2020年11月26日木曜日

忘れ物チェック 

「ママ、忘れ物チェックお願いします!」

 朝、息子がランドセルを開いて、私に中身を見せました。普段は自分でチェックしていくのですが、昨日、連絡帳に担任の先生から私にメッセージがあったからです。

「頑張っているのですが、最近忘れ物が続いているので、お知らせさせていただきました」

 子どもたちの表現を使うと、「ヤバッ」というところでしょうか。私は子どもの勉強を継続して見てあげる、忘れ物がないか日々一緒に点検するなどという細やかなことが苦手。というより忘れてしまうので、子どもに任せてしまいこういうことがたびたび起こるのです。

「ママ、読書カードが見当たらないんだ。今日持っていかないと、先生に叱られる」

「読書カード? 昨日、持って行ったじゃない?」

「あれとは違う、お母さんと一緒に読んだ本を書く紙。こんな感じの薄い紙」と近くにあった紙を手に取り見せる息子。「うーん、見なかったなあ」と私。

 で、学校からのお便りやらテストやらプリントやらを積んでいる場所を探しました。下のほうまで丁寧に探すと、ありました。ほっとしましたが、「とりあえず」と何でも積んでしまう自分は"ダメ母"だと、また反省。

 慌てて、息子が寝る前に読み聞かせる絵本を寝室から持ってきて、タイトルと著者名を書かせました。最近読み聞かせた4冊分を書き終え、残りの1冊をどうしようかと迷ったので、まだ読み聞かせていない本を開いてみました。タイトルは「わたしが障害者じゃなくなる日」。図書館で読んでみて良い内容だったので、改めて買った本です。 


 良い機会だと思い、最初の10ページを読んで聞かせました。著者の海老原宏美さんは難病を患い車いすに乗って人工呼吸器をしていますが、一人暮らしをし、障害者の相談に乗る仕事をしています。この本の第1章「わたしは障害者なの?」は海老原さんと子どもたちとの対話で始まります。

「…この中で、障害者を見たことがある人はいますか?」

「はーい!」

中略

「…じゃあ、わたしはどうですか? 海老原宏美が障害者だと思う人は?」

(パラパラと手が上がる)

「…では、わたしが障害者じゃないと思う人は?」

(さっきより多く手が上がる)

「なぜ、障碍者じゃないと思うのかな?」

「そうだんにのったりしているほうだから」

「目も見えるし、耳も聞こえるし、しゃべれるから」

 読み進めると、海老原さんは車いすに乗っている人は段差があると前に進めないこと、段差をなくすためのスロープが必要なことなど、分かりやすい言葉で説明しています。

 息子が言いました。「スロープ見たことあるよ。お店の前の玄関に入る横とかについているよね。でも、ないところもある」

「よく気付いたね。海老原さんはね、車いすの人が階段しかない建物に入れないのは、車いすに乗っている人のせいだという考え方は古くて、階段しかない建物のせいだというのが新しい考え方だと言っているよ」

「そうだよね。スロープがあれば、建物の中に入れるんだものね」

 さわりの10ページを読んだだけでしたが、息子は読書カードにある本の評価欄に5冊の中で一番多い5つ星をつけました。3つある☆の横に☆2つを足した高得点です。

 息子の忘れ物というきっかけがなければ、積んだ本の中にまぎれて、読んであげることがなかったかもしれません。このような何気ないきっかけが思わぬ良い展開になることがあるのだと実感した朝でした。

2020年11月14日土曜日

姉と弟 ショートメールでの会話

 娘がお友達の誕生日プレゼントを買いに、モールに一人で買い物に行きました。娘が出掛けた後、息子が私に聞きました。

「おねぇねぇ、どこに行ったの?」

「モールに、ゆみちゃんの誕生日プレゼント買いに行ったの」

「僕、下敷きをおねぇねぇに貸してあげたら、返してもらえないんだけど。新しい下敷き買ってもらってもいい?」

「いいけど、返してもらったら?」

「おねぇねぇにそんなこと言えない」

「あら、そう。仕方ないね。買ってあげる。ちょうどおねぇねぇ文房具も買いに行くみたいだから、ショートメールで頼んだら?」

「オッケー」

 息子はさっそく、私の携帯から娘にショートメールを送りました。返ってきたメールを読み、息子は真顔で言います。「おねぇねぇって、本当に面白い…」

 息子が見せてくれた画面を見て、私は思わず吹き出しました。まるで、あの「おかんメール」(母親からの面白いメールを集めた本)です。 


 インターナショナルスクール10年生(高1)の娘と、公立小3年生の息子の会話は全くかみ合っていません。娘はきっと、下敷の「敷」が読めなかったんですね。

 我が家では、独特の個性がある娘はインターで英語による教育を受けさせ、普通の日本人の感覚を持つ息子は日本の学校で高校まで学ばせる予定です。二人の会話は6、7割は日本語。時にこのようなトンチンカンなやり取りになります。でも、息子は気にする様子もなく、この画面のやり取りの後、娘に「下敷をなくした」と伝えています。

 娘からは即、「私のバッグに入っているよ。間違えて学校に持ってっちゃったの」と返ってきました。これで、一件落着。息子は貸した下敷を返してもらえることになったようです。

 子どもたちは学校や習い事で忙しく、私も慌ただしい日々を送っています。子どもたちのこういう何気ない会話、癒されるなぁと思ったのでした。 

2020年11月5日木曜日

駄菓子屋さんに行くときは…

 「うちに遊びに来てくるとき、いつも駄菓子屋さんで買ったジュースを2本買ってきてくれるの。お小遣いで買ってくれるのかな?」

 ママ友からそんなラインが来ました。息子がお友達の家に遊びに行くときはお菓子を持たせるのですが、ジュースも持っていっているんだと買い物する息子の姿を想像して楽しい気分になりました。

 我が家では子どもたちにお小遣いはあげていません。家の仕事を手伝ったら、お金をもらえることになっています。娘は夕食の食器洗いで毎日100円、それを10日行って1000円もらえます。

 息子はお皿洗いがまだ上手ではないので、もっぱら”重労働“”の外の仕事。庭の落ち葉拾いは300円。玄関前と駐車エリアのタイル洗いはブラシを使うので力も使うし範囲も広いので500円。

 息子がお小遣いを使うのは、駄菓子屋さんだけです。ママ友からラインがあったその日の夕方、ジュースを買って行ってお金がなくなったらしく、「ママ、明日は習い事がない日だから仕事したい」と言ってきました。「じゃあ、タイル洗いと落ち葉拾いしてもらおうかな」と私。さらに、家の周りの雑草取り200円の仕事もあげました。

 翌日、息子は帰宅後さっそく作業に取り掛かりました。拾った庭の落ち葉と取った雑草は45㍑のゴミ袋2袋分。タイル洗いにも集中して取り組みました。息子はとにかく仕事が早い。1時間ぐらいでベランダの窓の外から、「ママ、終わったよ。チェックお願いします!」。

息子が拾った落ち葉や取った雑草

誰もやらない雑草取り。でもおこづかいのためなら…

 なかなか、綺麗だぞ。でも「そこの雑草、まだ取れていないよ」と厳しく指摘する私。実は家の周りの雑草取りは私も夫も、そして娘もやりたくない仕事なのです。それを息子は難なくこなしました。おこづかいをもらえるなら、これくらい何の!という感じでしょうか。

 チェックを終え、「お疲れ様。ありがとう」と500円玉2個を渡しました。息子はひと仕事終えたというすがすがしい表情をして、500円玉2つをつかんで「駄菓子屋さんに行ってくる」と張り切って出て行きました。

 息子は気前が良いので、自分が駄菓子屋さんに行くときはいつも私に1個11円のキャラメル2個、夫には同様に1個11円のガムを2個ずつ買ってきてくれます。大好きなおねえねえには奮発して、43円のポテトチップスです。

 駄菓子屋さんに行くというとき、「ママが買ってあげる」と言うのですが、「いや、自分のお金で買う」と言ってききません。今回もせっかく汗を流して得た1000円を使わせるのは忍びない気持ちがして、「今日は頑張ったから、100円あげる」と言いましたが、「いらない」と断ってきました。

「自分で働いたお金で駄菓子屋さんで買い物したほうが楽しいし、お菓子も美味しんだ」

 そうか、そうなんだね。私は財布から出そうとした100円玉をまた戻しました。息子はいつものように、家族全員にお土産を買ってきてくれました。今日もありがたくご馳走になりましょう。 

2020年11月1日日曜日

ポシブルな道

 地元の公立小学校に通う3年生の息子が11月1日、初めて進学塾入塾に向けての「テスト」を受けます。娘はインターナショナルスクールに通っていますが、息子は高校まで日本の学校に行かせる予定です。東京では中学受験に向けて塾に入るのは3年生の3学期なのだそうで、さっそくテストを受けさせることにしたのです。

 東京にはたくさんの中高一貫校がありますので、地方出身の私はそもそもどんな学校があるのか、それらのレベルはどうなのかも分かりません。でも、これから決めて目標を作らなければなりません。昨日、朝食を取っているときに息子に聞いてみました。

「どんな中学校がいいのだろうね。スポーツが盛んな学校が良いね」

「わかんない」

「一緒に学校見学に行く?」 息子と中学校見学をする楽しい時間を想像しました。

「ママ、受験まであと3年あるんでしょ。そういうのを決めるのって5年生になってからでよいと思うよ」

 小3なのに大人びた言葉使いをする息子。でも、なるほどなと思います。息子は妙に現実的で、普通の子のように「将来はサッカーの選手になりたい」「お医者さんになりたい」などと決して言いません。何を聞いても答えが「お医者さんは血を見るから嫌」「サッカーは好きだけど、ボールを取りに行くと押されたり、邪魔されたりするから嫌」と否定的なので、アドバイスをしたこともあります。

「もう少し、将来に対してポジティブ(肯定的)な言葉使ったらどう?」

「僕はポジティブでいるより、ポシブル(可能)な仕事を目指したい」

 一瞬、息子の言葉のセンスに感心しました。が、待てよ…。3年生からこんなに現実的で良いのでしょうか。将来はこんな風になりたいと夢見るより、現実的に可能な道を目指すなんて…。

 でも、これも子どもの個性なのでしょうね。少し寂しい気もしますが、ポシブルな道を行く息子を見守っていくことにしましょう。

「ポシブルな道」を歩む息子。ランドセルがいつの間に小さく…

まずは今日の入塾テスト、しっかりとついていきます。