2018年4月15日日曜日

20年ぶりのスキー場

  私は30代から40代にかけて、血液がんと自己免疫疾患2つ、不整脈を患いました。治療や手術を経て健康を取り戻した今振り返ってみて、一番厄介だったと思うのは自己免疫疾患です。

 これは、自己免疫が体内の組織を攻撃してしまう病気。私は、ヘモグロビン(酸素を体内に運ぶ役割)を攻撃する「自己免疫性溶血性貧血」と、血小板(出血を止める役割)を攻撃する「特発性血小板減少性紫斑病」を患いました。いずれも、国の難病に指定されています。

 自己免疫性溶血性貧血はより厄介でした。ヘモグロビンが減ると、動悸と倦怠感で、日常生活がままならなくなります。自己免疫の攻撃力が強ければ、あっという間に体が動かなくなります。呼吸も困難になります。脳に酸素が行かなくなると大変ですので、集中的な治療も必要になります。

 私の場合、いくつかの検査の結果、「寒さ」が原因と特定されました。ですので、寒いときの外出は禁止。実家のある札幌には長らく夏にしか帰省出来ませんでした。雪国生まれの人間が寒い場所に行けなくなるなんて、情けなくて自虐ネタにも使えませんでした。

 もちろん、ウインタースポーツなんてもってのほか。私は子供時代や若いときにスキーを十分楽しみましたので、「やり切った感」もあり、スッパリと割り切れました。娘が小さかったころも、「東京から何時間もかけてわざわざ連れていかなくても」と気にもしませんでした。ですので、娘が初めてスキーを滑ったのは小学校5年生のときの学校主催のスキー学習です。

 ところが、です。娘をスキーに連れていかないことに罪悪感を抱いたことは一度もなかったのに、息子については違いました。同じく男子を育てるママ友達から「スキーに連れていった」という話を聞くたびに、「何とかしなければ」という焦りにも似た気持ちが湧いてきたのです。

 私は、性別による差別は基本的には嫌いです。子供たちにも「男の子だから」「女の子だから」などという言葉を使った子育てはしてこなかった自負があります。

 が、スポーツに関しては、正直に告白しますと、違う。女子はスポーツが出来なくても可愛らしいですが、男子はスポーツが出来ないとちょっと情けない。逆に、学校でも職場でも、スポーツが出来る男子の評価は高いのではと感じるのです。 

 若いころ職場の仲間とスキーに行ったとき。普段冴えない同僚がプロ並みの滑りを見せたときのあの感動は、深く脳裏に刻まれています。滑りを見てから、彼に対する評価が上がったのは言うまでもありません。私は、自分が思っている以上に、スポーツが出来る男子に一目置いているのだと思います。

 で、息子です。サッカーも水泳も早々と教室に入れて、習わせています。バッドとグローブを持って、近所のグラウンドに行き、私自ら野球を教えます。いずれも寒さとは無縁のスポーツ。また、たとえ私の体調が悪くてもグラウンドやプールに連れて行きさえすれば、何とかなります。しかし、スキーはハードルが高い。ネックとなるのが、あの厄介な「自己免疫性溶血性貧血」です。

 症状の厳しさもさることながら、それを抑える薬の副作用の怖さと減量の難しさは身に染みています。今、微量の服用で元気に暮らせているのだから油断は禁物、と自覚もしています。再び体調を崩せば、家族にまた迷惑をかけてしまうという危機感もあります。3、40代の最も体調が悪いときに頼りにしていた母は今、やっとの一人暮らし。父は天国です。

 私は逡巡しました。夫が息子を連れていくという代替案は使えません。夫はウインタースポーツが出来ない。出来ないからこそ、その”重要性”を認識していない。息子の友達のパパたちが、子供をスキー場に連れていくのを羨ましく思っても仕方がありません。

 自分の体調と、息子の将来を天秤に掛けて、どちらが重いか考えました。そして、息子をスキー場に連れて行けない理由をあれこれ並べるのはやめて、息子が将来スキー場に行ったときのことを想像しました。友人らが格好良く、直線に近い形でゲレンデを滑走する中、両足を大きくハの字に開き、大きなジグザグを描きながらゲレンデを滑る息子の姿です。滑り終わった後、ゴーグルをはずした息子の顔は、照れ隠しの苦笑いです。

 私の心は、決まりました。

 春休み、札幌に帰省したときにスキー場に連れて行く計画を立てました。選んだのは、実家からほど近い、気軽に行かれる「サッポロテイネ」(札幌市手稲区)。子供のころ、両親と一緒に滑った楽しい思い出のあるスキー場です。スキー教室の日程を確認し、現地に行く公共交通機関と時刻も調べました。

 そして3月25日、JRとバスを乗り継ぎ、「サッポロテイネ」へ。バスの中、「ここはね、札幌オリンピックが開かれたスキー場なんだよ」と、子供たちに”札幌自慢”をすることも忘れませんでした。子供たちにはスポーツ店のバーゲンで購入したスキーウエアとブーツを着せ、手ぶらで行きました。スキー板も靴も、現地でレンタルです。

 私は、長いダウンコートの下にユニクロの「ヒートテック」と厚手のセーターを着込み、裏側に毛の付いたブーツを履いていきました。寒さ対策は万全でした。

 バスを降りて見上げたスキー場は、広々としていて人も少なく、開放感たっぷり。私はブーツで雪を踏み締め、「今日は、滑りやすそうな雪質だな」と、久しぶりのその感触を楽しみました。そして、手続きを済ませて、無事子供たちを教室に送り出しました。初心者の息子は個人レッスン、何度か経験がある娘はグループレッスンです。スマホで写真を数枚撮った後、私はロッジに行き、読書をたっぷり楽しんだのでした。

 生まれて初めてスキーを滑った息子。時折、ロッジから出て様子を見に行くと、初めは平らな場所で教わっていたのですが、徐々に斜面に移動して、最後のほうはリフトに乗って、上から滑ってくることが出来るようになっていました。経験豊富な指導員に教えてもらい、時に歓声をあげながら、楽しそうに滑っていました。もちろん、板を大きく八の字に開いて。

 教室が終わった後、息子は娘と合流。私は麓から、子供たちが広々としたゲレンデを滑る姿を見守り、満足感に浸ったのです。
さて、私がスキー場に行ったのは20年ぶりぐらいです。長らく遠ざかっていた間に、板の長さが変わっていました。昔は身長より10㎝以上も長かったのに、今は皆、短い板で滑っています。

 春のスキー場は、想像していたよりずっと暖かかった。それに、やっぱりワクワクします。板が短くなったので、久しぶりに滑っても、勘が早く戻るかもしれないー。来年はウエアを買って、私も再挑戦しようかな、と考えています。 

 

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