのは幸せそのものではなくて、幸せの理由だけ、お金とか、友達とか、地位とか、広々した自然とか、可愛い子犬とか、幸せを感じる理由は身近にいっぱいあるけど、幸せそのものはひとりひとりのヒトのカラダとココロに湧く感情の一種、それもいわゆる喜怒哀楽の感情の次元を超えた〈感動〉だから、自分のココロとカラダから湧いてくるのを信じるしかない。」

 この本を夜、寝る前にもう一度読み返しました。そこには、英語では「ラッキー」(幸運)と「ハッピー」(幸せ)は意味は違うけど、日本語では同じ字を使うために、混同してしまう人がいると書いてありました。

 確かに、私が昨日しみじみと感じたのは「幸運」以上の感情、「幸せ」だったなぁと振り返りました。以前2度、落とした定期券をどなたかが窓口に届けて下さったときは「幸運」だと思い、届けてくれた方に感謝の気持ちは持ちましたが、「幸せ」とは少し違う感情だったように思います。

 落とした定期券と谷川さんの本で、幸せについて深く考えさせられた一日でした。