最近、4歳の息子が鋭い質問をするようになりました。「なるほど、そういう疑問もあるのか」とこちらが感心するような質問です。娘を育てていますので、「それどういう意味?」というストレートな質問には、それなりに答えられますが、息子の質問はちょっと答えに窮する質問。で、こちらがしどろもどろになってしまうこともあるのです。
節分のことです。我が家は節分が大好きです。昨年、3歳のときは、訳も分からず、赤鬼と青鬼のお面をかぶって、「鬼は外!福は内!」をやりました。が、今年、そのイベントが終わった後、登園時に自転車に乗っていたときに、質問してきたのです。
「ママ、鬼は外。福は内って何?」。オーソドックスな質問です。
「それはね、家の中の怖い鬼、つまり、悪いことは家の外に出て行け!そして、幸福の福、つまり、ハッピーなことは、家に入ってこい!と願って、鬼は外、福は内ってするのよ」
「じゃあ、ママ。ハッピーな鬼はどうするの?」
「ハッピーな鬼」。答えに困りました。ハッピーな鬼が家にいたとしたら、わざわざ、豆をぶつけて、追い出さなくても良いのではないか? ハッピーな鬼が外にいたら、「どうぞ」と家に招待しても良いのではないか、と思いました。
少し間を置いて、「そうだね。ハッピーな鬼は、家に入れても良いよね」と答えました。
数日前には、こんな質問。それも自転車に乗っていたときです。
「ママ、朝のクモはどうして殺しちゃいけないの?」。待ってましたとばかりに私は答えます。
「昔からね。朝のクモは神様のお使いと言われているの。だから、殺さないで、外に逃がしてあげるのよ」。
娘なら、「ふーん、そうなんだ。じゃあ、もう、朝のクモは殺さないで、外に出してあげるね」でした。
息子は違いました。
「じゃあ、ママ。夜のクモは殺していいの?」
これも、とても想定外の質問でした。が、とても良い質問です。
私は言いました。「いい質問ね。やっぱり、夜のクモも殺さないほうが良いよね」と答えました。さすがに、「夜のクモは神様のお使いではないから、殺しても良いの」とは言えませんでした。
不思議なもので、私は今でも朝のクモは殺せません。ティッシュでそうっとつかみ、外に逃がします。が、夜のクモはティッシュを重ねて・・・です。そう考えると、親の教えやことわざは後々の行動まで影響するので、しっかり答えなければなりません。
次の質問は車に乗っていたときでした。窓から外を眺めていた息子が聞きました。
「ママ、どうして月は車と一緒に動くの?」
うーん。これは結構、困りました。答えは実はしどろもどろ。今でも合っているかどうかわかりません。
「今、自分がいるところと、自分から見える物の距離、つまり、遠いか近いかということなんだけど、その距離の違いで、自分が動くと一緒に動くように見えるものと、一緒に動かないように見えるものがあるの。月や山は遠くにあるでしょう。だから、自分が動いても一緒に動いているように見えるの。でも、今、窓の外に見える建物は自分からすぐ近くにあるでしょう。そういう近くの物は自分が動いても一緒に動かないように見えるの」
自分の答えに自信がないと、多弁に、回りくどくなります。それは、ビジネスの世界も、政治の世界も、子育てでも一緒です。息子は、私のまわりくどい説明を聞き、納得したように答えました。
「そうなんだ。自分から遠いものは、自分と一緒に動いて見えて、近いものは動かないんだね」。私のつたない説明を、端的な言葉に変えて、答えた息子に私は、感心してしまったぐらいです。
もう一つは昨日の質問です。朝、自転車で登園するときに、目の前に腰の曲がったおばあさんが歩いていたのです。
「ママ、どうして、おばあちゃんはゆっくり歩くの?」
「それはね、人はみんな年を取ると、若いときに比べていろいろなことが出来なくなるの。たとえば、おねえねえは速く走れるでしょ。ママもおねえねえのように子供だったときは速く走れたけど、今は速く走れないの。年を取るっていうことは、子供のころ、若いころ出来ていたことが出来なくなることなの。だから、あのおばあちゃんは、若いころはスタスタ歩けたけど、年を取ってしまったから、ゆっくりなの」。
息子は私の長い説明を聞いた後、こう言いました。
「そうなんだ。人は古くなるってことだね。 おばあちゃんは古くなって、足が痛いから、ちょぴっとずつ歩くんだね」
「うん、そうそう、古くなったの」と私。 なんとなく、息子に助けられているような気がしました。
2016年2月21日日曜日
2016年2月19日金曜日
節分
節分の豆まきは、家族が大好きな行事です。今年も子供たちが張り切って、「鬼は外!!福は内!」と、厄払いをしました。
前日、豆まきに使う落花生を、遠くのスーパーまで車で買いに行きました。自宅近くのスーパー2軒に行きましたが、売り切れだったためです。その話を後日、ママ友達にしたところ・・・。
「 落花生?いいわねえ。殻の中に入っているから、床に落ちたものも食べられるわね」
「え?落花生じゃないの?」
「ううん、うちは大豆」
物心が付いたときから、落花生で「鬼は外!福は内!」をしていた私は仰天しました。翌日から、息子の送迎時に一緒になるママ友達に聞いてみました。息子が通う幼稚園のママさんの多くが東京出身。10人に聞いてみたところ、全員が大豆でするというのです。本当に驚きました。大豆は小さな袋に小分けされているものをたくさん買ってきて、その小分けされた袋で、豆まきするという人もいました。
道理で、スーパーで売っていないはずです。私はこれまで、スーパーで売っていないのは、売り切れたからだとばかり思っていました。そして、大量に陳列台に並んでいる大豆は、余っているのだと思っていたのです。売り切れる前に落花生を買おうと毎年思いつつ、前日まで買わずにいたため、売り切れてしまった。来年こそ、早めに買おうとまで、決意していたのです。
落花生を使うのは、北海道の風習なのでしょうか? 不思議に思いインターネットで調べてみると、落花生を使うのは、北海道から始まったらしいのです。「雪の中でも拾いやすい」などの理由らしいです。なるほどと、納得しました。
このほか、節分に食べる太巻きの食べ方も違いました。私が北海道にいたころは普通に切って食べていましたが、東京に来たときに、太巻きをその年年で違う方角のほうを向いて、一本まま食べることを知りました。「恵方巻き」と言い、大阪を中心に行われている習慣だと言います。方角はその年の幸福を司る神がいるという方で、今年は南南東でした。一本まま食べるのは、「縁を切らないように」ということらしい。私が東京に来てから十五年経っていますから、今は、北海道でも「恵方巻き」が広がっているかもしれません。
実は私は、太巻きを作るのが昔から得意。でも、毎年作っても夫が"義理"でつまむぐらいで、子供たちは食べてくれないので、今年、初めて、太巻きを作りませんでした。
季節の行事を楽しむ母からは、「太巻き作ったよ!」という写メールが。今年は、ちょっと寂しい節分でした。
前日、豆まきに使う落花生を、遠くのスーパーまで車で買いに行きました。自宅近くのスーパー2軒に行きましたが、売り切れだったためです。その話を後日、ママ友達にしたところ・・・。
「 落花生?いいわねえ。殻の中に入っているから、床に落ちたものも食べられるわね」
「え?落花生じゃないの?」
「ううん、うちは大豆」
物心が付いたときから、落花生で「鬼は外!福は内!」をしていた私は仰天しました。翌日から、息子の送迎時に一緒になるママ友達に聞いてみました。息子が通う幼稚園のママさんの多くが東京出身。10人に聞いてみたところ、全員が大豆でするというのです。本当に驚きました。大豆は小さな袋に小分けされているものをたくさん買ってきて、その小分けされた袋で、豆まきするという人もいました。
道理で、スーパーで売っていないはずです。私はこれまで、スーパーで売っていないのは、売り切れたからだとばかり思っていました。そして、大量に陳列台に並んでいる大豆は、余っているのだと思っていたのです。売り切れる前に落花生を買おうと毎年思いつつ、前日まで買わずにいたため、売り切れてしまった。来年こそ、早めに買おうとまで、決意していたのです。
落花生を使うのは、北海道の風習なのでしょうか? 不思議に思いインターネットで調べてみると、落花生を使うのは、北海道から始まったらしいのです。「雪の中でも拾いやすい」などの理由らしいです。なるほどと、納得しました。
このほか、節分に食べる太巻きの食べ方も違いました。私が北海道にいたころは普通に切って食べていましたが、東京に来たときに、太巻きをその年年で違う方角のほうを向いて、一本まま食べることを知りました。「恵方巻き」と言い、大阪を中心に行われている習慣だと言います。方角はその年の幸福を司る神がいるという方で、今年は南南東でした。一本まま食べるのは、「縁を切らないように」ということらしい。私が東京に来てから十五年経っていますから、今は、北海道でも「恵方巻き」が広がっているかもしれません。
実は私は、太巻きを作るのが昔から得意。でも、毎年作っても夫が"義理"でつまむぐらいで、子供たちは食べてくれないので、今年、初めて、太巻きを作りませんでした。
季節の行事を楽しむ母からは、「太巻き作ったよ!」という写メールが。今年は、ちょっと寂しい節分でした。
2016年2月16日火曜日
Daddy's Little Girl
「ママ、これ、額に入れてくれる?」。 娘がA4サイズの画用紙を持ってきました。「ダディの誕生日にプレゼントするの」と言います。娘が描いた絵や版画を近所の額縁屋さんで額装してもらって居間や玄関に飾っているので、ふと思い付いたのでしょう。「ダディ、気に入ってくれるかな?」と見せてくれました。
水色の画用紙には、青色のペンで素敵な詩が書かれていました。娘は昨春インターナショナルスクールに転校したばかりですが、英語で書いた詩はなかなかの出来でした。何よりも、心がこもっていました。
私と一緒に歩いて、ダディ
そして、私の小さな手をつないで
私には学ばなければならないことがたくさんあるの
身を危険から守る術を教えて
ベストを尽くす方法を教えて
家で、学校で、遊び場で
どの子どもも成長するときに優しい手が必要なの
だから、私と一緒に歩いて、ダディ
私の小さな手をつないで
「かわいい詩だなあ」と思ったものの、私は同性の女親ですので、つい、「手、小さくないんだけど」などど、ツッコミを入れたくなります。が、ここは正確さよりも、娘の溢れんばかりのダディへの愛情を評価するべきでしょう。この「小さな」という表現に娘の願望が込められているのかもしれません。いつまでも、Daddy's little girl (ダディの小さな娘)でいたいという。。。
創作が大好きな娘。画用紙に詩をつづっただけではありません。そこには工夫が凝らしてありました。自分の足形が付けてあったのです。「一緒に歩いて」という気持ちを、足形で表現したのでしょう。小さいころ、私たちが娘の足の裏に絵具を塗って、形を画用紙に取ったことを覚えているのだと思います。詩の背景にしたその足形は、白い絵具で取ったものでした。白い足形が浮かび上がるように見える水色の画用紙に、青いペンで書かれた詩。それは、一つの”アート”になっていました。
「手、小さくないんだけど」という言葉は飲み込んだものの、足形を見て、つい声に出して言ってしまいました。「足形ってすごくいいアイディアだけど、足が大き過ぎない?」。娘は頬を膨らませて、「足が大きいのは、私のせいじゃないもん。ダディのせいだもん」と言います。「そうだよね」と私。小5にして、多くの大人の女性より大きい24・5センチの足は娘のせいではありません。間違いなく、身長195センチ、足30センチの父親譲りでしょう。
でも、大きな足形も、夫にとっては枝葉末節。やはり、娘からこんなに愛情たっぷりの詩をプレゼントしてもらえることが、何よりも幸せなことだと思います。
このような父娘の関係は、一日にして成らず、です。夫は娘が幼稚園の年少のときから、小5の現在まで8年以上、毎日一緒に登園・登校しています。今でも、毎朝、手をつないで学校に行きます。娘の登園・登校時間に合わせて会社の出社時間を変えました。幼稚園のときは9時半で会社で一番遅かったそうです。地元の小学校に行っていたときは9時、インターに転校してからは8時前になり、会社で一番早いそうです。夫にとって、娘と一緒に歩く朝の時間が、何よりも大切な時間です。娘にとっても、そうなのだと思います。8年以上毎朝続けた、これからも続くであろう、娘との時間なくしては、このような素敵なプレゼントという結果には、ならないでしょう。
さて、夫の誕生日の当日。このプレゼントをもらった夫は、目に涙を浮かべていました。そして、その表情を見た娘も、目に涙を浮かべていました。「ちょっと、足、大きいけど・・・」と照れながら肩をすくめる娘の表情すら、夫にとってはいとおしいものだったと思います。
後日、夫は、その額縁を大切そうに、寝室の壁に飾りました。これから、娘が成長し、いつか巣立ってしまうときも、この詩をながめて、一緒に歩いた日々をいとおしく思い出すに違いありません。
水色の画用紙には、青色のペンで素敵な詩が書かれていました。娘は昨春インターナショナルスクールに転校したばかりですが、英語で書いた詩はなかなかの出来でした。何よりも、心がこもっていました。
私と一緒に歩いて、ダディ
そして、私の小さな手をつないで
私には学ばなければならないことがたくさんあるの
身を危険から守る術を教えて
ベストを尽くす方法を教えて
家で、学校で、遊び場で
どの子どもも成長するときに優しい手が必要なの
だから、私と一緒に歩いて、ダディ
私の小さな手をつないで
「かわいい詩だなあ」と思ったものの、私は同性の女親ですので、つい、「手、小さくないんだけど」などど、ツッコミを入れたくなります。が、ここは正確さよりも、娘の溢れんばかりのダディへの愛情を評価するべきでしょう。この「小さな」という表現に娘の願望が込められているのかもしれません。いつまでも、Daddy's little girl (ダディの小さな娘)でいたいという。。。
創作が大好きな娘。画用紙に詩をつづっただけではありません。そこには工夫が凝らしてありました。自分の足形が付けてあったのです。「一緒に歩いて」という気持ちを、足形で表現したのでしょう。小さいころ、私たちが娘の足の裏に絵具を塗って、形を画用紙に取ったことを覚えているのだと思います。詩の背景にしたその足形は、白い絵具で取ったものでした。白い足形が浮かび上がるように見える水色の画用紙に、青いペンで書かれた詩。それは、一つの”アート”になっていました。
「手、小さくないんだけど」という言葉は飲み込んだものの、足形を見て、つい声に出して言ってしまいました。「足形ってすごくいいアイディアだけど、足が大き過ぎない?」。娘は頬を膨らませて、「足が大きいのは、私のせいじゃないもん。ダディのせいだもん」と言います。「そうだよね」と私。小5にして、多くの大人の女性より大きい24・5センチの足は娘のせいではありません。間違いなく、身長195センチ、足30センチの父親譲りでしょう。
でも、大きな足形も、夫にとっては枝葉末節。やはり、娘からこんなに愛情たっぷりの詩をプレゼントしてもらえることが、何よりも幸せなことだと思います。
このような父娘の関係は、一日にして成らず、です。夫は娘が幼稚園の年少のときから、小5の現在まで8年以上、毎日一緒に登園・登校しています。今でも、毎朝、手をつないで学校に行きます。娘の登園・登校時間に合わせて会社の出社時間を変えました。幼稚園のときは9時半で会社で一番遅かったそうです。地元の小学校に行っていたときは9時、インターに転校してからは8時前になり、会社で一番早いそうです。夫にとって、娘と一緒に歩く朝の時間が、何よりも大切な時間です。娘にとっても、そうなのだと思います。8年以上毎朝続けた、これからも続くであろう、娘との時間なくしては、このような素敵なプレゼントという結果には、ならないでしょう。
さて、夫の誕生日の当日。このプレゼントをもらった夫は、目に涙を浮かべていました。そして、その表情を見た娘も、目に涙を浮かべていました。「ちょっと、足、大きいけど・・・」と照れながら肩をすくめる娘の表情すら、夫にとってはいとおしいものだったと思います。
後日、夫は、その額縁を大切そうに、寝室の壁に飾りました。これから、娘が成長し、いつか巣立ってしまうときも、この詩をながめて、一緒に歩いた日々をいとおしく思い出すに違いありません。
2016年2月13日土曜日
2016年2月12日金曜日
薬局で考える
息子の風邪がうつり、高熱が出た日の翌日から咳き込み、それと同時に頭痛に悩まされました。頭痛に効く薬と言えば、「ロキソニン」。これまでも、頭痛や歯痛がひどかったときにこの市販薬をドラッグストアで購入し、服用して一時的に痛みが和らぎましたので、今回もさっそく飲みました。
薬箱の中にあった2錠を飲み切ったため、息子が幼稚園に行っている間にドラッグストアに行きました。レジの前で「ロキソニンをください」と言うと、「ロキソニンはここでは販売していません。一番近いところで、この坂を下りたところにある、S薬局でご購入できます」とのことです。
以前、このドラッグストアで購入したことがある私の頭には、即座にクエスチョンマークが点滅しました。
「今、この店に薬剤師がいないの?それとも、基準が変わってドラッグストアでロキソニンは売れなくなったの? 」
理由を聞いてみたくなりましたが、そんなことよりもまず、薬を購入しなければーと、質問を飲み込んでS薬局に自転車を走らせました。
S薬局には、息子が通う幼稚園の同じ年少組にいる男の子のお母さんが、薬剤師として働いています。三十代前半の、とてもきれいなお母さんです。薬局に入ると、後ろの調剤室から出てきて、「おはようございます」と明るくあいさつをしてくれました。
「おはようございます。ロキソニンを買いたいのですが」
「はい。では、この用紙にお名前と生年月日をご記入いただけますか?」
「市販薬を買うのに、名前と生年月日がいるの?」と予想外の展開に驚き、一瞬「どうしようかな」と考えました。
私の戸籍の姓は、日本の名前です。外国人と結婚する場合、姓は自分の姓をそのまま使うか、相手の姓に変えるか、いずれかを選べます。私は結婚したときは仕事をしていて、かつ、夫婦別姓を支持していたので、当然のように姓をそのままにし、夫の姓に変えませんでした。娘が生まれてからも、しばらくは戸籍名を名乗り、娘にも戸籍名(娘はアメリカ国籍もあるため、名前が2つあります)で通していました。
ところが、夫の姓と娘や私の姓が違うと、面倒なことが多い。つまり、「娘さん、どうしてパパと名前が違うの?」「夫婦別姓なの?」などの質問にいちいち答えなければならなかったのです。子供が出来る前は夫婦別姓にこだわりがありましたが、子供が出来て仕事を辞めてからは「子供にとって良いほうで」と考えも変わりました。で、今は11歳になる娘の幼稚園入園に合わせて、私も娘も、夫の姓を名乗ることに。そうすると、物事は一気にスムーズになりました。
今は私に関しては、子供の学校関係、子供を通じて知り会った人、家族の一員として世間に名乗る場合は夫の姓を、私の友人知人はそれまでと同様戸籍の姓にし、完全に区別しています。
さて、ロキソニンです。薬を購入するには、本名を名乗るべきでしょう。が、購入するのは、市販薬です。保険証の提示も求められていません。私は、少し迷って、「マイヤー睦美」と書きました。その後に続く、生年月日と年齢がインパクトがあり過ぎる情報だからです。
名前も違う、年齢も4歳の子供の母親としてはありえないような、あっと驚く年齢だと、ともすれば「この人、怪しい・・・」と余計な警戒感を与えてしまうのではないかと瞬時に判断したのです。別に悪いことはしていませんが、気が引けるとでも言うのでしょうか・・・。
生年月日の欄には当然ですが、「昭和39年・・・(51歳)」と正直に記入しました。私の年齢を知らなかった彼女は驚いたでしょうが、職業柄、平然とした表情で現在飲んでいる薬など、用紙に書かれた質問をしてきました。が、「妊娠の可能性はありますか?」の質問は、私に直接聞かず、勝手に「いいえ」にまるを付けました。
「51歳で妊娠をするはずがないと判断したのか、『ロキソニン』は胎児や妊婦に影響を及ぼさないので聞く必要がないということなのか、51歳の女性にそもそも聞くのが失礼だと思ったのか、どの理由で『いいえ』に勝手にまるを付けたのだろう」
と、素朴な疑問がわきましたが、「ロキソニン」をドラッグストアで買えなかったときと同じように、今回も、疑問を頭の中から追い出し、とりあえず薬を購入しました。
頭痛薬を買うだけなのに、思考?を巡らせなければならないないなんて・・・。私は「他の薬局で買えばよかった」と少し後悔をしたのでした。
薬箱の中にあった2錠を飲み切ったため、息子が幼稚園に行っている間にドラッグストアに行きました。レジの前で「ロキソニンをください」と言うと、「ロキソニンはここでは販売していません。一番近いところで、この坂を下りたところにある、S薬局でご購入できます」とのことです。
以前、このドラッグストアで購入したことがある私の頭には、即座にクエスチョンマークが点滅しました。
「今、この店に薬剤師がいないの?それとも、基準が変わってドラッグストアでロキソニンは売れなくなったの? 」
理由を聞いてみたくなりましたが、そんなことよりもまず、薬を購入しなければーと、質問を飲み込んでS薬局に自転車を走らせました。
S薬局には、息子が通う幼稚園の同じ年少組にいる男の子のお母さんが、薬剤師として働いています。三十代前半の、とてもきれいなお母さんです。薬局に入ると、後ろの調剤室から出てきて、「おはようございます」と明るくあいさつをしてくれました。
「おはようございます。ロキソニンを買いたいのですが」
「はい。では、この用紙にお名前と生年月日をご記入いただけますか?」
「市販薬を買うのに、名前と生年月日がいるの?」と予想外の展開に驚き、一瞬「どうしようかな」と考えました。
私の戸籍の姓は、日本の名前です。外国人と結婚する場合、姓は自分の姓をそのまま使うか、相手の姓に変えるか、いずれかを選べます。私は結婚したときは仕事をしていて、かつ、夫婦別姓を支持していたので、当然のように姓をそのままにし、夫の姓に変えませんでした。娘が生まれてからも、しばらくは戸籍名を名乗り、娘にも戸籍名(娘はアメリカ国籍もあるため、名前が2つあります)で通していました。
ところが、夫の姓と娘や私の姓が違うと、面倒なことが多い。つまり、「娘さん、どうしてパパと名前が違うの?」「夫婦別姓なの?」などの質問にいちいち答えなければならなかったのです。子供が出来る前は夫婦別姓にこだわりがありましたが、子供が出来て仕事を辞めてからは「子供にとって良いほうで」と考えも変わりました。で、今は11歳になる娘の幼稚園入園に合わせて、私も娘も、夫の姓を名乗ることに。そうすると、物事は一気にスムーズになりました。
今は私に関しては、子供の学校関係、子供を通じて知り会った人、家族の一員として世間に名乗る場合は夫の姓を、私の友人知人はそれまでと同様戸籍の姓にし、完全に区別しています。
さて、ロキソニンです。薬を購入するには、本名を名乗るべきでしょう。が、購入するのは、市販薬です。保険証の提示も求められていません。私は、少し迷って、「マイヤー睦美」と書きました。その後に続く、生年月日と年齢がインパクトがあり過ぎる情報だからです。
名前も違う、年齢も4歳の子供の母親としてはありえないような、あっと驚く年齢だと、ともすれば「この人、怪しい・・・」と余計な警戒感を与えてしまうのではないかと瞬時に判断したのです。別に悪いことはしていませんが、気が引けるとでも言うのでしょうか・・・。
生年月日の欄には当然ですが、「昭和39年・・・(51歳)」と正直に記入しました。私の年齢を知らなかった彼女は驚いたでしょうが、職業柄、平然とした表情で現在飲んでいる薬など、用紙に書かれた質問をしてきました。が、「妊娠の可能性はありますか?」の質問は、私に直接聞かず、勝手に「いいえ」にまるを付けました。
「51歳で妊娠をするはずがないと判断したのか、『ロキソニン』は胎児や妊婦に影響を及ぼさないので聞く必要がないということなのか、51歳の女性にそもそも聞くのが失礼だと思ったのか、どの理由で『いいえ』に勝手にまるを付けたのだろう」
と、素朴な疑問がわきましたが、「ロキソニン」をドラッグストアで買えなかったときと同じように、今回も、疑問を頭の中から追い出し、とりあえず薬を購入しました。
頭痛薬を買うだけなのに、思考?を巡らせなければならないないなんて・・・。私は「他の薬局で買えばよかった」と少し後悔をしたのでした。
2016年2月11日木曜日
お弁当いろいろ ②
4日間の札幌滞在を終えて、私は高齢の親を見舞う50代の娘から、4歳と11歳の子供を育てるアラフィフママに戻りました。
札幌で風邪を引いて高熱が出ている息子を小児科につれて行き、薬を飲ませたり、「冷えピタ」を何度も張り替えたり、おしりに解熱剤を入れたり、と忙しくしていました。夫と娘にうつると困るので、なるべく近付けないようにし、夜は息子と2人で寝ました。当然のことですが、私にも風邪がうつり、札幌から帰った翌日に熱が出てしまいました。
その日は、熱が引かない息子と一緒に終日ベッドに寝ていました。翌朝は39度近い熱がありましたが、頑張って6時半に起床。娘のお弁当を作ろうとしたときです。珍しく、私より早く起きた娘が言いました。
「昨日ね、ダディに、ママが具合悪いから、夜のうちに自分でお弁当作りなさいって言われたの。で、自分で作ったんだよ」
「あら、そう、偉いわね。ありがとう」と少し驚いて、私は娘に礼をいいます。お弁当はすでにお弁当袋の中に入っていました。
「中身、見ていい?」と聞いてみました。
「うん!いいよ」とニコニコしながら、娘は自分で作ったお弁当を見せてくれました。
その二段弁当を見て、私は娘がいとおしくなりました。「そうだよなあ」と思いました。自分が好きなもので、簡単に作れて、そして、きれいに見えるもの、にしたのでしょう。
二段弁当の一段は、大好きなバジルペーストをからめたパスタがギチギチに詰まっていました。もう一段には、食欲が全くない息子のために買ってあったフルーツゼリーが入っています。冷蔵庫の一番取り出しやすいところに入れてあったものです。そのゼリーの横には、仕切りを挟んで、シャケフレークをまぶしたご飯が。ゼリーはケースに入れず、そのまま入っています。今は何となく形になっていますが、通学途中に揺れて、ゼリーの水分が仕切りの下から横にもれて、ご飯にしみるのは時間の問題でしょう。でも、せっかく初めて作ったお弁当にケチをつけるのは悪いような気がして、私は何も言えませんでした。
私は「おいしそうだね、写真撮らせて!」と言い、娘が初めて作ったお弁当として、記念にカメラでパチリと写真を撮りました。
さて、帰宅した娘。お弁当箱をキッチンに持って来て、こう言いました。
「ママ、ごめんね。ご飯食べられなかったの。もったいないけど、捨てていい? ゼリーがしみて、すごい気持ち悪い味なの」
「やっぱり」と思いながら、私は何食わぬ顔で、「あら、そう。今度から、お弁当にゼリーは入れないほうが良いかもね」と娘に言います。
「ご飯を無駄にしたら、目がつぶれるよ」と母に口が酸っぱくなるほど、言われて育った私。が、この日は母の教えに反し、私は目をつぶって、ご飯を捨てました。心の中で、「お母さん、教えを守らず、ごめんね。でも、ゼリー味のご飯はどうしても食べられない」と言い訳しながら。
札幌で風邪を引いて高熱が出ている息子を小児科につれて行き、薬を飲ませたり、「冷えピタ」を何度も張り替えたり、おしりに解熱剤を入れたり、と忙しくしていました。夫と娘にうつると困るので、なるべく近付けないようにし、夜は息子と2人で寝ました。当然のことですが、私にも風邪がうつり、札幌から帰った翌日に熱が出てしまいました。
その日は、熱が引かない息子と一緒に終日ベッドに寝ていました。翌朝は39度近い熱がありましたが、頑張って6時半に起床。娘のお弁当を作ろうとしたときです。珍しく、私より早く起きた娘が言いました。
「昨日ね、ダディに、ママが具合悪いから、夜のうちに自分でお弁当作りなさいって言われたの。で、自分で作ったんだよ」
「あら、そう、偉いわね。ありがとう」と少し驚いて、私は娘に礼をいいます。お弁当はすでにお弁当袋の中に入っていました。
「中身、見ていい?」と聞いてみました。
「うん!いいよ」とニコニコしながら、娘は自分で作ったお弁当を見せてくれました。
その二段弁当を見て、私は娘がいとおしくなりました。「そうだよなあ」と思いました。自分が好きなもので、簡単に作れて、そして、きれいに見えるもの、にしたのでしょう。
二段弁当の一段は、大好きなバジルペーストをからめたパスタがギチギチに詰まっていました。もう一段には、食欲が全くない息子のために買ってあったフルーツゼリーが入っています。冷蔵庫の一番取り出しやすいところに入れてあったものです。そのゼリーの横には、仕切りを挟んで、シャケフレークをまぶしたご飯が。ゼリーはケースに入れず、そのまま入っています。今は何となく形になっていますが、通学途中に揺れて、ゼリーの水分が仕切りの下から横にもれて、ご飯にしみるのは時間の問題でしょう。でも、せっかく初めて作ったお弁当にケチをつけるのは悪いような気がして、私は何も言えませんでした。
私は「おいしそうだね、写真撮らせて!」と言い、娘が初めて作ったお弁当として、記念にカメラでパチリと写真を撮りました。
さて、帰宅した娘。お弁当箱をキッチンに持って来て、こう言いました。
「ママ、ごめんね。ご飯食べられなかったの。もったいないけど、捨てていい? ゼリーがしみて、すごい気持ち悪い味なの」
「やっぱり」と思いながら、私は何食わぬ顔で、「あら、そう。今度から、お弁当にゼリーは入れないほうが良いかもね」と娘に言います。
「ご飯を無駄にしたら、目がつぶれるよ」と母に口が酸っぱくなるほど、言われて育った私。が、この日は母の教えに反し、私は目をつぶって、ご飯を捨てました。心の中で、「お母さん、教えを守らず、ごめんね。でも、ゼリー味のご飯はどうしても食べられない」と言い訳しながら。
登録:
投稿 (Atom)
