2023年10月22日日曜日

最後の運動会

  昨日、小6の息子が通う地元小学校で4年ぶりに運動会が開かれました。昨年までの3年間は新型コロナウイルス感染対策により各学年ごとの実技発表しかなかったため、今年は6学年がそろった賑やかな運動会となりました。

 残念ながらレジャーシートを敷いて、家族でお弁当を食べることはなくなりましたが、息子の80㍍走も、騎馬戦も、パフォーマンスも見ることが出来ました。楽しみだった運動会観戦も今年で終わりなんだなぁと、少し寂しい気持ちになりながら、息子の”雄姿”を観て、ビデオに収めました。

 母も招待しました。母は娘がこの学校に通っていたころも運動会を観に札幌から来ており、「やっぱり楽しいね~」と言いながら、観戦。4年ぶりとあってか、おじいちゃん、おばあちゃんも沢山訪れており、学校が用意してくれた「優先席」はすぐ埋まってしまい、母を案内することは出来ませんでした。が、運動会好きな母は優先席は必要なく、ママさんパパさんたちに交じって最前列で観戦。直射日光が当たって暑くなれば、すぐにグラウンドを見渡せる日陰を見つけて、そこで4時間近く観戦していたのでした。あっぱれ、85歳。

 娘はこの学校に1年生から4年生まで通っていました。毎年、母が札幌から来てくれ、朝は母と2人で鶏肉の唐揚げや太巻き、厚焼き玉子などを作って重箱に詰めました。夫は場所取りに朝早くから学校へ。ある年はシンガポールの出張から早朝帰宅してその足で場所取りに行き、そのままレジャーシートで寝ていたということもありました。

 娘はどんな遠くにいても観戦している私たちの方を向いて背伸びをしてニコニコしながら手を振ってくれましたが、息子はそんなことはしてくれません。でも、男子のそっけなさは、どの家も同じらしく「男子と女子はやっぱり違うなぁ」と実感します。

 でも、息子が座っている椅子の近くに行って息子に声をかけるとこちらを見てピースをしてくれました。お友達とふざけ合って楽しそうな様子をカメラで写すことが出来ました。そんな息子の姿を後ろから眺めながら、「この学校に6年間通わせることが出来てよかった」としみじみと思いました。

 夫も常々、「いい学校だよなぁ」と言っており、息子が6年間通えていること、そして来年春には卒業し、この小学校の卒業生になれることを親として改めて嬉しく思いました。清々しい青空の下、幸せを感じた一日だったのでした。

2023年10月17日火曜日

合格通知

  昨日、オーストラリアのシドニー大学から、娘に合格通知が来ました。娘が希望していたアートの専攻です。

 昨年から、親子共々、迷い悩みながらの大学出願でしたが、娘の希望の大学から合格をいただけて本当に良かった。

 夫と話し合い、出願時期が遅いオーストラリアの大学の結果を待たないで、皆と同じ9月(欧米の大学や一部の日本の大学)に大学生活をスタートさせることが大切だと、関西の大学に入学させました。

 娘はオーストラリアの他の大学にも願書を出していますので、全ての結果が出てから、どうするか決める予定です。今の大学は講義も面白く、お友達も何人も出来て、寮生活も快適で…と言うことなしなので、決断が難しそう。

 合格結果をフェイスタイムで知らせてくれた娘の表情はそれは明るく、生き生きとしていました。「ママ、これまで、ずっとサポートしてくれてありがとう」と娘。自分の夢に向かって努力し、それを支えた人に感謝を伝えられる子に育ったことに、私は母親として合格通知と同じぐらい嬉しかった。

 娘はさらに遠くに行ってしまうかもしれません。思い出されるのが、インターナショナルスクールに行っていたときのこと。私が学校に行くのをそれは喜んでくれた娘。いつもにこにこしていた娘。ママ~とハグしてくれた娘。娘がいない家はしんとして、どれほど私たちが娘に癒されていたか、実感する日々です。

 そう考えるとまた涙が出てきますが、娘が夢に向かって一歩踏み出したことを喜ぼうと思います。


2023年10月12日木曜日

秋を拾う

  夏の終わりごろから、朝ウォーキングをしています。我が家のほど近いところに見晴らしの良い公園があるので、そこまで走って公園内を歩きます。最近はどんぐりも見かけるようになり、拾って家に持ち帰り、洗って乾燥させてから飾ります。

 今朝は、大きな栗を拾いました。こんなに大きな、きれいな栗を拾うのは初めて。手の平に載せて歩くとチクチク痛かったですが、大切に持ち帰り玄関に飾りました。

 玄関は先日、夏用を仕舞い、ハロウイーンの飾り付けをしたばかり。栗を加えると随分秋らしくなりました。

 

どんぐりを飾った玄関。ハロウイーンの飾りも

息子の工作を飾った夏の玄関


息子が作ったサメ


2023年10月11日水曜日

作り置き

  9日の祝日、東京はあいにくの雨でしたが、母を招いて昼ご飯を一緒に食べました。メニューは夫が作るジャンバラヤ、私の豚汁でした。

 ジャンバラヤはシーフードとソーセージ、ベーコンを使った米国ルイジアナ州の郷土料理。豚汁はお馴染みの和食の定番。マッチングはしませんが、夫も私も自分の得意料理を作ったほうが美味しいので、そうしました。

 昼でしたが、母と私にはスパークリングワインを一杯ずつ、夫はビール。息子にも奮発して、ブラッドオレンジジュースを付けました。母もとても喜んで、おしゃべりも弾みます。そんな中、夫が娘にフェイスタイム(ビデオ通話)をしました。娘もちょうど、ひとりランチの最中でした。

 娘が見せてくれたランチは栄養のバランスの取れた、美味しそうなメニューでした。前日煮込んだというミートソースを使ったパスタ、生姜焼き肉にトマト。

 娘が言います。「ママ、私、昨日今週の分たくさんお料理したんだよ。鶏の挽肉を使ったミートソースと、カレーライスと、カボチャを使ったクリームシチュー。豚の挽肉のハンバーグも作ったの」。「すごいね。大学生になったばかりで作り置きが出来るなんて、さすが!」「うん、平日は講義があるから、お料理が面倒になるからね。お友達はカップラーメンとか、冷凍食品とか食べているんだけど、手作りのほうが美味しいよね」。

9日昼の娘の「ひとりランチ」。手作りのミートソースパスタに生姜焼き
  
 
9日昼の我が家のランチ。ジャンバラヤと豚汁

 18歳での巣立ちは心配もありましたが、大丈夫でした。娘は自分で食材を買いに行き、料理をし、きちんと食事をしています。今、食べている最中のお料理の写真と、作り置き料理を入れた冷蔵庫の写真を送ってもらいました。
 
作り置きの料理が入った娘の冷蔵庫

 「ママに買ってもらったディズニーの容器に入れると匂いが付いちゃうから、安い容器を買ってきたの。でもね、3つあるのに蓋が1枚しか付いていなかったの。で、サランラップでカバーしているの」と娘。 
 「あっ、それね。蓋をもう一度見てみて。重なっているから」
 「えっ?そうなの。見てみる」
 
 娘は蓋が3枚重なっていることが分かり、それをはがして、それぞれの容器にきちんと蓋をすることが出来たようでした。

 翌日も娘から写真が送られてきました。ランチは、クリームシチューとハンバーグにトマト、キーウイ。夜はタコライスにりんご、そして豆乳でした。これも栄養のバランスが取れた、良いメニューでした。

10日昼の娘の手作りランチ。カボチャのクリームシチューとハンバーグ


10日夜の娘の手作りディナーのタコライス。りんごと豆乳を添えて

 それらの写真を夫に見せました。「私たちの娘、ちゃんと育ったね」。夫も「心配はいらなかったね。ちゃんと育った」と嬉しそうでした。

2023年10月9日月曜日

Yさんのこと

  人との出会いは、人生を豊かにします。私にとって、学生時代に出会った友人やかつての職場の同僚・先輩、仕事を通じて出会った人たちはとても大切な存在で、大病をした後はそれまで以上にその方々との友情を大事にしていきたいと思うようになりました。

 先日、私が心から信頼し、慕っている先輩と1年ぶりに会いました。私の新聞社時代の上司Yさんです。初任地・室蘭の報道部でデスク(記者たちの原稿をチェックする責任者)だった方です。

 Yさんは、駆け出し記者の私を日々丁寧に指導してくれ、お正月にはご自宅にも招いてくれました。奥様がたくさんの手料理を準備してくださり、3人で楽しくお話ししたのはとても良い思い出です。Yさんは、私が赴任してから1年足らずで転勤してしまいましたが、その後も、折々に励ましのメールをくれました。

 Yさんと頻繁にメールのやり取りをするようになったのは、私が退社し、Yさんが私と同じ病気を患った後でした。Yさんが私の病気のことを知り、同僚を通じて、再度連絡してくれたのです。

 それからは、育児をしながら、社会に復帰しようと奮闘する私をいつも励ましてくれました。奥様の絵の展覧会が東京であるときは一緒にいらして、時間を作って私に会いに来てくれました。お会いするのは、私の自宅最寄り駅の隣駅にある和食店。お料理を食べ、お酒を酌み交わしながら、時事問題や会社の近況、社会復帰への険しい道のりのこと、泣き笑いの育児エピソードなど、Yさんとお話しするのが私にとってとても楽しみな時間でした。また、一昨年には娘と一緒に札幌のご自宅にお邪魔し、奥様の美味しい手料理をいただきながら、たくさんお話しさせていただきました。

 私が自分のことを包み隠さず話し、それでも自分は受け入れてもらえるんだとYさんに対して思えるのは、Yさんへの信頼感のほかに、良い紙面を作るという同じ目標に向かっていた、さらに同じ病気と闘ったという連帯感を持っているからだと思います。

 病気の後、職場を辞めてから私がしみじみと感じたのは、私は社会のどこかに自分の居場所を必要とする人間だということでした。職場で仲間と一緒に仕事をし、帰りは居酒屋に寄ってワイワイと仕事の話をしたことを、とても懐かしく感じていました。フリーランスの仕事ではそれを得られず、大学院でも基本的には一人です。習い事もしていますが、やはりそこも私の居場所ではありません。子どもたちの学校でPTA活動もしましたが、自分はアウトサイダーであるという感覚はいつも持っています。

 社会に居場所を見つけることの難しさを痛感しているからこそ、かつての仲間たちとのつながりを大切にしたい。互いに信頼し合う友人とのかけがえのない時間を大切にしたいと思っています。

 今回は、最近夫とよく行く、日本酒が美味しい店にYさんをお連れしました。いつもご馳走になっているので、今回は私がーと考えていましたが、Yさんは「そんなことは許されません。私はあなたの元上司なのですから」ときっぱりと仰り、またご馳走になってしまいました。

 Yさんも私も、定期的に検査を受ける身ですが、このように楽しい時間をこれからも持てることを願ってやみません。

Yさんと一緒に飲んだサッポロビール

2023年10月4日水曜日

栗ご飯

  9月20日に娘が巣立ってから、我が家では笑い声が減り、改めて娘の存在は大きかったと感じる日々です。息子は口数も少なく、淡々とした表情で学校や塾へ行っています。中学受験に向けて必死に勉強するわけでもなく、かと言って、「塾行かない」とごねるわけでもなく、宿題をやらずに塾で居残りになろうが、テストの点数が悪かろうが、関係ないという態度です。

 受験を4ヶ月後に控え、いま辞めても挫折感だけが残るのも心配で、塾通いは続けさせています。「辞めたいと思ったこともあったけど、3年間続けた」ということで、息子に自分自身を肯定してほしいからです。

 「理科・社会を受けなくても良い学校が2,3校あるの。英語・国語・算数の3教科。ちょうど水曜日の塾は理社だけだから、理社を辞めることもできるよ。そしたら、かけっこ教室に戻れるよ」と聞いてみました。

 「ママが決めて。決めるの面倒だから。そもそも、ママが人に相談するときは、自分の中で考えが固まっていないときなんだよ。ママでも分からないのに、僕に決められるはずがないんだよ」。小6にしては、大人びた、そして的を射た答えでした。

 確かに娘をインターに移す決心をしたときは、「小学校は卒業させてもいいのでは?」という夫の反対にも耳を傾けず、「娘をここでこのままにしておいては、娘が駄目になってしまう」と自分の”勘”を信じることが出来た。でも、息子の塾問題に関しては、いや、息子については分からないのです。

 成長が遅かったため、出来ることだけに目を向けて褒めて育てた娘は着実に一歩一歩成長し、一方で賢く何でも器用にこなし、運動もでき、性格も穏やかで友だちとも仲良くできた息子にはあれもこれもと期待し、叱咤激励し、その結果として表情の乏しい無気力な子になりつつある。この段階でどうしたら良いか、途方に暮れています。

 息子に元気を出してもらうために、時間を見つけては近くの公園でキャッチボールをしたり、本屋さんに連れていったり、スーパーに一緒に行ったり、一緒に料理をしたりしています。が、その場では少し機嫌が良くなりますが、根本的な問題解決にはつなっていないようです。そもそも、何が問題なのか、きっと私も夫も分かっていないのかもしれません。

 そんな中、スーパーで栗を見た息子が、「ママ、栗ご飯食べたい」と言いました。そのスーパーでは大きな袋の栗が売り切れ、10個ほど入った小さな袋しかありませんでした。で、さっそく夫に頼んで別のスーパーに行ってもらい、大袋の栗を買ってきてもらいました。

 息子はたぶん、軽井沢の家の近くで小さな栗をたくさん拾い、そのとき訪れていた母と一緒にむいて、栗ご飯にして食べたことを思い出していたのかもしれません。夫が買ってきた栗を息子は一つ一つ丁寧に、栗むき器を使ってむきました。そして、翌日、栗ご飯を炊きました。

 せっかくなので、母を招待しました。その日は息子の塾の日で4時半に家を出なければならないのですが、母と一緒に早めの夕食を取りました。「美味しい!ママ、また作ってね」と言ってくれた息子と「手が痛いからもう栗はむけないの。スーパーで最近売っているのを見て、ああ、栗ご飯食べたいなと思っていたの。食べたかったから、本当に嬉しい」と喜んでくれた母。2人の笑顔を見て、たいそうなことはしなくても、こうして季節の食材を使ってご飯を作って、みんなで一緒に食べたら、こんなに幸せな気分になるんだーと思いました。


 また、栗を買ってきて、息子にむいてもらおう。そして、栗ご飯を炊いて、また、母も一緒に食べようー。幸せは身近にあることに気付いた日でした。

 


2023年10月2日月曜日

ホームページをリニューアル

  私が運営する、ひとり出版社「まりん書房」のホームページをリニューアルしました。9月に巣立った娘がトップページのイラストを描いてくれました。


 この出版社は、がんを患い「自分は長く生きられないかもしれない」と覚悟し、娘のために記した本を自分の納得する形で出版したい、がんを患う患者さんやご家族のお役に立てたいと願い、立ち上げました。

 2冊目の構想を練るうちに、「ホームページをアクティブにしよう」と、今回のリニューアルを思い付きました。私の思いが詰まったまりん書房のホームページをのぞいてみてください。