2023年4月22日土曜日

 私が1日の中で一番幸せを感じるのは、娘のお弁当を作る朝です。こだわりは、前日の残り物は使わず、その日の朝に調理したおかずを入れること。最近は、わっぱ弁当箱を家族分手に入れましたので、お弁当作りが益々楽しくなってきました。

 少し前、娘のお弁当にメッセージを付けたところ、とても喜んでくれました。以来、毎日付けています。そのとき娘が言ったのは「私の最後のお弁当の日にメッセージを付けてね。前に付けてくれたとき、とても嬉しかったの。ママが思っているより、ずっと嬉しいものなんだよ」ということ。

 親が何気なくしたことも、こんな風に受け止めてくれるんだと嬉しかったととも、こんなことで喜んでもらえるならと毎日書くことにしたのです。

鮭弁当

鶏そぼろ弁当

サーモン弁当

鶏のから揚げ弁当。私と塾に行く前に食べる息子用にも

 高3の娘の授業は来週水曜日に終了し、5月の試験まで自宅での勉強になります。6月3日に卒業式ですので、朝お弁当を作り、娘を車で駅まで送って…という朝のルーティンも来週水曜日に終わります。寂しい気持ちで一杯です。



2023年4月19日水曜日

娘のいる風景

  18歳の娘は、小さなころから絵を描いたり、工作をしたりすることが大好きでした。そして、ちょっとしたメモやノートにも、可愛らしいイラストをつける子でした。

 昨日は、100円ショップで買った薄紙を使い、素敵なお花の飾りを作ってくれました。

 娘のいる風景。この日常がどれほど心癒されるものだったか、改めて感じています。大学進学で、今年の9月から家を離れる娘。娘とのこれからの4ヶ月を大切にしたいと思っています。



2023年4月15日土曜日

京都へ

 先週末、娘を連れて1泊2日で京都へ行ってきました。娘が合格した「立命館大学」を見学するためです。

 立命館大学はキャンパスが4つあり、娘が合格をいただいた国際教養学部は大阪府茨木市にあります。まずは、金曜日午前に京都市内のキャンパス2ヶ所を見学。午後から茨木市に向かいました。

 「大阪いばらきキャンパス」では、外国人の担当者が出迎えてくれ、2時間かけてキャンパス内を案内してくれました。国際教養学部は講義が全て英語で行われ、4年間の1年は学生たちがオーストラリア国立大学で学び、卒業時には立命館大学とオーストラリア国立大学の両方から学士の学位を取得するユニークな学部です。

 新しいキャンパスでは4学部の学生が学んでいます。すでに新学期が始まっているため、学生たちがたくさんいて、賑やかでした。随所に畳のコーナーがあり、学生たちがそこで勉強していました。

 構内にある、寮も見学させてもらいました。寮内は日本人の女子学生2人が案内してくれました。しばらく英語で話していましたが、娘が「日本語でいいですよ〜」と言ったので、日本語に切り替わりました。学生さんは「英語で話してくださいと言われていたんです」とにっこり笑い、その後は柔らかな関西弁で話してくれました。

 共同のキッチンには共有の鍋やフライパンなどの調理器具のほか、小さな収納が何十も並んでいました。学生さんが自分の収納箱を見せてくれました。醤油や油など調味料などがぎっしり詰まっていました。「平日は皆、自分のスケジュールに合わせて調理して食べますが、週末は自分たちで作ったものをシェアしたりしています」。

 校内には食堂もあり、「100円朝食というのがあるんです。ご飯とお味噌汁と小鉢が2つついてきてお得なんです。利用している人、結構います」とのこと。

 部屋も見せてもらいました。ベッドと机、小さなシンクもついています。シャワールームは共有ですが、十分な数がありました。

 私がアメリカに留学していたときは1部屋に3人で住んでいました。隣の部屋の3人と一つのバスルームを共有し、皆朝に利用するので混んで大変だったことを懐かしく思い出しました。

 図書館も立派で、能楽堂や茶室もあり、日本の文化の継承を大切にしていることが分かりました。やはり、京都の大学です。

 「大阪いばらきキャンパス」から京都市まで電車で30分ほど。学生たちは市内のキャンパスを自由に行き来し、サークル活動などを楽しんでいるようです。入学前の学生と親に2時間もかけて案内をしてくれ、とてもウェルカムな大学でした。最後に食堂へ。娘も私もポークカツを注文し、美味しくいただきました。

 翌日は京都市内を観光。清水寺と二条城、金閣寺を訪れました。娘は京都をとても気に入ったようで、「もっとゆっくり、お寺とか神社を見て回りたい」と言っていました。日本の歴史と文化を大切に思う気持ちが娘に芽生えつつあることをとても嬉しく思いました。

 一昨日、立命館大学に入学金を支払いました。ただ、英語を母語とし、絵への情熱があり、インターナショナルスクールですでに経済学や心理学など一般教養の授業を受けてきた娘が、国際教養学部で自分の進むべき道を見つけられるのか未知数です。

 娘はいま、悩んでいます。親として何が出来るのか、私も模索しています。

清水寺
二条城

金閣寺

2023年4月5日水曜日

娘の大学受験の結果は、、、

  先日、京都の私立大学から娘に合格通知が届きました。第一志望だった東京の私立大学の不合格を受け、落ち込んでいた娘は胸を撫で下ろしていました。が、実際にここに決めるかどうかはまだ分かりません。

 娘はこれまでにイギリス4校、カナダ1校、日本4校の合計9校に出願。海外の大学は希望していた建築学部、日本は「国際教養学部」などの英語で教える学部を持つ大学です。

   日本には娘が希望していた英語で教える建築学部を持つ大学はありませんでしたが、「日本にいたい」という希望が叶いますので、4大学を受験。第1、第2志望の東京の大学が不合格、第3志望の名古屋の大学も不合格。そして、念のために受けていた京都の大学から何とか合格をいただきました。イギリスは2校から6月に出される成績が一定以上という条件付き合格、別の2校は不合格。カナダも不合格でした。厳しい結果でした。

 娘は弟がまだ小学生なので一緒にいたいと、親元にいることを希望していました。また、私も夫も娘が一緒にいると考えていました。が、期せずして、娘は東京を離れることになりました。東京の大学は全て出願時期が終わっていますので、娘が行くとしたら合格をいただいた京都の大学か、これから出願をするオーストラリアの大学。いきなり突きつけられた、娘の巣立ちという現実をまだ、私と夫は受け止められずにいます。

 この受験の過程を通じて、娘は「自分は本当は何を学びたいのか」を突き詰めて考えたようです。実を言いますと、娘が建築学部を選んだのは夫の影響があります。娘は絵を描くことが好きですが、夫が「絵で食べていける人は才能の飛び抜けた一握りの人だけだ。アートの才能を生かしながら確実に職につながる建築はどうか」と勧めたのです。

 素直な娘は夫の言う通りに、建築学部に出願。おそらく、あまり身が入らなかったのでしょう。2次試験で提出するべき課題に熱心に取り組まなかったこともあったようでした。

 私は娘の受験にはほとんど関与しませんでした。出願書類が全て英語ですので、必然的に助けるのは夫。夫も熱心でしたので任せていましたが、結果があまり芳しくないので娘ともう一度話し合ってみました。やはり、娘はアートを学びたかったようです。

 私は若いうちは自分のやりたいことに突き進んだ方が良いと思っています。やりたいことを追及して、自分にその分野で才能がないことが分かって方向転換するのは20代後半でも十分間に合うと思います。自分に才能があるかどうかなど、才能のある人たちの中で闘ってみなければ、分かりません。だから、娘にはこれから探すオーストラリアの大学は芸術学部を選ぶよう勧めました。そして、若いときの1年2年のロスなど、長い人生においては全く気にする必要はないとも、伝えました。

「世の中には、30代40代で自分のやりたいことが分からず模索している人がたくさんいる。あなたは18歳で自分が熱中出来ることを知っている。それは幸せなこと。まず、そこを突き詰めるほうがいい」と。

 石橋を叩いて渡る慎重派の夫の意見は十分尊重します。そもそも、私たち家族が不安なく暮らしていけるのは、夫が安定しているからです。それは、過去に遡れば、夫は自分が興味を持ちかつ職につながる分野を大学で学び、大学院もその分野(地質学)を専攻。その専門を生かした仕事につきました。

 夫の専門性は、私と結婚するために東京で仕事を探すときも有利に働きました。いま、夫は大学・大学院で学んだことをベースにした環境コンサルタントの仕事で、異国の地・日本で20年も暮らし家族を養っています。だから、大学で何を学ぶかーを、好きなことだけでなく、将来自分が食べていけるかという観点で選ぶべきという夫の言葉は説得力があります。

 また、その専門で自分が望む暮らしが出来るかーをあまり考えなかった夫の兄(夫は4人兄弟)は経済的に大変苦労したことも、夫の意見に説得力を持たせました。彼は教育学部に進み教師という堅実な仕事をしていましたが、彼が望んだのは裕福な暮らしだったのです。

 世の中に需要がある分野を見極めた賢い弟は、米国でトップクラスのビジネスの大学院に進み、好きではないけれども安定して高収入を得られる生命保険の仕事をしています。家族の幸せを一番に考える弟にとって、仕事が好きか好きでないかより、家族に裕福な暮らしをさせるだけ稼げるかーが重要だったのです。

 一番下の弟は、自分の好きな音楽を大学で専攻しましたが、食べていけず、働きながら大学院に入り直し、いまは看護師として働いています。彼は30代で方向転換し、40代のいま働きながら大学院博士課程で学んでいます。

 夫が娘に将来自分がその専門で食べていけるかーを考えて学部を選ぶべきだというアドバイスをしたのは、以上のような経験からです。ちなみに、夫の兄弟は夫を含め4人とも大学院修士課程を修了しています。ですので、学歴とそれで食べていけるかはイコールではない、と夫は十分知っている。ですので、自分の経験をもとに娘にアドバイスし、娘もダディの意見を聞き入れ、素直に従ったのも十分分かります。

 私の方は夫が娘に建築を進めたときは、「娘は素直だから親のアドバイスを聞く。建築などと思いついたことを気軽にアドバイスすべきでない。自分のやりたい分野は試行錯誤を通じて選ぶべきだ」と夫とケンカになりました。が、夫の意見をスポンジが水を吸い込むように、取り入れた娘の気持ちも分かります。また、試行錯誤の繰り返しで、途中に挫折もあり、いまだに苦労している私は、反面教師としかならないとも。

 でも、ここはやはり、娘に納得して自分の進路を決めてほしい。夫と話し合い、その部分を理解してもらいました。これから、夫はオーストラリアの大学の情報、私は来年春に向け、日本の大学の情報収集を手伝うことにしました。

 少なくとも、夫も私も、自分の知る世界や経験は全てではないと知っています。まだまだ先は見えませんが、娘には納得のいく進路を選んでほしいと願っています。