2023年8月14日月曜日

アートなワッフル

  18歳の娘の良いところは、たとえ急いでいるときでも、食べ物を皿に盛り付け、ダイニングテーブルできちんとゆっくりと食べるところです。出掛け前に時間がなくて、パンを口に頬張って慌てて玄関を出るーというようなことは絶対にしません。こちらとしては時間に遅れることのほうが心配なときもあるのですが、どんなときでも悠然と食べる姿を見て、我が子ながら感心します。

 今回のハワイ旅行でも、同様でした。朝食はそれぞれが食べたいものを自分で用意するので(義父母は必ず2人で食べていました)、夫はコーヒーとイングリッシュ・マフィン、私はワッフルとフルーツ、息子はシリアルに牛乳入れたものと、簡単に出来るものでした。

 でも、娘は、ワッフルを焼き、ラズベリーやブラックベリー、バナナを綺麗に飾り付け、食べていました。娘は絵を描くのが得意ですので、出来上がったワッフルもアーティスティック。

 娘は秋に我が家を離れます。大学に行って寮で暮らしても、こうしてきちんとご飯を食べてほしいと思うのでした。

 

娘が作ったワッフル。カフェで出されるみたいに綺麗

2023年8月13日日曜日

義父母に好評だった料理

  10日に無事ハワイから帰国しました。コンドミニアムでのんびりとし、プールや海で泳ぎ、食事を作って皆で食べるー。そんな8日間はとてもリラックスできる休暇でした。

 円安により、ハワイでは何でも高いと知人から聞いていたので、今回はご飯パック、パスタ・蕎麦、焼きそば、トマト缶、ソースやたれ、味噌、天ぷら粉、紅茶・コーヒーなど生鮮食料品・冷凍食品以外は出来るだけ持っていくことにしました。

 今回、私たちが作った日本人が食べる料理の中で、義父母に好評だったのは天ざる蕎麦とコロッケと焼きそば。蕎麦は亡父が大好きだった乾麺を持参し、天ぷらの具は現地で調達したエビとカボチャでした。義父母が食べてきたカボチャは「スクワッシュ」と言い、日本人が好むカボチャとは違う品種です。今回はスーパーで日本人が食べるカボチャを買うことが出来ましたので、天ぷらの具にすることが出来ました。

義父母に好評だった天ざる蕎麦

 コロッケは帰国日が近くなり、ジャガイモと玉ねぎとパンが余っていたので、思い付きました。パン粉は硬くなりかけたパンをオーブンで焼いて砕いて作りました。天ざる蕎麦で使い残っていたエビもフライに。持参したブルドッグソースをかけて食べました。

 私は食材を無駄にすることにとても抵抗がありますので、工夫して美味しく無駄なく食べることに注力しました。焼きそばに使ったキャベツは、コロッケに添えるキャベツの千切りと、ベーコンを使ったキャベツスープに。

 天ぷらに使ったカボチャが半分余っていましたので、パンプキンパイも作りました。砂糖がなかったので、朝食のワッフルにかけていたメイプルシロップを代用。娘が「これ以上シロップを入れたら、メイプルシロップ味のパンプキンパイになっていたよ。甘さは控えめだけど、メイプルシロップもギリギリのところで、味が強すぎないよ。ママ、グッド!」と褒めてくれました。

 結局、余ったのはバターと夫がジントニックに使っていたレモンと、食べ切れなかったスイカ数切れのみ。毎日、バラエティのある食事をしながら、食材をほぼ無駄なく使い切ることが出来ました。義母もグリルして余ったソーセージを、翌々日の牛ひき肉を使ったパスタソースに細かく入れるーなど工夫をしてくれました。旅行に行くたびに、沢山の食材を捨てることになってしまうーと言う義父母ですが、こうして協力してくれて、感謝!


コロッケとエビフライのパン粉はパンから作りました

2023年8月9日水曜日

クロスワードパズル

  前々回のブログで、私は義父母の仲の良さを見て、夫との結婚を決めたと書きました。もっと言うと、義父を見て、夫が将来このような夫・父親になればいいなと思いました。それほどに、義父は理想の夫・父親像を体現するような人なのです。

 家族を大切にし、性格も穏やかでマナーも良く、いつもにこやかな人です。今回も、義父がいかに義母を大切にしているか、よく分かりました。どこに行くのにも手をつなぎ、膝が悪い義母を支え、朝起きてくるのが遅めな義母を読書をしながらのんびりと待ち、必ず一緒に朝食を取ります。趣味はクロスワードパズル。

 私が義父を知ってから30年以上経ちますが、この趣味は変わらないので、今回、聞いてみました。

「お義父さん、長年クロスワードパズルをしているから、もう分からない問題は少ないのではないですか?」

「確かに新聞などのクロスワードパズルは簡単だが、冊子になったのは、よく考えられているから、難しいのもあるよ」とのこと。

 最近、夫も暇なときはクロスワードパズルをしています。夫が義父から引き継いだのは家族を大切にするーというところで、その他は、まだまだ義父には近付いてはいません。今回、ふたりが一緒にパズルをしている姿を見て、夫も義父のように年を重ねられたらいいなぁと期待したのでした。

ベランダでクロスワードパズルをする夫と義父


変化したマネキン

  今回のハワイ旅行の目的は、義父母とのんびりと過ごすこと。ですので、食料品以外の買い物で行ったのは娘のジーンズを買いに行ったアラモアナ・ショッピングセンターと宿泊先の近くにある「ターゲット」というディスカウント・スーパーのみ。今回、その2店の婦人服売り場に行って気が付いたのは、マネキンがふくよかになっていることでした。

 日本の婦人服店に行くと、あり得ないほど細く、背が高く、頭の小さなマネキンが当たり前。マネキンが着ていて素敵に見える服でも、自分が試着してみるとイメージとは違ってがっかりというのはよくある話。でも、欧米では近年、「プラスサイズモデル」(大きめサイズのモデル」が注目されています。今回見たふくよかなマネキンも、この流れにあるのでしょう。


 いやぁ、ふくよかなマネキンが売り場にいると、安心しますね。本当に。アメリカ人の中でも背の高い娘も、お腹周りが太めな私も、堂々と買い物が出来ます。

「ターゲット」では、娘は日本で買えなかった靴もいろいろ試しました。日本のサイズ28センチ、アメリカでは11インチの靴はアメリカの店でもなかなか探せません。ターゲットでは11インチのサンダルが売られており、娘も複数の靴を試すことが出来ました。日本では、男女兼用のスニーカーすらサイズがないこともあるので、母親の私も、娘が靴をいろいろ試して、鏡に映して、迷っているのを見るのは嬉しかった。

 「ママはどれがいいと思う?」と私に意見を聞きながら、しばらく迷って娘はベージュ色のシンプルなサンダルを選びました。ヒールがあるので、これを履くと190㌢ぐらいになりますが、とっても娘に似合いました。



2023年8月8日火曜日

義母からの贈り物

  ハワイで一緒に休日を過ごしている義父母は今年84歳になります。2人はミシガン州アンナーバーで出会いました。義父が法科大学院の学生で、義母が看護師として働いていたときです。

 義父母は友人の紹介で知り合ったそうです。2人が出会ったとき義父が学生だったため、義母に「ビールを奢ってもらった」と懐かしそう話してくれたことがあります。義父は苦学して弁護士になった後、義母と結婚し、義母にこう聞いたそうです。

 「沢山お金を稼いで家にあまりいられない夫と、収入はそこそこだけど家庭の時間を大切にする夫とどちらがいい?」

 義母は迷いなく、家庭での時間を大切にする夫になってほしいーと答えたそうです。義父はそれを忠実に守り、朝出勤し、毎日きちんと夕方に帰宅する夫になりました。2人は4人の男児に恵まれ、お互い協力し合って子育てをしたそうです。

 義父を会社に、子どもたちを学校に送り出した後、義母は掃除・洗濯と夕食の支度をして午後3時に介護施設へ出勤。午後5時過ぎに義父が帰宅して、義母が準備をした食事を作り子どもたちと夕食をとる。義母は、午後11時に仕事を終えて帰宅する。そんな暮らしを63歳まで続けて、老後をのんびり過ごすため、仕事を辞めました。

 昨日のブログに私が書いた、義父母がシカゴの家のデッキでくつろいでいた光景は、義母が午後11時に帰宅し、待っていた義父が義母に水割りを作って、二人でデッキの椅子に座って話をしていたときの想い出です。

 その後ろ姿を見て、「この両親に育てられた子どもなら、家庭を大切にする夫になるだろう」と考えました。後に夫に結婚を申し込まれたとき、決め手となったのは義父母の仲の良さでした。結婚に幻想を抱いていなかった当時の私は、夫が好きで結婚を決めたというよりは、夫の両親を判断規準に、結婚を決めたのです。

 義父母も年を重ね、数年前から、様々なものを手放し始めました。今年は、とても大切にしていた別荘も売却しました。夫にも、折々に夫が小さいときのころの想い出の品を送ってくれます。夫が前回シカゴに戻ったときは、別荘に置いてあった飾りなどを持ち帰ってきました。そして、今回、私にお土産として、とても素敵なものをくれたのです。

 それは、義母の祖母が作ったというキルトの布団カバーでした。「私の祖母はね、古着を小さく切って、一枚一枚手縫いでキルトを作ったの。今でも、布を縫っていた祖母のことを思い出す。ずっと大切にしてきたこのキルトを、あなたに持っていてほしいと思って」

 私は、代々家に伝わる古いものを引き継ぐという話が大好き。こうして、義母がずっと大切にしてきたものを私に引き継いでくれることを、とても光栄に、有難く思いました。

義母から引き継いだ、義母の祖母のキルト

 このブログで何度も書きましたが、私は子どもたちの服が捨てられません。60の手習いでキルトを習って、子どもたちの服でキルトを作ってみようかな? それを子どもたちに引き継ぐのもいいな、そんなことを考えました。また、新しい目標が出来ました。

2023年8月7日月曜日

ハワイの休日

 2日からハワイに来ています。コロナ禍ずっと会えなかった夫の両親と、久しぶりに楽しい時間を過ごしています。

 2日は7時間20分のフライトで午前9時過ぎに到着。税関もスムーズで、予約していたレンタカーを借り、義父母が到着する午後2時までハワイで一番大きなショッピングモール・アラモアナセンターへ。今回の旅行での「To Do List」一番、娘のジーンズを買いに行きました。

 身長183㌢、足のサイズ28センチの娘は、日本で十分な長さのあるジーンズや靴を探すことがとても難しく、試着をしては残念な思いをしています。ドレスやTシャツ、長袖のブラウスなどはZARAやGAPなどで何とか探せるのですが、ジーンズは無理。

 以前、義母に送ってもらったジーンズ2本をお尻や太ももが破れるまで着ていました。スレンダーだった以前に比べ、年頃の女子らしくふくよかになってきたため、さすがの義母もサイズが分からなくなったのか、ジーンズは送ってこなくなりました。日本では探せないため、仕方なく破れたジーンズをお直しに持っていくと、直すのに6千円以上かかると言われました。で、アメリカに旅行する機会を待っていたのです。

 アラモアナセンターでの数時間は娘のジーンズ選びに費やしました。「これは十分長いよね」と思っても、娘がはくとくるぶしよりずっと上になってしまいます。「アメリカでも長さが足りないのね…」と思いつつ、10数着試着して、何とか2本見つけることが出来ました。夫と息子は、ずっと椅子に座って寝ていました。日本のデパートでもよく見かける、椅子に座って目を閉じているオジサンたちと一緒で、思わず笑ってしまいました。

 「 ミッション・コンプリート(任務完了)」で、義父母を迎えに空港へ。4年ぶりの義父母は前回会ったときと全く変わらず、健康そうでした。子どもたちも久しぶりにグランパ・グランマに会い、大はしゃぎでした。

 義父母はそれは素敵なコンドミニアムを借りてくれていました。私と夫が22年前に結婚式を挙げた教会がある、「Ko Olina」というホノルルから車で30分ほどのリゾート地です。車で教会に近づくと、懐かしさがこみ上げました。私たちが式を挙げたのはアメリカ同時多発テロが起きた2001年9月11日の18日後の、9月29日でした。日本では政府が国民に海外への渡航は自粛するように呼びかけ、企業も社員らに海外出張や旅行は見合わせるように指示を出していたころでした。

 私たちも式の延期を考えましたが、様々な準備をしていたため、決行することに。ただ、参列してくれる予定だった私の親せきには、「このような状況なので家族だけで式を挙げてきます」と説明し、飛行機やホテルはキャンセルさせてもらいました。何かあっては大変という思いからでした。

 ただ、私の親友は「私は行くよ!」と言い、来てくれました。そして、夫側の親せきや弟も来てくれました。ワイキキの空港は厳戒態勢で、街中も閑散としていましたが、私たちは無事式を挙げることができました。

 22年経った今、式に出てくれたローズリー叔母さん、ハリー伯母さん、ジェリー伯父さん、そして教会のバージンロードをびっこを引きながら(父は脳梗塞の後遺症で右半身が不自由でした)私と一緒に歩いてくれた父も鬼籍の人となりました。そんな思い出のある場所に、義父母は今回、コンドミニアムを予約してくれたのです。

 チェックインした後、皆でスーパーに行き食料品を調達。夕食後、夫と子どもたちと早速海で泳ぎました。夕焼けがとても綺麗でした。海で泳いだ後部屋に戻ると、義父母がベランダの椅子に座り、水割りを飲みながら、話をしていました。

 その後ろ姿を見て、結婚前にシカゴの家に遊び行ったときの光景を思い出しました。そのときも、二人はデッキの椅子に座り、水割りを飲みながら静かに話をしていました。その姿を見て、「このような夫婦になれたらいいな」と思いました。

 あの時と変わらず、義父母はお互いをいたわり合いながら、年を重ねていました。「こんな風に、夫婦で一緒に年を重ねるって、素敵だなぁ」と二人の後ろ姿を見て、改めて思いました。

海で泳ぐ子どもたちを見守る義父母。いつも、互いをいたわり合っている


2023年8月4日金曜日

母の朝食

  先週木曜日のこと。この日は週1回の平日休みの日のため、母を夕食に招待しました。母に「何食べたい?」と聞くと、「前、あんたのところでご馳走になったラーメンが美味しかったから、あれが食べたい」と言います。

 これは、札幌・平岸にある有名な札幌ラーメン店「純連」が販売しているスープ付き生ラーメン。味噌味と醤油味の2種類で、私はコクのある味噌味が大好き。東京でも、こうして故郷の味が手軽に楽しめるのを本当にありがたく思っています。

 ラーメンに入れるチャーシューもこだわり、あれこれ試して好みのものを見つけましたが、最近は自分で作っています。市販のものはたとえどんなに美味しくても、化学調味料の味・匂いがかすかにします。自分で作れば吟味して選んだ肩ロース肉で、味付けも醤油、酒、みりん、砂糖、生姜だけで作れます。多少の手間はかかりますが、断然美味しく、家族の評判もいいのです。

 ラーメンといえば、餃子。この夜のメニューは決まりました。冷凍庫から豚の肩ロース肉と挽肉を取り出します。東京の夏は暑いので、室内での自然解凍もスムーズ。自転車でスーパーに向かい、「純連」ラーメンと餃子の皮を仕入れました。

 この日は夫が地方に出張中で、娘も美術専門の塾に通い始めましたので、夕食を一緒に食べられるのは私と息子だけ。でも、家族全員がそろって夕食をゆっくりと取れる日は少ないので、夫と娘はいませんが、母を招くことにしました。

 母はアイスクリームのお土産を持って、来ました。ラーメンを美味しそうに食べ、「餃子も美味しいよ。私も週に1度は餃子を作るんだよ」と言います。「日本酒飲む?」と聞くと、珍しく「そうだね、いただくよ」と言い、「久しぶりに日本酒も美味しいね」と、お猪口に2杯飲みました。食後に息子と3人でトランプをして、大笑いし、機嫌よく帰って行きました。
 
 そして、その翌日のこと。午前7時に電話をしましたが、母が出ません。「まだ、寝ているかな?」と思い、8時過ぎに電話。出ません。「ゴミ出しに行っているのかな?」とも思いましたが、心配になってきました。久しぶりにお酒を飲んで、何かあったかも?と心がざわざわとしました。で、様子を見行くことにしました。

 自転車に乗り、母のマンションへ。母のマンションは我が家から自転車で数分の「スープの覚めない場所」にあります。マンションの入り口の呼び鈴を鳴らすと、「はーい」と元気に答えました。「大丈夫だった」とほっとしました。

 エレベーターで4階に行き、母の家へ。母はちょうど、朝食を食べようとしていました。母に電話に出なくて心配した旨話すと、「あぁ、いつもは電話を寝室から居間に移すんだけど、今日はうっかり忘れていた。ごめんね」と言います。「無事で良かった。昨日、日本酒飲んだから、心配していたの」と私。

 で、食卓を見て、私は感心しました。母は「食事は味も大切だけど、見た目も大切」と常に言っています。一人暮らしでも手抜きをすることなく、毎食を丁寧に作り、美しく皿に盛り付けて食卓に並べ、味わって食べているのです。こうして毎日の食事を大切にする母は偉いなぁと思いました。


 「お母さん、すごいね。毎回、こんなに丁寧に盛り付けて食べているの?」と聞くと、母は「そう? ほら、それでなくても食欲はないし、食べないと痩せちゃうから、工夫して少しでも食欲がわくようにしているの」と言います。

 偶然見た母の朝の食卓。85歳になる母が、きちんと暮らせるのはこうして3度の食事をおろそかにしないからなんだろうなと改めて思ったのでした。