2025年11月13日木曜日

仕事がなさそうな青年

  インフルエンザによる学級閉鎖最終日の昨日、息子が美容室に髪を切りに行きました。この春まで私がずっと切っていたのですが、遂に切らせてもらえなくなりました。私の数少ない楽しみの一つだったのですが、仕方ありません。

 で、こざっぱりとして帰ってきた息子が、珍しく、私に話しかけてきました。

「ねぇ、ママ、さっき、めっちゃ悲しいことあったんだ」

「何?」

「あのさ、女の人2人にちょっとインタビューしていいですか?って声かけられたんだ。犬のために募金をつのっている人いるじゃん。その人たちの隣にいたから、捨てられた犬についての話かなって思ってさ」

「うん、うん」

「で、立ち止まって、その人たちの話聞いたらさ。その女の人のバッグの中に、『仕事がなさそうな青年にインタビュー』っていう厚紙みたいのが入っていてさ。ひどくない?仕事がなさそうな青年だよ!」

「あははっ、平日にぶらぶらしているマスク姿の男の人だから、そう思われたのかもね」

「なんかさ、侮辱された気持ちだよ。それに、まだ中2だよ。仕事がなさそうなおっさんに間違えられるなんて…」

「で、インタビューには答えたの?」

「時間がないんで…って断った」

 たぶん、時間がなさそうには見えなかっただろうなぁ。

 でも、いつもはポーカーフェイスの息子が珍しく憤慨しているので、よほどショックだったのでしょう。高校生に間違われることはよくありますが、仕事がなさそうな青年に見えるとは…。まぁ、中2にして、”ヤサ男”の雰囲気を醸し出していますから、そう見えても仕方ないかもしれません。

 なんだか、久しぶりに大笑いした出来事でした。

 

2025年11月11日火曜日

ブラウニー

  月曜日から息子のクラスが学級閉鎖になりました。インフルエンザの罹患者が10人を超えたためで、水曜日までお休みです。

 息子は土曜日に体調を崩し、発熱と嘔吐の症状があったのですが、日曜日に持ち直しました。

 連日、暇を持て余し、昨夜はブラウニーを作り始めました。市販のキットではなく、ブラックチョコレート、ココア、バター、小麦粉、卵を使って本格的でした。

 焼き上がったのは深夜。今朝、食べましたが、なかなか上手に出来ていました。このまま、料理人&パティシエの道を突き進んでほしい。






2025年11月10日月曜日

嬉しかった娘の言葉

  博士論文を大学に提出し、ようやく少し気持ちが落ち着きました。次のステップは、教授ら5人にプレゼンテーションをし、質問に答える「審査会」。でも、とりあえずは、山を一つ超えました。

 そこで、土曜日の午後に息子と一緒に新幹線で軽井沢の家に行きました(夫は先週から滞在)。紅葉が見頃で、それは綺麗でした。翌日、東京に戻りました。一日でしたが、リラックスできました。

窓から見える美しい紅葉

 月曜日の今日は、審査会用のスライドを作る傍ら、家の中に積み上がっていた物の整理を始めました。しかし、整理整頓しようとしたのですが、何から手をつけていいのか分からない。娘の着物の案内や息子の塾の説明書など、とっくの前に期限が過ぎたものは処分出来ましたが、手に取っては「これ、どうしよう」と考え込んでしまう物が多過ぎました。

 一旦手を置き、グーグルで「片付け、何から手を付けていいか分からない」と打ち込んでみました。出てきたのが「居場所がない物たち、ありませんか?」とタイトルがついたサイト。そこには、「家の中に、どこに片付けていいか分からない物はありませんか?片付かない物問題を、片付けのプロの●●●●先生と解決していきます」とありました。

 その「居場所がない物たち」という言葉に、反応してしまいました。「あっ、私のことだ」と思いました。7年近くアカデミアの世界にいて、居場所を見つけられない自分。居場所がない人間が、居場所のない物たちを片付けることに、そもそも無理があるーと苦笑しました。

 なんだか自分がとても滑稽に思えて、片付けをやめました。そして、娘にフェイスタイムで連絡を取りました。テスト期間中は連絡が取れなかった娘ですが、今日は出てくれました。ちょうど、夕ご飯を食べるところでした。ひとしきり他愛のない話をした後、先ほど感じたことについて話してみました。

 「今日、片付けが進まなくてグーグルで検索したら、居場所がない物たちという言葉が出てきたの。で、あっ、ママのことだっておかしくなってしまったの」

 すると、娘が真顔で言いました。

「何言っているの、ママ。うちの家族はママがいなければ回らないんだよ。ここを居場所って言わずにどこが居場所になるの?」

「そう? ありがとう。そう言ってもらえると、嬉しい」

「ママぁ。ママはさ、ばあち(私の母)の娘で、ダディの妻で、私たちのお母さんなんだよ。それぞれが大変なのに、その3役を1人でこなしているんだよ。居場所がないどころか、ママがいなきゃ、家族は回らないの!」

 すぐ、しゅんとしてしまう私を、娘はいつもこうやって励ましてくれます。娘は本当に心の優しい子で、娘のあたたかい言葉にどれほど救われてきたことか。

 今日は他の博士課程の学生(何で、皆、こんなにすごいの!)と審査会の打ち合わせをして、すっかり気後れをして落ち込んだ私。娘のひと言で何とか気持ちを立て直すことが出来たのでした。 


2025年11月7日金曜日

博論提出

  今日、大学に博士論文を提出しました。辛いことが多かった博士課程でしたが、目標としてきた論文提出ができ、ほっとしています。

 私が目指すのは医学博士です。私は医師など医学のバックグラウンドがなく、あるのは公衆衛生学の修士号と、新聞記者時代に医療記事を書いた経験のみ。その代わりに長い患者経験があり、その経験が医学博士を目指すバックボーンとなっています。

 取り立てて何かをなし得た人生ではありませんが、がんと生きてきた20年以上の人生の集大成として、「がん患者と医療者とのコミュニケーション」についての論文を、60歳で大学に出せたことに、改めて感謝をしています。

 最初の指導教員に問題があり、退学を真剣に考えました。が、2年目から現在の指導教員に引き受けてもらい、なんとかここまで来ました。

 現在の指導教員は畑の違う私を引き受け、面倒だったのだろうと想像しますが、私に対してはプロフェッショナルに徹した対応でした。まず、私の関心のあるテーマの研究チームに入れてくれました。超多忙なので話をするのは年に数回ですが、論文を送れば必ず見てくれましたし、必要な書類には印もサインもすぐくれました。

 用事以外の話も、雑談も、挨拶もしてくれたことはありませんが、私が本格的に論文を書く段階で大変優秀なMさんという研究員を私の指導係につけてくれました。Mさんからも用事以外は話しかけられたことも、雑談をしたこともありませんが、私が質問をすると必ず答えてくれました。「少しお時間いいですか?」と論文に関する相談を持ちかけると、一度も「後で」と言われたことはありません。

 また、100ページ近い論文を送っても、数日後にはA42枚に渡る助言を箇条書きにしてメールで送ってくれました。その助言は大変的確で、Mさんの助言通りに文章を組み替え、不足な部分を加えると、論文がとても引き締まりました。そのような優秀な人を、私の指導係につけてくれるということは、指導教員は学位を取るまで私をサポートしようと思ってくれたのだと思います。

 私の先攻は社会医学で、博士課程1、2年には講義も受けました。受講した医療コミュニケーション、臨床疫学、医学研究デザイン、医療社会学、医療統計学はどれも、素晴らしい講義でした。教授陣は超一流でした。私は各講義のスライドを折々に振り返り、必要があれば参照しました。

 いろいろ大変なことも多かったですが、このような各分野をリードする人たちの指導を受けることが出来た私は、たいへん恵まれていたと思います。

   今後は審査会に向けて、スライドの準備です。もうひと踏ん張りします。


2025年11月6日木曜日

息子はパテシエ?

  明日の博士論文締め切りを控え、私は連日深夜までパソコンに向かっています。夫が先週土曜日から軽井沢に行っているので、家の中も静かで、食事は息子の分だけ作ればよく、本当に楽です。

 夫も1人で静かな山の中で過ごし、薪を割ったり、読書をしたり、楽しそうです。

 料理好きの息子はこの3日間、お菓子作りに精を出しています。火曜日は洋梨のコンポート、水曜日は紅玉のコンポート、そして今日はメレンゲクッキーです。

 どれも美味しかったですが、最高だったのは洋梨のコンポート。冷蔵庫の中に何日も梨があるのを見て、「この梨、いつまでも固いね」というので、「コンポート作ってみたら?」と勧めたところ、すぐ作り始めてあっという間に作ってしまいました。

 これも、カフェで出せるくらい、美味しかった。紅玉のコンポートはむいた皮も小さく切って入れて、ほんのりピンク色になり、口の中でとろりととろける美味しさ。今日はお料理に卵の黄身を使い、卵白が余ったので「メレンゲクッキー作って!」と頼んだら、すぐ作ってくれました。さくさくとして、あっという間に食べ切ってしまいました。

 息子が作るスイーツを連日食べられるなんて、私は幸せ者です。


息子が作った洋梨のコンポート

息子の13歳の誕生日にプレゼントしたル・クルーゼの鍋を使って

 

翌日には紅玉のコンポート


今日はメレンゲクッキー作り



2025年11月3日月曜日

息子がニョッキを作ってくれた!

  3連休の最終日のランチは息子がニョッキを作ってくれました。札幌在住の元上司と奥様から送っていただいたジャガイモ・きたあかりを使って、昨夜のうちに生地を作っていたようです。今日はみじん切りした玉ねぎを炒めて缶入りトマトを入れ、ソースを丁寧に作っていました。

 ニョッキもトマトソースも味はもう、最高でした。レストランで出せるぐらいの美味しさです。今日は朝から博士論文の細かい直しに追われていましたが、息子の料理を食べて、とても幸せな気持ちになったのでした。

 息子よ、ありがとう。

出来たてのトマトソースのニョッキにチーズをかける息子

とろけるほど美味しい、息子が作ったニョッキ

2025年11月2日日曜日

疲れたときは…

  中2の息子が2泊3日の伊豆研修旅行から戻ってきました。夜は仲良しの友人たちと同じ部屋で寝たそうで、深夜までおしゃべりしていたと楽しそうに話してくれました。

 金曜日の夜に帰ってきたので、土曜日の午前中は授業がありませんでした。土曜日から3連休。夫は軽井沢の家に行くと張り切っていましたが、息子は「3日間、伊豆に行っていて疲れたし、風邪気味だから家にいる」と言います。で、夫だけ軽井沢に行くことに。

 私は来週が博士論文の提出期限なので、軽井沢に行く余裕はありません。ですので、息子と2人で過ごすことになりました。

 息子に「昼ご飯、何が食べたい?」と聞くと、「ラーメンが食べたい」と言います。風邪気味なので家で食べることにして、スーパーで札幌ラーメンの「純連」を買ってきました。このラーメン本当に美味しいのです。

 料理好きの息子は、自分で作り始めます。疲れたときは、料理で気分転換というところでしょうか。急に決めたのでラーメンのときはいつも作るチャーシューはありませんが、息子はもやしを炒めて、卵をゆでて、丁寧に準備をします。

 私は前日の残りのお蕎麦があるので、かき揚げ蕎麦にしました。夫がいなく、いつもよりさらに静かでしたが、のんびりとして楽しい食事でした。

ラーメンを作る息子


2025年11月1日土曜日

娘@メルボルンからの報告

  昨日、10日ぶりに娘と連絡が取れた話を書きました。期末試験の準備と、課題の絵を描かなければならないプレッシャーから、私たちと連絡を取りたくなかったようです。

 私も夫もそれは心配でしたが、唯一の救いは息子と連絡を取っていたこと。それもちょっとした会話だったよう。昨日、ようやくフェイスタイムに答えてくれた娘に、私と夫の電話に出ずテキストも見なかった理由を聞きました。本来なら、そんなことも聞かずに、まずは連絡をくれたことを喜ぶべきなのでしょうが、今後のために聞いておきたかった。何せ、私は母親として何か間違っていたのではないかーと思いましたので。

「ごめんね、電話に出なくて。でも、自分が大変なときって、ママもダディも重いの。心配してくれているのはとってもよく分かるんだけど…」

 もしかしたら、心の中には別の理由があるかもしれませんが、少なくとも「重い」という言葉を伝えてくれた。なるほど、確かに、私も夫も心配性で、そして何よりも娘が可愛くて可愛くて仕方ないんですよね。だから、放っておいたほうがいいとは分かっていても、つい、つい…。

 さらに、私も夫も「自分が」娘と話したいので、それぞれがフェイスタイムで電話をする。ですので、娘としては倍の時間が取られるわけです。そういうこともあるかもしれません。で、唯一連絡をとっていた息子について聞くと…。

「冷めているから、反応が軽いの。『よっ、どうした?』だけで、特に何も聞くわけでもないし。会話もすぐ終わるし。でも、その軽さがいいんだよね」

 なるほど…。確かに自分がとても落ち込んでいるときは、全く違う軽い話をして気を紛らわせたいときもある。娘はきっとそんな気持ちだったのでしょう。で、昨夜は高市早苗首相の話をしました。

 高市首相については、実は私はあまり好きではありませんでした。あまりに保守的で、考え方や振る舞いなどが日本の典型的な高齢男性政治家にそっくりだと思っていたからです。そして、彼らにすり寄ることで、政治の世界で生き抜こうと考えているように見受けられた。でも、今回のトランプ大統領の訪日で、考えは変わりました。高市首相はこれまで2度総裁選で敗れながらも、着実に政治家としての力を付けてきたのですね。

 首相としての出だし、特に外交を見ていると、この人は「新風を」「多様性を」などという理由で、女性だから選ばれたのではない。政治の世界で厳しい戦いを続け、最後に勝った人がたまたま女性だったのだという考えに変わりました。あの堂々とした振る舞い。あれこそが日本の首相に必要なところです。かつての故中曽根康弘元首相、そして、小泉純一郎元首相のような。

 たまたま、ネット上でアップされていた写真を2枚、ダウンロードしていたのを娘に送りました。一枚がトランプ大統領の腕に高市首相が自分の腕を回し、何やら話しながら、階段を降りてくるショット。もう一枚が政府専用機の中でトランプ大統領の肩に手をおき笑顔のツーショット。こういうことについてはしゃぎ過ぎなどと批判的な人もいるようですが、このちゃっかりさはとても大事だと私は思います。

 日本を代表する首相なのですから、対等に、そしてこうした場面こそ、持ち前の茶目っ気をうまく使いながら、他国の大統領・首相とやり合っていく。それは、実績を伴ってこそ出来ることだと思います。

 外交で相手を威嚇せんばかりの強面も、または厳格な表情をしてもいいのですが、それをして対等な関係を持てるほどの実績と自信を持つ政治家は日本にあまりいないような気がします。そして、自信のなさはネガティブなオーラとして出ます。ですので、高市首相のようなはしゃぎ過ぎぐらいの茶目っ気を出すやり方で、十分だと思う。高市首相ですから、あれも”戦略的”だったのかもしれません。高市首相の考え方や実績から、茶目っ気だけで生き抜いてきたのではないことは、分かりますので。

 また、初外交の場であったマレーシアで、政府専用機から降りてきた高市首相は、出迎えた同国の兵士たちに胸に手を当てて、敬意を表しています。これもとても大事です。高市首相は相手国に対しての敬意の表し方も学んできたのですね。

 そんな話を娘にすると、娘が乗ってきました。ついでに、今回入閣した小野田紀美経済安全保障担当相の話もしました。政治家として経験も浅く未知数な部分も多いですが、アメリカ人の日本人のハーフで、空手を子どものころから習っており、かなりの腕前なのだとか。体も大きく堂々としてて、なかなかいい。ある写真では、髪の毛を短く刈り上げた、がっしりとした体格の女性SPを後ろに従えて歩いていました。まぁ、その姿がほれぼれするほど格好良い。いいですね、若い日本人女性がこうして活躍する姿を見るのは…。

 ついでに小野田大臣の写真も娘に送ると、「この女性SP格好いい。小野田さんもいいね~」と喜んでいました。

 このような話で1時間も娘と盛り上がりました。娘はずいぶん落ち込んだ日々を送っていたようですが、昨夜は、「ママとこういう話をすると元気が出る。ありがとう!」と娘の表情にも笑顔が戻っていました。

 ついつい、「大丈夫?」「大変だったら、帰っておいで」「薬はくせになったら困るから、ちゃんと処方箋みてね」などという言葉を掛けてしまいますが、これからは、こういう娘が元気になるような話を集めておこうと思いました。息子に倣って、あえてクールに振る舞うことも必要なのかもしれませんね。