2019年10月27日日曜日

涙腺が緩んだ日

その日、私の涙腺は緩かった。10月9日木曜日のことです。

朝は、いつものように息子を学校まで歩いて送りました。1年生の後半、息子は1人で登校していましたが、2年生になってから「親と行きたいと言ってくれるうちは、登校に付き合おう」と決めました。通学路の真ん中に立ち、息子が見えなくなるまで登校を見守るぐらいなら、一緒に行こうと思ったのです。もちろん、息子が「今日は一人で行く」と言ったり、玄関を出たときに息子のお友達に出くわしたら、私は引っ込みます。いつでも「スタンバイ」状態、とでもいいましょうか。

普段は校門の前で「いってらっしゃい」と送るのですが、その日は学校の図書館でPTA活動がありましたので、一緒に学校の中に入りました。教室に向かう息子を送り、図書館に入った途端、窓の向こう側に見えるグラウンドでリレーの練習をする児童たちの姿が目に飛び込んできました。10月末に開かれる運動会でリレーを走る児童たちは、他の児童より早めに学校に行き、練習することになっているのです。

その子どもたちの様子を見て、胸が痛みました。目頭に涙が浮かんできました。ああ、息子に申し訳ないことをしてしまったと。息子は足が速いにもかかわらず、リレーの選手に選ばれなかったのです。理由は、親の私の判断ミスでした。

幼児のころから足が速かった息子は、昨年の運動会では徒競走で1位、リレーの選手にも選ばれ、皆の声援を受けて、疾走しました。だから、2年生になった今年も私は息子のリレーを何よりも楽しみにしていたのです。

ところが、です。選手を選ぶ日に息子は靴底が厚くて硬い「コンバース」というスニーカーを履いていってしまったのです。たまたま、前日は雨で運動靴が濡れてしまったため、私が「こっちの靴を履いて行ったら?」と勧めてしまった。その日、リレー選手を選ぶことは親には知らされていませんでした。帰宅後、息子は「今日はリレー選手を決めたの。僕、速く走れなかった。靴がいつもと違って走りににくかった」と残念そうに話したのです。

後日、選手名の発表があり、選ばれなかったことを知った息子は肩を落として帰宅しました。でも、それを聞いた私がもっと落ち込んでしまった。「ママがあの日、コンバースを履いたらって言ってしまったからだね。ごめんね・・・」と。涙腺が緩い私は、涙まで浮かべてしまった。

そのときの息子の反応は普段より大人びていました。
「大丈夫だよ。ママ。補欠に選ばれたから、もしかしたら誰かが風邪を引いて休むかもしれないし。そうしたら、僕が走るから。来年は絶対選ばれるように頑張るから!」と、私を慰めてくれたのです。

その会話を聞いていた娘が言います。
「そんなこと、絶対に起こらないよ。リレー選手に選ばれるって、とっても嬉しいことだし、親にとっても楽しみなの。だから、親は子どもが風邪を引かないように、ケガをしないように気を付けるから、絶対休まないよ。残念だねぇ」

きょうだいのいない私は、このようなきょうだい間の発言の率直さに、「そこまで言わなくても」と思うのですが、息子は娘のコメントなど気にもしません。その後、息子はリレーの話は一切しませんでした。そして、「補欠選手の練習日」には、きっちりと練習に行きました。そんな息子を見て、申し訳なく思っていたところにその日、目の前でリレー選手たちの練習を見てしまったのです。

PTA活動に来ていたお母さんたちに気付かれないように、私はそっと涙をふきました。心の中は後悔の気持ちで一杯でした。ああ、息子に申し訳ないことをしてしまった。前日、濡れた運動靴に新聞紙を丸めて入れてさえいれば。せめて、濡れたままでもそのまま履かせていれば、、、。日々、忙しくて子どもたちの世話を十分にしてあげられない私は、すっかり落ち込みました。

その気持ちを引きずったまま、その日の午後は母を歯科医院に連れていきました。入れ歯を支えている歯が前日から痛いというので、私が通っている医院に連れて行ったのです。

母が診察台に横たわると、歯科医が聞きます。
「今日はどうされました?」
「この歯が痛いんです」
「いつからですか?」
「昨日からです。夕ご飯に鶏肉の料理を食べたんです。鶏肉をかんだ途端、痛くなって。その後も、じくじくと痛むんです」
「そうですか。鶏肉を食べたときに、痛くなったんですね」
歯科医は優しく、母の言葉を繰り返します。

診察台に横たわる母の頭髪は、頭皮から2センチほど真っ白で、その先は赤茶けた色をしていました。引っ越しで忙しくて、染める暇がなかったのです。母は、おばあちゃんでした。まぎれもなく、おばあちゃんでした。そして、歯科医も歯科衛生士さんも、お年寄りをいたわるように、母に接していました。

ああ、私が病気をしている間に、死産した子や他界した父を思って立ち直れない間に、子育てに忙しくしている間に、社会復帰を目指していろいろ挑戦している間に、母はこんなに年を取ってしまったんだ、と改めて気付かされたのです。母の歯科医の説明はそれからも続きましたが、歯科医は母の話をちゃんと聞いてくれました。その様子を後ろから眺めていると、涙が止まらなくなりました。

大切な家族にもっと目をかけ、手をかけてあげよう。そう心に決めた日でした。

2019年10月8日火曜日

けむしちゃん

「ママ~ママ~」。玄関から、息子の声が聞こえます。「●●がいるよ~」と叫んでいるのですが、良く聞こえません。「何がいるの?」と玄関に行くと、息子が私の顔を見て興奮気味にこう言います。「ママ、毛虫がいるんだよ!」
 

ちょうど、子どもたちをヴァイオリンのレッスンに連れて行くところでした。息子の声に娘も反応します。「毛虫いるの?」

娘と一緒に玄関から外に出てみると、息子が今年育てたアサガオのツルの上に毛虫がちょこんと乗っていました。私は虫が好きなほうではありませんが、その毛虫のたたずまいが何とも可愛い。娘はさっとその毛虫を取って、手に這わせます。



「Hello, Cuty(こんにちは、かわいい子)」
そう、毛虫に話し掛けた後、愛おしそうに眺めてしばらく指に毛虫をはわせ、iPhone で写真をパチリ。そんな姿を見て、私の心は癒されます。この秋から高校生になり(日本では中3です)すっかり生意気になってしまった娘ですが、虫好きなところは変わらないなぁと。日々成長する子どもたちですが、時折その言動の中に「前と変わらないところ」「子どもらしさ」が見えると、気持ちが和らぎます。

毛虫を発見した当の息子は、実はあまり虫が好きではありません。でも、虫好きではないというところを娘に見せたくないようです。娘に「ほらっ、手に這わせてごらん。可愛いよ」と言われ、こわごわ指に這わせます。「おねぇねぇ」が大好きな息子ですので、娘に「僕も虫が好きなんだよ」とアピールをしたいのでしょうか?

さて、そろそろ出掛ける時間です。息子がアサガオのツルに毛虫を戻しました。毛虫は明日もここにいるでしょうか。慌ただしく時間が過ぎていく中での、ほんの数分の幸せなひととき。こんな時間が、とても愛おしいのです。