2018年5月9日水曜日

リスクを取る男

 ママ友達が、ご主人の仕事の関係で海外に移住してしまいました。その直前、子供が同じ小学校に行く予定だった他のママたちと送別会をしました。そこで盛り上がったのは、パパたちの性格についてです。

 そのママ友のご主人は、ひと言で言うと「リスクを取る男」。安定したサラリーマン生活に安住せず、起業して海外に行くことになりました。控えめで大人しい雰囲気の人です。送別会を開いた和食レストランで、しばらくは食べられないであろう繊細な料理に舌鼓を打ちながら、ママ友は語り出します。

 「本当に振り回されっぱなしなの。私は、ここら辺で穏やかに落ち着いて生活したいのに」。彼女は子供2人の現地での学校探しから、引っ越しまで移住にかかわることを一手に引き受けて、慌ただしい日々を送っていました。

 他のママたちは、口々にこう励まします。
「羨ましいなぁ。子供たちにも良い経験になるよ」
「現地で優雅に暮らしている写真、ラインで送って」
「私も海外で暮らしてみたいなぁ」
などなど。

 私はもともと、このママ友のご主人のような「リスクを取る男」に興味を持っていました。会社勤めの父に育てられ、会社勤めの夫と結婚した私にとって、起業する男性の精神構造は未知の世界で、とても興味深い。もちろん「リスクを取る女」はもっと興味深いのですが、自分で会社を経営し、夫子どもをを養っている女性は身近にいませんので、ここは身近に何人もいる男性に話を絞りたいと思います。

 これまで私は同時代に生きる「ソフトバンク」の孫正義さん、「楽天」の三木谷浩史さん、「サイバーエージェント」の藤田晋さんら、起業して会社を大きくしていった人たちの書いた本や彼らについて書かれた本などをずいぶん読んできました。本から得る彼らの印象は有能で決断力に優れ、プレッシャーに強いということ。そして、魅力的です。だから、ママ友に聞いてみました。

「パパって新規事業を開拓して、海外まで行くことのプレッシャーとかあまり感じない人?」
「ぜんぜん。呑気にしている」
「うちのパパもあんまり深く考えていないかも」と同意したのは、ご主人が会社を経営しているもう一人のママ友です。

「うちのパパは、絶対ダメだと思う。石橋をたたいて渡る人だから」
「うちも絶対、起業はしない」
「うちも。そんなことしたら、パパ眠れないと思う」
と語ったのは私を含む3人のママ。

 面白いことに、その場にいた5人の女性の夫が「リスクを取る男」と「リスクを絶対取らない男」にきっぱり分かれたのです。その後盛り上がった話をまとめると、「リスクを取る男」たちはどうも不安定な状態でも不安にならず、その精神状態は独身でも妻子がいてもあまり変わらないようなのです。恐らく、浮沈の大きい環境でもリラックスできる、もしくはリラックスする術を持っている人たちなのでしょう。

 帰宅して夫にその話題を振ってみました。夫は間髪を入れず言いました。
「僕には絶対できない。独身だったら、できるかもしれないけど」と。そして、「リスクを取る男」たちのことを、「精神的にタフなのだと思う」といいます。

 確かに夫は、仕事でも遊びでもリスクを取ることを嫌います。アメリカ人は転職を繰り返すという印象がありますが、頻繁な転職には否定的です。カリフォルニア州に住む親友が転職を繰り返すため、「大丈夫だろうか。履歴書に並ぶ会社の数が多過ぎるのも良くないと思うんだけど」といつも心配しています。

 慣れないスポーツは、「ケガをしたら困る」と絶対にしません。若いころ挑戦しなかったスキーやスケートは「子供たちも喜ぶし、楽しいよ」と説得しても、「一緒に行くけど、僕はしない」と断言。スキー場のロッジで本を読んだり、スケートリンクの外から子供たちの様子を眺めたりしています。その徹底ぶりは、弟が趣味のスポーツで無茶をしてケガをしたとき、電話口で「もし、職場に復帰出来ないようなケガだったら、家族が路頭に迷うんだぞ。自覚しなきゃ駄目だ」と注意したほど。

 そんな慎重で神経質な夫ですが、日本とアメリカで遠距離で付き合っていたころ、私がアメリカに行くか夫が日本に来るかのせめぎ合いをし、結局は技術職の夫が日本の外資系企業に転職する形で移住しました。

 海外移住という全く望んでいない形で「リスクを取らされてしまった男」は、「あれが僕の人生の中で、最初で最後のリスクテイクだ」と言い、現在の会社に大きな変化がない限りサラリーマン人生を全うする予定です。

 遠い昔、私がまだ子供だったころ。会社勤めの父が「会社を辞めて、自分で仕事をする」と言っていたことがあります。紆余曲折があったようで、結局は実現しませんでした。お陰で母と私は金銭的な不安を持つことなく暮らすことが出来ましたが、父にとってはそれで良かったかどうか分かりません。

 父の葬儀で、生前の父を知る人たちから言われたのは、「お父さんは仕事が出来る人だった」という言葉です。仕事人間だった父は、きっと自分の力を試したかったに違いありません。でも、しなかった。タイミングが合わなかったのでしょうか、状況が許さなかったのでしょうか。父が生きていたころは興味がなかったのに、もう聞くことが出来なくなってしまった今、聞いてみたいなと思います。

 さて、その送別会での話を、同様に夫が会社を経営する他のママ友にしてみました。その彼女も、「私は穏やかな暮らしをしていたい人間なのに、うちのパパは違うの。不安になるから、パパの仕事のことはあまり考えないようにしている」とのこと。

 「リスクを取る男」の妻は自分もバリバリと働いて稼ぐ女性以外、不安定な状態でも鷹揚に楽観的に生きる心構えが求められるに違いありません。逆に、「リスクを取らない夫」は妻の心の平安に一役買っていることは確かでしょう。

 夫が安定的な仕事についていることは、幸せの大きな要素なのでしょうか? それは、「リスクを取る男」の妻になってみないと、分からないものかもしれません。

 

 

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