2018年7月23日月曜日

ピンクの置き時計

「ママ、これいらないんだけど」
娘がキッチンにいる私のところに来て、見覚えのあるトランプを差し出しました。6月初旬から夏休みの娘は、暇を持て余して部屋の片付けと模様替えを始め、いらない物をどんどんゴミ袋に入れている最中でした。
 
そのトランプを「燃えるゴミ」と「燃えないゴミ」に分けた二つの大きなゴミ袋の中に入れるのは、気が引けたのでしょう。「そうだよな、ティーンエイジャーにはこれは受けないかも」と私は苦笑しながら、受け取りました。

それは「ご当地限定トランプ I LOVE HOKKAIDO 北海道の読めない地名編」。トランプのカード一枚一枚に、北海道の地名が印刷されています。音威子府、比布、神恵内、弟子屈、占冠…。北海道出身の私には馴染みのある地名でも、東京生まれ東京育ちの娘にはちんぷんかんぷんだったのに違いありません。「これは面白い!」と新千歳空港のお土産屋さんで発見し、わくわくした気持ちで娘に買っていったのですが…。

部屋に戻ってしばらくしてから、また、娘がやってきました。
「ママ、これもいらないんだけど」。次に持ってきたのは、紙素材のおもちゃ。「かみつきへび(指ハブ)」という、沖縄の民芸品です。
噛みつかれたら引っ張っても抜けないユニークな作りです。息子を「東京おもちゃ美術館」に連れていったときに買った、息子とお揃いのお土産です。「そうか、これも面白いのに、いらないのね」とちょっと残念に思いました。私は自分の指を入れて遊びながら、また苦笑しました。
 

しばらくしてから、また、娘がやってきました。
「ママ、これもいらない。ごめんね」。詩集です。タイトルは「少年少女に希望を届ける詩集」。谷川俊太郎、浅田次郎、宮沢賢治など200人の詩が掲載されています。

新聞の書評で紹介されていて、「これは娘に買ってあげよう」と取り寄せました。そのときはまだ娘も日本語も読めましたので、よく読んでいたのです。3年前にインターナショナルスクールに転校し英語の本を読むようになってから、日本語を少しずつ忘れてきており、読むのが億劫になったのかもしれません。仕方ありません。

娘が最後に持ってきたのは、ピンクの置き時計でした。「そうか、これもいらないのね」と寂しくなりました。これは、娘が幼稚園に入園したときにプレゼントしたものです。

天国にいる娘の双子の弟とお揃いの時計です。娘はピンク、息子は水色。息子は死産でした。息子の死を受け入れられなかった私は、娘が幼稚園の年長になるまで、娘とお揃いのものをずっと息子にも買い続けていました。

「これ、お揃いなんだよ」と娘に言ってみました。娘の反応は「うん、知っているよ。でも、もう動かないから、持っていても仕方ないの」でした。

そうなんだな。母親の私にとって、とても思いの込もったものも、娘にとってはそうではないんだな、と気付きました。寂しいけど、娘が元気にすくすくと育ってくれていることに感謝しようと思いました。

北海道の地名トランプ、かみつきへび、詩集、そして時計。それぞれに、思い出があります。私が大切に取っておくことにしましょう。トランプとかみつきへびは私の机の引き出しに、詩集はベッド横の本棚に入れました。そして、ピンクの時計は私の机の横の棚の、水色の時計の横に置きました。

少し色あせた、動かない一対の置き時計は、まるで初めからそこにあったように、しっくりと収まっています。

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